第1413話 世界をこじ開ける力
「奴のスキルの名は<龍脈素行>? らしいです。ございます」
「遡行、かな。逆行のことだろうね」
「まあそんな感じです」
「ふむ。その効果は分かる?」
「全容は掴めてございませんが、『龍脈通信』をより深く使いこなすスキルだとか。これを利用して、奴はさまざまな秘密情報を手にしているのでございます」
「ネットのハッキング能力みたいな……? いや、逆行するという字面から見て、残留思念を読み解くような力だろうか?」
「ここでも残留思念なのね?」
「ここでも?」
「こちらの話よ」
「はあ。そうですか、ございます」
例えば龍脈通信内で密談をしていた者達が居たとして、その記録を遡ることが出来れば、油断してペラペラと話している内容を全て手中にできる。
そう考えるとなんともスパイ専用めいた能力に思えるが、ハルたちの<龍脈接続>だってスパイカメラ搭載だ。龍脈には少なからずそうした側面があるのだろう。
そして恐らくその本来の機能はスパイが目的にあらず、今回はその部分が牙をむいてきたということに違いなかった。
「……そのスキル持ちは、何らかの手段で龍脈通信から力を引き出せる。そして、そのスキルに竜宝玉が合わされば」
「その通りでございます。かつて竜討伐専用だったデバフスキルも、こうして好きな対象に向けて発動できるのでございます」
「なかなかの無法ぶりだ」
「しかもとても、ずるいです! こちらは、遺跡などに行く必要もないのです!」
「いえ、どうやらそう何でも出来る力でもないようでございます。この力を行使する為には、本来の施設管理者、この場合は皇帝の承認が必要となるらしいんです。ございます」
「そう皇帝と話してるのを、君は盗み聞いた訳だ」
「ございます」
「二重三重にスパイがはびこってる国ですねー。帝国はー」
スパイとその親玉の秘密の会話を、透明化したユリアが更にスパイしている。大変そうな国だ。
まあ、力こそが法となってしまっているこの国も、人の事は言えたものではないが。
「だから、遺跡の時のように、あなたがまた同じことをしてカウンター出来るようにすれば……!」
「……んー、今回は少々、厳しいかもね?」
「なぜですか? ございますか?」
「まず、その<龍脈遡行>の習得条件を、僕らは知らない。誰も持ってないんだ。ユリアちゃんは知ってる?」
「いえ。帝国でも、かなり機密度の高い情報に指定されているようで……」
「その幹部以外には渡していないか」
「はい。存在もほぼ知る者はいないです……」
だろうな、とハルは納得する。独占スキルだ、ハルだって同じ立場になれば当然バレないようにしたい。
……そもそも、<龍脈接続>だって、運営側がばらさなければ未だハルの独占であった可能性すらある。
「ただこれはまあ、『そういうスキルがある』と知ってしまえば僕らにも覚えられる可能性はある。心当たりもあるしね」
「では、」
「いや、ここからが問題だよユリアちゃん。仮に覚えられたとしてだ。僕には、果たして帝国側のスキルに対抗できるのかな……」
「?? 竜宝玉ならいっぱいあるじゃないですか。ございませんか」
「そなんだけどねーユリアちゃん。うちらは、『兵舎』を全く強化なんてしてないのだ」
「ドラゴンはみな、正面から実力で打ち破ってしまいましたから!」
「ぼっこぼこだぞ♪」
「あっ……」
そう。竜を打ち倒す為に使った強力な弱体を再び使えるなどと言っても、そもそもハルたちはそのお世話になっていないのだ。
通称『兵舎』に振る無駄なポイントはあらず、当然そこへのアクセス権の強さは帝国の比ではない。悪い意味で。
「僕らの持つ権限は、ほぼ掲示板機能の管理権限だけさ」
「役立たずじゃねーですかでございませうか!!」
「役立たずにござるなあー」
