第1392話 狭い狭い世界のその守護者
その後、圧倒的な殲滅力を発揮したハルの魔法によって、帝国軍は一気に総崩れの道を辿っていった。
決死の攻勢を行ったことで、攻撃のバランスが乱れたということもあるだろう。しかし、最大の要因は気のゆるみか。
「ユリアが宝玉を奪い取ることに成功したから、そこで緊張の糸が途切れちゃったかな。その後の抵抗は明らかに覇気に欠けていた」
「彼らは、最初からあの状況をゴールとして作戦を組み立てていたのでしょうか?」
「いや、それはないかな?」
戦闘から一夜明け翌日、ハルは現在、龍脈担当のイシスを始めとした仲間たちと共に、のんびりとした待機時間を過ごしていた。
今日もまた帝国軍の侵攻を待ち構える形だが、今のところ本日の戦闘は開始する気配がない。
砲手として世界樹の上から監視しているユキの報告でも、今のところ敵陣に動きはないらしかった。
「今日はお休みなんでしょうか? 連日、神経すり減らす龍脈の監視は疲れるので、そうだと有難いんですけどぉ……」
「安心してイシスさん。戦闘が休みでも、龍脈の支配域を広げるお仕事があるよ」
「会話が通じていませんんんん」
どうやら、今日は戦場も休日を取るようだ。消耗した軍備の立て直しに、兵達のストレス低減、そして何より、手に入れた竜宝玉の扱いについて、色々と決めたいのだろう。
「あの者らはついに、ハルさんから宝珠を一つ奪い取る事を成功させたのです! ……どうやっても奪えないのではないかと、ヒヤヒヤしました!」
「そうだねアイリ。僕も、なんだかホッとしたよ」
「それで気が抜けて攻撃力が上がるんですものねぇ。相手にとってはたまったものじゃないというか」
帝国軍が一気に壊滅した理由のひとつに、ハルが加減をやめたから、という事情もあることは否定できない。
あからさまに手加減をしていた訳ではないが、それでも敵の作戦が成功する前に、壊滅させてしまう訳にはいかなかった。
そんなハルの事情と、敵にとっては作戦成功による弛緩、そして宝玉が投げ込まれた後方での撤退開始も相まって、部隊は一気に総崩れの道を辿ったのだ。
「それで今日は、その竜宝玉で軍備のパワーアップを図ってるんですね。でもいまのとこ、ただ龍骸の地に安置しているだけで、特に動きは見られないんですが……」
「本当に、何かわたくしたちの知らない活用法を知っているのでしょうか? 確かに、あの地のリソースを効率よく使えれば、帝国は発展することは間違いないのですが」
「さて? 強く主張していたのは主にユリアだからね。彼女がどう動くかなんだけど……」
ただ、そんなユリアは、特に竜宝玉に近寄ることなく戦備の補充に明け暮れていた。ハルとイシスが、龍脈越しにその様子をモニターする。
彼女は今も<変身>スキルを立て続けに使い、消耗した物資を補充している。
毎回のように墜落させられる輸送艦のパーツ補充、戦闘で消耗する武器弾薬の複製。また時には、プレイヤーそのものを<変身>させて、物理的に生産職の手を増やしていた。
「特に昨日は、あのトリガーハッピーの彼が『弾薬』として属性石を大量消費していたからね。補充が忙しそうだ」
「そうなのですか?」
「うん。彼のスキルは、銃に属性アイテムを装填することで、いわゆる無属性の弾丸を発射するものだと思う」
「そうやって、ハルさんの魔法に干渉されぬ攻撃をくり出していたのですね!」
「そのようだね。ただ、その都合上すこぶる燃費が悪い。彼もまた、軍あってはじめて実力を出せるタイプか。色々な人材が居るのはいいけど、それぞれの良さを食い合ってるね」
「輝けるのは、誰か一人だけなんでしょうかぁ……」
ゼクスとキョウカもそうだが、全体の力を一人に集約するような構造のスキルが多い気がする。皆の力を一つにする絆の力。悪く言えば自己中心的で自分勝手。
