第1402話 不正な処理が検出されました
「さて、手早く済ませてしまおうか。じっくりチェックしている時間はなさそうだ」
「どしたん? エリクサーちゃんもそうだけど、なにか急いでるん?」
「彼女が気配を消したってことは、“誰か”この遺跡に入ってきたってことだろうからね」
「ユリアさん、なのです!」
そう、帝国軍を一撃で全滅させたハルの属性加速砲も、ユリアにだけは効果を及ぼさない。
立っていた地面が消滅した際に足でもくじいたかも知れないが、無事に生き残った可能性は十分にあったのだ。
そんなユリアが、同僚の兵の目がなくなり自分だけが自由に動ける状況において何をするか。それは、竜宝玉関連の工作に違いないだろう。
「しかし、十二属性全てで攻撃したのなら、<星属性>も混じっていたのではなくて?」
「属性加速器は、最後の仕上げでその力の全てを<属性消滅>で破壊力に変換して爆発させた。それは効率の面もあるけど、ユリアだけ残すことは僕の予定通りでもあったんだ」
「対帝国の、悪だくみをするのですね!」
「そういうことだね」
ハルの味方ではないが、裏で帝国とも敵対しているユリア。こちらもまた、『敵の敵』であると言えるだろう。
そんな彼女を『味方』に引き入れるべく交渉を行うには、監視の目を吹き飛ばして彼女をフリーにしてやる事は都合がよかったのだ。
「さて、そんなユリアがこの場に到着する前に、やることやっちゃおう」
「吟味の時間が無いのは、少し不安ねぇ……」
ルナの言うことも分かるが、とはいえ悩んでいても結果が変わることはない。
ハルは思い切って空欄に表示されているメニュー内のコマンドを、選択し一息に実行する。
「《新たなスキルが習得されます》《不正なコマンドが検知されました。システムを強制停止、》《上位者権限によりコマンドが続行されます》《該当のスキルは存在しません。既存のスキルを強化する形で実行》」
「メニューの人が、混乱しているのです!」
「まさに不正なシステム、って感じだねぇ」
「《スキルリミットアンロック。上限値、無限で定義》《無限の否定に成功。システムへの要求は拒否されました》《プレイヤーリソース内にスキル領域を確保。成功。スキルの埋め込みを開始します》《プレイヤー保護プログラムが動作しました。システムを強制停止します》」
「……お? 止まった」
しばらくの間、アナウンスは相反する命令による矛盾を解消するべく、大量のエラーを吐き出しながら処理を走らせていたが、ようやく落としどころがついたようだ。
セットした竜宝玉の輝きは失われ、強化コマンドは終了したことを示していた。メニューにも、もう空欄の表示はない。
ハルは続いて、二個目三個目の宝玉もセットして同様にコマンドを実行するが、以降はエラーを吐き出すこともなく、あっけなく処理は終了するのであった。
「システムの中で、落としどころがついたって所か」
「結局なんだったん? 今の?」
「アメジスト側の介入で、新たなスキルを作成しようとして、エリクシル側が、どうにかそれを止めようと抵抗した、ってところかしら?」
「二人でハルさんを、取り合っているのです! 私のために争わないで、なのです!」
「取り合ってるのはシステム権限だけどね」
ただ、当事者となるハルにとっては良いこともあった。不正な介入による無法を許さぬ為に、現行の管理者側、つまりはエリクシル側からの譲歩があったようである。
侵入者側、アメジストもその抵抗に押しつぶされないよう柔軟に対応。その結果、ハルは両者より差し出されるメリットを両取りできる形となった。
……見方を変えれば、まるでエリクシルとアメジストが競ってハルに貢いでいるようにも感じられるが、そういうことは言わぬが花といったものだろう。
「結果として得られたのは、<火魔法>なんかの魔法スキルから派生した新スキル、<龍脈魔法:火>といったスキルが各属性得られたね。こっちは現行体制側の抵抗だろう」
「エリクシルさんからの、貢ぎ物なのです!」
……どうやらハルが言い出さなくても、特に関係なかったようだ。
「エリクシルは、こちらにリソースを割かせることでどうにか不正な処理を停止しようとしたということね?」
「そうだと思う」
「んじゃ、ジスちゃんの企みの方はどうなったん?」
「残念ながら、かどうかは分からないが、失敗している。ように見える」
「どゆこと?」
「これを見てよ」
「むむむむ! スキル名が、途中で変になっちゃってるのです! ……世界、むにゃむにゃ! です!」
どの既存スキルから派生するでもなく、分類を無視して新たにスキル欄に追加された新スキル。
その表示は途中からおかしく、<世界■■>とバグった状態になっているものの、きちんとスキルとして成立してしまっていた。
使うとどうなるのか、説明もなにもないので、よく分からない。
「察するに、このスキルはシステム上既存のデータベースの外にあるんだろう。アメジスト側は正式なスキルとして割り込みをかけようとしたけど、エリクシルに阻まれた」
「やるわねエリクシル」
「そだね。ジスちゃんってスキルシステムの持ち主でしょ?」
「そんな上位の権限による要請を、却下できてしまうのですね!」
これは、エリクシルの能力の高さを表しているのだろうか? それとも、これはエリクシルが正式なスキルシステムの使用権を取得しているからだろうか?
