第1420話 煌翼天魔
ハルに新たに生まれたスキルは、<煌翼天魔>。てっきり十二の属性魔法がそれぞれ上位スキルへと進化するのかと思ったが、どうやらこれ一つらしい。
恐らくは、十二属性全てで同時に条件を満たしていたため、ボーナス的に発生したのだろう。
名称は属性魔法の面影はないが、この『天』の字がヤマトの<天剣>を思い起こさせる。
「ふむ? 本来は<天魔>となるところが、その更に上に至ったということか」
「すごいですー! さすがは、ハルさんなのです!」
「そういうアイリは?」
「ふふふふ……! かく言うわたくしも、<天眼>が使えるようになったのです!」
「<鑑定>の上位だね」
「はい!」
傍らに控えるアイリもまた、<鑑定>の鍛錬が認められ上位のスキルが生まれたようだ。
そこにもやはり『天』の文字があり、全てとは限らないかも知れないが法則性があることを感じさせた。
「……さて、という訳だ。待たせたね君たち。このまさに、魔王を名乗るに相応しい力で終わらせようか」
「くっ……、まだです……! スキルが使えるようになるのは想定外でしたが、まだ負けた訳ではございません!」
「そうだね。僕としても、降参は認めない。きっちり全滅させて、絶望を植え付けてあげよう」
これでまた明日、懲りずに向かってこられてもたまらない。今日できっちり、この戦いを終わらせておきたいハルである。
「ユリアさん! ワイヤーを切りますか!?」
「そうすれば、俺らのスキルも使えるようになります!」
「よせ! 敵のスキルも元通りになっちまう!」
「そうだ、今なら、少なくとも一つしか使えない」
「でもこっちはスキルゼロでどうしろって……」
「やっぱりイチかバチか切るしか……」
「……無駄でございます。切った後どうこうではなく、そもそも今の私たちでは、ワイヤーを切ることなんて出来ないでしょう」
ユリアのその言葉を裏付けるように、封印の力を伝えるケーブルを握った帝国兵が衝撃で吹き飛ばされる。
続く者が腰を入れて掴んでみるも、千切れるどころかびくともしない。
どうやら、元のワイヤーの強度に加え、流れる力によって固定化が進み、オブジェクトとしても強い耐久力を備えるようになっているらしかった。
ついでに触れる物に衝撃でダメージも与える。
「最終的には、これは私たちのスキルを封じて、その状態の者には壊されないように配置する物でしょう。封印状態の者には壊せません」
「そ、そんなぁ……」
実にもっともな話だ。帝国の秩序を維持する為には、反乱分子がスキル復活を目論む可能性も潰しておかねばならない。
ならば封印状態のプレイヤーでは、破壊不可能な強度にするのは当然。今はそれが、裏目に出たか。
「まあ、スキルがあっても負けないけどね。どれ、僕が切ってあげようか」
「……不要です。ございます」
ただこれを切ってスキルが復活しようと、それは以前の状況に戻るだけだ。
ハルが全てのスキルを好き勝手使って、兵士らは普通に成すすべなくそれに吹き飛ばされるのみ。
このまま進んでも地獄、退いても地獄。彼らにとって、完璧に手詰まりを感じさせる希望の皆無な状態だった。
「いやいや。絶望するには早いよ君たち。まだ僕のスキルが、戦闘向きではない可能性だってある」
「そうです! わたくしの<天眼>は少なくとも、攻撃用スキルではないのです!」
「無駄な気休めを……」
いや、無駄ではない。儚く揺らぐ希望の可能性を提示しては、それを一つずつ丁寧に折っていくという過程には意味がある。
希望が見えたぶん絶望はより具体性を増し、それだけ反抗の気力を殺ぐのだから。
またハルとしても、このスキルに何が出来るのかまだハッキリしていない。
出来れば<天剣>のように使いやすいスキルならばいいのだが、内容によっては間抜けな事にもなりかねない。
例えば、発動した魔法を加工する専用補助スキル、だとか。前提となる魔法が撃てない今、何の意味もないスキルになってしまう。
「まあ、使ってみれば分かること。<煌翼天魔>、降臨だ」
ハルがスキルを発動すると、その身から輝く十二枚の翼のようにオーラが広がる。
その羽は飾りではなく、それぞれが各属性に応じた純粋な属性エネルギーの塊で構成されていた。
羽の触れた空気が衝撃で弾け、翼を下ろした地面が削り取られている。
……どうやら、攻撃性皆無という憂き目は避けられたらしい。これで一安心のハルであった。
「やらせるな!」
「ここしかない、叩け!」
「全員続けえぇ!」
「ちょっと、待っ、」
「いいね。技の出始めは止めるべきだよね。悪者の変身を待つ必要はない」
ユリアが止める間もなく、兵士の一部が果敢にもハルを目掛け飛び込んでくる。スキルが完全に起動する前が、最後のチャンスという判断だ。
まったくもって合理的だ。悪役は変身を待たなくてはならないが、ヒーローは先制攻撃で悪を殲滅すべきなのである。
「だがもはや遅い。無駄だね」
そんな勇敢な戦士の一団は、属性の翼の一振りで塵となった。この翼の出た段階で、行動を起こすには悲しいまでに遅かったのだ。
攻めるのならばスキル封印が完成したその瞬間。いや、作業の完了するより一息前がより理想。
勝利を確信し降伏勧告などしている間にも、ハルの行動の余地を無くしてしまわねばならなかったのである。
