第1411話 竜を殺す呪いの力
まるで体が一気に重くなったかのような錯覚がハルたちを襲う。
ただし、これは相対的なもので、例えば<星魔法>で重力が実際に加算されたといった現象とは異なる。
体の重さはあくまで、身体能力が一気に減少したせいで、肉体の動作が緩慢になったがゆえの感覚だった。
「強烈な弱体効果スキルが発動された。これはその効果だろう」
「これは、この感覚は覚えがある。デバフ使いの俺としては覚えがあるぞぉ! 端的に言って、実にヤバイ!」
「どのくらいヤバいのかなミナミ」
「えー、食らったら負けです。というのは冗談にしても、使えるなら使わない意味がないレベル、当たったら勝利を確信するレベルの強技ですねぇ」
弱体化スキルといっても、その内容はゲームによって様々だ。
戦闘ごとにきっちり毎回使っておくのが当然のゲームもあれば、専門職として比較的マイナーな位置にいるゲームもある。
このゲームは、というよりは神様たちの作るゲームは基本的に後者、弱体はマイナーよりであり、力と力のぶつかり合いを是としていた。
「まあ確かに、相手にいきなりこのレベルの弱体を押し付けられれば、かけた側の戦闘は結果が決まったと言えるレベルだ」
「《やっぱし『勝利する』コマンドであったか》」
「いや冷静に言ってる場合かーいっ! それとも歴戦のゲーマーが集うハルさん部隊には、この程度はまだまだ余裕なのかぁ? ソフィーちゃんたちは無事かぁ!」
「《ぜんぜんだいじょうぶ! ……でもないかも! とはいえ、多少体の動きが鈍くなったところで、訓練してない人にはまだまだ負けないよ!》」
「《動物さんたちは、苦しそうだぞ! おなか減っちゃったかな? うーん、がんばれがんばれ。餌場はもうすぐそこだぞ♪ 食べ放題だぁ♪》」
特にマリンブルーの使役する魔物たちの弱体化がひどく、次々と帝国兵に押され始める。
一匹倒すにも多大な犠牲を強いていた所にこのスキルが発動し、形勢は一気に逆転。今は大した消耗もなく、囲んで叩いて終わりとなっていた。
《確かに『使ったら勝ち』すぎる……》
《チートじゃないかこんなの!》
《相手もチートだからセーフ》
《チートにはチートぶつけんだよ!》
《でも帝国側の動きも落ちてない?》
《そうなの? わからん》
《ほら、全体的に戦闘のスピードが落ちてる》
《言われてみれば……》
そう、この弱体スキルはハルたちだけを狙い撃ちにしたものではなく、この魔物の領域一帯を無差別に襲ったもの。
それは術者にとって味方であるはずの、帝国兵達をも平等に苦しめていた。
ただ、その効力は多少はハルたちよりマシ、といった感じにまだまだ元気で、相対的に有利となった実感と共に、瞳に勝機の炎を灯して突撃の勢いを増す。
肉体性能それ自体は落ちているはずなのに、進軍速度は逆に上昇。先ほど以上に、前線を次々と押し上げ始めた。
「《大変だハルさん! 抑えきれなくなっちゃった! 解呪して!》」
「《やはり、我々だけではどうしても手数が足りないな! ハル、少々そちらに流れるのは、やむなしと思ってくれたまえ!》」
「ああ。君たちも無理せず、身の安全第一に……、と言って聞いてくれると嬉しいんだけどねえ……」
「《はははっ。善処しよう》」
精鋭中の精鋭ではあれど、大幅な弱体を受け数でも圧倒的に劣る。ソフィーやセレステでは勢いを増す帝国を抑えきれず、帝国もそれを分かっている。
次第に彼らはソフィーたちを倒すことを考えず、二人から逃げるように距離を取り始めた。
「《待てー! 戦えー! そうだハルさん! 弱体解除だ! 戻って一度解除して、その後改めてけちょんけちょんにした方が効率的だよね!》」
「すまないがソフィーちゃん。このスキルは個人を対象にかけられたものではない。僕の所まで来ても、僕にも解呪はできないよ」
