第1415話 多数決を力とす
「……ちょっと待ってね。なんか流れ作業で許可しちゃいそうなところだけど、これって少しおかしいよね?」
「そうなのかしら? 何か、おかしなところがあったかしら?」
「これ、『許可を求めている』なんて言われてるけど、それって僕自身のことじゃないか」
「その場合、そもそも確認なんて出ないんじゃないかってことだねぇ」
「そういうものなのね?」
もちろん、念のために確認メッセージを出してその意思を明確にする、ということもある。これはゲームによるとしか言いようがない。
しかし、これが単にUI、操作方式の問題なのか、この異常なスキル特有の問題なのかは、比較対象がない現状は確認のしようがないのであった。
「……もし、この『許可を求めているユーザー』が僕ではなくて、別の何かだったら」
「大変なのです! きっと、それはアメジスト様なのです!」
「そうなってしまうねアイリ。いや、あるいは逆に……、許可を求めているのはこうして宝珠を持ってる僕で間違いなくて、許可を出そうとしているのがアメジストだったら……?」
「あたまが、こんがらがらがら、がるのです!」
「なんだいその訳わからん状況は。ハル君が許可を出せる立場なのに?」
「ハルさんは、代理でサインが出来る立場でもある、と考えればあり得ない話ではないですねー?」
いま竜宝玉を手にしているハルと、それに許可を出そうとしているハル。
このどちらが怪しいかと問われると、少々悩んでしまうところだ。
アメジストがスキルを発動しようとして、ハルがそれに許可を与えるのか。それともスキルはきちんとハルが発動しようとしているが、龍脈通信をアメジストが浸食しているのか。
「……まあ、単に規模の大きなスキルだから、確認が厳重なだけかも知れない」
「変に介入があったせいで、疑心暗鬼だぞ♪」
それも全て、このスキルがアメジストの加護ともいえる、<世界■■>というバグったスキルにより生み出されたからだ。
まあ、それに頼り、その恩恵を受けている以上文句を言うのは筋違いなのであろうけど。
「まあ仕方ない。ここまで来て止めるという選択肢はないし」
「何のために作ったのか、分からなくなりますからねー」
一応、<龍脈大河:死水航路>の単体でも、活用方法はあるはずだ。しかし、そもそもの目的は帝国の大規模弱体スキルに対抗するため。
ここで躊躇していては、その目的は達成できない。ハルは、覚悟を決め表示されたボタンに手を伸ばす。
「許可を行うよ。みんな、大丈夫だと思うけど、一応警戒をしておいて」
「はい!」
「お、爆発するか?」
「いやいきなり爆発はしないと思うけど……」
ユキの軽口に助けられ、調子を取り戻したハルは最後の迷いを振り切った。
そうして『許可』を実行するが、幸いにも、この瞬間からすぐアメジストの介入が始まるような自体にはならなかったようだ。
「……ふむ? 特に違和感は感じられない。やはり、ただの考えすぎだったのか?」
「いちおう、あとでエメちゃんにでも調べてもらおう♪ 本当なら、アメジストちゃんに調べてもらうのが一番なんだけど……」
「容疑者本人に調べさせるのはー、ちょっとー」
そこが厳しい所だ。現状、夢世界の解析に一番力を発揮しているのがアメジスト。その彼女を頼れないとなると、ハルたちだけで地道に調査を進めるしかないのである。
「はいはい! 分からんことで何時までも悩むのはおしまい! 今はハル君! 何ができるようになったのか見てみよっか!」
「ユキの言う通りだね。よし、切り替えていこう」
ハルは竜宝玉と龍脈通信のリンクによって発動可能となったもう一つの戦略コマンドを、改めて皆と確認してゆく。
この力はあの地下遺跡とは異なり、龍脈エネルギーを直接使った物理現象は苦手としているようだった。
その代わり、目に見えない力を扱うことに関しては、こちらの方が長けているように見える。
「……うん。あるね、広域弱体スキルも。ただし、恐らくだが僕には彼らと同等の出力を生み出すことは出来ないね」
「それは、兵舎とやらをハルが育てていないから?」
