第1399話 無限の吸収と無限の供給
※誤字修正を行いました。改行ミスを修正しました。報告、お手間をおかけしました。
「それで、ユリアの姉については分かったのかしら?」
「まあ、それはそこそこ簡単に。既に特定済みの人物の血縁だからね」
翌日、現実での調査を終え、ハルはゲーム内でルナたちに調査結果を報告する。
ここにユリアが潜んでいたら内容を聞かれてしまうが、まあ、それはそれでハルたちの事情を説明する手間が省けるだろう。
一応、増設した各種<星魔法>のセンサーやトラップ、ルナの<危険感知>系スキルにも彼女の反応は引っかかっていない。
「姉の方は既に社会人。地元の企業に就職済みだ。軽く調べたけど、その会社が皇帝、織結の当主の工作で潰れかけてるとかは特にない」
「彼女自身は? 凄い美人とか、凄い良いカラダしてるとか、下衆な欲望にさらされそうな予感はないの?」
「まずルナの言い方がゲスいんだけど。まあ、普通にきれいな人だったけどね。特に、そういった影はなし。お姉さんの身辺を嗅ぎまわっているような、怪しい存在は引っかからなかったよ。……僕以外は」
「わたくしたちは、陰からお姉さんを見守っているだけなのです! いわばお姉さんを守る、ナイトなのです……!」
「アイリちゃん? それはストーカーの言い分よ……?」
うら若き女性の身辺を洗い出し、監視、観察する。何も危機がなければ、ただハルが彼女を覗き見し、付け回しているだけである。
「しかし、そうなのね? 私はてっきり、ユリアの姉が罠に嵌められて、多額の借金を背負わされて、脅されてそのカラダを好き放題にされてしまうのかと思ったわ?」
「純粋な方ほど、被害に合うのです! しかし、安易に人を信じ、警戒を怠った者の末路とも言えます!」
「そうね? 純粋を、勉強不足の言い訳にしてはいけないわ?」
「詳しいね君たち。そして厳しいね」
二人とも、幼い時分からずっとそうした陰謀の渦中にあった立場であるゆえの達観だろうか。
もちろん騙す方が悪いし、騙される方が悪いなどとは言わないが、騙されるのが分かり切っている世界において己を守らないのは怠慢、ということだ。
「そういうハルだって、もしそうした例のような状況でも助けはしないでしょう?」
「今回がそうだったら助けるよ。ただ、そうだね。普段から救って回るかといえば、答えはノーだ」
「ハルさんほどではないですが、わたくしにも、分かります。見えすぎる目を持つ者として、個々の不幸を救済し続けていては、己が先に潰れてしまいます」
なのでハルは、普段は認知にフィルターをかけ、あまり世界を見すぎないようにしている所がある。全能たりえるハルが、全知ではない理由の一つだ。
そうして、美しい物だけ見ていたいと望む部分が、ハルの未熟さであり、またハルをどうにか人間たらしめている所以であった。
「ただ幸か不幸か、今回の件はそんなに単純な話じゃないようだ」
「姉ユリアさん本人は、狙われていなかったのですものね! ことはもっと、大きな事なのです!」
「あねユリア……」
「そうだねアイリ。呼び名はともかく。僕もひょっとしたら、単純にお姉さんの身に危機が迫っていて、幼い少女の狭い世界観では、それを『世界の危機』のように実感しているのかも知れないと思っていた」
「……しかし実際は、そう簡単な話ではなかったと」
「むむむむ……! 確かに、これは良かったのか、悪かったのか判断が難しいですね!」
そう。ユリアには悪いが、これが彼女とその姉という狭い世界で完結する話であれば、ハルとしては対処は簡単だ。
その範囲に生じた課題を、ハルの力で解決してしまえばいいのだから。
ただ、そこを調べても何も問題が出てこないとなると、話は少々ややこしくなる。
ユリアの勘違いか、はたまた本当に、世界の危機レベルの広い範囲の問題が起きかけているのだろうか?
「まあ、そこは“起きたら”また調査してみる。次はもっと広範囲に渡ってね」
「ですね! 今は、こちらでやれることをやりましょう!」
「例の、龍骸の地にある秘密のダンジョンね?」
そう。帝国が調査し、ユリアが盗み聞き、ハルがその後をつけてたどり着いた謎の遺跡。
宝玉の所有権、使用権を巡っての争いを更に煽るような構造の、意地の悪いダンジョン。そこを使っての、竜宝玉を巡る新たな展開を探るのだ。
*
「ほーい。持ってきたよーハル君」
「ありがとうユキ。とりあえずそのへんに置いといて」
「あいよー」
「雑ねぇ……、仮にもこのゲームで最も価値のあるアイテムでしょうに……」
「なにせお二人は、もっと雑に大砲で吹っ飛ばしちゃうのです! あれ? これを使って遊ぶには、大砲で現地に送らなくっていいのですか?」
「その前に、まずは下ごしらえが必要なのだよアイリちゃん」
「なんと! お塩でも、振りましょうか!」
「カゲツでも呼ぶかしら?」
「……真剣に<料理>に活用する方法を考え始めそうだからやめようか」
あの遺跡奥に設置された装置にて、明らかとなった事実がいくつかある。
それを加味して考えると、ただ宝珠を全てあの場に飛ばせば、それで解決にはならないのだった。
「まず前提ね。あの遺跡ん扉は、竜宝玉と<龍脈接続>スキル持ちの両方が揃うことで開く! その際の必要スキルレベル等は、まだ不明。まあそれ含めて、中の造りもハル君なら特に問題なしなんで省いていいね」