「《えーっ!》」
「《うむっ。超広域の範囲魔法、というには少し不自然だね。というよりもそれほどの出力、ハルでも不可能だろう》」
「《そうなんだ!》」
このスキルは恐らく、プレイヤーだけでなくこの土地そのものに、常時発動され続けているスキルだ。
そのため、通常の対策のように一度だけ解呪しても効果はない。すぐに再度その影響下に置かれてしまう。
「ハルさんには、このスキルの正体が分かっているので?」
「正体というほどではないけど、効果範囲はハッキリわかっている。ちょうど、龍脈通信を見ていたからね。ミナミもマップを見てみるといい」
「こ、これはぁっ! これは全員参照可能な現象かぁ? 観戦者もとりあえず、世界地図を今すぐチェックだぁ!」
《なになに?》
《ホールから出るの?》
《出なくても見れるよ》
《うわ、マジじゃん……》
《マップに影響範囲が出てる!》
《なんか龍骸の地がもう一個出来てるみたい》
《となるとめっちゃ広いな……》
そう、龍骸の地の位置を示した世界地図、その中心の空白だったポイントに、新たに円形の領域表示が行われていた。
とはいえ、龍骸の地が新たに生まれた訳ではない。これが、広域弱体スキルの影響範囲を示しており、つまりは土地そのものに弱体が掛けられている証拠であった。
「……解呪するには、この一帯全てを浄化しなくてはならない。さすがに僕でも、そのレベルの魔法は使えないよ」
「《ですが、実際に帝国側の誰かが、この力を行使したのです! その方が、ハルさん以上の魔法使い、というのも考えにくいです! むむむ……!》」
「《ならやはり、これが竜宝玉による敵の切り札。帝国側の、新たな龍脈を統べる者とやらということね?》」
「《龍脈の巫女二世ってことでしょうかぁ。私、知りませんよー。私より有能そうでへこむなぁ》」
「気にすることないよイシスさん。たぶん、何らかの異質な力だし」
物理的に龍脈を支配するハルとイシスの力。しかし、ハルたちはこの広域スキルにはたどり着いていない。
恐らくハルたちが対応しているのはあの物理的な遺跡の活用。今回のスキルへ至るには、別系統の才能が必要に違いなかった。
「……聞いてないぞ運営。……僕の時だけ、アナウンスを出しておいて」
「《あー見ました見ました。確かに、他の龍脈スキルが生まれました、なんてお知らせは見てませんよね》」
あれはハルに対する妨害行為だったのか。それとも今回のスキルは、アナウンスして時代を進めるだけの力を持たぬ程度の物なのだろうか。
「とはいえだ、やはり、これではっきりした」
「《んだね。鍵はやっぱし、この龍脈通信にある。あとは、うちらがどうやってそれにたどり着くかってだけだ! ヒントをくれた帝国には感謝せんとねー》」
《ポジティブすぎる!》
《付け焼刃でどうにかなるわけない!》
《いーや。ハルさんを舐めるな》
《なんども逆境を覆してきたんさ》
《リアル<覚醒>スキル持ってる》
《中二病乙》
《ただ準備しただけだろ》
《今回は何の手がかりもない。詰み》
《……そもそもデバフ程度で勝てるのか?》
まあ、少々面倒だがこの状態で戦っても負けるつもりはない。かなりの被害が出るだろうからやりたくはないが。
とはいえ、どうせならこのピンチの状況を脱却し、余裕で勝利したい。
その為にも、ハルは引き続き、龍脈通信と竜宝玉の関係に頭を悩ますのであった。
◇
「《ハルさん、突破されちゃったぞ! 一直線に、兵士のみんなが走ってる~》」
「問題ない。第二防衛ラインが、既に待ち構えてる」
「《それなら安心だね♪》」
「《ですよー?》」
巨大モンスターたちの壁を突き崩し、防衛線に穴を開ける事に成功した帝国軍。その彼らが、一気になだれ出て拠点に迫る。
