第1403話 世界を歪める力?
ハルの推測どおり、ユリアは提案を受け入れた。
途中、少し渋るような態度を見せたり、交渉を挟むような素振りも見せたが、恐らくは最初から意思は固まっていただろう。
二つ返事で了承してしまっては、軽くみられると思ったのだろうか。未熟ながらに、なんともいじらしい。
「これを受けて、帝国がどう動くのか見ものだね。ただ、今日の属性加速砲でかなり叩き折られたであろう継戦の意思に、再び希望が灯ってしまうのは困りものだが」
「また意思の話なのかしら? さっきも言っていたわね?」
「今度は少し違うかな。才能と意思の話とは」
「あれでしょ? 戦争における継戦能力と、継戦の意思の話」
「そうそれ」
「意外と、馬鹿に出来ないのです……!」
そう、大規模戦闘において意思、すなわち戦意の高低は馬鹿にならない影響力を持つ。
まだまだ戦える総合力を有していても、その意思が欠けていては軍は力を発揮しない。
シノの国と帝国の最も大きな差はここであり、シノの方はゲーム感覚が強かったので、一度の壊滅的打撃でその意思をくじき、厭戦ムードを表出させられた。
しかし帝国は、このゲームを何としても存続させたいという確固たる意志が、あたかも現実で自国を防衛する際のように働いている。
なので彼らは、何度全滅しようともまた立ち上がり、翌日にもその『継戦能力』を十分に発揮する『戦闘の意思』を見せているのだ。
「ただ、今回交戦前に、地形ごと吹っ飛ばされて全滅させられてはさすがに、絶望感が浮き彫りになったんじゃないかと思うんだけど……」
「それも、ユリアによる大量の竜宝玉確保の知らせによって、また希望が出て来てしまうということね?」
「面倒なことにね」
「面倒にしたのはハル君だけどねー」
「問題ありません! 皆さまは、これから戦う必要がなくなるのですから!」
そう、アイリの言う通りだ。ハルもまた、ゲーム内での戦意コントロールにばかりかまけておらず、現実側からその意思の源を塗り替えるべく努めていかねばならない。
彼らの戦う意味は、こちらに来て得た新たな人間関係の保持。
それと同質の出会いを担保する場をハルが作ってやることで、ゼクスとキョウカのように戦う意味を失い、こちら側についてくれる者も出てくるはずだ。
「しかし、帝国軍の全てを引き抜くことが本当に出来るのかしら?」
「だいじょぶだルナちー。ハル君にまかしとけ!」
「いや、全員は無理だよユキ」
「むりなんかーいっ」
「帝国の、皇帝の目的はもう一つあるからね。そちらに賛同している者は、僕らとは相容れない」
「このゲームを使って、選ばれた特別な存在として社会に干渉することですね……」
そう。その野望を胸に、この戦いに身を投じている者も一定数居るはずだ。
そうした者達の願いは、申し訳ないが叶えてやる訳にはいかない。記憶も意思も、現実に引き継ぐことなく綺麗さっぱり忘れていただこう。
ただそれ以外は、出来る限り救済したいと願うハルだ。そうして半数も引き抜けば、自動的に残りの兵の『意思』も潰えよう。
内と外でまだまだ課題は山積みだが、それでも少しずつ突破口が見えてきている気がするハルだった。
*
「とうちゃっく! いちばん! ただいまハルさん! 今日はお休みなったから、もどってきたよ!」
「やれやれ。ソフィーには敵わないね。やあハル。獲物を独り占めするなら、あらかじめ伝えておいてくれたまえよ」
「すまん。こっちとしても事故だったんだ。おかえりセレステ。ソフィーちゃんも」
「うん! 凄かったなぁ。髪がこう、ぐあぁーーっ、ってなって。私も吹っ飛ぶかと思っちゃった!」
対帝国軍防衛部隊として、今日もまた前線に出ていたソフィーとセレステが拠点に戻ってくる。
ハルが属性加速砲で部隊を一掃してしまったため、今日の仕事がなくなってしまったのだ。
地形ごと崩壊させる世界樹から放たれた光輪のごとき一撃で、周辺に越してきた『樹上の民』も騒然としている。
周辺で狩りをする気分にもなれず、今日は引き上げてきたらしかった。
「帝国軍の士気を殺いだ気でいるかも知れないがねハル? あれは樹上の民たちの参戦を早めたかも知れないよ? 『まさに魔王だー』、ってね?」
「うんうん! 次は自分たちに向けて飛んでくるかもしれないって、せんせんきょーきょーだった!」
「あらら、火をつけちゃったか。魔導砲台は花火程度に見ていたくせにね?」
ゲーマー気質な彼らとしては、脅威というよりも『興味』だろう。
極めればあれだけのことが出来るゲームにおいて、自分達もどこまでやれるのか試してみたい。そううずうずさせてしまったようだ。
「……まあいいや。彼らは帝国軍よりずっと御しやすいし」
「勝手知ったるいつもの敵! だもんね!」
「だが個々の実力は帝国兵よりも上だ。これまで以上に厳しい戦いになるよ、ハル」
「だろうね。けど、僕の方も新たな力を手に入れた」
「おお~~!」
「ほぉ?」
ハルは先ほどから試している、竜宝玉によって得られた新たな力についてソフィーとセレステに説明する。
その力は大別して二つ。分かりやすい方と、分かりにくい方だ。
「まずは、恐らくはエリクシル側の割り込みによって与えられたスキル。<龍脈魔法>系統の力」
