第1408話 敵の優位をくじくは戦の基本
「軍団防御。個人ではなく、大勢のプレイヤーの集団を対象とした大規模支援だ。防御とは言うがこれはステータスアップ系の効果ではなく、変則的なバリア付与と思っていい」
「それは具体的に、いったいどー違うんでしょうかっ!?」
「うん。通常のものは、特定の人や物、あるいはマップを対象として発動され、そこを中心にバリアが広がる」
「お馴染みの、魔法の宝珠みたいなヤツっすね」
「その通り」
そのバリアは通常円形で、その範囲内に入っている間だけ恩恵にあずかれる。当然といえば当然だ。
頼もしい守りではあるが、その守りを中心とした作戦行動においては、一定の半径から離れられないといった制約に、その軍隊は縛られることとなる。
なので今まで攻め込んで来ていた歩兵は、そのせいでどうしても比較的小さく纏まらざるを得なくなっていた。
「ただ、この軍団防御はその点違う。対象は特定のポイントではなく、軍隊全体。その軍を構成する人員の移動に合わせて、バリアの範囲もフレキシブルに変化する」
広域に布陣を広げればバリアもそれだけ広い範囲に、密集して行軍すれば、そのぶんバリアも圧縮され強力に。
能動的にその形を変える様子は、さながら生きた巨大スライムだ。
「まあその性質上、僕らには縁のない力と言える」
「うちは少数精鋭ですからねぇ。しかし、それにしちゃよくご存じで?」
「こう見えても情報戦には長けている。僕の情報網を甘く見ちゃいけないよミナミ」
《くそっ! 筒抜けかよ!》
《誰か口滑らしたか?》
《あれだけ注意しろって言ったのに……》
《仕方ないよ。相手は掲示板権限独占だもの》
《てかさ? 竜宝玉の元々の持ち主だし》
《うん、知ってて当然じゃない?》
《だからそうやって気軽に喋るなと!》
《いや竜宝玉以外に何があるんだよ……》
人の口に戸は立てられない。特にこれだけ人数が居るのならば尚更だ。
まあそこを徹底的に警戒し、情報管制を敷いたとて、そもそも発動責任者であろうユリアとハルが裏で繋がっているので、何の意味もないのであるが。
そんな軍団防御に守られた帝国軍が、列を成してテーブル樹木を駆け下りてくる。
枝や根で作られたこの階段を下り、地面に足が付いたなら、そこからは安全の保障がない。
それを待ち受けるようにすぐさま攻撃を開始してもいいのだが、やはりそれは『やりすぎ』の印象がぬぐえないので、ここは展開を待つハルである。
「ソフィーちゃんも『待て』だよ」
「《がるるるるる……》」
「はいはい、どうどう、お座り」
「《階段おりてる所を、一直線にぶった切っちゃえば楽なのにー……!》」
「ドアハメ階段ハメは人間性を損なうよ」
《も、猛獣!!》
《猛獣の檻に飛び込む勇気ある兵士達》
《敬礼!》
《それもう死んでない?》
《むしろ樹の上が檻なんじゃない?》
《階段とかいう無防備でしかないエリア》
《階下で剣をブンブンしてるだけで楽勝》
《禁止! 禁止行為です!》
《地獄の握手会……》
構造上、解決の難しい強ポジションである。一列に並んで突撃する死出の行進は、その様子をアイドルの『握手会』と揶揄されることも。お代はもちろん命である。
そんな『着地狩り』の恐怖を乗り越えて大地へと降り、整列する帝国軍を軍団防御のバリアが守る。
ハルもタイミングを見計らい<龍脈魔法>系スキルの数々を発射するが、それは彼らのHPにまで届くことはない。なかなかの、強度である。
「ふむ。やるね。流石は竜宝玉を使った特殊戦略コマンド。ただ、それでも少々寿命が伸びただけじゃないかな?」
「魔王城から座して動かず、龍脈越しに魔法を放てるよーになったハルさんに敵があると思うなよテメーらっ! このまま砲撃も合わせて撃ち込めばすぐにゲームエンドよ! はいはいお疲れ様でございましたぁ!」
「フラグを立てるのやめようミナミ?」
「えーっ? ですけどハルさん、この先なんか打開策なんてあります? 拠点でしかバリア付与できない以上、このフィールドが尽きたら終了っしょー」
「それはそうなんだけどね。ユリアが盗み出した宝珠は全部で十二個。最初の命がけの強奪も合わせると、十三個だ」
「……それがなにか?」
「竜宝玉で出来ることは、防御だけじゃないってことさ」
実際、一個や二個、宝玉が帝国軍に渡ろうと大勢は変わらない。これはユリアが絶望した通り。
しかし複数個を同時に使用でき、そしてハルを相手取って戦う場合のみ、大きな効果を発揮する嫌がらせのような連携があった。
何を隠そう、それを教えたのは当のハル本人である。
「……ユリアめ。容赦なく使ってきたな?」
裏で秘密裏に対帝国の同盟を組んだハルとユリアであるが、それはそれ。
もしハルを倒してしまえれば、ユリアの計画としては従来の予定通りに進むことには違いない。どちらに転んでもいいのだ。
