第142話 魔道具開発局
一方、アイリと共に居る側のハル。一夜明け、翌日の朝となっている。
神界でユキと分身のハルが奮闘している間、こちらは政治の面倒な話を済ませ、その後はのんびりと過ごしていた。
「ユキさん、まだお戻りになられないのですか……?」
「そういえばアイリにこういう作業をしてるところ見せる事は無かったっけ。大丈夫だよ? 今は落ち着いた内容になってるし」
夜中じゅうずっと素材集めに精を出していたが、今はあらかたそれも終わり、強化メニューをあれこれ弄っている所だ。素材が尽きればそれも終わりになるだろう。
「はい、ハルさんの脳の稼動が、少し前から落ち着いてきたのを感じます」
「まいったね。僕の嫁はCPU稼働率のチェックまで出来るのか」
「妻の務めというやつですね!」
「……違うと思うよ?」
別にグラフになって見えている訳でもないだろうが、彼女の感性の鋭さには驚かされるばかりだ。
アイリからしてみると、自分の体調変化がそれこそグラフに出来るほど正確に見えているハルの能力に驚くようであるが。
このあたりが、生きてきたお互いの世界の違いであろう。
「しかし、今もまだ神界に?」
「うん。徹夜だね。どうせなら、僕らも行こうか? 昨日は行けなかったから」
「そうですね! 調度いいかもしれません! ハルさんがお休みのうちに、ご一緒させてもらいます」
神界に行くと分身が停止する。つまり分身で登校できなくなってしまう。その為、放課後か休日でないと基本的に訪れる事はできなかった。
二つの世界の時差が睡眠時間に重なる期間は、休日のみになり更に機会は減る。
ハルの脳の使用領域にも余裕が出来た。調度いいタイミングだろう。
二人はそのまま、神界に出来た新しい施設、魔道具開発局へと向かうのだった。
*
ふたり、手を繋いで施設の門をくぐる。なかなか雰囲気のある、凝った作りの場所だった。
ゲーム慣れしたハルは、基本的に神界やダンジョンといったゲーム部分の風景に目を奪われる事は無い。だがそのハルも思わず感心するほどの、精緻な背景描写であった。
「いや凄いねこれは、どんだけ手間かけて作ったんだか」
「凄い、のですか? 他の神界の建物のように、神々しい美しさは感じませんが」
「そこが凄いところだね。自然にするって、逆に難しいんだ」
「なるほど……、カナリー様も、神気を消すのに苦労なさってましたものね」
「うん、似たような物だね」
現代風、いや未来的に綺麗に整った幽体研究所とは真逆。ここ魔道具開発局は、中世風のうすら寂れた不均等な建物だった。
正門から向かって右には、細い通路とその先に伸びる塔が見上げられたかと思えば、左には幅の広い講堂らしき建物が雑に接続されている。
きっと左右で用途が違うのだろうと一目で分かるのは良いが、明らかに無計画に増築を重ねて行ったのだ、と呆れる外観となっていた。
その壁には蔦などの植物が這い、この施設の歴史を感じさせる。なんと開業三日目だ。
……実際はともかく、数十年は経ったであろうその自然な汚れ方は、ある種職人気質な拘りを感じる。
どこかに実際にある建物を丸ごとコピーしてきたのかといえば、そうではないようだ。変な言い方にはなるが、この神界で月日を重ね、この地に調和した汚れ方だった。
「環境シミュレーターでも律儀に数十年分を回したのか?」
「虫が出そうですね! わたくし、殺虫の魔法は得意なのです!」
「僕も電磁結界張るの得意」
二つの世界のエーテルを駆使し、近づく虫は一匹たりとも生きて返さないと息巻く、虫嫌いの似たもの夫婦である。
なお、見回してみても虫は居ないようだった。
きいぃぃ、と蝶番がきしむ音を立てる扉を開き、ハルとアイリは施設内へと足を踏み入れる。
この音も、録音ではなく実際に鳴るように計算して作られているようだ。芸が細かい。
薄暗い玄関ロビーは主に木製の調度で作られ、アンティーク感が強い。その内部には誰もおらず、案内の看板だけが置かれていた。
「アルベルトが居ません。この神界、どこに行っても居ましたのに」
「うん、珍しいね。……どうやら、よっぽど神経質らしいね、ここの主は」
「自分の庭に、他の神々を入れたくはないと?」
「思惑は分からないけどさ」
どこに行っても必ずその施設の案内役として配置されているNPC、アルベルトがここには居なかった。案内は全てメッセージを配置して済ませるのだろうか。
「少し、楽しみにしてたんだけどね」
「わたくしもです! ここはどんなアルベルトが居るのだろうって」
地味なフード付きローブを着た、ロングヘアのお姉さんといった所か、ハルが配置するならば。
