第1410話 形ある鍵と形のない鍵
《オレの独自の調査によればっ。我らが皇帝陛下は、攻めきれぬ対魔王戦線を憂い、最強の切り札を投入するとのことっ! 喜べ諸君……! この戦争は、もうじき終わる……っ!》
《だからお前はなんなんだよ!?》
《適当言うのやめてもらえます?》
《でも毎回当たってるからなぁ……》
《スパイは国から出て行け!》
《……スパイ? ノンノン! オレはただ、帝国の歩む栄光のロードをっ! こうして高らかに語り上げているのみっ!》
《だからそれやめろって言ってんだよ!》
《機密情報は語り上げるな!》
《何処に潜んでるんだよこいつ……》
《管理人ー! この男を規制してくれーっ!》
「この人は暴言吐いてる訳でもないから無理だね。いいじゃあないか。帝国は安泰そうで」
《くそ、ここ完全に抑えられてるのが痛い……》
《絶対あんたが送り込んだだろこのスパイ!》
「さてね? ……信じてもらわなくてもいいんだけど。僕も、まったくそんなつもりはない」
いわゆる掲示板機能として使える、残留思念を残す泉。そこの書き込みに、またリコリスからのメッセージが残されていた。
内容は、ハルの求めていた動きが、ついに実現したことを知らせる彼女からのスパイ情報。
毎度どうやって情報収集しているのか分からないが、リコリスの情報は全てが正確に的中している。
「……しかし、切り札とやらの詳細はリコリスにも分からなかったか。出立日時も不明。どうやらかなり厳重に情報封鎖されているようだね」
「そんな機密情報を、彼は、あー失礼、彼女はどうやって入手してるんすかね? まさか、ユリアちゃんみたいに透明化のスキルを?」
「いや、その方法ならば、投入される人材の正体も掴めているはずだ。だから恐らく、彼女は地道な聞き込みのみでこれらの情報を得ているはずだよ」
「マジですか……」
いくら機密にしようとも、それを管理するのはプレイヤー、人間だ。しかも組織に属してから日が浅く、専門の訓練を受けている訳でもない。
さすがに本人が直接掲示板に書き込むような愚を犯す真似はしないが、『ちょっとここだけの話』と人から人へ伝わることは、避けられないだろう。
リコリスは対象のプレイヤーを見繕っては、巧みな話術で噂話を聞き出して、それらを総合して真実の全体像を組み立てているに違いない。
「しかし、市井の噂程度じゃどうしても限界はあるぞ? あいつ、帝国内でどういう立ち位置なんだか……」
「そもそもあのキャラで目立たないんですかね……?」
「そこは隠して演じ分けているんだろうさ。無駄に器用なことをする」
そこまでしろとは本当にハルは一言も言っていないのだが、ずいぶんとサービス精神が旺盛だ。いや、個人的に楽しんでいるだけか。
なんにせよ、リコリスの情報は有益だった。あとは、その投入される人材が、ハルやユリアの求める物に繋がりがあることを祈るのみだ。
《魔王も竜宝玉の力を多少は引き出せてはいるようだが、だぁがまだ甘ぁいっ! 我らが帝国は、その更に上を行く……! 宝玉の真の力の前に、魔王とその配下たちはひれ伏すことになるだろうっっ!! 龍脈を征するのは、魔王の特権ではないと知るがいいっ!!》
「……有益だがウザいなこいつ」
《それは本当にそう》
《誰の味方なんだこいつ……?》
《全方面を敵に回したいのか?》
《いやだなぁ。オレは、最初から帝国の味方、忠実な帝国臣民だと言っているじゃあないかっ!》
《それはない》
《それだけはない》
《さっさと正体を現せ》
……注意しなければならないのは、これも嘘ではないということ。さて、どこまで本気で帝国の味方をしているのだろうか。
あくまで、プレイスタイル上は真面目に帝国から与えられた業務をこなしている、といった程度であればいいのだが。それだけだと素直には信じきれないのがリコリスなのだった。
「まあ、彼女のことは今考えても仕方ない。置いておこう」
「《気になんのは竜宝玉のことだよね。ハル君、なんか見逃しあった?》」
「見逃しているんだから、それは気付けないけど、調べ切れてないところはある。そこではないかと目星をつけてはいる」
「《ほうほう。それはどこ?》」
砲手の役目をこなしながら、ユキも器用に会話に加わってくる。
そう、どうしてもハルたちは、人手の問題で調査はどうしても帝国に出遅れる。ローラ作戦のように人数を動員されては、帝国に先んじられてしまうのは避けられなかった。
そもそも、例の遺跡もユリアを通じて帝国から齎された情報だ。彼女がこの地へ来て宝玉を手にするまでの期間に、他にも、帝国が宝玉に関わる発見をしていてもおかしくはなかった。
しかし、数々のゲームをプレイしてきた経験、そして多くの神様と関わってきた経験から、おおよその予測はつくハルだ。
それは恐らく、龍骸の地に眠る遺跡のような形あるものではなく。
「これだ」
「《どれだ? 分かるように言いんしゃいハル君》」
「これ、ってメニューを指さしてんぜハルさんは。メニューウィンドウ、表示されてるのは、龍脈通信だなぁ」
「《あー、なーる》」
「なーるほど! オレもそう思ってたんですよねぇ! ……つまりどういうことなんでしょうかぁ!!」
「まあつまりね。龍脈通信の仕事が、ドラゴンを倒して終わりとは思えない。特に『兵舎』なんて、完全に死に施設になるだろう?」