それゆえ互いに能力を共存できず、彼らは日替わりでリーダーを変えて襲って来ていた。
そんな中で、必ず毎日活躍している人物がいる。言うまでもない、コスプレメイドのユリアである。
「どう見ても、あの軍はユリアの力で成り立っている。それでいて、彼女は別に全体のリーダーという訳でもない」
「そうなのですか?」
「そうなんですよぉアイリちゃん。私も監視はしてるんですけど、常に何かの雑用に走り回ってるばかりで、指揮官とかそういうポジションに居る訳ではないようなんです」
「むむむむ! 不気味ですね!」
「もちろん、発言力は高いみたいだけどね」
その貢献度の高さから、彼女の提案に正面から『NO』と言える者は居ないだろうが、それでもユリアは自ら方針を決めることはないようだ。
リーダー陣の決めた方針の邪魔をしない形で、影のように動き回る。
「現に今も、雑用ばかりで竜宝玉を巡る会合には出席していない」
「なんと! そんな会合が! それを監視いたしましょう!」
「残念だけどねアイリちゃん。有力者っぽい人たちは全員、龍脈の通ってない範囲でお話してるみたいなの」
「……当然といえば、とうぜんですか。ハルさんと、イシスさんが居ますものね!」
戦場となるこの一帯は、当然全てハルたちが龍脈を抑えきっている。
それどころか<龍脈構築>により網の目のように全域が監視網で埋め尽くされ、その目を逃れる安全地帯はあまり残っていない。
よって彼らの作戦会議は、拠点を築いた龍骸の地では行えず、わざわざ足を延ばす不便を強いられていたのであった。
「ただ、そんな帝国軍の状況においてなお、全体を仕切っているのは紛れもないこのユリアだ。彼女の鬼気迫る仕事量なしに、軍はその力を維持できない」
「考えてみれば、遠征先で毎日万全の行軍が出来ているとか、異常ですよね! 『ゲームだから』と、半ば思考停止しておりました!」
「何があの子を、ここまで動かしているんでしょう? 皇帝の密命を受けているとか?」
「いや、彼女は皇帝への忠誠心は低いように見えた。そして、矛盾するようでもあるけど、こうした働き方の反応は『使命感』だね」
「使命感、ですか?」
「忠誠心が、ないのに」
「うん」
その者の内面を読み取るのが得意なハルだ。ここまで観察していれば、なんとなく分かる。
ユリアを突き動かしているのは、何らかの使命感。これはほぼ間違いないだろうとその洞察力にて断言できるハル。
だが、その使命を与えているのは、所属する組織のトップである皇帝ではない。逆に、ユリアは皇帝を嫌ってさえいるようにもハルには思えていた。
「ならばこの使命感は、自分自身の内より湧き出るものに他ならない。『私がやらなきゃ』、『私にしか出来ない』といった類のものだ」
「うーん……? <変身>を持っているのが自分だけだから、みたいな単純な話ではないですよねぇ?」
「それなら、帝国への忠誠心も同時に持っているはずなのです! 組織に貢献したいがための、使命感ということですから!」
「まあ、ゲームでは往々にしてありがちだけどね。ギルドの為に、自分がやらなくちゃ、っていう謎の使命感は」
まさに、『謎の』使命感と言わざるを得ない。冷静に考えれば、そんなことのないはずなのだが、なぜかプレイヤーはそう思ってしまいがちなのだ。
ちなみに、そうした使命感や責任感が生まれるのを分かっていて、あえてギルドやクランといったシステムを組み込むゲームもある。
所属するコミュニティを捨てられないという感情を利用し、ゲームから離れ難くするのだ。
単純ながら、割と効果の高い手法であり、運営の狙い通りにその呪縛に囚われる者は一定数居る。
ただし、そこにはメリットばかりではなく、人間関係のトラブルによる組織崩壊と同時に、ゲームその物も引退してしまう人間が出かねない諸刃の刃だ。
用法用量を守って、正しく呪縛をかけねばならない。ちなみにプレイヤーとしても楽しいので悪いことばかりではない。
