第1418話 戦場を往く通信兵の如く
アイリを伴い山を下りたハルの元に、ついに帝国兵の一団がたどり着く。
とはいえまだまだ全体のほぼ一部にすぎず、このまま戦闘を開始すれば難なくハルが勝利するだろう。
彼らもそれを分かっているのか、ハルの姿をその目に認めるとそれ以上近づいて来ようとはしなかった。
「ハルだ……」
「城から出てきている……」
「魔王……」
「落ち着け、ただのプレイヤーだ」
《言うほど普通か?》
《まあそう思わんとやってられんわな》
《しかし打って出るんだね?》
《確かに》
《ここまで来たら、待ち構えるかと思ってた》
《ラスボスらしくね》
「まあ、僕は実際彼らの言う通り普通のプレイヤーだからね。ラスボスじゃあない。それに、冷静に考えて城内で戦うと城が壊れるだろ?」
「確かに! 魔王のみなさんは、あまりその辺は気にしないのでしょうか!」
まあゲームの中のことなので、背景たる城が壊れることを気にする必要はない。
こちらもゲームではあるが、ほぼ全てのオブジェクトには破壊判定が備わっており、玉座の間で戦おうものなら豪華な調度品の数々は見るも無残に粉砕されるだろう。
いや、そもそも城の中枢で戦うのだから、城その物の存続も怪しい。
「《ゲーム的な演出よりも、実利を取った庶民的な魔王様ということかぁ!? まあ? 俺としては? ここで戦われると巻き添えで死にそーなんでありがたいですけどぉ!》」
《チッ》
《やりそこねたか》
《命拾いしたなミナミ》
《出てこいよミナミぃ!》
《へいへーい。ミナミびびってるぅ》
《戦場実況者の名が泣くぞ!》
「《そんな二つ名なんて無いんですがぁ! いや俺はぁ? 王不在の間この城を守るというひじょ~~に重大な任務を遂行中なんですがぁ!?》」
「まあ、実際大事だ。任せたよミナミ」
なにせユリアという存在がある。一応の協力者とはいえ、その透過能力を生かしてどのタイミングで敵に回るか分からぬ存在だ。
唯一対抗可能な重力トラップの制御役としても、城に残る人員は居てくれた方がいい。
「《ハル君。奴ら、城の防衛機構の射程に入ってるよ。撃っちゃう?》」
「いや。せっかくここまで到達したんだ。もう各個撃破なんてせずに、彼らの準備が整うまで待ってやろうじゃないか」
「《ほーい》」
「《では、我らも撤収するとしようか。いたずらに引き延ばすのも、興醒めというもの》」
「《そうだね! 一か所に集まってた方が、ぶっ殺しやすいもんね!》」
「《ですよー?》」
特に『ハルと接触したら戦闘終了』と決めていた訳ではないが、散開して帝国兵を叩いていた仲間たちも戦場を離脱する。
それにより進軍速度を上げた帝国軍は、間もなくこの場へと数を揃えるだろう。
「……魔王は玉座で待ち構えるべきとは言わないにしても、こうして棒立ちで待つのも格好がつかないね。何かエフェクトでも付けるか」
「それならば、こちらをどうぞ!」
「これは、玉座が……、何時の間に……」
「魔王あるところ、そこが魔王城であり、玉座の間となるのです……!」
アイリが取り出した禍々しくも豪勢な玉座が大地に、ででん、と配置される。なんとも準備のいいことだ。
加えて、黒を基調とした邪悪なイメージを見る者へ与える軍旗など装飾セットも、その左右へと配置されていった。本当に準備のいいことだ。
「ここが、わたくしたちの魔王城なのです!」
「ありがとうアイリ。かっこいいね」
「はい! がんばりました!」
周囲を満たす風の力の中でも旗はゆったりとはためいて、吹き飛ばされるような無様は演じない。まさに、何処でも魔王の威厳を演出できるよう作られたセットである。
元々魔王を名乗るのはアイリの発案でもあったことで、気合の入れようはかなりのものだ。
そんなおふざけでありつつもしっかりと威圧感を増したハルに対しても、集結しつつある帝国兵達の顔つきは揺るがない。
いや、よく見ればそれぞれ不安を押し殺して耐えているものの、その顔の中にはしっかりと勝利への希望の光が見え隠れしているのだった。
「……ふむ? 今までのよう破れかぶれで、当たって砕けていればなんとかなる、といった様子とは少し違うね?」
