第1390話 より狂気の強い方が勝つ戦い
遅くなり申し訳ありません。
つるべ撃ちに叩き込まれる属性のない弾丸。属性がないゆえに、消滅相性で効率的に相殺することも、吸収相性で力を逆利用することも出来ない。
ハルはただひたすら魔法の生み出す直接的な物理影響の力で、弾丸を防ぎきることを強いられていた。
「おや、防戦一方かいハル? まあ待っていたまえよ。今私が、撃ち手の連中を片付けてあげようじゃあないか!」
「いや、いいよそんなことは。それよりも君は、横に広がっていってる戦線を抑えてほしい。このままじゃ、両翼が無抵抗に進軍できてしまうからね」
「ふむ? それもそうか。我々は迎撃の人員が不足しているからねぇ」
「頼んだよ」
「うむっ!」
セレステによる直接支援の提案をハルは拒否し、右へ左へと広がっていく前線への対処に向かわせる。
人数で劣るハルたちはどうしても、戦闘ラインを横へ広げて行かれると、対処が厳しくなってくるのだ。
「じゃあ私も行くねっ! 逆側はまかせろー!」
「ソフィーちゃんも頼んだよ」
「うんっ!」
本来、そうした広域戦闘に最も対処の出来る人材は他ならぬハルだが、そのハルをこうして弾丸の雨にて釘付けにすることで、陣形の両翼を自由にする。それも作戦の一部なのだろう。
ならば逆に、ハルがこのまま敵の火力を一身に受けることで、主戦力をこの場にくぎ付けに出来るという見方もできる。
その為には、たかが銃撃部隊程度に完封されている場合ではなかった。
「はっ! いいのかよ、前衛を行かせちまってよ! 俺たちを処理する手札を、自ら手放したんじゃないのかっ!」
「いいんだよ。君たち程度の攻撃では、飽和攻撃たらないとこれから教えてあげよう」
「あぁ!? 聞こえねーなーぁ! もっとデカい声ではっきり喋れよな!」
「《その程度じゃあ弾幕が薄すぎると言っている。もっと本気出せよな!》」
「うわっ! いきなり耳元でデカい声出すんじゃねーよってかどうやってんだよそれ!!」
声が小さいと挑発してきたので、お望みどおりに仲間と行っている通信と同様に彼の至近にメニューを出現させてスピーカーにしてやった。
実際、挑発うんぬん関係なく、ハルの周囲はエネルギー弾の着弾音と、それを強引に蒸発させる魔法との反応音で非常にやかましいことになっていた。
常人であれば、そう時をかけることなくノイローゼにでもなってしまいそうだ。
「だったらお望み通り、もっと激しくしてやるよ! さぁ、楽しもうぜ!」
「おお。二丁拳銃」
彼は、彼らはスキルエフェクトでもあるだろう銃型の武装をもう一丁取り出すと、両手装備に切り替える。
単純に飛来する弾丸の数は倍、とまではならないが、その数は一気に向上した。
本体の青年は二丁拳銃でも変わらぬその腕で、実に正確にハルの位置を射抜いてくるが、周りのコピーの者達はそうはいかない。
だが、その不慣れな照準が逆に緩急変化となり、定石以外にも予断を許さぬ緊張感を生み出していた。
「こんなんでどうかなぁっ! ご自慢の魔法も、弾ぁ抑えんので精一杯だろっ! チャージする暇なんか与えるかよ!」
「ふむ。確かにこれでは、上級の魔法をチャージしている暇はない。防御用に、下級魔法を続けざまに展開していかないと間に合わない」
「ならそのまま死ねぇ!」
「ただしそれは、弾丸を防御しようとした場合の話だけどね?」
「止めねぇでどうすんだよ! まさか諦めて食らうってでも言うのか?」
「そのまさかさ。そうしないとチャージできないからね」
「なら死ねよ! 俺の弾丸は、んな待ち時間を与えねぇ。あの世への特急便だ!」
「それは頼もしい」
「言ってな!」
あからさまに魔法の防御を解いたハルに、一切の警戒も躊躇もなく彼は弾丸を叩き込み続ける。気持ちの良い思い切りだ。
周囲のコピー達は一瞬ぎょっとして躊躇ったのと、何かを銃に再装填するのに手間取ったことで弾幕は少しだけ薄れたが、オリジナルの青年の勢いに後押しされて再び全力攻撃を再開した。
その全てを、ハルはその身で、HPでそのまま受ける。
「そのまま、ハチの巣になっちまえよっ!」
「確かにハチは多く飼ってはいるけど、僕自身が巣になる趣味はないよ」
「その余裕、いつまで保つかねえっ! ……ってホントに何だよその余裕! そろそろ死ねよな!」
魔法による防御を解き、代わりに周囲に攻撃用の予兆が渦巻き始めるハルの身体。
その身には、一秒ごとにおびただしい数の弾丸が突き刺さっている。
だというのに、ハルが倒れる気配は微塵も見えない。それどころかまるでのけ反り無効状態であるかのように、その姿勢に一切のブレがない。