「その通り」
ルナの指摘の通り、この力はヴァーチャルタウン内の施設に対する貢献度、つまりどの施設にどれだけアイテムを投じたかによって、コマンドの出力も変わるらしい。
ハルであれば、アイテムを投じたのはほぼ掲示板となるので、兵舎への貢献が重要な弱体コマンドは大きく扱えないのだ。
一応、最初に機能確認として、街ひとつの施設を全て解禁するところまではハルが真っ先に行ったので、全ての力を最低限の行使は出来るのだが。
「でもこれじゃ、帝国の出力にはまるで対抗できない。まあそもそも、僕も弱体化を撃ったとて、互いの弱体が更に激しくなるだけなんだけどね」
「意味ないじゃーん」
「いえー。きっと、全員の力が完璧に最低値にまで下がったら、素の実力の部分でソフィーさんが大暴れしてくれますよー」
「ソフィーさんは、最強なのです!」
それでも、効率が悪いと言わざるを得ない。ソフィーといえど、同等の力の者が相手では、いずれ数の力で圧倒されてしまうだろう。
「それよりも、強みを生かすのがいいんだぞ♪ 兵舎は忘れて、掲示板の力はどうなるのかなぁ~?」
「……なんだか、あんまり期待できないわねぇ?」
「きっと掲示板に好き放題デマを流せる能力だ!」
「やーん♪ ユキちゃんってばおっかないこと言う~♪ 古の無法地帯が、ここに復活だね♪」
「ではわたくしは、好き放題に“ばん”出来る能力で対抗するのです!」
「アイリちゃん? その権限ならば、既にハルは持っているわ?」
「そうでした!! ならば、掲示板で“ばん”した方は、実際に死んでしまうのです……!」
「お、恐ろしすぎる……」
理不尽すぎる能力である。無条件即死スキルなど、凶悪さにおいて広域弱体の比ではない。
発動条件も『掲示板に書き込んだだけ』というお手軽さ。しかも後出しというイカサマまがい。
……当然、そんなスキルのはずもなく、直接プレイヤーの生死を左右する能力などではありえない。
ただ、その前提条件の点に限っては、アイリの予想はほぼ正解といっていいものだった。
「即死はさすがにしないけど、掲示板に書き込んだ者を対象にできるという点では、実は当たっていたりする。この能力は、集まった残留思念、という名の書き込みの量に応じて、スキルの補正値を強化できる能力だ」
◇
「補正値? 威力じゃなくて?」
「結果的に、威力も上昇するはずだよユキ。ただ、そこまで直接的ではないと思われる。どちらかといえばトリッキーな活用が求められるかな」
「また面倒そうな」
「そうね? 分かりやすく、書き込みの量だけステータスが増える、だったらよかったのに」
「ルナの言うようなコマンドも他ので存在はしてるよ。『市民ホール』に集まった人の数だけ、強化効果を得られるコマンド」
「掲示板の効果がそっちだったらよかったんにー。ぶーぶー!」
「ここはミナミさんの、出番なのです!」
「そうだねアイリ。戦況速報の配信で、人を集めてもらおう」
ただ、ハルが支配権を持っているホールはただ一つのみなので、そこまで劇的な効果は期待できない。
帝国は少なくとも六つの兵舎を活用し、六体のドラゴン討伐に挑んだであろうことから、単純計算であちらの方が出力は六倍だ。
「それと、僕はシノの国がある土地の龍骸をまるごと一つ独占している関係で、あの地で発した属性エネルギーを優先的に使うことも出来るらしい。これは、例外的に目に見える影響力をもったコマンドだね」
「ほえーっ」
ユキが『でもそれでどうなるの?』といった顔をしている。実際、この状態でハルたちがその力を活用する方法は少ない。
どうしても、あの地に満ちる力を活用する為には現地で拠点を築かねばならないからである。
「ただ、恐らくはこれでなんとかなる、と思う。明日は帝国も策を最適化してくるだろうから、楽観はできないけど」
「おっ♪ なにか思いついたんだね♪」
「分かったぜハル君。敵はデバフの影響を最小限にするため固まってバリアを強めるはずだから、そこに目掛けて属性加速砲をぶち込むんだ!」