「それぞれ、属性に対応した十二種が得られたのだね?」
「龍脈も魔法も、ハルさんの得意技だもんね!」
「うん。正統進化といったところか」
スキルレベルを鍛えていけばいずれ得られるようになった力を、竜宝玉を使うことで前提条件を無視してショートカット出来たといったところか。
これは読んで字の通り、龍脈から魔法を発生させられる便利すぎる力だ。
このスキルにより、ハルに敵対する者にとって龍脈上は更なる危険地帯と化し、ハルとしても単純に発動できる魔法の数が更に増えた。
手数が単純に倍になり、魔道具も含めると恐ろしく多岐に渡るルートでの吸収ラインを構築することが可能となるだろう。
「……もう一方が、アメジストの侵入によって作り出されたスキル。<世界■■>」
「文字化けしているね?」
「説明もなにもあったもんじゃない!」
「そうなんだよね。困った」
「使ってみたかい?」
「うん一応。どうやら、支援系統の力があるような、そんな感じではあるんだけど……」
「歯切れが悪いね。ハルにしては」
それもそのはずで、いまいちどの程度効果が出ているのか釈然としないのである。
効果説明がないことから分かるように、スキルをかけてもその内容もまたステータスには表示されない。
あの『属性中毒』のように謎のステータス異常でも出れば、まだ分かりやすいのだが、それすらも無いために地道な検証にて解き明かしていくしかないのであった。
ちょうど、スキル効果の検証に出かけていたアイリがハルの元に、とてとてっ、と元気に駆け寄り戻ってきた。
「ハルさん!」
「おかえりアイリ。どうだった?」
「わかりません!」
「……まあ、そうだよね」
「ただ、<採取>により収集されるアイテムの質は、目に見えて高くなっているように思います。これは、“ゆーいな差”、なのです!」
「ふむ……?」
「スキルの性能を上げるスキル。今まで、ありそうでなかったタイプだね。私も、とんと聞いたことがないよ?」
「スキルレベルは、自分で訓練して鍛えるしかなかったもんね! 支援系で底上げされるのは、あくまで素のステータスとかだし」
「一応、ワールドレベルの上昇で、何もしていなくても強くなってることはありますね?」
「あれ、急に誤差が出たりするから止めて欲しいのだがね?」
「セレステちゃんは繊細だなぁ~~。分かる気もするけど!」
セレステやソフィー程の達人級の使い手ともなれば、例え上昇補正であっても外から勝手に機能を弄られると、違和感を感じてしまうようだ。
このゲームのスキルには、個人レベルと全体レベルという区分がある。
個人レベルは改めての説明は必要のない、ありふれたスキルレベル。対する全体レベルは、そのスキルがゲーム全体でどのくらい使われているかを示す指標。ワールドレベルなどとも呼ばれる。
このワールドレベルが高いスキルほど、初心者が使ってもすぐ実用レベルとなるほど強力となる。
一方で不人気スキルは、個人で鍛えても鍛えても、一向に成果が出なかったりする。まさに不遇。
その他にも、そのワールドレベルに自分がどれだけ貢献したかを示しているだろう浸食レベルも存在するが、これは未だに詳細が謎。ここでは割愛する。
「ふむ? なあハル?」
「セレステもやっぱり気にかかる?」
「うむっ。その世界なにがし、ワールドレベルによる補正を更に受けやすくするスキルと考えれば、辻褄が合うのでは?」
「だね。地味だけど」
「地味すぎだって! せっかくお外からハッキングして得られたスキルが、その程度じゃ困るよー」
「そう言うなソフィー。それだけセキュリティーが、強固だったということだね。ははっ。アメジストの思い通りになるより、よほど良いじゃあないか」
「相変わらず君たちって身内に辛辣だよね」
互いに仲がいいのか悪いのか分からない神様であるセレステの意見はともかく、エリクシルの妨害によってこの程度の出力に抑えられたということもまあ、十分に考えられた。
その場合、妥協案としてハルに与えられた<龍脈魔法>シリーズの出力が高く設定されたと考えられるので、全体的な成果としては歓迎できることには変わらないだろう。
「でも、やっぱりアメジストちゃんに頑張ってもらわないことには厳しいんじゃないのかな? エリクシルちゃんのくれたスキルがいくら強くても、それって『許可された強さ』なんだよね?」
「その懸念はあるねソフィーちゃん」
その話を聞いて、ソフィーから本質を突いた鋭い指摘が入る。
そう、いくらエリクシルが妥協で与えたスキルが強く設定されていようとも、その力はゲームクリアに直結しない方向でデザインされている可能性が高い。
「うむっ。敵の介入は方向性を歪めることに成功しても、その結果ハルにゲームクリアされてしまっては意味がないからね。その可能性は高いと思うよ」
「うんうん! だから、やっぱり私たちがゲームクリアを目指すなら、世界ピーーッ! を極めていかないとね!」
「ソフィーちゃん文字化けを伏せ字扱いにするのやめよう?」
さて、この説明のないスキルの真骨頂は、なにか別の凄い力が隠されているのか。
それとも、介入は失敗しこの程度に収まってしまっただけなのか。これはもう少々時間をかけて、検証するしかないようだった。




