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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第5章 オーキッド編

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第141話 周回という、彼らの日常

「昔もさー、こんな風にさー、レア掘りやったよねー」

「昔ってほど昔じゃないよ? 一、二年前かな」

「むかしじゃーん」

「ユキはあんまりRPGやんないもんね」

「こういうのはさー、大会とか無いしさー、あんまりー」

「あったとしても、時間かけた人ほど有利なバランスになりがちだもんね」

「それ一本にさー、絞らないとどうもねー」


 リズム良く岩を叩きながら、雑談に興じるハル達。

 ハルが複製したアイテムの採取ポイントは、衝撃を与えると鉱物が飛び出してくる岩の塊だ。飛び出すアイテムの内容はランダム。

 アイテムそのものを複製できれば楽でいいのだが、素材アイテムには形が無い。アイテム入手の視覚効果エフェクトと共に、直接メニューへ加算される。対抗戦の時と同じだ。

 手に持てる形でアイテムがあれば、いくらでもコピー出来るのだが、この仕様ではメニューをハッキングするしか方法が無かった。


「フレイアちゃんの時は世界樹の枝を折って回ったよね」

「あれは結構面白かったねー。枝から枝に、おサルみたいにー、飛び移って周回してさー」

「最終的には全部回っても、最初のポイントが復活しないレベルに早くなったよね」

「だから美味しい枝だけかすめてさー、次々ワールド移ったんだよねー。これも出やすい岩とかさー、あるのかなー?」

「……検証したい?」

「遠慮しとく!」

「まあ、検証するには、まず全ての採取ポイントをコピーしないといけないけど」

「ほっ……」


 ユキが岩を砕くたび、新しい岩をハルが補充する。餅つきの要領だ。

 ユキは四人に<分裂>して、それぞれ別の岩を叩いている。それぞれ遅れないようにタイミングよく岩を出現させるのは一種のゲームだ。ハルは並列思考の稼動数を上げる。

 殴りやすいように、岩は胸の高さに配置。ダンジョンでは大抵足元にあるので、この点においてはやりやすくなっている。

 だが見た目は違和感が抜群だった。


「もう研究所じゃないよねここ。おかしいなー、知的なボクの領土のはずなんだけど?」

「マゼマゼはー! もっと肉体労働しろー!」

「見てないでマゼンタも働きなよ」

「ボクがやったってアイテムは手に入らないよ。……カナリーにやらせれば?」

「うわっ! マゼマゼ命が惜しくないんだ!」

「残念だよマゼンタ。せっかく仲間になったと思ったのに……」

「怖いこと言わないでよ!」


 カナリーだけは直接ハルと繋がりがあるので、アイテムもハルのメニューへ加算されるのだが、いかんせん彼女は細かい作業が苦手だ。

 やらせたら、神剣を振り回して部屋ごと採掘してしまいそうである。


「もうマゼンタぶっ飛ばした時のゴールドで、大々的に素材買い取ろうかな」

「無い物は買えないぜハル君? 今はどこもアトラ鋼は品切れ中さ」

「だろうね」

「ハル様は今、あまり目立ちたくは無いのでしょう。動きは見せない方がよろしいかと」

「まあ、本気で買い漁ろうとは思ってないよ。ただ、そういう気分にもなるって事さ」


 ハルもハルで、ただユキに岩のおかわりを提供している訳ではない。自分の方も同時に岩を魔法で砕いている。


「だいぶ火薬の量も分かってきた」

「ハル君が言うとホントに火薬使ってるように見えるな」


 火薬と言うのは魔法の威力の比喩である。多すぎず、少なすぎず、岩ひとつを砕くのに調度いい量のMPで魔法を発動させる。

 周回作業をしていると、誰しも自然とここが最適化されて行く物だ。

 普段は大ダメージを出すためのロマンを捨て、スキルやアビリティといった物の使用は最小限に。敵を倒せる最小手で、または最短ルートをショートカットで。一秒でも早く、一周でも多く。


