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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1421話 天災を運び往く者

 逃げ惑う帝国兵を追い立てるハルは、次々と災害クラスの範囲魔法を撃ち放ち彼らを“巻き取って”いく。

 彼らも万全であれば多少の抵抗も出来たであろうが、今は自軍の仕掛けた策略にはまってしまっており、ひたすら逃亡の一手しか打つすべがない。


 ゆえに現状は、ただの『点』でしかないユニットの群れをすくい上げる、アクションゲームじみた状況になっている。


「魔王らしく、高笑いでも上げたいところだが、さすがにこれでは気分が出ない。帝国軍にも『樹上じゅじょうの民』にもそこそこの強者は居ただろうに、勿体ないことをする」

「ハルさんも、通常スキルが使えたらもっと、もーっと強かったですものね!」

「そうだねアイリ。この<煌翼天魔こうよくてんま>とは別に、普通の<魔法>スキルも追加で発動出来れば、更に魔法の幅も威力も広がるだろう」

「すごいですー! まさに、無敵の魔の王なのです!」

「ただ、逆に言うとこの<煌翼天魔>、単体でそこまで使いやすいスキルとは言えないかな」

「そうなのですか? こんなに強いのに」


 今もハルは、次々と特大の魔法を兵士相手にお見舞いし続け、着々とその数を減らしている。

 その力の前には『軍団防御』のバリアでさえも無力だ。


 彼らの頭上に、雨雲代わりの空間の歪みが走ったと思えば、そこから雷魔法による落雷が発生する。

 その魔法の本質は『避雷針ひらいしん』にあり、実は指定した対象を中心として魔法が発動していた。

 どれだけ速く逃げようと、身をかがめようと、物陰に隠れようと、発動した時点で回避は不能。必ず当たる位置に『雲』が生み出される。


 その横では火属性の熱波がフィールド効果のように降り注ぎ、まるで砂漠の太陽でも地上に降りてきたような有様。

 その中においてHPのバーはまるで底に穴でも開いたように中身のゲージを吐き出し、一瞬でそれをゼロにする。


 かと思えば、今度は完全に光の届かぬ暗黒の影に飲まれたフィールドがあり、それが晴れた時には、その場にいたはずの人間は影に飲まれたように何処にも存在しなかった。


「今僕がこうやって、やりたい放題出来ているのは、龍骸りゅうがいの地から運んできた属性エネルギーのおかげに他ならない」

「ではもし、それがなかったら?」

「まあ、このうち一つを発動するので精一杯かもね」


《一つは発動できるんかよぉ!》

《十分やばい》

《しかも無消費なんでしょ?》

《まさに天災》

《かたすとろふっ!》

《でも確かに帝国軍全滅は難しい?》

《数が多いからね》

《一部は逃げられちゃう》

《チャージが間に合わない?》


「うん。コスト完全ゼロで無限に力を取り出せるけど、一瞬で場に無限の力は生み出せない」

「<天剣>さんと、似ていますかね?」

「むしろ扱いやすさに関してはまだ<天剣>の方が上な気がする」

「剣を、振るだけですものね!」


 おかしい、こちらの方がより上位のスキルであるはずなのに。図らずも<天剣>が再評価されてしまった。


「まあ、ご覧の通り、クセはあるもののやりようによってはより巨大な力も扱える。そういう意味では、やはりこちらの方がクラスは上なんだろうさ」


 ヤマトの<天剣>は最終的に、刀を振る速度に出力は依存してしまう。

 身体能力を向上させる支援を行えば、多少は出力も上げられるだろうが、どうしても限界はある。


 使い手があの、ハルをして剣の達人と評するに一切の躊躇なしのヤマトなのだ。そこも、逆に限界の近さを物語っていた。

 さすがにここから振りの速さが二倍三倍になったりはしない。しない、はずだ。


 ただ、例えば闘技場で向かい合っての状態で殺し合いを始めた時などは、やはり<天剣>に分があるだろう。