「つまり、あの者達はここで勝つ気でいるのでしょうか! 身の程を知るのです!」
「アイリも、魔王軍幹部が板についてきたねえ」
「いいえ、幹部ではありません! わたくしは、魔王の奥さんなのです!」
「それって結構な確率で魔王本人より恐ろしいやつだ……」
気の強い魔王の奥さんが、実は頂点で実権を握っているのだ。魔王は普段は、彼女の言いなりなのだ。だが決めるところで決めてくれるとなおよし。
「《あのぉ。要するに、奴らはこれまでのようにただ突っ込むだけでなく、必勝の作戦を備えているってことですかね?》」
「だろうね。とはいえ、大半の兵には知らされていないようだ。ほとんどの者はその顔に不安の色の方が濃い」
「《んじゃ、ほとんどじゃない者は……、ってことですかねぇ……!?》」
「その通りだね。部隊を率いる隊長クラス、その幾人かだけは、不安よりも期待、それに伴う緊張の方が色濃く出ている」
「《……ちなみにそういうのって、どの辺で分かるもんなんです?》」
「勘かな?」
《参考にならねぇー!!》
《適当なんじゃないのー?》
《いや、ハルさんはこれまでもそうだった》
《実績があるからな》
《勘というより経験?》
《歴戦のもさ!》
《表情で分かるんだ》
《というか、現状の分析も込みだろう》
《何の策もなく魔王城に無理攻めはせんよ》
特に今回は、竜宝玉を含むリソースの吐き出し方が半端ではない。
今までは、明日以降も継続して攻め込めるようにと考えての長期戦の構えであったが、昨日を境にそれが一変した。新指揮官の影響だろう。
明らかに持てる力を全てつぎ込んでの短期決戦。ここで負ければ後はない。つまり勝つ気でいる、勝てる何かがあるのだ。
「僕がこうして暴風の地にこの場を仕立てても、絶望感はさほどない。広域デバフとはまた別の、とっておきが何かあるってことさ」
「むむむむ! なかなか、持ち札が多いですね!」
「けど、それも本当にこれで最後だろう。ご覧アイリ、そろそろ彼らもそろったようだよ?」
「来ましたか! 決戦の時が!」
分散し突入してきた帝国軍、並びにハルがあえて招いたゲーマー部隊の一部。
それらが一堂に会してハルの前に並び立つ。全てをぶつけ合う、最終戦のスタートだ。
◇
「さて、待つのはもういいか」
ハルはアイリの用意してくれた邪悪な玉座セットから立ち上がると、大仰にその手を振り払う。
別に魔王っぽさを演出するカッコ付けではない。その手振りに従うように、周囲を渦巻く風の力が、ハルと兵士らを避けるように退いていった。
その渦は完全には消えることなく、周囲を取り囲む竜巻の壁となって決戦の舞台を整える。
まるで、台風の目の中に居るかのようにこの空間だけは一時の凪となり空気が鎮まるのだった。
「……!! なるほど! 王のお言葉が風に消されてはならぬとの、配慮ですね! あるいは、彼らをもう逃がさぬという意思表示でしょうか!」
「まあ、騒音対策と風の壁の意味もあるけれど、一番は属性の力を彼らには利用させない為かな。エネルギーそのものは、中立だし」
ハルがかつて竜にしたように、逆に利用しようとすれば支配者以外もエネルギーの利用は出来てしまう。一応、それは防ぐべきだ。
ハル以外がそんな器用な真似をする心配は不要かも知れないが、事ここに至ってこれ以上の余裕の見せすぎは禁物。敵は勝つつもりでここに来ている。
実際、彼らは風の属性力と相互に干渉する相性を持つ、火の色をした宝珠を次々と取り出していた。竜宝玉ではない、通常の属性宝珠だ。
あれを発動する際、隣り合う風属性のエネルギーが満ちていれば、吸収相性でその力を取り入れて強化されるかも知れない。
「……来ますか!」
「いや、少し様子がおかしい。僕に撃って来る訳ではないようだ。儀式の準備でもするのか?」
「《そうと分かれば自由にさせてやる手はないですねぇ! ハルさん、やっちまいましょう!》」
「いや、悪役は、敵の変身を待つのが流儀……」
「《そうだぞーミナみん。そんなんじゃ、年少男子の応援は獲得できないぞぉ》」
「《へい! 心しておきやす! ……あれ? 悪の組織側じゃあ、どのみち男子の人気は取れないんじゃ?》」