だが、その関係上どうしても一列に並んで進んでしまうために、カナリーの得意技の餌食にうってつけだ。
「《このまま根元までコンボしちゃいましょー》」
「《馬鹿め! 弱った状態なら怖くはない!》」
「《しかもこっちの武器は、お前たちから奪った同質のものだ!》」
「《ですかねー?》」
彼らの発言には、大きく二つ誤りがある。だがそれに気付くのは、死を経て再び明日の夜にログインした後のことだろう。
「《それー。ばっさばっさー》」
のんびりと気の抜けたカナリーの掛け声に、似合わぬ速度で繰り出される武器スキルの乱撃。ただ、その速度もまた、普段よりも大幅に減速していた。
「《今日は見える!》」
「《見えてるだけですー》」
そんなカナリーの連続攻撃を余裕で受け止めようとした戦闘の兵士が、まるで受け止めきれずに一瞬で細切れにされ消失した。
「《おいっ!》」
「《構うな! 俺達がやる!》」
「《やれますかねー?》」
その答えが兵士から返ることはない。まあ、つまりはやれなかったのだ。
カナリー本人から奪った、属性武器。その武器ごとバラバラに粉砕される様は、まるで本物がおもちゃの複製品を叩き割るかのように爽快だ。
しかし、一方的なこの試合運びは、ユリアの<変身>スキルで複製した模造品だから、という事情とは特に関係ない。
「《確かに強い武器ですけどー。一本持っただけじゃ意味ないですよー? 弱点とか、全部知ってますしー》」
ユリアから支給された武器一振りしか持たぬ帝国兵に対し、カナリーは数十に渡る武器を次々と装備変更し振り回す。
それは、強引に他武器種の武器スキルを連携させる以外にも、有利を取れる武器相性で切り結ぶための選択だ。
ただ無造作に何も考えずにぶんぶんと振り回して、いやむしろ武器に振り回されているようなカナリーだが、その選択の正確さは神の頭脳の面目躍如。ただの一つのミスもない。
「《ちなみにアレは全部私の新作であーる。<窃盗>で盗まれた武器に有利取れるよう、徹底的に調整した》」
「高相性の属性で触れ合ったら、旧作が一方的に崩壊するから注意してね」
《どう注意すれっちゅーんじゃー!》
《ほら。武器装備を、解除するとか……》
《無抵抗で切られるだけじゃないかーいっ》
《南無。あわれ》
《窃盗犯の末路だな》
《まさか、ここまで考えて……!?》
《あえて盗られていた!?》
《どうなんですかハルさん!》
「いやあえて盗られるようにするなら、剣の中に爆弾でも仕込んでおくけど……」
「い、陰湿ぅ! しかし俺もどっちかというとそのタイプだぁ! うわ、めっちゃやりてー、それ」
《最低だなミナミ!》
《陰湿すぎるぞミナミ!》
《お里が知れるってもんだなぁ?》
《ファンやめます》
《ハルさんを見習え》
「見習った結果なんですがぁ!? あれぇ? おっかっしぃなぁ……!」
「楽しそうなところ悪いけど、もう一方の彼らの敗因を解説しなきゃ」
「そうでした! ……しかし、他になんかあるんですかね? 確かに、ちーっと帝国の動きも悪くなってるように思いますが」
「うん。彼らは本隊から突出しすぎてしまったせいで、バリアの効力が薄くなってるんだよ」
「なるほどぉ! バリアが薄くなったせいで、土地にかけられたデバフの影響をモロに。……ん? んんっ? てことはハルさん。このデバフを防ぐには、こっちも『軍団防御』のバリアを張ればいいとういことで!?」
「まあ、そうなんだけど。分かったところで使える訳ではないのが、困ったところなんだけどね」
ここから龍骸の地は遠く、また軍団と呼べるだけの人数も居ない。
しかし、この相克の関係性は、窮地を脱し、なおかつ新たな境地へ至るためのヒントとなるかも知れない。
とりあえず、判明したバリアの弱点を活用し、今居る相手にはひとまずご退場いただくとしよう。




