第1404話 悪友たちの休日
その後、ハルたちの日々は慌ただしくも、大きく変わりのない毎日がしばらく続いた。
昼は、夢世界にて個々の事情を抱えるプレイヤー達を収容する『容れ物』としてのゲームを作りつつ、織結たち有力者の動きを監視、牽制する。
夜は夜で、夢にログインし、襲い来る帝国軍への対処。このごろは、ハルが集めたゲーマー部隊達も帝国軍に協力し、合流するようになってきたので余計に大変だ。
とはいえ、敵もまだまだ手探りな面も多い。あらゆるリソースを投げうっての、全力対全力のぶつかり合いには、未だ至っていないのが現状だ。
「今日は来ないみたいですねぇ。来ない日は楽でいいんですけど、コレ今までのパターンだと明日がめっちゃ激しくなるんすよねぇー」
「フハハハハハ! 何を言うかミナミよ。戦士たるもの、激戦の予感に胸躍らせなくてどうする!」
「おっ、その語り口すっとアンタが魔王ケイオスだったって実感わくなぁ。大丈夫ですかぁ? こっちじゃ、踊るほどの胸はないようですがぁ」
「やだ! セクハラ! オメーだって、今では前線を怖れる実況役になり下がってんじゃねーか。かつての有能司令官はどうしたぁ? あぁ?」
「いーんだよ、今は、ハルさんがトップに居るんだから。俺の出る幕なっしィ。ね、そうですよねハルさん!」
「いやそう言われてもねえ」
いつもの時刻になっても動く気配を見せぬ帝国軍の様子に、緊張を解き雑談に興じていたミナミとケイオスが急に話を振ってくる。
この二人、以前は巨額の賞金を奪い合うお祭りゲーム、『フラワリングドリーム』にて競い合っていた仲だ。
そのせいもあってか、そこそこ仲がいい、かどうかは微妙だが相性はいい。
こうしてよく煽り合って、いや語り合っている様子を見かけることがある。
「まあオレも、ハルと居るときは一軍の長として部隊を率いようとは思わんしな」
「ケイオスの場合は、面倒な仕事は僕に押し付けて自分はバカやりたいだけじゃないか。まあ楽しいけどさそれも」
「いーじゃねーの。楽しいって言えるなら」
「昔から遊んでたんすよね。いいなぁ、楽しそうでマジ。次があったら俺も、誘ってくださいよ!」
「オメーが入ると配信に乗るからだめー」
「わひっど! 活動者差別ですかぁ!? ……実際そのせいで自由に遊べない部分はある!」
「大変かい? やっぱり?」
「いえ、仕事ですんで。それに、もちろん大変ではあるんですけど、そのぶんやりがいもデカいですよ。ハルさんやケイオスなんかと違って、俺はそうやって追い込まないと本気出せませんから」
「そういうヤツもいるな」
有名ゲームプレイヤーとして、多くのファンを抱えるミナミ。ゲームへの向き合い方は真剣なれど、その方向性はハルたちとは多少異なる。
どちらが良い悪いというものでもなく、そういった価値観と触れ合うことはハルにとっても新鮮だ。
「そうだ! 今また新しいゲーム作ってるんでしょう? また俺に、宣伝させてくださいよぉ!」
「むっ! 待ていミナミよ。お前は前回の料理ゲーにも出ただろう。ここは、今回は、オレ様の出番だな……」
「アンタだって目立ってただろーが! 素人は引っ込んどりなぁ! ここからは、本業の腕の見せ場だぜぇ……」
「はぁ~? ハナノユメで頂点を取ったのはオレなんですがぁ? それすなわち、最もユーザーの応援票を獲得した実績なんですがぁ?」
「おーすごいすごい。ぜひその賞金を資産運用して、つつましく暮らしてくだせぇ。あっ、それとも、莫大な賞金でも運用額にしたら大した年収にならないと、気付いちゃいましたぁ?」
「うんそれは実際そう」
「だろ? やっぱ仕事こそ正義よ」
「なんだろうねこの子ら……」
楽しそうでいいのだが、互いに少しライバル心でも抱いているのだろうか。衝突しがちな二人であった。
そんな二人が、新たにハルが制作中のゲームに目を付けたのも必然といったところか。どうやら純粋に、ゲームの出来として興味をもってくれているようだった。
「残念だけどね。今はまだ大々的に宣伝とかしてもらう訳にはいかないんだよ。最初はまず、この夢世界のプレイヤーで埋めて回したいからね」
「あっ、それもそっすね。この中の関係値を、上手くリアルに落とし込むことが目的なんだから、余計な外野が混じっちゃうとノイズになりますか」
「面倒だなハル。あー、んなこと気にせず普通に遊びてー」
「まあ、全部が無事に終わったらね。せっかく作るんだし、β版だけやって終了というのも味気ない」
「よっしゃ!」
「待ってますよぉ~~」
先の見えない不毛な戦いに身を投じているハルたちだ。たまには、全ての問題が解消された先のご褒美について思いを馳せても罰は当たらないだろう。
夢世界の人間関係を現世に『ダウンロード』する為だけに作っているゲームだが、ルナの会社はゲーム会社。
そのまま、正式にサービスを開始することになんの問題もない。