「たまにやるのは良いけど毎日は嫌だな」

「私はたまにもいやだー!」


 ユキは対戦相手ありきの、反射と読みが試される戦いの方が好みだ。最短記録ベストレコードを正確になぞり続けるレースは、少し好みとは外れる。


「それでも付き合ってくれるのがユキの良い所なんだけどね」

「うううぅ。ハル君はそうやってすぐズルいこと言うんだもんなぁ……」


 赤面させてしまい、ユキのパンチのタイミングがズレる。そこを上手く合わせてやるのも会話の一環、醍醐味だいごみだ。

 仕返しなのか、たまにわざとタイミングを遅らせて来る。全力で稼働中のハルの脳の領域は、たやすくそれにも合わせて見せた。

 単調な周回が、一気にリズムゲーに早替わりだ。


 そうして時に変化を加えて遊びながら、ふたりは延々と岩を砕き続けるのだった。





「苦行」

「果てしない苦行を乗り越えて、ユキとの絆が上がったね」

「これ絆ポイント下がるやつだよね普通!」

「上がっちゃうんだから、ユキは普通じゃないんだよ」


 砕き続けること数時間。相当数のアトラ鉱が出現したので、一旦作業を止める。二人とも動作が半ば自動的になってきた。会話も止まりがち。

 ハルの感覚で言えばここからが本番なのだが、今日の主役はユキだ。おしゃべり優先で行くとしよう。

 主役を働かせるとは、これ如何に。という疑問は黙殺させていただく。


「ハル様と二人ならば、何をしても上がるのでは?」

「ベルベル! 恥ずかしいこと言わないの!」

「あ、終わったんだ? おつかれー」


 ずっと後ろで待機していた二柱が、ここぞとばかりに会話に入って来る。AIには『退屈』という概念は存在しないのだろうか。ひたすら岩を砕く二人を、ひたすら眺めていた。


「ユキは対戦ゲームなら何時間でも集中できるのにね」

「勝つためだもん。目的が明確ならそれに向かって進めるって」

「これも勝つためだよ?」

「……本当に? この作業自体を楽しんでない?」

「勝つ……、ためだよ……?」


 そういう所のあるハルであった。実のところユキも、口で言うほどには疲弊ひへいしていない。トッププレイヤーであれば、多かれ少なかれ反復作業には慣れっこだ。

 今日は文句を言うことで、会話の流れを作っているのだろう。


「それにしてもさ、相変わらずハル君の平行作業すごいよね。私に岩出しながら、自分でも倍は砕いてるんだもん」

「最近こうやって、目に見えて派手に活躍させる機会無かったから、張り切っちゃった所はあるかも……」

「かーわい」

「可愛いゆうな」


 派手ではなかったが、最近でもハルの特殊な頭脳をフル活用して行動する事は多い。主に、彼女達のサポートという大切な部分だ。

 パワードスーツや力場を使って戦う時は、主にその管理。複雑な魔法を正確に発動する計算。ルシファーのような、大規模のエーテル行使。全てハルの脳力(誤字にあらず)のフル活用だ。


 ただ、最近は分身を作り出して同時に行動させたり、一度に複数の作業を軽々とやってみせたりと、従来の派手な行いを見せられなかったので、ユキの前で張り切ってしまった部分はある。

 少し、使いすぎただろうか。ハルはそんな己の心を省みて脳の領域起動数を抑えていくのだった。


「ユキはもう慣れた?」

「多少はねー。ハル君と違ってこれ、システム側でアシスト効いてるっぽいし。どうなってんだろうね、スキルって?」

「謎」

「なぞがおおいねぇ」

「僕の意識拡張みたいに、エーテルネットに無意識レベルで計算させて、それをフィードバックさせてるのかな?」


 例えばユキが右手でパンチしながら、もう一つの体では左足でキックしようとする。左右の同時作業は、体が一つでも難しいものだ。

 だがそれは、実際の肉体だからこそ起こる事象ともいえる。ゲームキャラクターの体では、律儀に同じにする必要は無い。

 ユキが、『パンチしたい』、『キックしたい』、と思う事までがユキの思考。そこからは肉体の反射や反復、無意識で行われる所が大きい。そこを自動操作にすれば、ユキの負担は大きく減る。