「だから加速砲は使えないってば! それに、その作戦なら<死水航路>関係なしで行けるでしょ」
「たしかに!」
「やはり掲示板のスキルが鍵になるのよね? しかし、スキル補正値とは言うけれど、それは具体的にどういったものなのかしら?」
「ああ、どうやら、ワールドレベルと浸食レベルの反映される割合が強力になるみたいなんだ」
「どういった、ことでしょうか!?」
このゲームのスキルにはレベルが三つあり、そのうちスキルの威力に最も影響を与えるのは基本の個人レベル。
これは、他のゲームでもよくあるスキルレベルや、熟練度といったものと同じだ。使えば使うほど、どんどん強くなる。
残る二つは、実質的に同じ内容を表している。ワールドレベルと浸食レベル。
ワールドレベルはその名の通り世界全体でそのスキルがどれだけ使われているかを示しており、使用者が多いほどレベルが上がる。
浸食レベルは、そのワールドレベル上昇に個人レベルがどれだけ貢献しているかを示している。こちらは逆に、使用者が多ければ多いほどレベルは下がる傾向にある。
ハルのような独占スキル持ちは『浸食率100%』のスキルを持っていたりするのだが、ワールドレベルが最低のためにそれが強いとも限らない。
逆に<剣術>といった大人気スキルは浸食率をなかなか上げられないが、スキルを取った瞬間からある程度は実用的に扱える。
「……と、この二律背反の状態の、いいとこどりを出来るのが『掲示板スキル』だね。……呼び方を考えた方がいいか」
「なるほど! つまり、ワールドレベルの高い大人気スキルを、浸食率の高い状態で扱えて、もっと使いやすくなるわけですね! すごいですー!」
「……ねぇハル君? つまりそれってさ、不遇スキルが更にご愁傷様にならんかねぇ?」
「なる。現実は非情のようだ」
「マイナー好きに未来はないというのかっ! 結局多数派が、声のデカい方が正義だってゆーのかぁー!」
「まさに『掲示板スキル』なのねぇ……」
……そういうところで掲示板らしさを出してこなくてもいいのだが。まあ、そういうことのようである。
ゲームとしてはバランスをもう少し考えた方がいい内容ではあるが、考えてみれば、このゲームの成り立ち上、仕方がないのかも知れない。
人の無意識、残留思念の集合から生まれたエリクシルが、その力を束ねて活用するために作ったと思われるのがこのゲームだ。
であるならば、同じ方向性の力を集めれば集めるほど、より強力な恩恵を受けられるのは方向性として実に正しい。
「ある意味メタ読み、運営の思惑読みによる『攻略法』といったところでしょーかー? エリクシルの好みを読み切ることが、攻略のカギなんですねー?」
「逆に、だからこそ逆張りが真の攻略のカギかも知れないぞ♪ 人気スキルは最後の最後で、役立たずになっちゃうのだぁ♪」
「なるほど! そこで“らすぼす”撃破の鍵となるのが!」
「そうだぞ! 世界から不要とされてきた不遇スキル使いのみなさんなのだぁ♪」
「燃える展開! なのです!」
まあ、そんな展開もないとはいえない。エリクシルの求める物ほど、クリアのための正解である可能性は低くなるのだから。
「まあ、そんなことはさておきさハル君?」
「立ち直り早いね」
「いや私ってよく考えたら環境スキル構成だし?」
「確かにユキは普段から、パワースキルを十全に生かしきるタイプではある」
「だしょぉ? 逆にハル君って、マイナートリッキータイプじゃん? 今回のこれは、勝算アリなん?」
「うん。今回の僕は、魔法スキルを基本として構築してるからね。そこは抜かりない」
「魔法も、大人気なのです! みなさん大抵、どれか一つは持っているのです!」
そう、属性ごとにばらけてはいるが、やはりファンタジー世界のゲームをするなら魔法を使いたいと思うのはハルだけではない。多くの者が魔法を使い、ワールドレベルを押し上げていた。
その中でもハルは元々魔法を極め、浸食率も高い存在である。
これら新たにたどり着いたコマンドを組み合わせ活用すれば、帝国の広域弱体スキルにも十分に対抗できるはずだった。