ご当地アルベルトへの未練を振り切り、二人はメッセージの看板へと歩み寄っていく。道は左右に二つ、看板も二枚。
「『研究とは、秘匿されるべきものである』」
「こちらは、『研究結果は、共有されるべきものである』、ですね」
「相反する内容だね」
「どちらかが正解、なのでしょうか?」
「どっちも正解。場合によるよこれは」
己の方針にあった使い方を選ぼう、という事だろう、これは。
右が『秘匿』、左は『共有』。
右に見えた塔のような建物はきっと個室の研究室になっており、左のホールでは他プレイヤーと協力して開発を進められるのだろう。
「聞くまでもなく、ハルさんは右ですよね」
「流石は僕のアイリ。よく分かってる」
「えへへへ、妻として、当然なのです」
技術の独占がもたらす恩恵は大きい。当然のようにハルは秘匿の立場だった。
だが共有する気がまるで無いという事でもない。技術交換による恩恵も、また大きい。
「適度に技術を撒いて行く事で、世界をコントロールするのですね!」
「……嫁の理解が深い。それだけじゃないけどね? 視点の多さってのは、やっぱり貴重だ。得られる物も多いよ」
「ハルさんほどの方でもですか」
「うん。後で見てみよう」
もし得られる物が何も無くとも、その時はアイリの言った様に、ハル側から技術を適度に提供する事で流れのコントロールが可能になる。
どちらにせよ、有用な使い道がありそうであった。
*
ロビーとはうって変わり、飾り気の無い石造りの階段を登り、塔の個室へと入る。飾り気は無いとは言ってもあまり見ることの無い螺旋階段だ。雰囲気は十分出ている。
窓は少なく、ろうそくの炎だけが揺らめく、これぞ研究所とでも言うような陰気な雰囲気だった。
「少し、研究者という物に偏見があるのではないでしょうか?」
「そうかもね?」
「ですよね! ハルさんはこんなに素敵なのですもの!」
「いや、研究に没頭すると、燭台に火を灯す気なんて起こらなくなる。あんな律儀に灯りなんて点いてないだろうね」
「まあ。そちらでしたか!」
部屋の中は、これまたシンプルな作りだ。作業台、幅の広い机の上にメニューウィンドウが浮かんでいる。
もっと素材や試作品やらで散らかった部屋かと思ったが、そのハルの予想は外れてしまったようだ。きっと、これから自分で散らかして行く事を想定しているのだろう。
「まずは環境設定」
「最初の基本ですね!」
「アイリもゲーム慣れしてきたよねー」
部屋の光源なども弄れるようなので、明るく整える。ハル一人ならば良いが、今はアイリも一緒だ。陰気なままでは彼女に合わない。
現代の研究所らしく煌々と照らす。ちょうど、マゼンタの幽体研究所のような明るさだ。その辺り彼はよく分かっているようだった。
「じゃあ、早速やってみようか」
「はい!」
アイリの分の椅子を作り出して、ハルは備えつきの物に座る。メニューを操作すると、ハルの所持アイテムの一覧と、合成用の素材選択窓が表示された。
その中に素材を選択して放り込み、融合させてアイテムを作るのだろう。
「<錬金>と似ていますね?」
「試してみようか。ブルーベリーを二つ、と」
「低級回復薬。おんなじですね!」
「そうだね。<錬金>を持っていない人でも、錬金アイテムが作れる施設でもあるみたいだ。……MPが徴収されるのが気になるけど」
「ぼったくり! というやつでしょうか!」
「そうだね。まあ、あっちと違って即時完成するから、その経費だね。ノーコストだとそれこそ錬金術が出来ちゃうし」
ショップで下位素材を買い、ここで合成して売れば無限にゴールドが手に入る。そうさせないためには他のコストは必須だった。
ただ、それを言い訳にここの管理人、オーキッドが体よく魔力を回収しているような気もしてならない。神にとっては魔力こそ通貨だ。
「まあ、時間かけるより便利だし、ちょくちょく使わせてもらおうかな」
「ハルさんにとっては、魔力は大して枷にはなりませんものね?」
神域の莫大な魔力を自由に使う権利を有しているハルだ。通常、プレイヤーひとりが使用する量の魔力などはもう問題にならない。
それよりも、どんな手段でも短縮不可能な<錬金>の時間をカット出来る方が重要だった。
「作成したアイテムは、作成済みレシピとして登録されるか。<錬金>とは逆だ」
「あちらでは作れないアイテムも、あるという事ですね」
「それが本命なんだろうね」
「これは、『共有』があるはずですね……」
「そうだね。一人でやるには、組み合わせが膨大すぎる。そしてだからこそ、思わぬ発見を『秘匿』する価値が出てくるんだね」
