第1391話 帝国軍の意地
ひと呼吸おきに激しくなっていくようなハルを狙い撃ちにした攻撃。ハルはそれを、一切避けることなく全てを受け止め続ける。
銃のようなスキルと、それをコピーした集団からの弾幕は、ハルの周囲に浮かぶ竜宝玉を割り込ませることで的確に叩き落とす。
飛んで来る多種多様な魔法は、一部を吸収して絡め取り、その威力を上乗せした凶悪な魔法として、敵陣へとお返ししていった。
「はは! 楽しいね! だが少々しつこいよ君たち? さっきからそこそこの数を吹っ飛ばしているはずだが、攻撃の手が衰えないのはどうしたものか」
「文句はあのコピー馬鹿に言ってくれよな! あとお前も、武器盗られてんじゃねーっての!」
要するに、この絶えることない魔法攻撃は全てアイテムによるものということだ。
ハルの魔法を、兵士達は耐えている訳ではない。食らったらきちんと、彼らは死んでいる。
だが、その際に彼らは、持っていた武器をその場に“ドロップして”、後から来る兵士へとそれを託す。そのため、攻撃の手が弱まることはない。
カナリーから奪った魔法武器を、彼らは魔法のステッキ代わりになるよう改造した。誰でもそれを振るだけで、簡単な魔法を飛ばすことができる。
一発一発は大したことのない威力だが、数が揃えば侮れない。世界樹から放つ大砲の魔法弾を、迎撃できるほどの威力になるのだ。
それらが今、一斉にハルを目掛けて飛び込んできている。
「なるほどね。重要なのは武器であり、その持ち手は誰だっていいって訳か。リアルの銃器みたいだね」
「誰だっていい訳あるかよ! 銃こそ、使い手の訓練度合いがモロに出る武器だろうが!」
「見解の相違だね」
まあ、彼の言うことも一理ある。訓練を重ねたプロフェッショナルと、素人の腕の差はまさに歴然だ。
しかし、例えば剣と比べた場合の習熟度合いの差よりも、兵士としての性能は大きく離れることはない。
ボタンを押せば、弾が出る。この単純さにより、一瞬で一定の殺傷力を個人に付与することが可能なのだ。
魔法の武器もまた同じ。魔法スキルを持たない兵士でも、誰だって握るだけで『魔力タンク』として立派に仕事が出来るのだ。
「君らそれでいいのかい?」
「何も出来ないよかいいだろうが! 生きているだけで、いいや死ぬことで、立派に戦局を動かせる!」
「まあ、そういう考え方も出来るか」
ただし、当人たちが本当にそれで納得しているかどうかはまた別の話だ。そこを突くのも面白そうだが、それは今ではないだろう。
確かに誰もが突出した戦力を持っている訳ではなく、そんな者であっても確実に軍全体の貢献度の一部になれるという事実は大きい。
力ある者もない者も、それぞれの理由があって、この世界存続の為の『聖戦』に挑んで来ているのだから。
「おい! バラバラに撃ち込んでるだけじゃ防がれて終わりだ! 俺が合図したら、一点に凝縮して突破する!」
「凝縮ってどうやって!?」
「出来る奴に任せる!」
「投げっぱなしかよ!」
「私がやる!」
「よし! 今だけ仕切っていいぞ! 素の魔法使い! 今のうちにチャージだチャージ! 逆に『武器』持ちはここで全部叩き込んで隙を与えるなよな!」
そしてどうやら、今回のゼクスに代わるエース兼リーダーは彼のようで、彼を中心にこの軍は一つの生き物として構成されている。
キョウカを通じて全ての力を一人に集めていた前回とはうって変わり、今回は一人ひとりを消耗品の撃ち手としてしか期待していない。
なかなかバラエティに富んだ戦術を持つ軍隊だが、毎日変わる命令に末端の兵士達は大変そうだ。
「いけます!」
「よっしゃ、撃ちまくるぜぇ!!」
しかし、それだけ豊富な人材を抱えているのは紛れもない事実。今も、銃のスキルとそのコピー軍団が、ただの連射では埒が明かないと柔軟にその手を変えてきた。
ちょうど近くにいた兵士の能力を使い、彼と彼である者達は、兵士の作り出したリング状の空間にその銃弾を叩き込む。
その弾は、そのままハルへと飛んで来ることなく、リングの中でいったん静止する。その先に待っている未来は、術者である彼女の説明を聞くまでもなかった。
「限界です! 開放します!」
「発射ぁ!」
リングの中に押しとどめられた弾丸のエネルギーは、強力なビーム砲となってハルへと迫る。サイズもまた巨大化し、今までのように宝玉一つでは止めきれない。
ハルは周囲をばらばらに浮遊していた竜宝玉を一か所に集め、一つの盾として形を形成する。
「へえ、やるね。でも、どんなに強い攻撃でも、この宝玉を突破することは出来ないよ?」
