第1394話 地の底に潜む扉
そうしてまた夜が来て、夢を見る時間が訪れる。
夢世界へとログインしたハルたちは、現実とは違った手法で、しかしリアルの時と同じように、拠点に居ながらユリアの姿を探し出し、イシスと共にその監視を行っていた。
「ほえ~。ユリアちゃんにそんな変化が。記憶を引き継いじゃった私もパニックになっちゃいましたけど、記憶を引き継げないことで大変になったりするんですねぇ……」
「あの子にとっては、“世界”の危機が迫ってるのを知ってしまったのに、もう一方の自分は朝になるとそれをすっかり忘れて、のうのうと学校に行ってしまっているからね」
「……そんなに大事なんですか?」
「まあ、あくまで彼女の世界での話さ」
いかにほぼ全人口がエーテルネットワークにより接続された現代とはいえ、正しく認識していなければ感覚は旧時代と変わらない。
自分の周囲だけが『世界の全て』であり、その環境を脅かす相手は『世界の敵』だ。
「……ふむ? となると、逆説的に彼女の見てしまった何かは、直接ユリアの環境に変化を及ぼせる対象か。そこから探ってみるのも、いいかもね」
「でも、見つけ出したところで、こっちでどうにか出来るんですか?」
「そこが問題だね。きっと、相手は今も帝国本国に居るだろうからね」
往々にして、そうした悪だくみする人物というものは自分では動かないものだ。
悪者は、手下に働かせて自分は奥で偉そうにふんぞり返ると相場が決まっている。
「まあ、悪者どうこうというよりも、それが効率的だからね。経営者である自分は指揮や采配に専念して、的確に仕事を割り振ることで最も成果を発揮できる」
「楽したいからじゃなかったんですねー」
「もちろん、そういうタイプの悪い奴もいるけど、もの凄く悪い奴で働き者っていう例もまた多い」
まさに、帝国とそれを治める皇帝がいい例だろう。彼はユリアを始めとした実働部隊に効率的に指示を出すことで、強大な組織を運営し一人では決して出せぬ力を操っている。
「まあ今は、そんな顔の見えぬ黒幕たちよりも、目の前のこの子に集中しようか」
「ユリアちゃんも別に目の前に居ませんけどねぇ。ハルさんもまた、働き者の支配者ですよね」
「僕は人に仕事振るのは苦手な方だけどね」
のんびりとくつろぎながら、イシスなどはポリポリとお菓子など頬張りながら、敵陣で動き回るユリアの監視を続けるハルたち。
ユリアが見たら、ハルたち二人もまた『悪い大人』認定されてしまうのだろうか。それとも大人という存在に失望されるだろうか。
そんな風にユリアに呆れられないためにも、ハルもたゆまぬ努力を続けねばならない。そう思い直し、気合を入れて、自己強化に励む。
なお、見た目の上では、それもただ美味しそうなジュースを暴飲するだけの悪い大人であった。お酒ではないのがまだ救いか。
「……むぐっ。しかしハルさん? 今日はユリアちゃん、お休みですかね。昨日までのように、<変身>を使って忙しくお仕事していないようですが」
「まあ、昨日は戦争の方がお休みだったから、その間に必要な物資は整備し終えたっていう可能性もある。それでも確かに、多少不自然だね」
「もしや、私たちが覗き見しているこのユリアちゃんは<変身>した偽物なのでは!」
「いい視点だねイシスさん。ぼくらはしてやられたって訳だ。すると、本物はどこだろうね? こうしてコピーで目を引き付けている間に……」
「どきどき……」
「……逆に、僕らのすぐ後ろに!」
「ひゃいん!!」
「冗談だけどね」
盛大にポテトを取り落としながら、周囲を凄い勢いできょろきょろと見回し警戒するイシス。こころなしか、居住まいもきっちりと姿勢よく正している。
……まあ、だらけている所を見られたというショックは分かるのだが、目の前のハル相手ならいいのだろうか?