余談であった。なお、アイリの言うような所属組織の為にという、コミュニティに対する忠誠心もセットで生まれがちなので、ユリアの例には当てはまらないのはその通りだろう。
「では何に対する使命感なのか。一見難しそうだが、残る選択肢は実はそう多くない。ゲーム内でないとするなら、現実の所属組織か、あるいは社会そのものだ」
「そ、壮大な話になってきましたね……」
「まるで、エメさんの時のようなのです……!」
「そうだねアイリ。あの子も、その類だ。ただまあ、世界、社会といってもあくまで当人にとっての物さ。恐らくはまだ年若いユリアにとって、その範囲はひどく狭い」
「あー確かにぃ……、私も学生の時は、自分の周囲だけが世界だったなぁ……、あの頃は若かったな……」
「イシスさんは今でも、とっても若くて可愛いのです!」
「ありがとーアイリちゃんー。でもアイリちゃんに言われると、複雑だなぁ~」
特に学生の場合、学校と家庭だけが世界ともなりがち。いかにネットを通じて無限の選択肢が広がっている現代といえど、それを選び取るか否かは本人次第だ。
選ばない選択肢は、ないものと同じ。選ぶ力もまた、経験によって大きく上下する。
「話を戻すよ? ただそうして世界が狭いからこそ、『世界を守る戦い』も簡単に発生する。そう考えると、何か見えてくるものがあるのかも知れない」
「あの子にとっての『世界』を、脅かすなにかをここで見つけてしまった? ……んんんんん。こうしてハルさんたちと関わって色々と知った今、そんな脅威の選択肢もまたゴロゴロしすぎてどれの事やらー」
「気軽に世界を崩壊させられる力が、転がりすぎなのです!」
ちなみにこれは比喩ではない。物理的に、世界を丸ごと吹っ飛ばせる。
最近は色々と麻痺してきてしまったハルたちだが、そのうちどれか一つでも目にしてしまったら、無垢な少女にとっては劇薬だろう。
「ただ、そうした僕らの事情とは今回は無関係な気がする。ユリアの執着心に、僕が入っていないからね」
「そこだけ聞くと、自意識過剰のモテ男が振り向かない女の子に逆ギレしてるみたいですねぇ」
「そうして逆に、男の子はそんな女の子に惹かれていってしまうのです……! ろまんす、なのです!」
「ねー」
「しゃらっぷ。僕を変なキャラにしてまぜっかえさないように! そうじゃなくて、彼女が知っただろう事はもっと現実的なものだってことさ」
魔法やら超能力やら、モノリスやらが関わらない世界での話。いや、もしかしたらモノリスあたりは、どこかで関わっているかも知れないが。皇帝の存在から考えて。
「じゃあ、どこで何が、謎の使命感を得るきっかけになったと?」
「それなんだけどね。あの彼女の能力、どんな場所にでも忍び込める完全な<隠密>。それによって帝国のどこかで、皇帝かその周囲の人間が行っている、秘密の会談のその現場に、出くわしてしまったと仮定すれば自然だ」
「欲にまみれた会話の匂いが、ぷんぷんするのです!」
「うわぁ。それは確かに、若い子にはきつそうだなぁ。陰謀論こじらせちゃいそう」
ただでさえ、世界は汚い大人が動かしていると思い込みそうな歳の可能性がある。そのような状態で、このゲームを利用した皇帝たちの現実に干渉する作戦、それを聞いてしまえば、若者がどのような使命感を抱き、どう動くかは予想がつきにくい。
「まあ、全ては僕の推理でしかない。なので、ちょっと探りを入れてみようか。新しい技術も手に入ったことだし、ちょっとあの子のリアルを追ってみよう」
「……ホントの陰謀論の化身が、ここにいますよーって教えてあげたい気分になりますねぇ」
「やめよう?」
そんな使命感に燃えるユリアが、ハルたちの事情を知ればどうなるのか?
まあ面倒くさいことにはなりそうなので、なるべく知られぬようにこっそり動こうと心に決めるハルなのだった。




