第1406話 押し上げられた前線
帝国軍から去る者もあれば、新たに加入する者もある。本国からの増援か、周辺国家からの合流か、帝国軍の規模は、離反者の穴を埋めてなお余りあるペースで増加していた。
「あのー、ハルさん?」
「なにかなミナミ」
「帝国兵達は減らしても減らしても、焼け石に水って感じですけど、全員の勧誘は無理なんじゃないですか?」
「うん。厳しいだろうね」
「ええっ!? そんなぁ、あの無敵のハルさんでもどうにもならないんですかぁ?」
「僕は無敵でも万能でもないよミナミ。それに、元々全てのプレイヤーを救済する気は僕にはないしね」
あくまでハルが救おうとしているのは、この地で得た人間関係を捨てられずに、仕方なく帝国の方針に従っている者だ。
現実を夢から支配しようといった野望の方に共感している方々は、はなから掬いあげるつもりはない。ゲームの終了と共に忘れていただく。
「それに、離反者が一定のラインを上回れば、その後は堰を切ったようにこちらについてくれるはずさ」
「それは例の、あっちでのゲームのβテストですか」
「うんそう。早く、『現実味がある』と安心感を与えてやれる段階になればいいんだけど」
そうなれば帝国内のコミュニティで、『どうやら良い物らしい』と噂が噂を呼び、話は一気に広がるはずだ。
今もゼクスなどがかつての仲間知り合いから辿って説得してくれているが、やはり限界というものはある。
「ただ、気になるんすけどぉ……」
「なんだい?」
「それって、ハルさんは記憶を持ち越して、リアル側で暗躍できる立場だって宣言してるようなもんじゃないですか」
「そうなるね」
「大丈夫なので? ほら、敵の皇帝とかに、そこを糾弾されたりとか」
「そこは問題ないさ。都合の良いことに、リアルに介入することは彼の方から先に宣言してしまっている。そこで僕を糾弾してしまうと、自らの正当性すら欠くことになる」
「なるほど」
「あと僕は悪い魔王なので、どれだけ悪いことを企んでも許される」
「久々に聞きましたねその詭弁……」
実際は、許すかどうかはプレイヤー次第なのだが、重要なのは人口流入の矢印が、帝国からハルに向かうという部分も大きい。
理屈の上では同様の理念で行動している両者間を、プレイヤーは移動しているだけなので、そこに改めて忌避感は生じにくいのだ。
「だから、皇帝が先に演説をしてくれて助かったよ。僕としては」
「いやぁ……、全て計算づくだったんですねぇ、流石だなぁ……」
……別に、ハルが皇帝の行動を自在に誘導して、演説を行わせた訳ではないのだが、まあ多少の誤解は構わないだろう。
行動を起こすよう挑発したのは確かだが、実際は皇帝のやり方に合わせて後出しでハルは動いているだけだ。
「それよりミナミ、今日の開戦が近そうだよ」
「おっと! 前線が近くなったんで、忙しいっすねぇ……! そんじゃ、お仕事しましょうか!」
そんな帝国軍との戦いは、今日もまだ続いている。
城から見える景色にも、にわかに戦の色が混じり始め、今日も彼らが進軍してくることを示しているのであった。
◇
圧倒的な破壊力を誇る、ハルの属性加速砲。その力を目の当たりにした帝国軍の取った行動は、『安地』、安全地帯の確保であった。
安地、ないし安置などと語られるゲームにおける頻出概念。そのエリアでは敵の出現がなかったり、攻撃行動が制限される。
主にセーブや回復などを安全に行うために設置され、その地点への到達はゲームプレイにおける気持ちの区切りにもなっていた。
この夢世界におけるゲームではそうした安全エリアなど存在しないが、ハル対帝国の戦争においては別だ。
世界樹の根によってハルが作り上げた樹上の大地。巨大なテーブル状のそのエリアの上では、魔王ハルの名の下に居住者の安全が保証されているからだった。
「樹上に陣を構えた帝国兵も、結構な数になってきたものだ。あそこから来られるのは、まあ普通に面倒だよね」
「すぐにエンカウントして便利だよ! よーし、今日も殺るぞー」
「ソフィーちゃんは今日も元気だねえ」
「それだけじゃなくて、なーんか発言が物騒な気がするんだよなぁ。まあいいかぁ! 今日も殺戮少女ソフィーちゃんのご出勤~~」
「死ぬまで残業がんばるぞ!」
「これはぁ! プロデューサーのハルさんの責任問題になりかねない衝撃発言んんんんんっ!」
「あくまでセルフブラックだから。僕には止められない」
その場合も管理責任など問われたりするのだろうか? なんとも理不尽な話である。
「さぁて、そんなソフィーちゃんが現場に向かうも、帝国軍にまだ動きなし。へいへーいっ、ビビってんのかぁ帝国兵ー」
《そらビビる》
《猛獣の檻に入って行くようなもんだからな……》
《猛獣扱いはひでー》
《あんな美少女に向かって!》
《絶賛売り出し中のアイドルやぞ?》
《サイン会の行列に並ぶ帝国兵》
《待機列の民度いいなぁ》
《ただの隊列だってのー!》
《殺印界?》
何かの必殺技だろうか、殺印界。