……まあ、それをさせないようハルは振る舞い立ち回り、敵の現場指揮官もユリアであった時点で、そんな可能性はそもそも存在しなかったのだが。
「すごいですー! 翼のひと薙ぎで、敵さんが消えてしまいました! バリアも無意味です!」
「そうだねアイリ。<天剣>同様に、実に強力だ。しかもなんと、これMP消費がない……」
「チート、なのです……! このまま翼をばさばさとさせているだけで、完全勝利なのです……!」
「いや……、それは少し、いやかなり格好悪い……」
覚醒した魔王の勝ち方としては、どうにも絵面が最悪だった。まあ勝ちは勝ちだが、出来ればもう少し優雅に勝っておきたい。
「では羽からビームを、出しますか!」
「うん。出来ると思うよ。ただそれも、やっぱりちょっと迫力不足かなあ」
溢れる属性エネルギーは放出も可能で、アイリの言うような単純な攻撃手段にも使えそうだ。
しかしその真骨頂は、やはり魔法として発動してこそ。更にこの<煌翼天魔>の素晴らしいところは、無消費魔法だけではないらしい。
「どれ、試してみよう。神聖魔法と火魔法、雷魔法と闇魔法……」
「本来干渉しない、属性なのです」
「だがこの力は強引にそれを解決する」
右手には聖なる炎、左手には闇に轟く雷鳴。そんなイメージでハルが力を練ると、属性は基本相性を無視してその通りに融合していく。
本来吸収相性ではないはずの二つを強引に混ぜ合わせる。ゲームバランスを完全に無視した力であった。
これは、今のような一方的な状況ではなく、敵に魔法使いが多いほど輝く力だろう。
更に、ハルはその両手の力を今度は、全く関係ないはずの星魔法と虚空魔法に組みかえてみせた。属性の変換だ。
もはや何でもありである。これが、あらゆる属性魔法を極めた先に得られるはずの力ということか。
「……手品は、終わりでございますか? 確かに凄い力ですが、どうやら出力には時間ごとの制限があるご様子」
「うん。よく見ている。たしかにこいつ、無限の出力ではあるが、単位時間ごとに取り出せるエネルギーの総量は大したことない」
「人をバリアごと消滅させるのは大したことでございます……」
「それは申し訳なかった……」
「……しかし、やはりそれでもそこが勝機」
「そうだ! こっちにはこの人数が居る……!」
「ぜ、全員で突撃すれば!」
「いずれ攻撃が追いつかなくなる、かなぁ……?」
「固まってバリアを最大化すれば!」
ハルの放出する力が追いつかない速度で、飽和攻撃を仕掛ける。数で勝る帝国軍の最後の希望。
実に良い覚悟である。それを打ち砕くことで、再起不能となる絶望が演出されることだろう。
「なるほど確かに。もしかしたら、僕のHPが尽きる方が君らの全滅より早いかも知れないね」
だが、残念ながらそうなる未来が訪れることなどない。一縷の望みを目の前に盲目となった兵士の中にも、薄々気付いている者もいることだろう。
「だが忘れているようだけど、この地に吹いている風、今は全て僕の魔力タンクなんだよね」
◇
周囲一帯を取り囲む竜巻の壁が崩れ、細かな複数の渦に分かれてハルの元へと吹き込んで行く。
その力は風属性を司る翼によって、他の十一属性へと変換されていった。
今やこうした純粋な属性エネルギーは全てハルが自由に扱える玩具。
力の生産量など気にする必要などありはしない。兵士達は、最初から誘爆寸前の火薬庫の中に居るのと同じであった。
「さて、どうする帝国軍。どうする兵士諸君。ここに満ちた力全てが尽きるまで、耐えきって見せるか」
「お、終わりだ……」
「勝て、ない……」
「最初から無理だったってこんなの!」
「勝てる訳なかった! いや勝てなくしてしまった!」
「おかしいだろ、ラスボス側が成長するとか」
……別にハルはボスユニットではなく、条件は同じプレイヤーなのだが。
あくまで、帝国が勝手に最大の敵と定めているだけである。まあ、ラスボスとして振る舞ったハル側にも責任はあるが。
「文句は遠征を決めた皇帝に言って欲しい。まあ実際、そこそこ大変だったよ。その腹いせもかねて、これから全力で君たちを吹き飛ばそう。さて、どこまで持つかな?」
「逃げろおおおおおぉ!」
「撤退! 撤退だぁ!」
ハルの宣言を皮切りに、ついに兵士達の最後の希望が断たれ、戦意も底を突いた。
既に勝利などかけらも望めず、残る希望は生きて陣地へと逃げ帰ることのみ。その希望すら持つことは許さぬと、彼らの背後からもはや天変地異と化した魔法が襲い掛かる。
風を巻き込んだ業火の弾が次々と降り注ぎ、逃げる先にあるはずだった地面はばっくりと口をあけて彼らを飲み込む。
足を踏み外した兵士達は、強化された引力によってあり得ない勢いでその奈落へと落ちて行く。
かと思えば、別の場所では無重力となった地面を足が虚しく空をかき、その場でもがいているうちに真空となった空間の持続ダメージで疑似的な窒息死に至る。
湧き出た水は設計者の頭が狂った洗濯機のように、飲み込んだ兵士をすり潰す勢いで洗濯にかけていた。どうやら脱水の必要はなさそうだ。
相変わらず吹くことを止めない強風に乗った命を蝕む毒と化した生命魔法は、頬をそっとひと撫でするだけで容易くHPを奪い去った。
そんな、阿鼻叫喚の地獄絵図。そこから兵士を救い出すことは、もはや誰にもできないようだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




