第1401話 世界樹の真実
「《我はその選択を推奨しません。管理者様》」
「ここの管理者は君だろうエリクシル……。まあ、なにはともあれ、やっと出て来てくれたのか」
「《ならば管理者権限を、アクティベートなさいますか?》」
「しないって。隙あらばそれ突っ込んでこようとしないの」
「エリクシルさんなのです!」
謎の空欄となった選択肢を選ぼうとするハルたちに、今回のゲームが始まって以来、初めてとなるであろう運営からのアナウンスが、世界の創造主たるエリクシルからもたらされた。
口調は相変わらず落ち着いた、あまり抑揚のないものだが、タイミング的には焦っているものと、かなりの緊急事態と思われた。
「……君が推奨しない行為ということは、君にとって不利になる行為。つまりは、このゲームをクリアするにあたって有用となる選択なんじゃないかい、エリクシル?」
「《肯定します。しかしその上で、我はおすすめしない。このバグは我の不手際から出た物でなく、世界の外から歪められた力ですから》」
「世界の外から、ですか!」
「……この世界がハッキングされている、ということかしら?」
「《その通り》」
また、ややこしい事になってきたものだ。これが、エリクシルの調整不足によって引き起こされたバグであるならば、選択することに躊躇はない。
……いや、それはそれで、運営ですら修正不能なややこしい事態に陥る危険はあるのだが。
しかし、外部からの改竄行為が原因となると、その危険の方向性が一気に変わってくる。
進行不能、修復不能な状態になる可能性は下がるが、正しく動いたら動いたで問題もある。
その正しい動作の向かう向きが、データを改竄した侵略者の望む方向となるだろうからだ。
「外部って、いったいなんなの? エリクシルさん以外に、この夢世界に自在に手出し出来る存在なんて……」
「まさか! うちゅうじん! なのでしょうか!」
「この場合、異世界人じゃないの? いや、アイリちゃんの世界じゃなくてね。ハル君や神様たちの想定した、第三のエネルギー源となる第三の宇宙じゃ! そうなんじゃない?」
「《我は黙秘させてもらう》」
「ぶ~~」
もしその予測の通りに異世界があるとして、その世界の住人が黙ってエネルギーを吸い取られてばかりいるとは限らない。
逆に、こちらの世界を、エリクシルの作ったゲームとそのプレイヤーを利用してやろうと、反撃をしてきたのではないだろうか? 女の子たちは、そうした可能性を不安がっているようだ。
突拍子もない話ではあるが、そもそもこのゲームが突拍子もない存在で、エリクシルの目的もまだまだ謎に包まれたまま。
そんな展開だって、絶対ないとは言い切れなかった。
「ならばエリクシル。そんな外部からの攻撃の危険があるのならば、一度このゲームを閉じたらどうだい? せめて安全が確認されるまででも、プレイヤー達を解放すべきだ」
「《拒否します》」
「拒否するなよ……、君も一応神様だろうに、安全第一でいこうよ……」
「《我の生まれは、他の神々とは違いますので》」
「日本のみなさまが、ピンチなのです!」
そう、本来、人々の利益の為にと生み出された経緯をもつ神々は、その出自に多かれ少なかれ縛られる。
その利益に反する行為、特に生命や財産の危機に対する対応は、万全の状態を期していないと動けないのが彼女らだった。
そこはカナリーたちや、アイリスたちも、徹底的に安全策を取った上でなければ動けていない。
ハルからすれば少々窮屈で、可哀そうなくらいであった。
しかし、このエリクシルにはそれはない、らしい。そんな危険な状況でも、計画は断固として継続しようとしている。
そのくせ、自分でバグを塞ぐことはせず、ハルの選択に頼ろうとする。大人しいようで、なんとも我儘な管理者さまだ。
「拒否する、エリクシル」
「《そこをなんとか》」
「だめ。選ばせたくないなら、自力でこの選択肢を消してみせなさい」
「《もう消えてます。見えませんよ?》」
「トンチみたいなこと言わないの」
「《我を助けると思って》」
「僕のことを助けてくれないエリクシルは助けません」
「……なんだか、お母さんみたいよハル?」
「ハルさんからエリクシルさんが生まれたと考えれば、それも遠からず、なのです! はっ!? もしや外見的には、わたくしも、お母さんなのではないでしょうか!?」
「見た目はアイリちゃんの方が娘だけどねー」
「せめてお父さんにしない?」
人々の無意識を束ねるデータベースから生まれたというエリクシル。厳密にいえば、その基礎を作ったのはハルという訳ではないが、まあ現存している存在で最も関わりが深いのは確かだろう。
とはいえ彼女の言を信じるのならばエリクシルは自然発生に近く、ハルが開発者としての責任を問われる謂れはないはずだ。
「……仮に責任があるとしても、やっぱり僕は責任をもってこのゲームを閉じるよ。そしてその為の力になるなら、外法であろうとも構わず使おう」
「でもさでもさ? だいじょぶなんハル君? エリクサーちゃんの言う通り、悪質なハッカーの仕業だったら、ハル君危なくない?」
「《そうです。賢者の助言は、聞き入れるべき》」
「都合の良い時だけ賢者ぶるな……」
「そこについては、何か確信があるのね?」
「うん。というか一人しかいないでしょ。どうせアメジストだ」
「!! なるほど! 確かにアメジスト様は、ハルさんからデータを欲していました!」
「それに、『スキルシステム』の件がどうにも気にかかっていた」
アメジストのスキルシステムを、無断使用する形でエリクシルはこのゲームのシステムを運用している。
しかし、無断のままでは当然、全ての性能を引き出すことは出来ず、ハルが間を取り持つことで、使用権の交渉を行い今に至っている。
その時に、微妙に違和感が拭いきれなかったのも確かなハルだ。
正式なライセンス料さえ支払われれば良いとのアメジストの言だったが、それは体のいい言い訳ではなかっただろうか?
