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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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1417/1801

第1417話 大規模降下強襲作戦!

 領内全域に広がりつつある異変を察知し、帝国軍もまた黙ってはいなかった。

 彼らもすぐさま広域スキルを発動し、状況に対処。またこれ以上の異常が発生する前に、一気に勝負を決めんとする。


「《さぁーてぇ! 帝国軍がまたデバフを発動してきたが、『一手遅かった』感は否めねぇなぁ? 余裕を見せてのんびり構えすぎたか、それとも、昨日の時点で力を見せすぎちまったのが敗因かぁ?》」


《まだ負けてねぇぞ!》

《驕るなよミナミ!》

《むしろ奢れミナミ!》

《おごるってなにを?》

《そりゃまあ、命とか?》


「《いいぜぇ、たっぷり奢ってやらぁ。ただし帝国兵の命だがなぁ! さぁそんな帝国の尊い命の皆様が、属性ドレッシングの満ちたボウルの中に次々飛び込んでいくぞぉ~。これは、風の力かぁ!》」


 風竜の操りし、地形を変える程の凄まじき暴風。その力が今、魔物の領域に渦巻いている。

 それは十二本のテーブル樹木が取り囲む円の中をすっぽりと満たすように吹きすさび、ミナミの語るようにその様はサラダボウルの中身を撹拌かくはんしているかのようだ。


「……あまり『野菜』をかき混ぜすぎないようにしないとね」

「《『肉』はいくらでもかん混ぜていいぜぇーハル君ー》」


 領地に生える植物たち、『野菜』を吹き飛ばしすぎては、戦後に苦労するのはハルたちだ。被害の出すぎないように、なんとか出力を調整する。


 その機に乗じた訳ではないだろうが、帝国兵、『肉』がその風に乗るようにして、勢いよくボウルの中を目掛けて飛び込んできた。


「ふむ? さすがに今日は、ソフィーちゃんの待ち構える階下に馬鹿正直に下りて行くことはしないか。それどころか、なかなか頭を使っている」

「こっ、これは! わたくしも、見覚えがあるのです! “じっぷらいん”という、やつなのです」

「そうだねアイリ。高速強襲にはうってつけだ」


 鋼鉄線輸送ジップラインにぶら下がり、ソフィーの居る直下を避けて直接奥地を目指し滑り降りる帝国兵達。

 しかもそのラインは上空をホバリングする輸送艦から射出され、放射状に複数方向へと展開されていた。


 兵士はそれぞれ思い思いのラインに飛びついて、風に揺られながらも高速で、分散し攻め込んで来ているのである。


「へえ。バリアの出力を最大化するため固まって動くかと思ったら、思い切ったものだ」

「固まっていたら、ソフィーさんの<次元斬撃>にまとめてやられる事を悟ったのでしょうか!」

「かもね。それに、モンスターの壁がなくなった今ソフィーちゃんやセレステを相手にする必要はない。可能な限り無視して最速で、僕の居るこの城までたどり着く。それだけを考えているのかな」

「なるほど……! そうすれば、自動的に現地で集合してバリアは最大化するのです!」

「そういうこと」


 ハルたちの弱みは人員の不足。特に、広域に分散した軍との戦いにおいて相性の良い者が少ない。

 一騎当千の彼女らを打倒しようとすれば被害は非常に大きくなるが、無視していいならこうしてやりようはある。


「《でもでもぉ? 結局は根元を叩いちゃえば問題ないぞ♪ ハルさん、ドラゴンちゃんでロープを焼き切っちゃえー♪ ……あれ? これはやっていいのかなぁ♪》」

「やめておこうか、マリンちゃん。ロープの根元は輸送艦から飛び出てる。そこに対しての攻撃は、条約違反だからね」

「《むむー♪ よく考えてるぞ♪》」


《この風はいいのか魔王!》

《風が樹の上にまでも、影響を与えてるぞ!》

《そうだそうだー》

《これは安全保障に違反するのでは?》

《魔王は責任を果たせ!》


「知らないね。単なるフィールド効果だよこれは。何か勘違いしているようだけど、ここは人類にとって天国のような安住あんじゅうの地ではない。モンスターの跋扈ばっこする魔物の領域だ。そこになんとか居を構えているということを、忘れるなよ諸君?」