 完全初動の出力差は、どう見ても数倍はある。


「ゲーム設計的には、魔法使いは後衛で策をろうして、じっくり戦う存在ってことなんだろうさ」

「お約束、ですね!」


《あ、当たり前では……》

《ハルさんに当たり前は通用しない!》

《今まで何を見てきたのだ》

《バリアは盾、初級魔法は剣!》

《上級魔法は必殺の秘奥義!》

《中級魔法は?》

《移動手段?》

《おかしいだろ!》

《だが事実だ》

《事実なのがおかしい》


 精神を集中させ、長い呪文をとなえる必要があるならば、後衛専門というのも分かるが、ゲームのアクション性が増すにしたがい、そうした魔法使いは減っていった。

 ならば別に昔の区分を踏襲とうしゅうしなくてもいいのではないかと、魔法大好きで魔法をもっぱら近接攻撃としても使うハルとしては思うのだ。


「その点、このスキルはなかなかいい方だ。使い方にコツは要るが、この羽がついている」

「やはり……、ここはバサバサしますか……!」

「いやそれはしないけど……」


 攻撃を重ねている間に、ずいぶんと兵士達との間の距離が開いてしまった。

 いかにスキルを封じられた相手とはいえ、軍として行動する戦闘能力の高い者達であり、このゲームは元々プレイヤーの身体能力が高い。


 そんな彼らが全力で逃げれば、なるほどハルが動かぬままでは殲滅せんめつは厳しいか。


「しかも彼ら、小癪こしゃくなことに封印エネルギーの伝送ラインに沿って逃げている」

「むっ! それは確かに、小憎らしいのです!」


《どうしてだ?》

《ハルさんはそこに攻撃できないから》

《出来ない訳じゃないけどね》

《ケーブルを魔法で切っちゃう》

《そうしたらスキルが復活しちゃうでしょ》

《なるほど!》

《まあ復活したからどうだっていう》

《負けんよな。もう》


「負けんね。……負けんがね? まあ面倒は面倒だよ」

「出来れば残したまま、勝負を決めたいところですね!」

「そこでこれだ」


 ハルは先ほど語っていた、翼のオーラを親指で指す。

 そうして、何をするのかと興味津々な視聴者たちの前で、おもむろにアイリをその場で抱え上げた。


「ふ、ふおおおおおおっ! これはお姫様だっこ、なのです! わたくし、分かります! これはわたくしを連れて、移動するのですね!」

「そうだよアイリ。もうおなじみすぎたかな?」


《いつもんなことやってんのか……》

《うらやましい……》

《どっちが?》

《てか移動ってもしかして》

《そらあれよ》

《当然あれだな》

《爆発させるに決まってる》

《それでも羨ましいか?》

《……う、うーん》


 ご名答、といったところだ。視聴者もまた、ハルの行動に慣れてきた。

 彼らの予想した通り、ハルは翼の背後で直接その無限に湧き出るエネルギーを爆発させた。


「吹っ飛ぶ、のです! これは今までになく、速いのです!」

「翼状の力場は異常な強度だからね。かなりの無茶ができる」


 まあ多少ハルの背中がコゲたようだが、その程度はまるで問題にならない。

 この日のために、日々あの甘ったるい味に耐えに耐えて、例のジュース、『世界樹の吐息』を飲んで体力を上げてきたのだ。

 ……いや、別にこの日のためではない気がするが。まあ些細なことである。


《出た! ハルさんの人間砲弾だ!》

《出たって言うほど多発する物かこれが》

《してるんだから仕方ない》

《女の子置いて行ってあげろ……》

《楽しそうだしいいじゃん》


 開いた距離を一気に詰めて、ハルとアイリはケーブルに沿って走り逃げる帝国兵士の一団に追いついた。

 彼らも覚悟を決め武器を構えるが、ハルの方はというとアイリを抱いているので両手が使えない。


 代わりに、その翼が一瞬ブレたように見えると、次の瞬間には先頭の兵士はその身を深く切り裂かれていたのである。


「これなら、アイリを連れたまま近接戦闘もできる」