 エーテルネット、もしくは神の居るどこかの領域、その処理能力を使って負担を肩代わりしているのかも知れない。


「なにそれ超技術じゃん」

「一応、現代でも使われてる、てか僕がニンスパで近いシステムは組んでるよ。同レベルとは、口が裂けても言えないけどね」

「ほえー……」


 ハルの意識拡張は、昨日今日で目覚めた物ではない。それなりに長い期間の研究の集大成だ。

 故にそれを逆に誰でも使えるように転用開発フィードバックした技術も、ハルはいくつか作成している。

 ニンスパでは、縦横無尽じゅうおうむじんに空間を駆け回れるように、空間認識能力をネットで強化していた。キャラクターの動きも地形に合わせた半自動操作セミオートだ。

 普通の人間は超人的な動きなど出来ないので、フルダイブゲームであってもオート操作の需要は大きい。


 さて、それはさておき、素材も集まった事だし実際にユキの強化をやってみよう。


「ユキはまず何上げたい?」

「攻撃力!」

「はいはい。君らしいね」


 このゲーム、ATK(こうげき)STR(きんりょく)といったステータス表記は無い。今なら分かる、きっと処理が複雑すぎるためだ。

 パワードスーツに使う人工筋肉の繊維の本数を増やすようなもので、『筋繊維一本増加』は『ATK1増加』とは限らない。


 攻撃力増加は、正確には魔法威力増加なのだろう。キャラクターの体は魔法。パンチも実は魔法攻撃だ。


「っていきなりアイテム足りないや」

「がーん……、じゃあ、スピード上げる?」

「まてまてっ、折角だし、これも此処で採取しよう」

「足りないのは、『ハムスターの大牙』? ……採取?」

「採取」


 いつぞやユキと行っていた、レアモンスターのコピー。それを生かす時がついに来た。なんだがワクワクしてきたハルである。

 アイテムを落とす(ドロップする)敵は、巨大なハムスター。その構成情報をハルは出力していく。


「召喚! でかハム!」

「おお、それっぽい! こっち攻撃してこなけりゃ、もっとそれっぽいけど」

「敵である事までそのままコピーしてるから、仕方ない」

「うりゃあ!」


 突然プレイヤーの目の前に生み出されたモンスターは、当然だがこちらを襲ってくる。

 だが初期エリアのモンスター、ユキの敵ではない。くりくりとした目の愛らしい生物は、あわれローキックの餌食となってつゆと消えた。


「アイテム落とさん。次」

「召喚!」

「うりゃあ!」


 今度はユキを敵と判定する前に、生み出されたその場でローキックのサビとなった。


「もっと前歯ヘシ折るようにしないとダメなんかな?」

「むしろ前歯はきれいに残して倒すとか?」

「ドロ率どんだけなんだろ。手間かかる分、岩砕くより不毛じゃないハル君……?」

絵面えづらも酷いしねえ」


 かわいらしい小動物をげしげしと足蹴あしげにする。こわい。

 それに岩と違って動くものだ。またパターンも一から組み直しになるし、効率も落ちる。


「とりあえず僕が試してみるよ。ユキはちょっと休んでて」

「はーい」


 相手が動くのであれば、先ほどのユキのように動く前に撃破してしまえばいい。理想は生み出した瞬間に終了だ。

 なのでハルは前もって、モンスターの実体化する場所に魔法の爆弾を設置しておいた。

 モンスターが召喚され、接触判定が出ると爆破スイッチが起動される。


「えっぐ! ハル君えっぐ!」

「流石はハル様。効率的ですね」

「アルベルト、これ褒めちゃっていいのー? 場合によってはボクらもこういう扱い受けるんじゃない?」

「いや、しないって」

「でも僕がアイテム落としたら?」

「…………しないよ?」

「そのァ!」


 流石に、倒されるために作られたモンスターと同じ扱いはしない。だがからかってみたくなってしまうのだ。


「どうやら牙は残した方がいいみたいだね」

「せーかい。部位ドロップは、撃破時にそれが綺麗に残ってたかどうかで判定さ」

「現実的な処理と言えますね。ゲーム的処理であれば、部位を破壊する事でドロップが基本なのでしょうが」


 素材を綺麗に取って高く売るためには、倒す際になるべく傷つけてはいけない、ということだろう。