《お、横暴だ……!》

《そんな理屈が許されるものか!》

《そんな態度でいいんですか?》


「いいんだよ。なんたって、僕は魔王だからね」

「ですね! 魔王、なのですからね……!」


 実に便利である。この理屈。悪役なんだから仕方ない。

 噛みしめるように復唱ふくしょうするアイリの得意ドヤ顔も相まって、それ以上追及できる者は少なかった。


 もっとも、文句を言っているのはこの地に越してきて定住している住民ではなく、帝国内のサクラであろう。龍脈通信には、どこからでも参加できる。


 しかし、そんな『お客様』だろうとハルは今回は追い出したりはしない。

 戦争がはじまり忙しいからではない。どんな勢力どんな主張の者であっても、戦況放送に参加し『市民ホール』に集う者はハルの力になるからだ。


「さてこちらも、広域強化コマンドを実行。これで多少は、弱体を相殺そうさいできるはずだ」

「帝国民の力を得て、帝国兵をやっつけるのです!」

「実に気分がいいねアイリ」

「はい! まさに魔王の、所業なのです……!」


 玉座にて邪悪にほくそ笑む、趣味の悪い魔王夫妻である。

 ……いや、そんなお遊びに興じている場合ではない。今日はハルも、出陣せねばならなかった。その為にやることは山積み、玉座でのんびりしている場合ではない。


「僕もそろそろ、出撃しようか。さあ、果たしてどれだけ、兵士諸君はたどり着けるかな?」


 悪役を気取ったまま、ハルは帝国軍を迎え撃つべく出陣する。体の重さはまだまだ感じるが、昨日程ではない。

 さて、果たして帝国軍は、弱体デバフを受けているとはいえこのハルを打ち倒すだけの切り札をまだ所持しているだろうか?