「ですねぇ。今は主に、『市民ホール』と『掲示板』ばっか賑わってますもんね」
俗にハルたちは『兵舎』と呼んでいる、民の祈りを集めるという施設。
集められたエネルギーはまるで兵力のように、ドラゴンの力を抑えその戦闘能力を減じていった。
しかし、全ての竜を倒した今、龍脈通信内でその施設は完全に不要なものとなっている。
特に、ハルたちが早期に竜を倒したポイントに対応したヴァーチャルタウンでは、施設を育てる意味が皆無なので最初からほぼ放置も同然だった。
「逆に帝国は、自力で竜討伐を成し遂げた関係上、兵舎に注がれたエネルギーは多くその支配権も盤石だ」
「《うちらに気付けず、奴らが独占できる情報ってなるとそこになるよね。確かに!》」
「確かに! でもそれってどーするんです? いっそ、メニューに宝玉を突っ込みますか!」
「ああ、じゃあやってみるか」
「本当にやるんですかぁ!?」
「ものは試しだ」
「《ミナミもゲーマーならこの程度で動じるでない》」
「まあ、たしかにたまに馬鹿な解法はあるけどさぁ……」
とはいえ、このゲームの雰囲気としてはそれは似つかわしくない。ミナミの推測の通り、竜宝玉をハルがメニューに、ぐいぐい、と押し付けても特に変化は起こらなかった。
「ダメか。いや、兵舎の支配権が弱いからいけないのかも知れない」
「《そだね。んじゃ、兵舎に龍脈結晶バカほどぶち込んでからもう一度押し付けよっか》」
「メニュー押し付けから離れてくださいよぉ!」
まあ、ミナミを弄るのはここまでにしておこう。恐らくこの方法ではないとハルも思う。ミナミ弄りはファンのプレイヤーに任せるのがいい。
とはいえ、正解はなんなのか? もし兵舎に注ぎ込んだエネルギーがものを言うならば、今から帝国を逆転するのは非常に厳しい。
これはもしや、実際に襲来する切り札とやらに相対してみねば決して分からぬ事情であるのだろうか?
◇
「……いや。もしその力がステータスの高低を無視するような特殊技能の場合。対抗策を一切持たないで待ち受けるのは愚策だ」
「《来るか? 強制勝利コマンド!》」
「うん。手元に特定の竜宝玉を五つ揃えたら、そのプレイヤーは勝利する!」
「いやいやそんな馬鹿なバランス崩壊な……」
「《このゲームのバランス見て、無いと言い切れるかミナミん!》」
「うぐっ! いや、大味ですが結構バランスには気を使ってるゲームだと、オレは信じるぜ!?」
「そうだね。僕もそう思う」
「《私もそう思う》」
「なんなんですかアンタらぁ!!」
そもそも『勝利』とは何だろうか? 多数対多数のバトルがあるゲームで、それを定義するのは難しい。
そんな冗談はさておいても、その上で対策が必須というハルの考えは変わらない。
さすがに強制勝利、例えば特定個人の無条件抹消などはないにしても、あらゆる耐性を無視した特殊状態異常を与えてくる、等の内容は十分現実的に考えられた。
「普通に考えてその力は同系統のスキルでしか防げない。となれば、今から兵舎に大量にリソースを注ぎ込む、といった試行もナシではない」
「《んー、成功確率を考慮すると、『ナシ』寄りかなぁ……》」
「だよなぁ。オレも同意だぜぇ。何も得られなかった際の出費が激しすぎますよハルさん」
「まあ、そうだよね」
ハルも明確な勝算なしに、ただただ分の悪い賭けにベットするような酔狂ではない。ハルが無茶する時は、大抵が計算ずくの時だ。
「そもそも、兵舎を強化しているのは別に帝国だけじゃない。それも考えると、やっぱりこの案は無謀か」
「《確かに、やっとこ一個、宝玉を確保できた国もいくつかあるもんね?》」
「掲示板を見渡しても、それらの国からの情報は皆無だ。もちろん、見つけたって大々的に口にはしないだろうけどね」
それでも、図らずも強大な力を手に入れたとあれば、それを活用したいと思うのが人の常。周囲の情勢に何かしらの動きが見られてもいいはずだ。
そうした動きが一切ないということは、その力に気付いているのは今のところ帝国のみ。兵舎のエネルギーとは別に、何かしらの条件があると考えられた。
ハルとユキは、魔物の領域で激突する両軍の実況に戻ったミナミを置いて、この謎に関して頭を巡らせてゆく。
「ただ兵舎にリソースを注いでも、恐らく正解にはたどり着けない。けど、兵舎が無関係とも思えない」
「《そだね。となると、他にももう一つ追加で条件が隠されていると思うのが自然だね》」
「うん。そしてそれは、恐らくはまた龍脈関係だ」
「《遺跡の扉が、ユリアちゃんには開けられなかったように》」
あの扉は<龍脈接続>を持つハルと、竜宝玉の二つの要素が合わさって初めて解錠された。
それ以外の方法では、あらゆる壁や扉を透過し無視するユリアのスキルでさえ侵入できない。今回も、同等のセキュリティであることは間違いない。
「……リコリスのヒントでも、投入された人材は龍脈関係のスキル持ちだ。それは間違いないはず」
「《それは<龍脈接続>とはちゃうのん?》」
「違いそうだね。何か龍脈通信に特化した、別の、」
もう少し進めば、何かが見えそうな、そんな手ごたえをハルたちは抱いていたが、残念ながら敵は答えを出すことを待ってはくれなかったらしい。
悩むハルの体を、いやこの場に居る全員のプレイヤーを、どこからか放たれた強力なスキル効果が襲ったのだった。
※誤字修正を行いました。




