第1393話 乖離する夢と現の彼女
「という訳で、情報のない人物を夢世界側のデータから特定したい」
「なるほど。例の、感情の引継ぎプロトコルを使うんすね。感情パターンを引き継ぐ際に、夢世界とリアルの本人が紐づけされるから、それを利用すれば個人情報を知らないゲーム内のプレイヤーでも特定できると」
「あくまで副次効果だけどね」
本来の目的は、あくまで帝国軍兵士を納得させ引き抜く事。
無限の戦闘意欲を維持し向かってくる彼らの戦意を削ぐには、内部の人間関係により生じた悩みを解消してやる必要があった。
記憶を持ち越せぬ彼らは、せっかくゲーム内で培った絆も、夢から覚めれば全てきれいに忘れてしまう。
これが通常のゲームなら、ログアウトしようがサービス終了しようが、別の手段で連絡を取り合えばいいだろう。
ただ、今回のゲームではそれすらできない。完全に、夢の切れ目が縁の切れ目となってしまうのだ。
ならば、その仲間意識、あるいは恋心だけでも現世に引き継いでやることができれば、彼らも安心して世界の終焉を迎えられるというものだ。
「僕を倒そうという、尽きぬモチベーションも尽きるだろう。そうなれば、あとはシノの国の時と同じだ。もう無理に攻めてくることはなくなる」
「んんー。ぶっちゃけその作業が、そもそも敵を叩き潰して戦意喪失させることより大変そうっすけどね? まったくハル様は、変なところお節介なんすから。アメジストもビックリっすよ。普段は、『僕は身内以外は見捨てる方針なんだ』とか言っちゃってるのにー」
「……別に、助けられる範囲なら助けても構わないだろ」
「またまたあ、照れちゃってまあ。……しかし、そっすね? 今回は、わたしたち神が原因になった事件っすから、知らぬ顔して放置すべき案件ではないってのも確かっす」
「今回は、というより、今回も、かなあ……」
目につく不幸を全て救済していては、ハルの身が持たない。その目が映す範囲は広すぎる。
しかし、今回はその方針を曲げてでも、多少忙しくなってでも、出来得る限りの救済を行いたいハルだった。
エメの言う通り原因はこちら側にあり、また、今後の日本の在り方にも関わって来る事件だ。傍観は出来ない。
「それで、可能かいエメ」
「ちょっと待ってくださいっす! う~~ん、さすがに手探りっすね。しかしめげてられないっす! 今後はこの作業を、もっと大量の人間を対象にして行うんすから! たった一人で泣きごとを言ってたら、後が持たないっす!」
「だからここで効率化すればいいだろ……、あからさまにブラックアピールせんでよろしい……」
「まあ、言っちゃえば単純な検索作業なんすけどね。わたしたちの、本来の仕事っすよ。得意分野っす」
これで、もし調子に乗ったエメがミスして、まったく無関係な人物の感情が他人に入ってしまったら、と危惧したハルだが、どうもそんな心配はないらしい。
感情データはその個人に固有のものであり、別人には合致しない。感情の混線は、起こりえないという話だ。
「とはいえ事故は怖いっすから、十分に注意はするっすけどね」
「そうしてくれ。なんらかの例外で、“他人の感情を受け入れられる体質”、なんて例もあるかも知れない」
「逆に、夢と現実の人格に乖離が起こりすぎて、同一人物なのに感情がダウンロードできない、なんて例が出てきたらどうします?」
「……考えたくもない。そうならないように、やはりさっさとあのゲームは閉じねば」
過ごした時間軸や経験が違いすぎて、まるで二重人格のように性格が違ってきてしまうなんて事件も起こるのだろうか?
一応、夢側では全ての記憶を引き継いでいるので、眠るたびに統合がされるので起こりにくい仕組みにはなっているはずだが。
「夢と現実で記憶が完全に二分されてなくてよかったっすね。っと、見つけたっすよ。この子っすこの子。ハル様の睨んだとおり、まだまだ子供っすね」
そんな可能性の話をしているうちに、エメが夢世界のユリアと、その感情データに合致する人物を探し当てた。
ハルの推理通りに少女はまだ学生であり、当然だがメイド服は着込んでいない。
いわゆる普通の学校の生徒で、ハルたちの学園のように通信が遮断されているようなこともない。
エーテルネット越しに、普通に現在の状況を監視できた。今は授業中のようだ。
「……なるほど? 見た感じ、本人に問題があるようには見られない」
「どこ見て言ってんすか? 見ただけで分かるんすか? あっ、もしや、いたいけな少女のカラダをじっくり観察して言ってるんすかねえ? いやだなあ、えっちだなあハル様は! あっ、やめて、ぶたないで!」
「べつにぶたないけど……、もしかして叩かれたいの君……?」
「放置よりは構ってもらえる分そっちの方がいいっす!」
こちらもこちらで重症だ。なるべく構ってあげようと思うハルだった。
……とはいえ、制裁やおしおき目当てでわざと失敗でもされては困るのだが、その辺の線引きはエメもわきまえていると信じよう。
「まあ、実のところこの子の体をスキャンはして見ている。といっても、えっちな意味ではなく医療データとしてだが」
「癖になってんすよね? 他人のはだか覗くの」
「……確かにほぼ無意識でサーチするのは悪癖かもしれないが、言い方」
「えへへ。あうー、痛いっすー」
