第1412話 敵の敵と手を組む世界の敵
それからハルたちは、弱体効果に苦しめられながらも帝国兵の的確な排除を次々に達成していく。
彼らが広域に展開しハルたちの攻勢からなんとか逃れようとしていたこともあって、追い込みは容易かった。
かけられた『軍団防御』の効力はそのぶん弱まり、更にその数も減っていくと、あとはもう一気に総崩れとなる。脆いものだ。
「……軍団防御が薄くなるほど、広域弱体の効果もより大きく受けてしまう。彼らの連携が取れていなくて助かったよ」
「そうね? ギリギリまで秘密にしておきたかったのでしょうけど、使いどころを焦ったかしら?」
「確かに、もっと侵攻が深くなってから駄目押しのように来られたら、厳しかったかも知れません……! これはリコリス様の、おかげでしょうか!」
「あんまり感謝したくないなぁ……」
リコリスがスパイとしてこの情報を流してくれたおかげで、敵はカードを切るタイミングを誤った可能性は高い。
隠していてもいずれバレてしまうなら、その前に最大の効果を発揮しようと思い切った判断に出たともいえる。
事実、ハルが答えにたどり着く前に奇襲を行うことには成功し、一定の効果を得ることにも成功した。
「……これは、どちらが良かったのかしらね? なんとなく、もっと我慢して、ハルを追い詰めた瞬間に発動する方が正しい気もするけれど」
「そうですね。ですが! その間にハルさんならきっと、対抗策にたどり着いていたに違いないのです!」
「んー。そだねぇ。それもあるけど、戦果としても、あのタイミングでカードを切ったのは正しかったと私は思う」
「あらユキ。お疲れさま。残党退治はもういいの?」
「ルナちーおっつー。あとはまあセレちんたちにお任せでいいっしょ」
先にハルの元へと戻って来ていたルナとアイリ、そこに砲台の制御を担っていたユキも合流する。
窮地を脱したことに沸くアイリたちとは違い、ユキの表情は少々固い。
「ですがユキさん、今日もわたくしたちが、圧勝だったのです! 明日からも、敵の手の内が割れた状態でスタートできます!」
「しかしだアイリちゃん。あのデバフによって、本日こちらが被った損害もひじょーに大きい」
「むむっ!」
「そうだぞ! 動物さんたちが、ほとんど埋葬されちゃったのだ! おかげで、ハルさん動物園の経営は明日からぴーんち♪ 来園しても、檻の中には何も見えないぞ♪」
「マリンブルー様! それは、確かに! クレームの嵐なのです……!」
「凶暴化したお客様に、スタッフが袋叩きだぁ♪」
「いや閉めなよそんな動物園……」
なぜその状態で営業しようと思ったのか。凶暴化はともかくクレームは当然である。
あと、勝手にハルの名を冠した動物園にしないで欲しい。
「要するに壁となるモンスターがほぼ全滅したと」
「次世代の赤ちゃんが育つには、栄養不足だぞ♪ 八方ふさがりだね♪」
倒産待ったなしだ。ハル動物園の経営は、これにて終了。
「対して帝国軍の連中は、明日も元気に攻めてくる。戦いは今日よかずっと厳しくなるね」
「安心するのだユキちゃん♪ 明日は私のペットが、直接ぶっころしちゃうからね♪」
「たっのもしー」
モンスターの群れを統率することに専念していたマリンブルーは、今回は直接戦闘に参加していない。その彼女と<調教>済みの強力モンスターが加わることで、多少の穴埋めにはなるだろう。
「ただやはり戦力回復は向こうが有利。一応、『上層部に捨て駒にされた』という空気を広げることで、不満不信を募らせるよう仕掛けてみるが」
「……それよりも、『次は勝てるかも』という戦意高揚の方が上回りそうね?」
そうなのである。ハルもそれは確実だろうと予測していた。困ったことだ。
「ここはやはりー。この広域弱体をどうにかしないと、お話にならなさそうですねー?」
「カナちゃん。もういーの?」
「私は敵に大軍が居ないと、役立たずなのでー。体もだるいですしー」
「それでも、現実のぽよぽよなカナリーちゃんより動けそうだけどね」
「なにおー。太ってませんー。それにリアルの私は、やる気になればすごいんですよー? やる気になればー」
「はいはい。普段からやる気になって運動しようね」
対軍戦闘に完全に特化したカナリーも、残党狩りを切り上げて戻ってきた。個人が散らばっている状況では彼女のコンボが繋がらない。
そんなカナリーの言う通り、この今もなお継続している強烈な弱体、それをどうにかしないと、主導権は帝国が握ったままだろう。
ハルたちもひとまず対応の時間を得られたが、明日からは敵も、完全に作戦に組み込んでの連携を見せてくる。
「……加えてこちらは消耗が激しい。龍脈も、まだまだ回復する気配が見えない」
「動物の赤ちゃんが、生まれてこないぞ♪」
明日から動物園が閉園するのはそれが理由だ。ユリアの操作しただろう遺跡のコマンドによって、龍脈エネルギーが強制的に吸い上げられている今、この地でモンスターが生まれない。
ユリアが意図していたかは分からないが、彼女の発動したコマンドが全て謎の敵将を利する結果となっていた。
「逆に言えば、ユリアをここで裏切らせることが出来れば、それだけでこの状況も逆転できる」
「ユリアさんは今どうしてますー? ダンジョン内にいますかー」
「すまないが分からない」
「《中身がすっからかんだと、龍脈監視カメラ使えないみたいなのでぇ。私も役立たずですねぇ……》」
「腐るなイシすん。今日は合法的に休んじゃえ」
「《いえいえ。もっと後方に『枝』を伸ばして何か見えないかと、探ってみますよ!》」