「持ち主のドラゴンを単身ぶっころすハルさんの、敵ではないのです!」
「だめよアイリちゃん? そんな言葉遣いしちゃ? 『ブチ殺す』、ね?」
「どう違うかわからん……」
「淑女語はむつかしーねぇ」
もちろん内部のギミックが完全に無意味かといえばそんなことはなく、帝国のように大軍勢でもって竜を撃破した場合は、個の力が問われたり所有権使用権でもめたり、色々とあるだろう。
ただハルには関係のないことなので、割愛して問題ない。
「んで、肝心の宝玉メニューだけど、ハル君と調べてて面白いことが分かった」
「どきどき!」
「気になるわね?」
「でしょでしょ。まずは、あの龍骸の地に満ちるエネルギーを更に有効活用する為のメニュー。ユリアちゃんが意味ないって言ってた奴だね」
「あれは、ユリアの目的としては無意味なのかも知れないけど、僕らにとっても同じとは限らない。むしろ非常に有益だ」
「そうそう。龍脈を抑えてるハル君にとっては、ここの玉座に居ながら龍骸の地を自由に操作できる、とっても便利なメニューなのだ」
「すごいですー!」
「……それ、どう考えてもエリクシルの想定外だと思うのだけれど? 世界樹の触手で遠隔操作は、もうバグでしょうに」
「修正されていないのでバグじゃないね」
ゲーマー理論である。暴論ともいう。『動いたので使いました僕は悪くありません』では法も規約も許してくれないが、生憎この世界に法の手は届かない。
法や規約に守られぬ代わりに、それらに縛られぬ無法もまた可能になるのだ。
「……この世界樹、使い続けて本当に大丈夫かしら?」
「僕としても少々懸念があるが、まさにこの世界の創造神であるエリクシルに刃向かうには、バグの一つや二つ絡めないとどうしようもないだろうから」
普通に考えて、真っ当なプレイスタイルで攻略、クリアが可能な状態で作られているとは思えない。
そのゲームを完全クリアし、消滅させるには、危険が垣間見えていても活用せざるを得なかった。
「……そっちは、表面化してから改めて対処するさ」
「もぐら叩きねぇ……?」
「まあしゃーない。しかし、それでハル君はこのいっぱいある珠をそれぞれ各地に配置するだけで覇王になれるようになった」
「ユリアさんの説得は、必須ですが!」
「そうなんだよ。この支配体制に唯一刃向かえるのが、ユリアちゃんだ。あの子の世界樹すり抜けには対処法がない。逆にあの子以外なら、入り口を根っこで塞いじゃえば無敵だ」
無敵の防御力を誇る世界樹だが、ユリアだけは唯一その『完全隠密化』によりすりぬけてしまう。天敵ともいえる存在だ。
「その懸念を除けば、龍脈エネルギーによって都市やプレイヤーを好きに爆撃。更には龍脈自体の支配力も増して浸食効率も上がると、良いことずくめさ」
「魔王が世界を統べる日も近いぜ……」
「この世は全て、闇に飲まれるのです……! 元々夢の世界なので、別に構わないのです!」
「……とはいえ、それは目的ではないのよね? あまり遊んでいないで、本題に入りなさいな?」
「おっと。すまんねルナちー。まあその通りで、私らが注目したのは個人強化の方。厳密にいえば、マップエフェクトの方にも関係あるんだけど」
「どういうことかしら?」
そこで、ユキが言葉を切って取り出したのは二つの宝玉。片手に一つずつ持ったそれを、それぞれ交互にルナたちへと見せていく。
「違い、分かるかな?」
「いえ。全然」
「わかりません!」
「そう。見た目にはまるで違いは出ない。だがこいつらには、決定的な差があるのだ! それは、吸い取ったエネルギーの差。この右手の方は、ハル君と共に戦いに出て、戦場の力を好き放題に食らい取ってきた」
「元々、エネルギーを与えたら何か起きるかなと思って持って行ったからね。もちろん、ユリアにあえて奪わせるためもあったけど」
「ついでに、無敵のシールドビットにもなるのです!」
実に便利なアイテムである。まあ、本来の使い方からはきっとズレているのだろうが。
「この二つ、遺跡の装置に挿入してみるとね、見事に出てくるメニューに差があったよ」
「とーぜん、吸った力が多い方がメニューの幅も広いのだ!」
「なるほどね?」
「ならば、もっともっと強力な力を竜宝玉に叩き込めば!」
「ユリアも泣いて欲しがる、理想の強化が可能というわけね? まったく、何を交換条件にする気なのかしらハルは」
「いや更に必死に奪い取りに来るだけだと思うけど……」
まあユリアはともかく、選択肢が増えるというならば後はやることは一つだ。最高の結果が引き出せるまで、徹底的にエネルギーを叩き込んでやればいい。
ハルたちは竜宝玉を持って『樹道エレベーター』を上がると、頂上付近に造られた実験場へと踏み入れた。
この場は強力な魔法の試験も、無敵の世界樹の枝で周囲に被害を出さずに行える優れものだ。
ハルはその中央部に進むと、その身の内の『属性中毒』の応用で無限に魔法を増幅しつづける、十二属性の球を円環に連結した『属性加速器』へと足元から吸い上げた力を与え続ける。
そしてその内部に、直接十二個の竜宝玉を叩き込んでいった。
「さて、好きなだけ食らうがいい竜宝玉。満腹があるかは知らないが、無限に魔法を食らったこの珠は、いったいどれだけ素晴らしい強化メニューを提示してくれるんだろうね?」
まさに魔王、といった邪悪な興味に満ちたハルの表情。果たしてその実験の結果は、世界を滅ぼすに足りえるものとなるだろうか?




