第1419話 誰も力を持たぬ平和な世界?
スキルを封じる。そのユリアの言葉の通り、ハルの得意とする<風魔法>といった魔法の力全般が発動しなくなっている。
それどころか、身に着けた魔道具類も含めて一切の反応がない。
それはそうか。これでスキルだけ封じて、アイテム系は野放しでは、正直なんの対策にもなってない。
これでアイテムなら素通りというのであれば、所持する属性石の量も質も圧倒的に上回るハル軍に勝ち目などないのだから。
「ミナミ! そっちもかい?」
「《ういっす! やばいっす! オレ、は別に正直なんも変わってないすけど、城の機能が全てダウンしてまっす! ユキ姉さんとも通信ができなくなっちゃいましたねぇ……!》」
「えっ。ミナミってユキより年下だったの?」
「《いまそこぉ!? いや、こーゆーのは雰囲気っすよふんいき! あの人は頼れるお姉さんって感じじゃないですか!》」
「なるほど」
それよりも大前提として、アイドル要素も含んで活動するミナミにとって年齢の話は禁忌であったか。これは悪いことをした。
さて本当にそんなことはともかく、これでは城からの支援もまるで期待できない。龍脈と属性石に頼り切りなハルたちにとって、本当に致命傷となる切り札だ。
「緊急時だ。皆、龍脈通信のステージに入っての報告を許可する。視聴者に筒抜けになるけど、まあ気にするな」
「《ミナみんの言う通り、こっちは全部の機能が死んでるよー。なーんもできん》」
「《ドラゴンちゃんは生きてるぞ♪ じゃあこいつで蹂躙だぁ♪ といきたいけど、言うこと聞いてくれなぁ~い》」
「《一大事だね、ハル。飛空艇の、高度が一気に落ちてるよ。墜落する》」
「僕の風でカバーしよう」
最も優先して今対処しなければならないのは、モノの操る飛空艇シリウスだろう。
属性石技術の集大成であるあの巨大戦艦も謎の力の影響からは逃れられず、浮力を維持できなくなり墜落してゆく。
この場に渦巻く風の力によりなんとか船は不時着し、彼女と船の危機は救われた。
「……ステータスをダウンし、龍脈を封じ、そして最後にはスキルも封じる。これが、君たち帝国の『攻略法』か」
「はい。その通りでございます。いかに魔王を名乗るに相応しい力を所持していようとも、所詮は一プレイヤー。ゲームシステムからの補助を丁寧に切っていけば、倒せぬ相手など居ないのです。ございます」
「封印の影響範囲は? スキルって言ってたけど、スキルで生み出したアイテムもダメってこと?」
「答える必要はない、のです。ございます」
「まあそりゃそうだ」
だが、状況から推察はできる。それと少々申し訳ないが、直接回答が得られなくても、ハルの問いに対するユリアの微妙な表情変化を見れば、『yes』『no』の違い程度なら判別できる。
彼女が口をつぐんだままでも、誘導尋問が成立してしまうのだ。
その尋問の返答は『ノー』。スキルに関連する全てを封じる、といった技術ではないらしい。おそらく、もっと広範囲に渡る封印技術。
これも、状況から推察はできた。問題がユーザーズメイドの品のみならば、ゲームが直接生み出した属性宝珠を使えばいいだけだからだ。
しかし、先ほど地面をえぐった威力の火の宝珠を、帝国軍が追加で取り出す様子はない。それも封じられているのであろう。
「ふむ? となると、君らは軍団防御のバリアで自分達だけ影響を防ぎ、スキルを使えるという訳でもない」
「……ですね。すぐにバレてしまうことですから話してしまいますけど、私たちもスキルを使えません。ございます。見てください、<変身>も解けてございます」
「あ、本当だ」
先ほどまで“ユリアだった”者達が、今は本来の姿へと戻っている。味方の帝国軍に対しても、この力は無差別に有効のようだ。
「バリアでは封印は防げません。しかし、バリアそのものは健在です。それによるステータス格差も歴然。でございます」
「なるほどね。バリアはある訳か」
「……? そう言ってますが」
