第1395話 這い寄る協力者の魔の手
ハルとイシスが見守る中、ユリアは何とかして扉が開かないかと悪戦苦闘し始める。
扉にぐいぐいと宝珠を力任せに押し付ける事からはじまり、反応する部分がないかと、分析装置でも掲げるようにして珠を扉の各所にかざしてみせた。
終いには力任せに宝珠で扉をがんがんと叩き始めるが、珠も扉も、どちらもびくともすることなく、傷の一つも付かないのであった。
「わぁ。必死でかわいい」
「そう言うなってば。ゲーマーは詰まると、大抵こういう事しだすから多くの人に刺さるよ?」
「それは確かに。でも、普段は張り詰めている彼女が見せる年相応のギャップって感じで、可愛くありません?」
「それは確かに」
そうした可愛さがあるからこそ、ハルも色々とユリアをからかっていたのであった。
「とはいえ、ここでモタついていられると僕らとしても困る」
「ですね。何が問題なんでしょう?」
「……恐らく、竜宝玉を鍵に使うというところまでは間違ってはいないはずだ。これは確実と言っていい」
「ユリアちゃん、迷いなく取りに行きましたからね」
「うん。何処かから、この扉の存在を聞きつけた際、その情報からそもそもセットでの話題だったことだろう」
何故ならば、ユリアは竜宝玉を手に入れてから初めて、この扉の探索をスタートしたからだ。
この扉単体で何らかの特殊効果があるのであれば、この地に拠点を構えた時点で探り始めていたことだろう。
「あっ、消えましたよハルさん」
「うん。この扉も透過して侵入できないか試しているんだろう」
「あっ、出てきた」
あらゆる壁をすり抜ける、ユリアの完全隠密スキルをもってしても、この地下の壁は突破できなかったようだ。
何度か出たり消えたりして試行するものの、彼女が扉の先に消えて戻って来なくなることはなかった。
どうやらここは、システム的に保護されたエリアのようである。無敵のスキルも例外的に働かない。
「あ、へたり込んじゃった」
「《ええぇ……、どうしてぇ……? 話では、コレを持って来れば簡単に開くって言ってたじゃん……》」
手詰まりの絶望感に、珍しくユリアから弱気が出る。
一人の状態なので『ございます語』が外れているのはいいとして、彼女が普段、常に纏っている緊張感までもが霧散していた。
ここにきて、突き進んできた道が突如行き止まりとなった。進むべき道を見失った、若者の挫折といったところだろうか。
「ハルさんならどうします?」
「情報の洗い直しをするだけだよ。こんなこと、日常茶飯事さ。よくあるよくある」
「さすがに日常的にあるのはありすぎですけど。まあ、行き詰まる経験の一つや二つはありますよねぇ」
「大人になるとね。ただ、あの子はまだまだ子供で、しかも今は立ち止まっている余裕なんてないはずだから」
一日でも早く、一秒でも早く、悪い大人の企みを阻止しないといけない。そうした使命感に燃えているのだとハルは推測している。
だからこそ、ここでの挫折は致命的で、道が断たれたことにパニックになっているのだろう。
「どれ、助け舟を出そう」
「いいんですか? というか、何が問題なのか分かっているので?」
「なんとなくはね。もちろん違うかも知れないけど、試してみる価値はある。違ったらまあ、その時はその時だ」
「こういうたゆまぬ試行錯誤が、ハルさんの強みの一つなんですかねぇ」
「どうかな」
それは定かではないが、少なくとも、道が一つ断たれたならば、すぐに別の迂回路を探しに歩くのがハルではある。
周囲に、巧妙に自然に溶け込み隠された小径を進むような者が多すぎるので、そんな回り道はもう慣れっこだった。
そんなハルは、突破口を開くための実験として<龍脈構築>を使いこの場まで龍脈を走らせる。
ユリアにとっては、急に足元に『龍穴』が開いた形になるが、<龍脈接続>を持たぬ彼女はそれに気づかない。
「どうしましたハルさん。真下に龍穴開いて。おぱんつのベストショットでも狙ってます? 手伝いましょうか」
「やめんか盗撮魔。これが、扉を開くために欠けている要素じゃないかと思ってね」
「おぱんつ画像が」
「おぱんつから離れろ。<龍脈接続>がだね」
「……なるほど。つまり、この情報をユリアちゃんが盗み聞いた先は、例の『情報屋』じゃないかと踏んでいるんですね」
「帝国の重要人物だ。その可能性は高い」
イシス同様に、現実に記憶を継承できているあの情報屋。彼もまた、<龍脈接続>を使いこなしている可能性はあった。
ならば、ユリアに欠けている要素はそれだ。この場で(正確には現場にハルは居ないが)、欠けたその要素を補完できるちょうどいい人材がちょうど二人居る。
「でもどうやって干渉するんです? 龍脈エネルギー流したら、それだけで開くでしょうか?」
「いや、現地は、龍骸の地はそもそもが巨大な龍穴に等しい。それで開くならそもそも勝手に開いてる」
「じゃあどうするので?」
「こうする」
ハルはその地表にまで進出した龍脈に這わせるように、世界樹の根を穿孔させて行った。