「余計なことを気にするなミナミ」
《今は怪人ファンだって多いんだぞ》
《でもメイン層には結局ヒーロー側だよね》
《悪役ファンは大人なんじゃあ……》
《しーっ!》
《わざわざ作戦遂行させるのか》
《悪には悪の美学》
《油断では? 慢心では?》
《それで勝つからカッコイイんだろ!》
《でも怪人は最後には負けちゃうし……》
《まあ帝国だって悪じゃん?》
《じゃあ大丈夫だな!》
《あれ……? ヒーローどこ……?》
残念ながらどうあがいても年少男子人気は得られないようである。哀れミナミ。
そんなことを言っているうちに、敵は属性宝珠を複数発動させ、目の前の地面を融解させはじめる。
なかなかの力だが、直接撃ったところでハルには届かない。敵もそれは分かっているのだろう。
「《なにやってんでしょう……? あれ……?》」
「うん。きっと以前シノさんの国と戦争した時のように、地下の龍脈まで掘り進める気だ。本当は地の宝珠を使いたかったんだろうね、彼らも」
「風と消滅相性で力が出せないから、仕方なく火を持ってきたんですね!」
その風もまた、ハルによって今は遠ざけられてしまっている。別に狙った訳ではないが、全てが彼らの思惑をくじく方向へと働いたようだ。
「しかし、今は龍脈は枯れている。その状態でどうする気なのか……」
シノは、龍脈のラインを寸断することを戦略へと取り入れていた。しかし、今回は最初から枯れた状態なので断線させるまでもない。
ハルたちが訝しんでいると、その答えはすぐさま提示された。
魔法により地に穴があけられると、それを待っていたかのように姿を現す影が複数。ローブの奥に見えるのは、全員メイド服のようである。
「あれは、ユリアさんの<変身>体です!」
「……なるほど。姿を消して、各部隊に追走していたか」
そう断じるのは、部隊長だけはその出現に驚きを表していないから。その他の兵士は、ハルたち同様これから何が始まるのか一切知らされていないらしい。
そんなユリアに“させられた”プレイヤー達は、ローブの奥の表情を見せることも言葉を発することもなく、淡々と自らの仕事を遂行する。
それが完了すれば、ついに作戦の全容が詳らかにされることだろう。
彼女らは(中身が彼女かどうかは知らぬが)、ジップラインを引く際にも使われたであろうワイヤーをそれぞれその手にしていた。どうやら、姿を消してそれを引きつつここまで来たようだ。
そうして、魔法剣を射出機としてその最後の一投を、地に空いた穴の底にまで勢いよく投げ入れる。
「……なるほど。何となく読めてきたね。恐らくはこのライン、輸送艦に居るだろう司令官の手元まで繋がっている。だろう、ユリア?」
「はい。その通りでございます」
「わわ! あのユリアさんは、本物でしょうか!」
「たぶんね?」
ユリア達の中から、本体が一歩進み出てハルの問いに答える。どうやら、決着が付くまではきっちり帝国側で戦うようだ。
まあ仕方ないことだ。現状最も功績を上げているのはユリア。新司令官の覚えもよく、責任ある仕事を任されるのは自然。
「つまりジップライン突入それ自体が、この『送電線』を敷くためのカモフラージュだった訳だ。手の込んだことする」
「……それを理解していながら、ワイヤーを切るつもりはまるでないのですね。ございますね。その力があれば、その位置からでも容易でしょうに」
「切って欲しいのかな? だが生憎今日は、君らの全ての策を出し尽くさせると決めているんだ。そのうえで、それを全て叩き潰して僕が勝つ」
「自信過剰。慢心というやつをなさいますね……。ございますね?」
「そこは『ございます』不要だったんじゃないかなあ……」
暗に、『今のうちにこのケーブルを切れ』と言いたいらしいユリアだが、残念ながらその提案には乗ることは出来ない。
敵に全ての力を出させ、その全てを圧倒し否定することで、心を折るのがハルの目的なのだから。
そうしているうちに、ついにケーブルを伝い輝く力が流れ込み、地下の龍脈へと注ぎ込まれた。
「……時間切れでございます。これより、この一帯では全てのスキルが使用不能となります。これであなたの、負けとなります」