「大人のおねーさんの威厳を脅かすのはやめましょうよハルさん……」
「……そこ気にするなら普段からもっとシャンとしていようか」
「でも、この子が本物ユリアちゃんなのは確かなので?」
「うん。これだけ接していて、リアルの彼女まで見た後で見紛う僕じゃないよ。<変身>して姿を変えたって、細かい癖まではコピーできないから」
「人間ウソ発見器すごいですねぇ」
元々こうした細かい仕草から、その人物の隠れた思考までも読み取ってしまうのがハルの得意とする技だ。
最近は圧倒的な力でねじ伏せてばかりで出番のない能力となってしまっているが、その精度は健在。姿を同じにしたところで、見間違うハルではない。
「ただ、彼女が周囲を欺こうとしているのは確かだ。その対象は僕らではなく、帝国軍だけどね」
「仲間の方を?」
「彼女は仲間と思っていないかもね。今、ユリアは他人を自分に<変身>させて仕事をさせている。そんな中で、自分だけは仕事をしていない」
「まるで後方に居る悪い大人みたいですね」
「……それ言ったらきっとあの子泣くよ?」
いや、性質的に、認めたくなくて怒って否定する方だろうか。
「……まあ、そうすることによって、周囲からは自分の方を能力の劣るコピーに見せているんだ」
「なるほど。あっ、ちょうどいま確かに、自分から否定しましたね」
「《ユリアちゃん。コピーの仕事頼める? 弾丸にされまくったせいで、バリア宝珠がまだ不足しててさ》」
「《私は本物じゃないよ。……ございます》」
「《あちゃー。悪い。便利な能力だけど、これが毎回困るんだよなぁ……》」
スキルによるアイテムの複製を頼まれたユリアだが、本物ではないから<変身>は使えないと断っていた。
強烈な使命感に突き動かされるユリアにしては、違和感を覚える状況だ。
いくら忠誠はないとはいえ、帝国軍を勝利させるという目的では一致しているだろうユリア。その為の仕事は、全力すぎるほど全力でこなしていた。
そんな彼女が今、なんの仕事もせずにぶらぶらと龍骸の地の内部をうろついているだけのように見える。
「さすがに疲れちゃって、たまにはおサボりしたいんですかねぇ」
「ならいいんだけど、それにしちゃ目の光が隠しきれてない」
ギラついている、とでもいうのだろうか。その燃え盛る使命感は、見守るハルたちにはまだまだしっかりと伝わってきていた。
そんな彼女が、歩き回っていたその足をふと止めた。どうやら、ついに何か目的の物をユリアの燃える瞳は見定めたらしい。
◇
「あっ。消えた」
「消えちゃったね。完全隠密だから、この力でも追えない」
「ストーカーしてるの気付かれたんでしょうか?」
「いや。こちらもこちらで気付きようがない。イシスさんみたいに、面と向かって態度に出せば別だけど」
「なななななななーんのことでしょうかねぇ!」
「僕とアイリの様子を覗き見してたのとか、僕ら本人を前にしたときに露骨に出てたよ」
「この洞察力ぅ……」
「なに、後ろめたく思う必要はない。僕らだっていつもやってることだ」
「いやそこまでナチュラルストーカーになれませんって」
イシスもまた、清く健全な精神の持ち主ということだ。ユリアより大人になって多少スレてはいるが、その本質は清純なものであるといっていい。
「……それより、どうします? ユリアちゃん消えちゃいましたが」
「まあ、そこは大丈夫。消える直前の彼女の態度や視線の向きから、目的であろうおおよその位置は掴めている。そこにカメラを合わせればいい」
「つくづくハルさんは敵に回したくないですねぇ」
進行方向を推測し、消えたユリアの向かったであろう先を龍脈越しにサーチしていく。
龍骸の地は複雑な地形が入り組み、またドラゴンとの戦闘の余波で土地が崩壊した場所も多いが、ユリアの能力はそんな地形も物ともしない。
ハルたちもまた、表面的な地形にとらわれず、時には地面の下も含めて徹底的にその『目』を通していった。
「あっ! ハルさん! なんかありますよこの岩の隙間っぽいとこ! 視界が通る、明るくなってます!」
「お手柄だねイシスさん。この光、天然のものじゃないね。きっと奥に彼女が居る」
大地に深く刻まれた裂け目の奥、本来は真っ暗で何も見えぬはずの位置に、イシスが視界の通るエリアを見つけた。
その灯りは自然光でもステージギミックでもなく、見慣れた魔法による光。
視点を動かしていくと、そこには使い捨ての下級アイテムが、捨て置かれるようにして周囲を照らす光を生み出していた。
「持ち主が居ないですね」
「きっと、松明代わりに設置して本人は先に進んだんだろう」
「また姿を消しちゃったんですね」
そのハルの予想通りに、視点を進めると光るアイテムは等間隔に、裂け目の奥へと続いているようだった。
無敵となったユリアも光源無しではさすがに身動きが取れぬようで、こうして痕跡を残さざるを得ない。この先に、誰にも、帝国軍にも知らせておらぬ秘密の何かがあるのだろう。
「あっ、いました」
「居たね」
ついにはそんなユリアにハルたちは追いつき、姿を現した彼女の映像を捉える。
どうやら彼女は、地の裂け目の最奥にひっそりと造られた、謎の扉の前に佇んでいるようだった。
「こんな隠し扉が。ハルさん、知ってましたか?」
「いいや。僕らはドラゴンを倒して回るのに精一杯で、龍骸の地の探索に割く人手も時間もなかったからね」
ハルたちは多くの竜宝玉を手にしたが、逆に言えばそれだけで時間を使い切っている。それ以上の龍骸の地の調査は、ほぼ行えていないのだった。
対して帝国軍の方は、有り余る人員による探索力を発揮し、こうした隠しエリアの発見にも至っていたということだろう。
「あ、消えた。と思ったらまた出てきた。……そして帰っちゃった。どうしたんでしょう?」
「んー、多分だけど、あの扉は、ユリアの力をもってしても透過できなかったんじゃないかな。まあ、待ってれば多分また戻って来るよ」
「どうしてそう言い切れるので?」
「ここの鍵になるようなアイテムなんて、一つしか思いあたらないからね」
そんなハルの想像の通り、果たしてユリアは再び地の底へと戻ってきた。その手には、『鍵』となるだろう竜宝玉を手にしている。
「盗んできましたね」
「盗んだね。今度は仲間から」
「でもさすがにすぐバレるのでは?」
「……いや、ご丁寧に、宝玉を設置していたその位置には、コピーしただろう模造品が置かれているね」
「ホント怪盗さんですねー……」
恐らくは姿を真似ただけで、能力まではコピーできていないだろうが、本当に器用な能力だ。
そうして仲間をも欺いて、誰にも知られずたった一人で至ったこの扉、ユリアは、そこでどのような力を手に入れようとしているのだろうか?
「…………開きませんけど?」
「開かないねえ……」
が、ここでハルたちの予想とは外れ、きっとユリアにも想定外に、扉は静かにただ地の底で沈黙を守るのみなのだった。