「腹を切りなさい!」
役立たず過ぎて切腹を命じられてしまった。
そんな憤慨するメイド姿のお役人様をなんとかなだめつつ、ハルたちも慎重にこの渡された情報についてかみ砕いてゆく。
「……まあ、情報自体は非常にありがたい。僕らもなんとか覚えられないか試してはみる。心当たりもあるしね」
「ハルさんならきっとやれますよー」
「でも、覚えたって役立たずかもしれないんでしょ? ございましょ?」
「そこは、『ございましてよ』、がいいですよユリアさん!」
「そうね? その方がお上品でしてよ?」
「ま、また誘導されてる……。お嬢様ではないでございます……」
「まあ、ユリアお嬢様のお役に立てるよう、誠心誠意努力はするが、そもそもどうにもならない場合だってある。だから、他にも手は打っておきたい」
「……例えばどんな?」
「幸い、そいつは<龍脈接続>がない、遺跡を使えないんだろう?」
そもそも、帝国が拠点を築いている龍骸の地の隠しダンジョンは、ハルが世界樹で封鎖している。ユリアにしか通行は不能。
ただそれでも、やろうと思えば他のエリアにて遺跡を開ければ済んでしまうので、これに関しては朗報といえた。
「だから、明日は君が遺跡でコマンドを起動しなければ、単純にその分僕らの有利だ」
「……それは、約束できません。してほしいなら明日までに、リアルで問題を全て解決してきてください」
「手厳しいなあ」
さすがにそれは、ハルにも無理だ。そもそもこの敵を倒さねば、課題の全貌が見えそうにない。
ユリアの信頼が得られなければ、彼女の中でハルを倒すという選択肢は生きたままだ。完全に裏切らせるのはまだ無理だった。
「じゃあ、そいつに竜宝玉を渡さないとか、要請をとにかく渋るとか、勝てそうになったらコマンドを解除するとか。そうやって地味に立場を僕側に傾けてくれればいいさ」
「了解でございます。そのくらいなら、元々、後から来た奴に手柄を横取りされるのも嫌なので」
「交渉成立だね」
ならあとは、ハルが<龍脈遡行>を覚えられないか試してみるだけだ。先ほども言ったが、『存在する』と知った以上は、あとはそれに至る道を探るのみである。
ただ、その道標となるべき手法をユリアに見せていいものか否か、ハルが少々悩んでいると、都合の良いことにユリアの方から退席を切り出してくれた。
「では、私はもう帰ります。ございます」
「いいのかい? ログアウトまでここに居たらどうだい? ……正直、ここで消えられると不安だしね」
「ご心配なく。死んで戻りますんで。ございますんで」
「……確かに信用できる戻り方だけど、そこまでする?」
「別に、あなたの信用を得たいからじゃないです。さっきから、連絡を返せとコールがやかましいので、戦って敗れたという言い訳にすることにします。はぁ……」
「なるほど」
どうやら、龍脈通信を使って件の人物が連絡を入れて来ているようだ。
ユリアにとってはその者もまた敵なので、心の底から嫌そうな顔を隠しもしない。
「では」
そんな彼女は一瞬で無表情な顔に戻ると、ハルが止める間も与えずナイフを自らの首筋に押し当てる。
そして躊躇なく一気に引き切ると、死亡判定を使って明日の夜まで、この世界と一時縁を切り逃げ出したのだった。
*
「せめて敵の名前くらい教えてくれたらよかったんだけど」
「いまだに『謎の幹部A』のままだぞ♪」
「私たちも、それだけ信用されてないということなのでしょうね?」
「孤独な闘い、なのです……!」
「ぶっちゃけ無謀な縛りプレイにしか見えんけどねー」
「ですねー?」
まあ、若さゆえの向こう見ずというか、経験不足ゆえの許容量の少なさが災いしているのであろう。
ハルたちから見れば『もう少し上手いやりかたが』、と思ってしまうが、下手に誰かを信じて騙されてしまうよりはマシなのだろうか?