強力な魔剣のレシピを発見したとしよう。それを入り口左側のホールで他ユーザーと共有すれば、恐らく他の誰もがその魔剣を作成可能になる。素材はもちろん必要になるが。
だがそれをせず、レシピを個人で秘匿すれば、その魔剣は他に誰かが発見するまでは高値で取引が可能になるはずだ。独占の強みである。
ハルとアイリは、ひとまず既存の錬金術レシピを埋めていった。上位素材は、ユキの強化で枯渇しているが、下位素材はその反面多く残っている。
価値の低いものから価値の高い物を作るのが錬金術。レシピ埋めには問題が無かった。つつがなく作業は完了する。
「あの一個作るのに何日かかるのやらって感じのアトラ鉱が、こう簡単に出来ると感慨深いね」
「普通の方だと、MPが足りないのでしょうけれどね」
ユキの強化で大量に使ったアトラ鉱、それは<錬金>でも作る事が可能だ。鉄鉱石を始めとする、いくらでも出る素材を徐々にグレードアップさせる。<錬金>だと、合計待ち時間がとんでもない事になるが、ここなら一瞬で可能だ。
魔力の消費は少し痛いが、採掘ポイントを生成するのにも魔力はかかる。無意味に膨大に集まった下位鉱石を、ここでアトラ鉱に変換するのも良いだろう。
「さて、いよいよオリジナルの合成だね」
「<錬金>では作れないものですね!」
「何でも混ぜていいし、いくらでも混ぜていい。困ったねーこれは」
「困るのですか? 自由に出来て良いのでは」
「事実上、総当りで探すのが不可能になるんだよ」
例えば、組み合わせるアイテムが二個だけならば、投入する素材Aを動かさず、相方となる素材を次々に入れ替えて試す手法が取れる。
それでも消費するアイテムは非常にかさむが、これは数多くのユーザーが同時に遊ぶオンラインゲームだ。それこそ多数で分担して『共有』すればすぐに終わる。
しかし、どんな組み合わせで、何百個でも混ぜていいとなると、そんな事は不可能であった。
「法則性を、探れという事なのでしょうか?」
「流石は魔法開発の第一人者のアイリだね。きっとその通りだよ」
「えへへへ……」
素材同士には相性の良さが存在し、高相性の物同士の合成が成功する。<錬金>から読み取れるのはその事だ。
果物と果物で回復薬。鉱石と鉱石なら、より上位の鉱石へのランクアップ。
他にも、木材と金属で剣、などの変則レシピもある。一見組み合わない素材であっても、触媒となるアイテムを入れる事で成功したりと奥が深い。
「ですがハルさん。鉄鉱石と鉄鉱石を混ぜると別の鉱石になる法則が、わたくし分かりません」
「科学知識で考えちゃダメ。あれは鉄じゃなくって、『鉱石レベル1』なんだ」
「なるほど! 混ぜると、レベルが2になるのですね!」
「それを踏まえてまずはこれだ。アトラ鉱と、アトラ鉱」
「大胆です! 豪勢です!」
誰もが思いつくが、おいそれと手が出せない組み合わせ。鉱石と鉱石を混ぜたら上位になるなら、最上位の鉱石を混ぜれば?
更に上位の鉱石が作れる事が予想された。
しかし、結果はハルの予想外のものになった。
「『このアイテムは現在未実装です。今後のアップデートをお待ちください』……です!」
「レシピ自体は出来てるけど、中身はまだ調整中なんだね」
「きっとマーズライトですね!」
「そうだね。オリハルコンかも」
前回の対抗戦で顔見せした、特殊な効果を持った新鉱石。それが今後実装される事を示唆していた。
「では更にこれを二つ……」
「は出来ないようですね」
「未実装だもんね。当然か」
アイテムとして入手は出来たが、それを素材としては投入できないようだ。この辺りはしっかりしている。
ここの制御がゆるいと、色々と変な事が出来てしまったりする。
「じゃあ次は逆をやってみよう」
「どう考えても相性が悪い組み合わせ、ですね?」
「そのとおりだね。鉄鉱石と、りんご」
「うわー、無いですねー」
確実な失敗例も見てみたい。そう思って投入した結果だが、これも思わぬ物となった。
素材アイテムの画像が砕け散る演出と共に、ハルとアイリにとって見慣れたもの、魔法式が画面に飛び散る。
「『合成失敗! アイテムはコードに変換されました。このコードは、コード合成に使用できます』、です!」
「なるほど。これが、この施設の本題。神様からの挑戦状だねこれ」
「魔法の式。プレイヤーの方々は、読めないのでしたよね?」
「うん。まったく意地の悪いことで」
メニューの中に新たな項目が追加される。『コード合成』。
見た目の分かりやすさも親切心も何も無い、ハルとアイリが何時もやっている魔法開発、それに酷似した難易度だと容易に予想された。
 