つまり、バリアは封印では防げない訳だ。これも、薄々分かっていたことではあるが確認がとれた。
このバリアや、この地に未だ吹き荒れる風、マリンブルーの騎乗するドラゴンなどは無効空間の影響を受けていない。範囲外、もしくは上位にいる訳だ。
つまり竜宝玉が関わる現象だけは、この謎の力でも止めようがない。
「とはいえ参ったね、どうも。してやられた、って感覚は消えないね。まあしかし、なるほどなるほど、皇帝のやつ、これを根拠に、このゲーム内で『安定した国家』なんて作ろうとしてたのか」
「…………何を、言っているのでございますか?」
「いや独り言だ。構わないでくれ」
ユリアも気付いているようだ。この力を帝国がどう使うつもりだったのか。ハルをやりこめたのは、あくまで機能の副産物。
今まで微妙に気がかりだったのだ、ハルは。皇帝がこの世界を永続させるなどと、演説をぶち上げた時から。
レベル制、スキル制のこのゲームにおいて、現実の日本のような統治体制が敷ける訳がない。力が全ての世界なのだから。
しかし、その力の根幹が否定できるなら? 極論この封印技術を、世界全土に広げられるのならば、その誇大妄想じみた夢物語も現実味を帯びてくる。
彼は当時からこの力を知っていたとすれば、そこを起点に計画を思いついたとすれば、納得のいく話ではないか。点と点の繋がった思いである。
……まあ、その準備が整うまでの大変さを考えると、ハルならば決してそんな仕事はやりたくないが。
「……考え事はもういいですか? 今から貴方を、この人数で倒します。スキルは使えず、ステータスも下がり、こちらにはバリアがある。もうどうあがいても詰みです。いえ別にもう倒さなくてもいいです。適当に貴方を抑えて、拠点を破壊しに行けば作戦成功です」
「『ござる』が取れてる取れてる」
「ござるじゃございません!! ……はぁ。拠点と今までの成果全てを失えば、もはや刃向かう気も起きないでしょう」
「いやそんなこともないけどね?」
確かに城と内部のアイテム、そして世界樹を失ってしまうのも痛いが、それで終わりではない。
明日の夜には何事もなく復活するのは、なにも帝国軍の専売特許ではないのだ。
南の龍骸の地ででも再起を図ればまた別系統の発展を楽しむことも出来るだろう。まあシノは嫌な顔をするだろうが。
逆に、守る拠点の無くなったハルが今度は帝国本土を攻めてもいい。流浪の民による遊撃戦という訳だ。帝国でスキルが使えなくなったという話も聞かない。
帝国が本当に世界全土のスキルでも封じない限り、彼らもまた真の勝利は得られない。
「……とはいえ。まあ僕はそれはもう極度の負けず嫌いでね。一度の敗走であっても許容したくなどない」
「この状況を見て、まだ抵抗を……?」
「ああ、この期に及んで抗わせていただくよ。それに、のんびり再起している時間的余裕なんて、元から無いんだ」
一日でも早く、ゲームクリアしこの世界を終わらせねばならない。新しく街を作る楽しみは、別のゲームに取っておくとしよう。
宣言通り、今日で帝国軍を壊滅させる。
◇
「さあ、来ないのかい? お喋りの時間はもう終わりだ。僕を、悪い魔王を打倒する為にここまで来たんだろう君たちは?」
「……勝負はつきました。抵抗しないで、城を明け渡してください。私たちも別に、素手の相手に集団で殴りかかりたい訳じゃない。……ございます」
「おお、そうか! それはすまない。じゃあ剣でも持つね?」
「そういうことじゃありません!」
ハルが刀を装備してみても、ユリアも、背後の帝国兵も渋い顔をしたままだ。動く気配はない。まったく贅沢なことである。
「このまま帝国軍全員に、殴り勝つつもりでございますか! 貴方の技術も体力も知っていますが、勝てるはずないです! 風もこの程度効きません!」
「だから『ござる』が取れてるって。やってみなければ分からないじゃあないか。……まあ、とはいえ、僕もそんな変わり映えのしない泥仕合を延々と視聴者にお届けする気はない」