ぐりぐりと頭をこづいてこね回してやると、痛そうにしながらも嬉しそうなエメだった。重症である。色々と。
そんなエメはさておき、意外と簡単に見つかったユリア。その彼女のリアルを、ハルは少々観察してみることにしたのであった。
*
「あら? なにをしているの?」
「ハル様に縛られているっす!」
「正しくは吊り下げている。どうやったら、いい罰になるのか試行錯誤中」
「……エメの場合、何をしてもプレイにしかならないと思うのですけれどねぇ?」
「僕も悩んでいる」
天上からロープで両足を吊るされたエメが、訪ねてきたルナを元気に出迎える。その態度の通り、正しく罰を与えられているとは思えない。
まあ、真面目に罰するような内容でもないし、実はどうでもいいことではある。プレイだとしても、それを経ることでエメが力を発揮できるのならば構わないだろう。
逆さになった長いスカートを、ずり落ちないよう必死で抑えるエメと、それを引き下げて下着を丸見えにしようと企むルナのじゃれ合いを眺めつつ、ハルは並列して行っている作業をモニターに表示させた。
「あら。この子は?」
「今の視姦対象っす!」
「ルナ、ずり下げていいよ」
「丸見えになる! 丸見えになっちゃうっす! ユリアちゃんと、同じ目に合わされるっすーー!」
「なるほど……? 確かにこれは、どうやって罰にすべきか悩むわねぇ……」
「だろう?」
構ってもらえば喜んでしまうエメ。本質的な罰を与えるのは難しいところだが、まあ対策としては、変なことを言い出す前にもっと普段から構ってやる、といったあたりが解消法だろうか?
「……それで、この子がユリアと」
「ああ。今、分身を送って調べてるところ」
「因果なものねぇ。あちらでは、無敵の透過能力を有している彼女が、こちらでは自分が同じことをされているだなんて」
「ハル様にケンカ売った報いっすねー。思い上がった罰っすよ!」
吊り下げられながらも逆向きに得意げな顔をするエメが、罰を語っている。
それはさておき、ユリアもまさか現実でゲームの自分と同じ能力で意趣返しする者が居るなどと、まさに『夢にも』思わないといったところか。
「しかし不可視化しているということは、こちらでは接触はしないのね?」
「うん。接触すれば確かに夢世界のユリアの行動にも干渉できるけど、出来ればこれ以上、彼女に負荷を与えたくない。きっと、いっぱいいっぱいだろうから」
このうえハルが現実で接触してきたという異常な状況まで加わってしまえば、夢側の彼女はストレスが限界値を超えてしまいそうだ。
ただでさえ、少女の身には余る膨大な情報を得てしまい混乱している所なのだろうから。
「とはいえこっちでは平和なものっす。学校生活も、家庭環境も良好。真面目で教師のおぼえもいい。友達は少なめだが嫌われてもおらず、趣味はネットゲーム、でも内部で豹変したりはしない。ログに残った発言も丁寧なものっす」
「リアルの鬱憤をゲームを荒らすことで解消するような子ではないってことだ」
「ふぅん? じゃあ『ございます語』も?」
「とりあえずこちらでは使ってる履歴はみられない」
「本当に本人なの?」
「データはそう示してるっす!」
今のところ、まるで類似する点が見られないが、真面目で責任感がありそうな点はそれなりにユリアらしいといえた。
もしかしたら、プレイヤーの中でもかなり現実と夢とで乖離が進んでしまっているプレイヤーなのかも知れない。このまま放置するのは、危険だろうか。
「このままあの子の前に姿を現して、チョーカーを渡してくるのはどう?」
「ぐへへへ、お嬢ちゃん、この首輪をつけるっすよお……」
「どんなキャラなんだエメそれは……、変態すぎる……」
「……まあ、そこまでいかなくても、知らない人から貰ったチョーカーなんて確かに身に着けないわよね?」
「なら、夕暮れ時の道に突如現れて、強引にチョーカーを巻きつけて去る、『怪人首輪男』にハル様はなるっす!」
「エメは僕をどうしたいの?」
彼女の精神の安寧を望むのであれば、確かにここでチョーカーを、夢との遮断機を渡し、退場してもらうのが良いのかも知れない。
別に変質者にならずとも、本人にまったく気付かれずにその身に仕込んでくることだってハルには可能だ。
「ただ、勝手な言い分ではあるが、彼女の夢世界で見つけた何かを、僕としても知りたくはある」
「それが解決する前には、確かに退場されたくない人材っすね」
「ハルは、大人の汚い陰謀めいた何かを、隠れて耳にしてしまったと考えているのよね?」
「うん。多感な時期の彼女だ。そうしたものにダイレクトに触れればショックだと思うよ」
「実際、この子のネットのログからも、そうした根も葉もない噂や、陰謀論めいたゴシップへのアクセスは確認できたっす。おぼろげに存在を認識していたそれらの『本物』に触れてしまって、自分がなんとかしなきゃーって思っちゃったっすかね?」
「……エメ、両手を使ってモニター操作はおやめ」
逆さ吊りにされているので、スカートから手を離すと下着が丸見えだった。
そんな、ゲーム内とはまるで似つかぬユリアの姿をしばらく付け回して観察するハルたち。
ロールプレイではおさまらぬその変貌ぶりに、よけいにあちらの彼女の対応に頭を悩ますことになるのであった。