そんなソフィーとのサイン会、むしろ握手会に臨む行列は、今のところ陣を組んだだけでテーブル樹木から降りようとはしない。
これは、ソフィーに握手した腕ごと握りつぶされることを怖れている訳ではなく、むしろこの場に座して動かないハルたちを警戒してのことだった。
「まあ? しゃーねーよなぁ? ビビっちまうのもな? ではここで、前回の帝国軍の恥ずかしい死にざまを復讐がてら再放送いたしましょー」
《おいやめろ》
《鬼か!》
《ミナミはすぐそういうことする》
《むしろ前のゲームでもやってた》
《むしろスキルとして持ってた》
《低評価入れました!》
《ファンやめました》
「はいざんねーん。こっちでどれだけ評価落とそうと、目が覚めたら君たちは変わらず俺のファンのままでーすっ」
「これはひどい。邪悪かミナミ。やりたい放題か」
《もっと言ってやってくださいハルさん!》
《ついでに放送も止めてください!》
「いや、ミナミが場を繋いでくれないと、帝国軍が動き出すまで僕も暇だしさ」
「はっはぁ! 残念だったな諸君! お墨付きいただきましたぁ~! 絶望と羞恥に身をよじりなぁ……! はいそれじゃー再生ぽちーっ」
ミナミによって無慈悲に再生されたその記録映像には、何もないはずの場所から急に出現した魔法によって無残にも焼き尽くされる兵士たちの姿が映し出される。
彼らはまったくの無警戒であり、完全な奇襲に防御を整える間も、回復の間もなく次々と死んでいく。
ミナミに再放送されるまでもなく、その時の記憶が足枷となり彼らは迂闊に下界へと踏み出せないのだ。
「解説しよう! ハルさんの得た新たな<龍脈魔法>系スキルによって、ここら一帯は地面全てが発射台と同じ! もう龍脈上を歩くことは、溶岩の上を歩くのと同じという訳よ。震えるがいい!」
《素直にぶるぶるです》
《それなくね?》
《チートです! この人チーターです!》
《どうしろってんだいったい!》
《<龍脈接続>と属性魔法スキルが条件?》
《知り合いに両方持ち居るけど覚えてねーぞ》
《そりゃスキルレベルが違うだろ》
《魔王様は浸食率がダンチよ》
《そもそも<龍脈構築>が独占じゃね?》
「条件は秘密。まあ普通に覚えられるものじゃないとだけ」
「しかしですねハルさん? それなら、あのテーブル樹木の上の連中に、直接魔法をぶち込んでやることも出来るんじゃ?」
「それはまあ、出来るね。世界樹の根や枝は、龍脈を通す導線にもなるから」
「やらないので?」
「うん。約束だからね。あの上は安全地帯だと僕は言った。それを破ってしまえば、僕の信用は崩壊する」
悪い魔王なのだから、信用もなにもないだろう、ということにはならない。
ハルが約束を守る姿勢は、そのまま現実のゲームに向ける期待値ともなる。ここで無法に振る舞えば、そちらでも何をされるか分かったものではないと見なされる。
あくまで適切に都合よく、無難な範囲で悪くなくてはならないのだ。
帝国軍もそのハルの約束にすがり、樹上の民の協力も得て少しずつ人員をテーブル大地の上へと送り込んで行った。
ハルがあの場を攻撃しない以上、一度たどり着いてセーブに成功してしまえば、進軍距離を大幅にショートカットできる。
「更に言うなら、『あのエリアを対象に攻撃できない』じゃなくて、『あのエリア内に危害を到達させられない』だからね」
「……そこにどー違いが?」
「簡単に言えば、属性加速砲の被害半径をあの場に届かせてはいけない」
「あっ、なーるほど」
それこそが、帝国がハルの恐るべき破壊魔法を対策する為に出した答えであった。本国の戦術家だろうか? なかなか考えている。
自然と巨大樹に近いエリアの安全もまた保証され、また離れてここ拠点の方へと近づけば、今度は拠点に被害を出さないよう威力を絞らねばならない。
そうでなくても、時計盤のように十二のテーブル樹木が取り囲む範囲の内側はハルたちにとっての生産拠点にもなっている。気軽に吹き飛ばせる場所ではない。
なので事実上、彼らはあの恐るべき破壊を防ぎきったといっていいだろう。
「まあそもそも前回の発射の段階で、自国に核撃ち込むレベルの暴挙だけどね……」
「やっぱ魔王様は悪い奴なんすねぇ~~」
自国に核が悪いで済まされるかは別として、それを防いだと思ったら今度はハルが新たなスキルを持ち出してきた。腰が引けもするだろう。
彼らはなかなか安地から出ず、上から見下ろすようにおっかなびっくりと、地上の様子をうかがっていた。
そんな兵士の一人の首が、前触れもなく宙に舞った。当然、身体とはお別れを済ませた後だ。
「あっ……」
「……ハルさん? あれは、いいんですかい?」
「……まあ、被害を与えたのは僕自身じゃあないし」
その兵士の首と身体に別れを強制させた非道の輩の正体は、語るまでもない。地上で刀を構える、得意顔のソフィーであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