「それでは……!」
「ああ。手っ取り早く魔法で片付けるとしようか」
「…………はい?」
こいつは何を言っているんだ、頭がおかしくなったのか、とでも言いたげな失礼な顔でユリアは、ぽかん、とする。後ろの兵士らも似たような顔だ。
まあ、無理もない。正直心の底から『勝った』と思ったことだろう。ハルとしても、スキルを封じると聞いて一瞬ヒヤリとしたものだ。
スキルを強化するというハルの作戦上、それを完璧に対策られたと言われたようなものなのだから。
しかし、竜宝玉を用いた力はその更に上位を行くと分かれば、どうということもない。
皇帝もまた、なんとも分の悪い賭けをしたものだ。既存の技術など、ゲーム世界では運営の匙加減ひとつで簡単に陳腐化してしまう物だというのに。
「竜宝玉起動。龍脈通信にアクセス。全て許可。コマンドの実行に、一切の障害なし。広域スキル強化、発動」
「その力はっ! ……いいえ、スキルを封じられた状態で、スキルを強化してどうするのでございますか。無意味でございます!」
「いいや、意味ならあるさ。というか、君らのおかげでスキルについてだいぶ分かってきたよ。正確には、スキルと龍脈の関係についてだね」
ハルは誰にともなく解説をしつつ慎重に自身に生じる変化を確認する。
封じられスキル一覧でも表示が灰色になったスキル詳細が、広域コマンドの影響を受け変化していく。
個人レベルにワールドレベルの値が加算、いや個と世界の境界が曖昧になり、狂ったように数値が上昇していく。
それに伴い、侵食率も一気に上昇していった。ハルが一人で、世界全体の技術向上を担ったのだとシステムは誤認する。
ハルの身から溢れる輝く十二色のオーラの発露に、前方の帝国兵らから動揺のどよめきが巻き起こった。
「僕らのスキルは、龍脈を通じて発動されるようだ。この身のうちに所持している訳じゃあない。だから、龍脈に仕込みを入れることで一帯でスキル発動が不可能になったという訳だね」
これは、アメジスト介入の際のやり取りから、そして先日のスキルシステムにハッキングした際の感覚からも裏付けられる。
ハルたちのキャラクターボディは龍脈を通してその『スキル保管庫』にアクセスし、逐一そこに発動要請を送っているのだ。前時代のネットで例えると、アプリケーションごとクラウド上に存在するようなもの。
帝国の封印は、その際に必要なアクセスキーを紛失させるようなものだと考えられた。
「でも、封印しても全ての繋がりが消えた訳じゃない。もし完全に断った状態であるなら、スキル一覧から表示ごと消えるはずだからね」
「それが分かって、どうなると……」
「ああ、申し訳ない。そもそも君らには関係のない話だ。だってこのスキル強化も、君らはそのバリアで弾いちゃうもんね」
弱体は受けないが、強化も受けられない。竜宝玉は融通が利かないらしかった。
……ちなみにこの理屈から分かる通り、封印の影響下においても<世界■■>は問題なく発動できた。ハルの身に埋め込まれたスキルだからだ。
まあ、これが発動出来たところでどうしようもないのだが、そのおかげでハルは成功を確信できたともいえる。感謝しておこう。
「さてつまるところはだ、龍脈への要請を必要としないスキル、つまりスキル一覧に存在しないスキルがあれば、この封印は無意味ってことさ。ユリア実は、最初から気付いていたんじゃないかい?」
「…………」
「まあ要するに、都合よくユニークスキルに目覚めればいい訳さ」
その言葉と共に、システムはハルが、ユニークスキルを使用するに値する非常に優れた人物であると、『都合よく』誤認してくれたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
また、一部表現の修正を行いました。「<世界■■>だけは」→「<世界■■>は」。仕組み上、「だけ」ではないですね。失礼しました。