「まあ種明かしすると、この程度はライフで受けたところで、なんの障害にもならないんだよね」
「先に言えよな! そういうことは!」
そうして完成してしまったハルの魔法が、青年とそのコピーに向けて放たれた。こちらは逆に、当たれば即死の大魔法。
銃弾を撃ち込んで迎撃すれば、多少の軽減は出来るだろう。しかしそれでも相殺するには程遠い。
「ビビるかっての! この程度で! お前らも! 魔法なんか狙ってる暇なんてねーぞ!」
「へえ。覚悟決まってるねえ。この状態でも僕に撃ち込んで来るか」
「魔法を撃ってお前が死ぬならそうするけどな!」
「ははっ! その意気やよしだ!」
なかなか、頭のネジが外れたプレイヤーである。ハルも戦っていて気分がいい。
彼の覚悟、というよりも狂気に後押しされたか、周囲のコピー達も腹を決め、飛来する魔法を無視してハルを狙う。
いいリーダーに率いられた部隊、というのはこうしたものなのだろう。これが本体の青年が居なければ、成すすべなく狼狽えるだけだったはずだ。
「何してんだよ! 魔法部隊はさっさと俺を守れよな! ボサっとしてんなっての!」
そしてその狂気も、ただの死の間際の向こう見ずな咆哮ではない。一方では冷徹に、戦況を把握し己の役目をこなしていた。
自身は徹底的に攻撃に専念する代わりに、防御は他者を信頼しその者らに任せる。
多少口は悪いがその発破により、間一髪で彼らを守るシールドが張られた。
「やるじゃあないか。やっぱり、この程度で終わってもらっちゃ困るからね!」
「ああ、もっと楽しもうぜ! 生きるか死ぬか。勝負はまだまだこれからだ!」
次第にテンションを上げていくハルと、最初からテンション最高潮の彼。そんな狂人二人の衝突を、周囲は一歩引いた目で見守るしかないのであった。
◇
「魔法部隊、攻撃も解禁だ! 俺に続いて弾幕を叩きこめ! 吸収だぁ? 気にすんな! 全ての魔力を吸収しきれる訳じゃねぇ!」
「ははははは! やはり、なかなか思い切りが良い。だがいいのかい? 確かに吸いきれるのは一部だけとはいえ、そのぶん僕の魔法は強化されるのは最初に君が言った通りだよ?」
「そのチャージ中にお前を殺しきりゃいいんだろ! というか、なんで死なないんだよ! そろそろ死んどけよなお前!!」
生憎、常識的な攻撃で死ぬ体をしていないハルだった。
ハチの巣どころかもはや原型を留めずハチミツにでもなっていそうなほど銃弾をその身で受けているが、ある意味そのハチから加護を受けたハルの身は不死身の耐久力を誇る。
口にした者に天上の甘味を約束し、その体力をも上昇させる『世界樹の吐息』。
甘すぎるそのジュースを日々休まず飲み続けたハルのHPは、百発や千発、撃たれた程度では死ねはしないのだった。
「……とはいえ、さすがにこのまま受け続けるのはマズいか。けっこう普通に死ねる」
「まだ生きてんのがおかしいんだっての!」
膨大なハルのHPとはいえ、無限ではない。このままノーガードで受け続ければ、遠からず死が待っているだろう。
「なのでこうしよう」
「!? 曲芸が過ぎるだろ……!」
ハルの見せた次の手に、さすがの青年の狂気も一瞬正気に戻るほど。
そんなハルは何をしたのかといえば、周囲にただの演出のように浮かべて、その身を周回していた竜宝玉を、的確に弾丸の前に滑り込ませたのだ。
今までも、偶然弾が宝玉に当たり、その中に吸収され不発と終わったことはあった。ただし、それはあくまで何十発に一度の幸運。
しかし今は、彼らが撃つ弾の全てが、完璧に宝玉に叩き落とされるようにガードされていた。当然、ハルへのダメージはゼロ。
まるでロボット兵器が持つ自動防御のビット、浮遊盾のように、恐るべき正確さによって全ての弾丸を食いとっていた。
「はははは! 君の弾丸、食らい取るにはちょうどいいサイズみたいじゃあないか! ああ、最初からこうすればよかった。もはや魔法でガードする必要も、この身で受ける必要もない」
「竜宝玉に、そんな機能が……!?」
「あるかもね?」
ない。そんなものは。全てハルの手動操作である。
人知を超えた反応速度により、飛来する弾丸は全て無敵の宝玉に完全ガードさせられる。こちらは、本当に破壊不能の完全『無敵』である。
ユリアに対する餌であるはずの竜宝玉だが、なぜか有効なハルの装備品として機能してしまっていた。
とはいえ、こうして戦場のエネルギーを吸わせ続けるとどうなるのかの実験も兼ねているので悪い展開ではない。
問題があるとすれば、このまま彼らの戦略が破綻し、また“奪われる”機会を逸してしまうかも知れないことだが。
まあ、そこは、まだまだ死んでいない彼らの目の光に賭けるしかないハルだった。