「あなたもワーカーホリックが染み付いているわねぇ……、と、あら……?」
「どしたんルナちー」
「……どうやらこの城のセキュリティに、誰か引っかかったみたいだわ?」
ルナの<危険感知>系スキルが、場内の異変を感知する。
混乱に乗じてここまで侵入を果たした帝国兵だろうか? ハルたちはにわかに張り詰めてゆく空気の中、その現場へと向かうのだった。
*
「なにこれぇ……、体が動かないぃ……」
「なんだ、噂をすればの、君かユリア」
「くっ、こんな醜態を見られたのも、すべてあいつのせいです。ございます」
「透過しててもデバフは受けるんだね君も」
弱体化されたせいで完全な<隠密>化が不可能になったのか。それとも身体能力の低減でトラップに足を取られることとなったのか。
城内のとある狭い廊下の中央部。そこには、床にへばりつくような姿勢で無様に横たわるユリアの姿があった。
このエリアはまさに彼女が侵入した際に捕獲する用の専用トラップが設置された場所。<星魔法>による重力倍化が発動し、完全無敵のはずのユリア唯一の弱点が彼女を捕らえていた。
「お、起こしてください。でございます」
「だめよ?」
「そ、そんなっ」
「だって貴女、罠を解除したらまた全てを透過して逃げてしまうでしょう? その姿勢のままお話なさいな」
「今回は<窃盗>目的ではなく、話をしたかっただけです。ございます」
「ええ。ですから話ならそのまま出来るでしょうに」
「まあルナ。正直このままだと、僕もまともに会話できる自信ないし……」
「甘いわねぇ?」
ハルが魔道具のトラップを停止させたことで、ようやく平らに潰れたカエルから、ユリアは人としての姿を取り戻した。
女の子がしてはいけない恰好を駆けつけた全員に観察されて、その顔は真っ赤に染まっている。
「ううっ……なんたる羞恥、にございます……」
「……まあ、とりあえず移動しようか。一応言っておくけど、透過しようとはしないように。もう一度あの姿を晒す事になる」
「了解、しました。ございます……」
思わずメイド服のスカートを押さえるユリアに悪いとは思いつつも、そう脅しつけてハルは拠点の一室へと案内する。
可哀そうだが、消えたのを見た瞬間ハルは本気で宣言通りの内容を実行する。それだけ、彼女のスキルは警戒すべき無法さを誇った。
席に着き、落ち着きを取り戻した彼女と、ハルたちは改めて会話をスタートさせた。
「それで、今日はどんなご用かな♪ このまま帝国を完全に裏切ってくれたら、嬉しいぞ♪」
「悪いがそれは出来ない。でございます。貴方がたに順当に勝利できれば、それは私の計画にとって、喜ばしいことでございますから」
「まあ、僕としてはそれで構わないさ。双方の利益が見込める範囲で、協力してくれれば」
「つまり、今日はわたくしたちにも、利のあるお話を持ってきてくれたのですね!」
「はい。その通りです。ございます。……しかし、女の子ばかりですね?」
「……ユリアちゃんが話しやすいようにだよ」
「なるほど。ございます」
これは嘘かもしれない。ハルは人間なので、嘘をつく生き物なのである。ミナミやケイオスにも付いてきてもらうべきだったか。
ともかく、誤魔化しきれたようなので話を進めるハルだ。彼女の方にも、どうやら気にしてばかりいる余裕はないようだった。
「では、えと、単刀直入? に申し上げて。今回のデバフスキルの発動者、帝国で悪事を企む、国の中枢の一人です。そいつが、近くまで来ています」
「……ふむ。もう接触した?」
「まだです。ただ、龍脈通信にて接触するようにとの連絡が来てます。竜宝玉も持って来いと」
「だろうね」
ユリアは、それを透明化できることをいいことに、知らぬふりで無視してここまで飛んできたという訳だ。
殲滅される帝国兵を一切助けず無視しているところも、ちゃっかりしている。
「竜宝玉は?」
「ダンジョンの中でございます」
「なら大丈夫か。あそこは今、世界樹の根で塞がっているから君しか入れないし」
「……そのままでも多分、あいつは中に入れない、と思う。ございます」
「ん? なんだって? ということは……」
「はい。奴は<龍脈接続>には長けていないのでございます」
「なるほど。じゃあやっぱり、龍脈通信に関する何か別系統のスキルか」
「なぜそれを!」
「まあ考えれば分かるよ。このスキル、ドラゴンを弱体化する際の物に酷似しているし。それを応用する力があるんだろう?」
「先に教えてくれてれば良かったんに。出し惜しみするねぇーユリアちゃん」
「敵にそこまでする理由はないです。ございます」
まあその通りではある。まだ完全に、信頼を得るには至っていないということだ。
しかし、ここに至ってその状況が変わった。ハルとの連携をより密にしてでも、訪れた敵幹部を叩くチャンスとユリアは考えている。
それはハルも素直に歓迎する。これまで手の届かなかった敵中枢に、一気に迫る好機に違いない。
「ところで、その相手だけど、緑髪の足が速くてやかましい男だったりする?」
「情報屋ですね。そいつじゃないです。でございます。あれは正確には、帝国の者ではないらしいですし」
「違うのか……」
少々意外のようにも、言われてみれば納得のようにも思える。正直彼とは、結びつかなかった部分のあるハルだった。
しかし、となると厄介ごとがまた増えた。恐らくは情報屋の他にも最低一名は、現実に記憶を引き継いでいるだろう者が帝国に増えたのだから。
「そいつの情報を、知っている限り渡します。それを使って、何とかどうにかしてください。でございます」