「それで、ハルさんはどうするのかな♪ なにやら、手がかりがあるような口ぶりだったね♪」
「まあね。さて、マリンちゃんはどうすると思う?」
「問題出されちゃった♪ う~ん、<龍脈接続>の時と同じなら、とりあえず龍脈通信にアイテムぶち込むんだけどなぁ~~?」
「ですねー。可能性があるのはそこですよー? しかし、ハルさんはすでに十分にそれをやってますからねー」
そう。龍脈通信を介してスキルを覚えるとなれば、形ある龍脈同様に、龍脈アイテムを流してやればいいように思う。
しかし、その行為は既に各施設の権利を得る段階で、多量の龍脈結晶をつぎ込んでいるハルだった。
「それに、それは僕に限らず、他の勢力でも大勢が同様の行為を実行済みだ」
自国周辺の龍骸の地はなんとか権利を得ておきたいと画策した、周辺を治める大規模国家。
距離に左右されないマーケット機能を活用するため、投資を惜しまなかった商人プレイヤー達。
様々な思惑で、様々なプレイヤーが龍脈通信にアイテムを流している。
しかし、<龍脈遡行>なるスキルを得たという情報は、これまで噂レベルですら聞いたことがない。それだけでは、まだ条件不足という訳だ。
「量にしても、ハルは負けていないはずよ? 全ての掲示板機能を支配する為に、膨大な量の貯蔵を投じた訳だし……」
「んー、兵舎にたくさん入れたひと専用のスキル、だったりするんでしょーかー?」
「ひっどー。しかしカナちゃん、今から兵舎に注いでそれが外れだったら、悲しすぎるぜ?」
「ですねー」
「そもそもそれなら、掲示板にたくさん入れたひと専用スキルもあるはずだぞ♪」
まったくその通りだ。施設に当たり外れがあったというよりも、その方がより『らしい』感じがする。
であるならば、やはり何らかの特殊条件があり、ハルたちやその他のプレイヤーはそれを見落としているということになるが、何を見落としているかがまた厄介な問題だ。
こういうものは意外と盲点に入ると気付きにくく、分かってみれば『そんなに簡単なこと……』となる場合も多い。
そもそも<龍脈接続>だって、運営じきじきのヒントがなければ普及していたかどうか。
「ただ今回は、それらの条件の検証はしません」
「なんと!」
「まあ、そうね? 時間もないことだし」
「戦時下で、手探りでやるリソースも勿体ないしねぇ」
「ではいったい、どのような冴えたやり方があるというのでしょうか! まあわたくしなんとなく、分かってしまっているのですが!」
「そうね? 今ここで使える無法といえば……」
「<世界■■>を使う」
「出た裏技」
「というかチートだぞ♪」
ことスキル、こと龍脈となれば、本家本元の専門家であり龍脈にも謎の知見を持つアメジストの力に頼るのがいい。
こちらもこちらで不安だが、元々少々思うところがあったのも大きい。
「以前、大量に龍脈アイテムを流した時、世界樹を流れる力の質に異変があった。そこに、関連性があるのではないかと僕は思う」
「《結局、何がどう変わったか私には今でもさっぱりでぇ。お役に立てず、すみませんー……》」
「イシスさんのせいじゃないよ。僕にだってわからん」
だが、世界樹が反応を見せた、つまりアメジストの介入と反応する何かがあったのである。
そのアメジストの力の結実した<世界■■>。これを発動した状態で条件の一部を満たしてやれば、前提を無視して強引にスキルの習得に至れるかも知れない。
もはや真面目にゲームを楽しんでいる者が居たなら単なる害悪チーターでしかないが、この状況で気にしていられるハルではない。
さっそく、<世界■■>を全力で自身を対象として発動しつつ、龍脈通信の中に結晶を次々と放り込んでいった。
「なにか起こっている感覚はありますかー?」
「いや。不安になるほど全くないね。まあ内部では、何か処理が動いているのは間違いないんだろうけど」
「条件満たした瞬間に唐突に『ぐあっ!』ってくるやつだ」
「画面が、めちゃくちゃになるのです……!」
「……あなたたちね。日常的にゲームを壊すのはおやめなさいな」
「ソフィーちゃんもいきなり<次元斬撃>を使ってたし、確実に何かがあるはずだぞ♪」
そうしてハルたちの睨んだ通り、ある瞬間を境に龍脈通信を表示するモニターにノイズが走り処理がエラーを示し始める。
そうして気が付けば、ハルのスキル欄の中に、狙い通りスキルがひとつ追加されていたのであった。