「はなから突破しようなんざ考えちゃいないんでね! 魔法使い隊、ここでやれ! <火魔法>だ、火火火火火火ひぃ! とにかく火属性をぶちこめぇ!!」
「おお。なるほど。それは考えたね」
青年の命令を受け、この間にチャージを続けていた天然の魔法使い達がその魔法を開放する。
束ねられた魔法の属性は火。強力な火炎の渦がハルへと迫る。
……当然、これでハルを倒せる訳ではない。それどころか、傷の一つもつけられないだろう。
しかし、彼の狙いはそこにはない。最初から、魔法はハルを狙ったものではなかった。
飛来する魔法はハルの正面、今もビームを受け止める盾になっている宝珠の塊をかすめていく。
防御魔法に阻まれ、ハルの身には届いていないが、青年の顔が曇ることはない。むしろ、最初からこれこそが狙い通り。
強力な火の属性力は、盾となっている竜宝玉、それを浮遊させている風のエネルギーと干渉し、吸収相性によりその力を吸い取っていった。
「はっはぁ! 狙い通り! やっぱり、<風魔法>で飛ばして操ってたなぁ!」
「なかなか、やるじゃあないか。確かに、強力な火属性、もしくは闇属性の魔法に近づかれると、こいつは一時的に操作を失う」
「そのまま吹っ飛べよなぁ! はじけ飛べ、ピンボールみたいにさぁ!」
固定する力を失った盾は、空中でその位置を維持できなくなる。下側の物から、ぽろぽろと落下しはじめる。
そして今なお続くビームの勢いに押され、ついには四方へと飛び散り、勢いよく飛散してしまいそうになってしまった。
「まあ、放置はできないね」
盾を失い、ハルの身にビームが迫るが、今はそれどころではない。これが直撃したところで、死ぬわけではない。
ただ、宝玉が飛び散るのはまずい。これはアイテム欄に収納ができない関係上、必ず手作業で回収する必要が出てくるからだ。
ハルは眼前を焼く敵の<火魔法>を食らい取ると、逆により強大な風を、竜巻の魔法を周囲に引き起こし、飛び散ろうとする竜宝玉を巻き取った。
そうしてあとは、風の向きを操り、徐々にまた手元へと集めていけば元通り。そうして敵の策が全て水泡に帰すかと思われた、その瞬間。
「今度こそ、捉えた、でございます!」
竜巻の魔法のその内部に直接、おなじみのメイド服が姿を現す。
広域魔法攻撃をも透過する、完全な<隠密>スキルを発動したユリアが、竜巻のその中で待ち構えていたのだ。
狙いは当然、竜宝玉。彼女は飛び散る瞬間のその一つをしっかりキャッチすると、そのままハルの魔法に飲まれて空へと巻き上げられる。
本来ならば、もう助からない。このまま数秒後には、魔法のダメージにより死亡するだろう。
しかしユリアなら、また無敵化するスキルを発動することで、その影響からも逃れられる。
「しかし、僕が君を逃がすことはない。君のスキルの弱点は、もう分かっているからね。さて、どうする?」
「こうする、のでございます!」
だがユリアは、竜巻を透過し抜け出すことはしなかった。ダメージを覚悟で、そのまま風にもまれてゆく。
そうしながらも、竜巻の内部で己の身を何者かに<変身>させていく。どうやら、こうなる前から事前に準備を整えていたようだ。完全に計算のうち。
「吹っ、飛べぇ、ええええっっ! で、ございますっ!!」
軽鎧を来た男性のプレイヤーに自らを<変身>させたユリアは、手に持つ竜宝玉を彼方へと思い切り<投擲>する。恐らく、その姿のプレイヤーは<投擲>スキルに長けた人材なのだろう。
「かはっ!」
「お見事。君たちの、作戦勝ちだ」
宝玉を投げ切った直後、そこでユリアはダメージがかさみ事切れた。だが、宝玉はきっちりと、敵陣の奥深くへと飛び去って行った後だった。
ハルが残りの宝玉を手元へ集め終わると、銃の青年も追撃を行ってくることはなく、これこそが彼の狙いであったことを示していた。まさに、彼ら全員の勝利といえよう。
「まさに、君たちの絆の勝利ってやつだね。まあ、それはそれとして、もう満足したかなこれで? 宝玉のお代は、君らの命でお支払い頂こうと思ってるんだけど」
後方では、もう宝玉を回収し撤退が始まっていることだろう。彼らはきっと、それを無事に陣地へと持ち帰るはずだ。
……まあ、実は、全力で追えば追いつけないこともない。しかし、ここは彼らに花を持たせようと思うハルだった。
何故ならば、竜宝玉を手に入れたユリアたちが、それを何に使うのか、それこそがハルの知りたいところなのだから。
ハルもまた、やっと宝玉を“奪ってくれた”彼らに心の中で感謝しつつ、それはそれとして、お代としてきっちり命は狩り取ることとしたのであった。