「極めつけになったのが、前回の意見交換の際のことだ」
「なんだけ? 確か、ジスちゃんはハル君の反応に拍子抜けしちゃったんだよね」
「そう。彼女は僕が要求した協力の内容に、まったく予想外という顔をしていた。本来なら、別の交渉を持ちかけられることを想定していたんだろうさ」
「《…………》」
「ある意味そこで、アメジストの段取りをハルはくじいたとも言えるわね?」
ハルが夢に囚われたプレイヤー達の、感情パラメータを抜き出すシステムを要求すると、アメジストは『そんな話が出るとは思っていなかった』とばかりに、あからさまに動揺していた。
きっと、彼女の想定していたのはまるで別の交渉。それこそが、この世界を浸食している奇妙なバグの話なのだろう。
ハルはプレイヤーを気にかけるあまり、そこは後回しにしていた。プレイヤー軽視のアメジストは、そこを読み間違ったというわけだ。
「あの子の想定では、あそこで既に僕が気付いている計算だったんだろうさ。……いや、気付かなかった訳じゃないよ? 優先順位が低かっただけ。僕にとっても都合が良いし、口出ししなかったってだけ」
「《苦しいですよ、管理者様。我にはお見通しです》」
「やかましい。そして苦しいのはお前だ。それは自白しているようなものだろ」
肯定こそしないが、ハルの推論をエリクシルは否定しない。きっと、これが正解であるのだろう。
「んー、つまり、リンゴとか世界樹とか、劇物ジュースとか。ハル君にとって異常に都合のいい展開は、全てジスちゃんの差し金ってこと?」
「《そういう訳ではない。元々、行きつく所まで行けば、同様の展開は想定されていた。ただ、細かい部分、特に世界樹の強度は、完全にバグだ》」
「ぜんぜん細かくなーいじゃーん」
「なにせ無敵! ですものね!」
「……本来ハラスメント扱いの、プレイヤーの完全拘束が可能な触手であったりと、色々と片鱗はあったのね」
その違和感からハルがアメジストの介入に気付き、あの場でそれについて交渉する。それが、彼女の筋書きだったのだろう。
しかしハルがおくびにも出さないので、彼女は自分から必要なデータ提供を言い出さざるを得なかった。
ここは、結果的に得をしたはずだ。もしハルからの提案ならば、これ幸いと条件を吹っ掛けられていたことだろう。
「しかし、なぜ竜宝玉のメニューにそれが現れたのかしら? 世界樹とは、一応無関係よね?」
「世界樹の力で変質した、龍脈の気を吸い取ったからでしょうか!」
「あー、なんか言ってたよね。ハル君とイシスちゃんが」
「確かに、龍脈エネルギーの質が微妙に変化した感覚はあったね」
あの感覚も、アメジストの介入によるものなのだろうか?
ともかく、そうした異常をきたしたデータをこれでもかと叩き込まれた結果、ついに目に見える形でバグが発生。エリクシルがこうして出張らなくてはならない事態となったのである。
「《……いまいちど、我は忠告します。これを選択すれば、管理者様の敵は二人に増えることになるでしょう》」
「エリクシルさんと、アメジスト様の同時攻撃なのです……!」
「《そう。どちらかが味方になるとは思わない方がいい。ただ単純に、敵が二倍になるだけ》」
「別に、それでもいいさ。その敵同士、連携して襲ってくるほど仲良しでもなさそうだしね」
むしろ、互いが互いを利用してやろうと、虎視眈眈と隙を窺いあっている。
そんな状況ならば、ハルが漁夫の利で各個撃破も出来るだろう。
「それに、僕は別に、君らのどちらも『敵』だなんて本気で思ったことはないしね」
「《あなたはまたそんな甘いことを……》」
「そうです! 神々はみな、家族なのです! えと、ハルさんは、そう思っているのです!」
「《家族だからと、無条件に互いを尊重するとは限らない》」
「それは、わたくしもよく知っているのです……!」
「《なんだかすまない。同情しよう》」
「いやたぶんこれアイリちゃんのいつものブラックジョークだから」
そんな、最後まで緊迫しているのか気が抜けているのか分かりにくいまま、エリクシルの通信は唐突にその気配を消した。
もう少し話をしていたかったが、仕方がない。攻略が進めば、いくらでも別の機会もあるだろう。
ハルはその為にも、外法を使ってでもこのゲームを終わらせるべく、『敵の敵』の手を取るかのように表示された空欄のメニューを選択するのであった。