「それで、どんな内容に仕上がるんです!? 個人的には、フラドリ二期みたいのを期待しちゃうなぁ、みたいなぁー」
「いやハナユメもう一回は勘弁。しんどいわあの消費カロリーは」
「優勝できた人は満足そうでいいですねぇ! ……視聴者側からも、人気なんだよなぁ、あの規模の盛り上がりは」
「負けても本業の視聴率が上がってウハウハってかぁ? 嫌ですねぇ、ゲームがオマケみたいで」
「煽り合いをおやめ君たち」
彼ら以外にも、もう一度あの大規模興行の開催を望む者は多い。これはユーザー側だけでなく、協賛企業側からもだ。
ただ、これについてはハルやルナの一存で実行できる訳でもない。その準備のための莫大な資金の用意や、各企業への根回しは、ルナの母である月乃の力あっての話となるからだった。
「申し訳ないが、フラワリングドリームの第二期は諸般の事情で少々厳しい」
「ほっ……」
「まあ、あの規模ですもんね」
「奥様の協力が必須なのもそうだけど、オリジナルの開発チームが離散してるって事情もあってね」
「例の六人の神様だな」
「うん。でもまあミント以外は、集めようと思えば集められるか。コスモスは捕まえたし、ガザニアとリコリスも謹慎中、ほぼ捕まえている。アイリスとカゲツは向こうから協力してくれてるし……」
「モンスター扱いでうけるんだが」
「実際、猛獣のように厄介な子たちだよ。ただそんな彼女らのうち一人が、精力的に開発に参加してくれていてね。だから、もしかするとフラワリングドリームのエッセンスを引き継いだ内容になる可能性はあるよ」
「おっ。期待大ですねぇ」
「不安がデカくなったとも言える。ところで誰だ?」
「アイリスだね」
「うげ、あのちびっ子女神様……」
「間違ってるぜケイオス。『おっぱいでけー美女』の女神様だ」
「商品掲示詐欺だったね」
アイリスはゲームの課金システム周りを担当し、その資金の流出入を介して魔力を生み出すという能力を持っている。
そんな彼女が積極的に関わるというので、またお金のかかるゲームになってしまわないか心配なところはあるハルなのだが、猫の手も借りたい現状、断る手はない。
ちなみに、猫のメタもきちんと手伝ってくれている。
「まあ、またお金が稼げる仕様にはなるんじゃないかね。上手くやりなよケイオス。お小遣い稼ぎくらいにはなるんじゃない?」
「お小遣いが吸われて終わりそうでこえー。まあ課金周りなんか最後でいいんだよ。もっと根本的な仕様は、どうなるんだよハル」
「そこはだね、どうしても、この世界、このゲームの仕様に近づけないとならない部分はある」
「あー、同じような環境じゃないと、本来の目的が達成できない可能性があるんですね」
「そういうことだね」
夢世界の迷い子たちを、正しく現実へと返してやる。その為には、どうしても環境をこの夢に似せないといけない。
夢から感情をダウンロードする際に、やはり同じような環境に居た方が結果も得られやすいだろう、とエメたちも結論付けていた。
「さすがにこんな広すぎる世界にはしないけれど、属性システムや、スキル周りなんかはこっちの仕様を踏襲するはずだ」
「この無駄に複雑な属性相性またやんのかー? と思ったが、そもそもこれもハルんとこのゲームのお家芸か」
「そうなんですか?」
「うんまあ。これって実は『エーテルの夢』からエリクシルが流用したものだし。六属性にパッケージされて単純化したけど、フラワリングドリームも実はそう」
「ああ確かに。<光魔法>と<神聖魔法>で何故か分かれてましたもんね」
そんな、実はお馴染みの属性システムと、『ワールドレベル』を含む夢世界のスキルシステム。それを引き継いで実装予定だ。
もちろん、こんなハルが今やりたい放題にやっているような、バランス崩壊は起きないよう調整には細心の注意を払う必要があるだろう。
ハルは立場上参加しないとは思うが、そちらのゲームで今度こそ、このスキルシステムの面白さが真価を発揮してくれればと思うハルだ。
「ちなみに、今回は神様製のゲームでは初めて、アメジストの『スキルシステム』を採用しない作品になるね。これが吉と出るか、凶と出るか……」
「そうなんです?」
「あー、そうなんのか。じゃあオメーんとこの会社で、未採用のやつってニンスパくらいか?」
「いいですよねぇニンスパ。ねえハルさん、ニンスパのシステムもせっかくだから採用しましょうよ! 俺好きなんですよねぇアレ!」
「……評価は嬉しいけど、入れられるかなあ。凄いゲームになりそうだね、それは」
そうして、まだ生まれてもいないゲームについて、あれこれ好き放題に言い合うゲーマー三人。
もしかしたらゲームに関わる中で最も楽しいのではないかという疑惑のある有意義な時間を、男たちはたまの休みとなったこの瞬間に過ごすのだった。
誤字修正を行いました。「そろそろ」→「そもそも」。奇妙なミス失礼しました。誤字報告ありがとうございました。