そんなユリアによって、ハルに対する的確な嫌がらせ作戦が遂行されていくのであった。
◇
「龍脈エネルギーが枯渇していっている。これは、帝国の拠点がある、龍骸の地が中心だね」
「それって、攻略前の状態に戻ったってことですか!?」
「いやそれ以上だ。龍骸の地の範囲を飛び出て、僕の領土にまで影響を及ぼしてきた」
《まじか!》
《ハルさんピンチじゃん!》
《<龍脈魔法>が使えないってこと?》
《龍脈にばかり頼るからこうなる》
《は? 龍脈がなくても魔王様は無敵なんだが?》
《なんで魔王の味方が居るんだ……》
《悪いか?》
《最近は増えてるんだよねぇ》
《元から人気プレイヤーだし》
《だがその人気者もこれまでよ》
帝国軍が拠点を置く北側の龍骸エリアを起点として、干上がるように龍脈内のエネルギーが枯渇してきた。
これも当然、遺跡のコマンドによる攻撃だが、これは一つ二つでここまでの影響力を発揮できるものではない。十二個という数が揃ったがゆえの攻撃だった。
元々が、あのエリアの力を吸い取り好き放題に暴れていた竜の心臓だ。同じように、龍脈の力を強引に吸い上げるコマンドも備えていた。
とはいえ、吸い上げたところでユリアには何のメリットもないので見落としていたようだが、ハルの支配エリアまで影響を与えるのであれば話は別だ。
「……なるほど。北側は完全に死んだか。さすがに、この霊峰の源泉までは吸いきれなかったようだけど」
「あっぶねー。セーフッ! しかしそれって、この山の麓までは<龍脈魔法>による迎撃が出来ないということで?」
「それだけじゃないよ。この『魔物の領域』に配置している凶悪なモンスターたちも、龍穴から得られる力を失って、大幅に弱体化する」
ハルの領地は、プレイヤー達の指摘のとおり龍脈の力にこれでもかと頼る事で、これまで発展を遂げていた。
それを封じられるということは、他国に勝る優位性を失うこと。
あとに残るのは、そう広い訳でもないただの未開の領土のみである。
「ややややややばいですよねぇこれはハルさん。なんとかならないすか!? 無敵の世界樹が、どーにかしてくれませんかねぇ!?」
「どれ、やってみよう」
この世の理を無視し、捻じ曲げる世界樹の力。竜宝玉による龍脈への影響も、それにより無効にしてきた実績を持つ。
今回もまた、その世界樹の根を通して、この状況でも<龍脈魔法>を戦地に発動できるかも知れない。
果たしてその予感は的中し、強引に根の中をエネルギーが駆け巡る。しかし。
「ふむ。弱いね」
「こりゃダメだーっ! 『ぽす』っていった『ぽす』って! これじゃあ初心者の放つ下級魔法程度ですよぉーっ!」
「なさけないね?」
「落ち着いてる場合ですかぁ!」
《落ち着けミナミ》
《なに、慌てることはない》
《具他的には?》
《ハルさんがまた直接出る》
《確かに、そうすりゃ前と同じだな》
《吹っ飛ばして終わり》
《でも、回復も出来ないんだぜ?》
《回復って?》
《龍脈使いは、龍脈からMPを吸い取れる》
《龍脈の上なら事実上無限の魔力》
そう、この状況では、それもなくなる。とはいえその程度なら、ドラゴン討伐の時と状況は同じ。戦えないハルではない。
しかし弱体化は免れず、決して届かぬ刃を魔王に届かせる希望の一つにはなっているだろう。
《よっしゃいけいけ!》
《このまま目指せ魔王城!》
《突撃!》
そんなこれまでにない希望に満ちた有利な状況に、布陣した帝国軍は活気づき突撃する。
身に纏ったバリアの防御力に任せて、魔物の領域を一気に駆け抜けてハルの座す拠点へと至るつもりだ。
「いやまあ。そもそもこの領域の中では、僕が出るまでもないんだけどね」
「出ないんですかぁ!?」
「本当に落ち着けミナミ。考えてもみるといい、一見有利に見える帝国軍も、以前のように広域展開は出来なくなったという弱点が出る」
「確かにたしかに!」
「そうして小さく纏まった彼らに対しては、こちらも今は、戦力を分散させる必要はないってことさ」
「《つまり、好きなだけ狩り放題ってことだよね! 首を!》」
そうして希望を胸に突進する帝国兵が先頭から、次々と首を狩られて消失していく。『待て』から解き放たれたソフィーの<次元斬撃>が容赦なくその勘違いを咎めていった。
《バリアは!?》
《ちゃんと効いてる!》
《じゃあなんであの程度の攻撃が!》
《愚かですねぇ》
《まことおろか》
《<次元斬撃>はあらゆる防御無効だよー》
《空間ごと切ってるからね》
《チートじゃねーか!!》
そう。いかに帝国兵が硬い防御に身を包もうとも、真の姿を現したソフィーの剣の前では無意味。
そして彼女の他にも、この地を守る人員が、着々と周囲から集結してきているのであった。