 爆弾の位置を調整して、牙を砕く個体と残す個体、二種類に分けて調べてみた。こういった地道な検証作業も、周回ゲームをする上では日常的なものだ。

 だが、結果としてはかんばしくないと言える。手間が一つ増えた。粉々に消滅させてはいけないということだ。


「この手も使えないし……」


 ハルは空中にモンスターのコアだけを投射して、実体化させる。それは保護する体が無いため、すぐに消滅して行った。


「え、ハル君いま何したん? それだけで撃破判定でるの!?」

「なにせコア、本体だからね。これが消えることで撃破だよ」

「爆弾要らずだ。それで良かったら楽なのにねぇ」

「本当にね。……いや待てよ」


 そこまで考えて、気づく。牙が綺麗に残っていればいいというなら、その判定はどうしているのか? それもコアが判定しているはずだ。

 ハルはコピーしたモンスターの構成式を、黒曜と共に精査していく。


「《ハル様、発見しました。部位からコアへと繋がる、エネルギーラインのような物があるようです》」

「良くやった黒曜」

「《お役に立てて、幸いです》」

「正確には、そのラインも断ち切らないように倒す必要があるって訳だ。ここ、気づかないと泥沼にハマる人も出るね」

「どんな人?」

「爪が欲しいのに、必ず首を切って倒すような人さ」

「あはは。ソフィーちゃん危なそう……」


 コアは大抵が頭部にある。そういった事態も、考えられた。


「それじゃ、コアと牙だけを実体化、っと」

「ねえハル君。これも絵面に関しては、正直ちょっとアレ」

「……アレだね。牙が出ては、消えて行く」

「しょぎょーむじょー」

「ままならないね」

「やってるの君たちだからね!?」


 ツッコミ役として、優秀に成長してきているマゼンタだった。





 そうしてハムスターの大牙が大量に集まった。つい、楽しくなってきて必要以上に取りすぎてしまったかも知れない。


「ハル君、服売るよりこっちのが儲かるんじゃ……」

「やめよう。これは自分で使うに留める」


 経済を支配したのち、経済が崩壊しそうだ。

 他のゲームでは主にバグ、と言う名の製作者の設定ミスで、希少アイテムが市場に溢れ、果てにはゴールドそのものが価値を成さなくなった事件などあった。

 AIの発達でバグは未然に防げる事が多くなったが、“そういう仕様”として実装されてしまってはAIにはどうしようもない事もある。


「後で、レアモン集めの旅に出ないとね」

「はいはい! 私も行く!」

「なんだか楽しそうだ。ゲームらしくなってきた」

「仕様外の遊び方だけどねー」

「ハル様が楽しそうで何よりでございます」


 だが今は、せっかく集めたアイテムの効果を試してみるとしよう。ユキがメニューを操作し、強化を実行しようとする。

 ハルも、彼女の体にどのような変化が起こるのか、余さず見極めようと<神眼>で注視する。


「……えーと、ハル君? そんなに見られてると、恥ずかしいかなー、って」

「キャラクターの構成式の変化見ないとだから、我慢してよ」

「うん……、って、あー! それって私の体を透視してるんだよね!? 裸、見えちゃってるって事だよね!?」

「……見てないよ。体は装備と一体化してるから、平気」


 ハルは嘘をついた。


「騙されないってば! 前もこんなことあったもん! それに今日はルナちーの作ってくれた普通の服だから、装備じゃないし……」

「しまった」


 ついその辺りの事情を失念していたハルである。ボロを出してしまった。


「大丈夫、学術的見地ってやつだから。変化を見るだけだから」

「うー、うー……、ハル君のえっち。あんまりジロジロ見ちゃ駄目だからね?」

「ユキはかわいいなぁ」

「かわいーゆーな」


 なんだかんだ、すぐに折れてくれる彼女だ。よくそれに甘えてしまうハルだった。

 ハルとしても、あまり変な気分になっても困るのは自分だ。意識を切り替えて真剣にやることにする。


 そうしてデータを取りながら、手持ちの素材で出来る限界まで、その日は強化を続けた二人だった。

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