「すごいですー! ……あとでお迎えに来ればいいのではないかと思いましたが、抱っこの誘惑には、わたくし勝てないのです」

「いや待たせるのもいちいち戻るのも微妙だし……」


 なんとなく作業感が出てしまうというか、蹂躙じゅうりんの連続性が薄れ、恐怖も半減してしまう気がしたのだ。


 ……なら少女を抱きかかえて飛んでくる姿に緊張感があるのかと問われると困るが、それはここからの結果次第だろう。


《羽が、剣に!?》

《レーザーは出ないのでは?》

《あくまで大規模な物はってことだろう》

《接近戦の剣代わりくらいにはなると》

《もう腕は要らないな!》

《いやその手は少女を抱く為にある》

《感動的、だな?》

《素直に手で武器持てばよくね?》

《しーっ……!》


 実に真っ当なツッコミは完全に無視して、ハルは背から生えた十二本の新たな腕から次々と斬撃を発射する。


 これは翼をバサバサさせている訳でも、羽が伸びている訳でもなく、無限に発生するエネルギーの放出方向をハルが非常に細かく指定しているのだ。

 コツがいると言ったのはこのことで、ハッキリ言ってしまえばこれが出来るのはハルくらいだろう。


「普通にやると広い範囲でダダれになって、あまり見栄えが良くないからね。カッコつけるには、それなりの技術が要る」


《カッコつける必要ある!?》

《重要なんだな……》

《魔王だしな》

《威厳を保たねば》

《エネルギーだだもれビームっ》

《くらえー!》

《か、格好悪い……(笑)》

《ただし相手は死ぬ》


「まあ死ぬだろうね」


 むしろ破壊力は、無理に範囲を絞った今の状態よりも凄まじいはずだ。格好悪いからといって、弱い訳ではないのである。


 一応、現状の利点も無い訳ではない。手数と攻撃速度、そこからくる攻撃範囲の異常な広さ。十二本の腕による全面斬撃は、接近した者を全て切り刻む魔法のやいばと化していた。


「うん。やはり魔法使いは近接職だ」

「それはあまりにも、無理矢理すぎる結論なのです!」

「とはいえ、殲滅はできたよ?」

「結果を出してしまっている以上納得するしかない、ズルい論法なのです……!」


 エネルギーラインに沿って、一直線に並び逃げる兵士達。それをハルは、魔法の爆発による高速接近からの魔法の連続切断で始末してみせた。

 それを見た者達もライン上から散るように離れ、再び彼らに安全地帯は無くなったのである。


《もはややってることロボット兵器》

《背中のブースター点火!》

《からのビームサーベル!》

《バーニア連続噴射!》

《遠距離から銃で撃つものでは……》


「それは魔法使った方が早いからね」


 翼から出るエネルギーを拡散レーザーにでも出来ればいいのだが、発生した瞬間の速度以外は実用に足るものではない。遠距離になるほど、減速しすぎてしまう。

 それなら魔法で吹き飛ばした方がよく、ハルは安全ラインの外へと飛び出た者達を、再び災害魔法カタストロフィをお見舞いして処理する。


「……しかし、ハルさん。こうしてわたくしを連れて飛ぶということは」

「うん。実働部隊は排除して終わりじゃない。この機に一気に、敵の司令官が居るだろう輸送艦に突撃する」

「はい! お役に立ってみせます!」


 封印装置とやらはハルを止めきれなかったが、未だ変わらずそこにある。

 ならば、それを運んできた帝国幹部も、まだその場に居るはずだ。


 その者が撤退してしまわぬうちに、今度はハルから一気に、王手をかけにいきたいところであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ハル様相手に当たり前を求めるなんて、エメに休暇を与えるが如き蒙昧具合ですねー。ハル様が人権魔法と言ったら不遇魔法ですし、ハル様が誰でも簡単にできると言ったら人類卒業試験ですし、ハル様がどこのご家庭にも…
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