「《そうだ、ロープ切っちゃえ! <次元斬撃>! てりゃあ!》」


「《落ちるぅっ!》」

「《というより吹っ飛ぶっ!》」

「《風がっ! 風が強いっ!》」


「《風を利用されちゃった! むしろ加速!? 流石は帝国軍! ここまで考えてたんだね!》」


「《助けてぇ!!》」


 ……いや、考えていなさそうだ。そもそもこの暴風は、ハルがギリギリまで隠し玉として伏していたカード。作戦に織り込めるはずもない。


 しかし、結果的にいい具合に噛み合って、ソフィーがジップラインを切断することでの一網打尽いちもうだじんの被害を逃れていたのだった。


「《むー。私がラインを辿って一列まるごと抹殺しようとしても、すぐにその線を切断して、あんにゃろめらは被害を逃れますねぇー》」


 一列に連なった降下など、カナリーの連続攻撃のいいマトのはず。しかし、そのコンボの起動を察知すると、すぐに後続の兵士がジップラインを切断。コンボの完遂を防ぐのだ。


「現実でやれば頭の狂った兵士の招いた大惨事だけどね。このゲームでは、ライン途中で放り出されても死ぬことはない」

「思い切りが良いのです!」


 後ろに続く者達は、自由落下や風で飛ばされて散り散りとなり、カナリーの追撃から逃れてゆく。

 綺麗に整列された絶好のカモを失ったカナリーは、また別のラインまでたどり着くまで無力となってしまうのだった。


 だがそうしてジップラインの本数を地道に減らしていけば、ハル軍は徐々に有利となるのではないか? そのはかない希望も、帝国の輸送艦に打ち砕かれる。

 減ったラインは簡単に補充され、それを伝って後続の兵士達は問題なく元気に出撃しているのだから。


「《どうやらこのラインは、射出機として君らの武器を用いているようだね? 見たまえよハル。ワイヤーの先端に、剣がくくり付けられている》」

「セレステ。ラインの埋め込み地点に先回りできたのか」

「《うむっ。これから、この私が流れてくる兵士どもを華麗に惨殺ざんさつしてみせようじゃあないか!》」

「華麗さとはほど遠い言葉だなあ……」


 だが、落下地点を先読みしていたというなら流石は戦神であると言わざるを得ない。軍団戦闘においても、そのセンスには一切の衰えなし。


《だがまたワイヤーを切れば終わりだぜ!》

《ご苦労様ー》

《新品のラインが潰れるのは惜しいけどね》

《気を付けろ。そいつは槍を伸ばす》

《あまり引き付けないですぐに切れ!》

《……どうした?》

《もう切った方がいい!》

《粘りすぎだ!》


「《ははっ。どうしたんだろうねぇ。よもや、『誰かが切るだろ』と皆が思って、人任せにしているのかな?》」

「んなアホな」


 当然、そんな訳はない。だがこのまま行けば串焼きのように神槍しんそうセレスティアに一直線に貫かれるというのに、帝国兵はワイヤーを切らない。

 いや、切れないのだ。途中で何人も切ろう切ろうと試行を続けているが、なぜか全く刃が立たない、文字通りにだ。


「《いやいや。何故か一本だけ、特別頑丈なロープでも混じってしまっていたようだね?》」

「うわあ。わざとらしい」

「《まあ、もう少しからかってやりたいところだがね? このまま飛び降りられても芸がない。種明かしといこうじゃないか! ねぇ!》」


 セレステがジップラインをおもむろに握り込むと、その瞬間ラインを伝って来ていた帝国兵の体が一気にぜる。

 彼らの身からは幾本ものとげのような物が飛び出しており、ハリネズミのような状態で吊り下げられている。

 それ以上その身は下流へ下りて行くことはなく、まるでジップラインそのものに縫い留められたかのようだった。


「……最初から君の槍をワイヤー内部に通していたと」

「《うむっ。落下地点に私が居たのを、運の尽きと思うがいいよ? しかし今のはハル! なかなか芸術点の高い仕事だったんじゃあないかな? 見たまえよ!》」

「うーん。芸術性と言うよりは、宣言通りの残虐性だったというか……」


 ワイヤーにる奇妙な果実と化した帝国兵のみなさんは、間を置かずすぐに消滅していく。即死である。

 いや危ないところだった。もし長時間この映像が放送されたままだったら、ショックで視聴者数が激減していたところだ。


「君らって意図せず閲覧注意な絵面えづらを生み出すよねえ……」


 後に残ったのは、棘が飛び出したジップライン改め有刺鉄線ゆうしてっせんのみ。こうした操作が可能となったのは、素直に感心するセレステの成長だ。


「《ただまあ、こんな遊びはともかくだ。大した被害は出せていないよ? 見た目ほど派手には、ダメージを与えられてはいないさ》」

「……精神的にダメージ入ったかも知れないけどね」


 まだ降下していない兵士達は、じぶんも“ああ”なるかも知れない可能性を考えると足踏みしてしまうだろう。


 ただ、セレステの言う通り他にもラインは複数あり、一本潰しただけでは致命傷にはほど遠い。

 今も元気に兵士は投入され続けており、仲間が迎撃に成功してもすぐさまそのラインは破棄されてしまっていた。


「《竜宝玉で生み出した火竜はどうなっている? あの子の乗ったドラゴンの機動力は、この状況で最も活躍しそうなものだが》」

「《ごめーんね? それがね、この風でドラゴンちゃんは、なかなか全力が出せないのだぁ♪》」

「《ぼくの船も、同じ。ハル、この飛空艇は、四属性の力で干渉されると、弱い、よ?》」

「しまった」


 竜討伐の際に乗り込んだ状況と、同じものをハルの手で作り出してしまっていた。


 もちろん当時と比べ対策も進んでおり、大気中の属性エネルギーからの干渉も受けにくくなっているハルたちの『飛空艇シリウス』だが、やはり厄介なのは広域弱体。

 魔道具の中枢ちゅうすうを成す属性石もその影響下にあり、出力が全体的に低減してしまっているようだ。『軍団防御』のないハルたちは、これに対抗できない。


「まあ、別に問題はないさ。すまないが、今日の主役は僕に譲ってくれ。ここで君らが無双して、また帝国軍を全滅させてしまっても、彼らはまた攻めてくるだけだろうしね」

「《しょうがないなぁ♪》」


 彼らにはハルの元までたどり着き、そして持ち得る全てのカードを切った状態で、成すすべなく敗北してもらわねばならない。

 そうすることで『なにをやっても勝てない』と、心に刻み込んでもらわなくてはいけないのだから。


 そうして彼らの心を折るべく、自らを標的とするためハルは、城を出て山を下っていくのであった。

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― 新着の感想 ―
最大の強みである数頼みで魔王城に突っ込んだとして、その生き残りだけでハル様に勝つつもりでしょうかー? 魔王城の前庭を通る手段を得ただけの状況と考えると随分と杜撰な計画ですねー。進行度は保存されない上に…
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