だとすれば、こうした展開もエリクシルはあの時から予測していたことになる。なかなかの慧眼といえよう。
「最終的に、僕の体に直接スキルを埋め込む形で実装しようとしたが、それも保護プロセスが働いて失敗したって感じだね」
「そこからは、アメジスト様は抵抗しなかったのですか?」
「ああ。プレイヤー保護という名目を出されたら、同意をせざるを得なかったんだろう」
「なーんか神様らしいねぇ」
「もちろん、本人がここに居たら、更に姑息な一手を打ってきただろうけどね」
送り込まれた自動プログラムのみでは、これが限界だったか。あまり好き放題にさせても今度はそちらの対処が大変なので、この程度で良かったのかも知れない。
さて、どんな無法なスキルが埋め込まれたのかも気になるが、その前に再び、ユリアがこの地を訪れたようである。
◇
「《……やっぱり入り込んでた。でございますね》」
「やあユリア。お邪魔しているよ。いや、礼はいらない。こうして君が自由に動けるのは僕のおかげだけど、なに、気にすることはない……っ」
「《お礼なんて言うか! ……っございます。貴方が吹き飛ばして消滅した物資、作り直すのは私でございますが?》」
「今日はこの後時間があるだろう。まあ頑張って」
「《こいつ、憶えてろ、ございます》」
一言一言、呪詛でも込めるように重々しく宣言するユリアであった。少々悪いことをした。
ただ、完全に帝国軍の目を気にすることなく、今日は一晩自由に動けるという意味では利害は一致しているようで、ユリアからはそれ以上の言及は無いようだった。
「《……それで、こんなに竜宝玉を持ち込んで、なにをしていたのですか? ございますか?》」
「ああ、少々実験を。個人強化について、興味深いことが分かったよ」
「《人には個人強化を止めさせておいて、良いご身分ですね。ございますね》」
「そう言うなって。実際、君に止めさせておいたのは正解だと思ってる」
エネルギー不足ということもあるが、恐らくはユリアがあの場でスキル強化なり何なりを選んでいたとしても、あまり良い結果にはならなかっただろうと、ハルは今でも思っている。
それは、この『スキルシステム』とそこそこ長く触れあってきたハルの経験からくる直感だ。
アメジストの作ったスキルシステムは、大きく分けて二つの要素を参照し発現するスキル効果を決定する。
その要素とは、『才能』と『意思』。前者においては、言わずもがなだろう。
だが、今回のゲームではそのスキルシステムを用いていながら、その『才能』部分を参照する比重がかなり低めに設定されているように思うハルだ。
もちろん、最終的にはそこがものを言ってくるのだろうが、少なくともポイント制で好きなスキルを覚えられるこの仕様は、非常に優しい。
……特に、ハルのような平常時では『全くの才能無し』と判定されるタイプのプレイヤーには。
ならば、そんなゲームにおいて自動的に比重が高くなるのが『意思』の部分。その意思が、あの時のユリアには欠けていた。
「あの時の、焦りによって身動きが取れなくなるほど追い詰められ、無意識では『逃避』を選択していたであろうユリアに生まれるスキルは、ロクなものじゃなかったと思う」
「あー……、なんとなくそんな予感はする……」
「スキルシステムさんは、意地が悪いのです……!」
「……そうね? 少なくとも、打倒帝国の突破口になるスキルが生まれるイメージは、湧かないわね?」
好き放題に言っているが、文句はアメジストに言っていただきたい。
追い詰められ、藁にもすがる人間に対し、天から手を差し伸べる救いの女神では、絶対にないのが彼女なのである。
「《……確かに、あの時は何も見えなくなってた。いました。ございます。でも、今も状況は何も変わっていないでございます》」
「そうかい?」
「《そうです。ございます。冷静に考えても、やはり私が強くならねば奴らには立ち向かえない。それとも、この大量に持ち込んだ竜宝玉をくれるんですか?》」
「ああ、あげようか」
「《そんな訳な……、えっ……? 今なんて……?》」
「うん。だからあげようかなって。そこに転がってる十二個の宝珠。君が<隠密>して僕の城から盗み出したなりなんなり、好きに騙るといい」
「もう用済みのダシガラだからってそんな適当なー」
「そうよハル? 貴重なアイテムには違いないわ? 渡してしまうのはどうかしら?」
「そうなんだけど、帝国の動きも実際気になるんだよね。竜宝玉を手に入れたら、どう動くのか」
なので一度与えてみて、泳がせて、観察する。そうして状況を進めるのもいいとハルは考えていた。当然、後々に取り返す。
「さて、どうするユリア。もちろん、代わりに僕に少し協力はしてもらう」
「《私、は……》」
あまりの展開について行けないといったユリア。少々放心状態になっている。
ただ、彼女の答えは決まっているだろう。ハルは、既にそれを確信しているのであった。