そしてついには地面から這い出た世界樹の根は、ユリアが取り落とした竜宝玉へとその指先を触れさせる。
「あっ、触手」
「触手ではない。いや、触手なのか……?」
「なるほど、これで、間接的に<龍脈接続>を持つハルさんが、現地で竜宝玉を使ったってことになるんですね」
「これで都合よく承認が下りるかどうかは賭けだけど、っと。どうやら、賭けには勝ったみたいだね」
相変わらず、世界樹関係はこの世界にとっての癌ではないか。そう思わせるほど、そこからの展開はスムーズだった。
世界樹越しにハルの力を受け取った竜宝玉は突如輝き出し、遠隔であることと間接的であることの両方を無視して扉に反応し始める。
「やはり、<龍脈接続>が第二の認証キーだって推測は正しかったようだ」
「だからってこんな解決の仕方あります普通?」
「結果的に開いたなら、それでいいのさ」
そうして、何が何だか分からず呆気にとられるユリアの前で、確実に運営の想定外だろう方法にて地底の奥深くに隠された扉は開き始めたのであった。
◇
「よし。この先何が待っているのか、僕らにも見せてもらおうじゃあないか」
「でもハルさん。この中には、龍脈視が通らないみたいですよ?」
「ネタバレ防止、というかズル防止のシステムが働いているんだね」
土地全体に龍脈が通っており、どこでも監視し放題のはずの龍骸の地。しかし、この隠しダンジョンの内部には、そんなハルたちお得意の監視網も手出しが出来ないようだ。
ユリアの透過も防ぐ設定になっていることからも考えて、絶対に正規ルート以外の攻略は認めないという強い意志を感じる。
「製作者としては当然の処置だね」
「ハルさんもご経験が?」
「今まさに、新作で苦労してるとこ。まあ、ほぼ黒曜や他の神様に投げっぱなしの僕が、偉そうに語れる問題じゃないけどね」
だが一方で、プレイヤーとしては、『自由度の高いゲームなら抜け道の一つや二つ許容してくれた方が面白い』とも思う。バランスの難しい問題だ。
「ユリアちゃん、突然扉が開いて混乱してますねぇ。というか怒ってる? 『なに? なんなの!?』って言ってますねぇ」
「遊ばれてる感はあるもんね。分からんでもない。でも、あくまで偶発的なものなんだから、早く入ってくれないと……」
「あっ。閉まる」
扉は時間制限が来たのか、重苦しい響きを上げて再び閉じる動きを見せ始めた。
ユリアもそこで、悪態をついている場合ではないと悟ったのか、竜宝玉を拾い上げると慌てて内部へと駆けこんで行く。
そのユリアを飲み込むように、彼女の背後でゆっくりと扉はその口を閉じていくのであった。
「……あとは、中のユリアちゃん任せですか」
「いいや。心配だ。僕らがサポートしてあげなくては」
「過保護ですか……。まあ、『資格』がないですもんねユリアちゃんは」
「しかし、僕らには視覚がない。さてどうする」
「ダジャレですか。でも、龍脈からの覗き見が出来ないんだからどうしようもないのでは?」
「そろそろ慣れようかイシスさん。僕の世界樹に、不可能はない」
「……まあ、だと思いましたよ」
重い音を立てつつ、徐々にこちらと内部を隔ててゆく扉。その閉じ行く扉の隙間に、ハルは竜宝玉に触れるのに使った世界樹の根を滑り込ませた。
「ははっ! どうだ! 見たかエリクシル、世界樹の根は、無敵だ」
「ドアに足滑り込ませて止めるマナー違反の客じゃないんですからー。警察呼ばれますよぉ」
「大丈夫。警察は睡眠時不介入さ」
「またしょーもないダジャレを……」
正しくは『民事不介入』である。警察ではないが、エリクシルは明らかなバグが発生しても、なぜか積極的にそれを修正しようとはしない。
まあ、代わりにユーザーの要望も一切聞き入れようとはしないのだが。
恐らくは、下手にこの世界に介入できない何らかの理由があるのだろうが、そのおかげでハルはバランス崩壊したシステムの数々を見つけ出し、それを大いに活用させてもらっているのだった。
「よし、ロック完了」
「『足』は大丈夫ですか?」
「うん。相手は無敵の扉だけど、世界樹の根もまた無敵だ」
「これで、触手で内部に潜入できますねぇ。ユリアちゃんには気付かれてないですか?」
「世界樹の根を挟む時に大きな音がしたから、直接見られでもしない限り」
人一人通れるか否かの微妙な隙間を残して、扉は中途半端に閉じた状態を維持していた。
ハルはその隙間に、これでもかと次々に、世界樹の根を詰め込みはじめる。まだ今も扉は変わらず閉まろうとしており、力任せにスペースを閉じられてしまっては厄介だ。
「よし、脱出経路の確保完了だ」
「根っこで脱出経路を完全に封じられた名状しがたい扉にしか見えないんですけどぉ」
「見た目のことは言うな……」
「まあ何にせよ、これで触手を通して、内部にも監視の目が入り込めるようになったんですね。それじゃあ、引き続き鑑賞会を楽しみましょー」
「イシスさんも、わりかし順応力高いよね」
そんな風に、依然として監視されていることは知らず、ユリアはどうにか、帝国の見つけた竜宝玉の活用法を実行するため進むのだった。




