第139話 枯渇
古代人、まあ、言うほど古代ではないのだが、とにかく古代人だ。彼らは魔力を結晶化する技術を持ち、初歩的なプログラムを組むだけの知識を持ち、今よりも版図を広げていた。
だが滅んだ。
何故滅んだかは、定かではない。古代への回帰を目的としているヴァーミリオンの国でも全くそれは分かっていない。他の国も同じだろう。
だが分かっている事はいくつかある。まず、敵が居た事。これは都市に防衛兵器を置いていたことから、ほぼ明らかだ。
そして、それの敵味方識別の判定方法から、都市間の出入りはそう盛んではなかった。盛んに人が流入するなら、あんな仕様では誤射による事故が耐えないだろう。
ルナと共に調べた都市の規模や作りから、現代日本のような街ではなく、この世界の今の都市とさほど変わっていない事も分かった。
いわゆる、都市国家。城を中心に、街の周囲を城壁に囲まれたような、ファンタジーでよくある作りだと思って相違ない。
この世界の国は、首都に王が君臨し、それ以外の都市は王子や有力貴族が領主として自治を任されている。
政治機能はほぼ都市内で完結し、ほとんど一つの国となっていると言っていい。国民は大体の人間が都市内に居を構え、外で暮らす者は少ない。
流通はどこも非常に盛んである、という点が古代とは違う。
「……といった感じだね。今分かってるのは」
「じゃあ、古代人の敵は別の国……、えーと、別の街なのかな?」
「かもね?」
会談が始まってからしばらく、屋敷を空けていたユキも交えて、今までの情報を整理している。
場所は屋敷に戻っているが、セレステは水着がお気に入りのようで、上にバスローブをマントのように羽織ってご満悦だ。
ハル達は当たり前だが皆、普段着に着替えていた。
「……真面目な話なのに、どうしてもセレちんに目が行く。ずっと水着て」
「君達の格好は少し暑苦しいのではないかな? 見たまえよ、外の熱気を。もう夕方だというのに、うだるようだ」
「いや今日は涼しい方だから。……たぶん?」
「この家の人たち、みーんなハル君に体温調節してもらってるから、その辺鈍くなってるねー」
「だからせめて着物で対応するべきだ。見た目が暑い」
「神様は僕ら以上に温度変化感じないもんね。見た目で雰囲気として温度を感じてるのか」
「だからと言って水着のままは無いですねー。痴女ですねー」
体のラインが完全に光に透けている、薄々のワンピースの神様が何か言っている。
自信満々なセレステよりも、どちらかと言えば倒錯的嗜好を感じる。
「そうね? 夏服も作らなくてはならないわ。最近は慌ただしかったものね」
「ヴァーミリオンは涼しかったしねえ」
「はい! 避暑地といった感じでした!」
「あの遺跡の上に別荘でも作ろうか」
そんな計画に想いを馳せるが、実現は難しいかも知れない。
アイリの領地はここで、首都とも近い。王族であり、定期的に連絡を取っている関係上、ここを完全に空ける訳にもいかないだろう。
「まあ、<転移>もあるし、必要な時だけ帰ってもいいけどさ」
「旦那様、人は居ずとも家は汚れます。どの道、全員で留守には出来ますまい」
「そっか。メイドさんを分散させるのもね」
「いえ、考えてみれば、メイド達は一人の時間という物がありませんし、良いのかもしれませんね」
「いや一人はキツイでしょ。お掃除だけで日が暮れちゃうよ。……僕も分身を送り込めばいいか?」
「旦那様と二人きりになどなれば、皆お仕事も手につかなくなってしまいますよ」
お上手なことだ。発言はメイド長さん。そういった役職は無いが、多くの場合、みんなのリーダー役なので心の中でそう呼んでいる。
最初の日に、案内を買って出てくれたメイドさんでもある。
「むしろハル君一人で解決じゃない? うちみたいにさ」
「まあ、そうかもね」
この家にもナノマシンを散布してしまうなら、といった条件付だが、簡単に解決可能だった。
ユキにばっさり切って捨てられてしまったので、妄想は終わりにして本題に戻ろう。
「夏服だっけね」
「……古代人の話よ?」
「何と戦ってたんだろうね? カナちゃんたち神様?」
「えー? 私、悪者ですかー?」
「カナリーちゃんは悪い子だけど、それは無さそうだね」
ハルの発言に抗議して、腕を首にむぎゅーっと巻きつけてくる。ご丁寧に体温を上げて。……暑苦しい。
こういう所が悪い子なのである。
「ああ、そうかもね。あの程度のロボじゃ、カナちゃん相手には居るだけ無駄だ」
「うん。あれは都市を守りきる為の配置の仕方だった」
強大な力を持つ神々を相手に、藁にでもすがる気持ちで配置していた雰囲気ではない。もっと倒せる敵を相手に、効率的に事に当たれるようにとの思惑を感じた。
拠点防衛ゲームで、余分なコストを出さずにハイスコア狙いで的確に配置している感じである。
言うなれば雑魚狩り。強大なボス相手なら、もっと高コストのユニットを惜しみなく使うだろう。ゲームオーバーになれば次は無いのだ。
「ハル君って、死に覚えが前提のあの手のゲームでも初見クリアしちゃうよね」
「……だからあんまり好きじゃないね。中には明確に初見プレイヤーをハメるための配置があるし」
「あはは、なんかもう敵との戦いじゃなくて、製作者の意図を読む戦いになってる」
例え、最初は負ける事を前提として、負けて覚えながら進むゲームであっても、敗北は許容出来ないハルだった。
負けず嫌いが極端すぎている。だがどうしても考えてしまうのだ。『ここで負けたら、もしかしたらこの世界は終わりなのではないか』と。
ハル自身、気にしすぎだとは分かっているが、そのおかげでアイリの暮すこのゲームも、最初から全力で取り組む事が出来た。今はその悪癖に感謝しているハルであった。
◇
何だか話がどんどん脱線し、収集がつかなくなって行くので休憩を挟む事にした。
ユキが居るため、というと彼女のせいにしてしまっているようだが、ユキとの会話をハルが優先しているため、どうしてもそうなってしまう。
わき道から更にわき道へ逸れ、どんどん別方向へ発展して行く話題を楽しむのが、彼女との会話の醍醐味だ。
ルナとの会話もそういう部分はあるが、彼女は本題が明確な時はそちらを優先する。
「おやつにでもしようか」
「いいですねー。今日はなんでしょうねー?」
「もうすぐ夕食の時間だろう? 自由だねキミたちは。ハルが消化を手伝ってあげてるのか」
「真面目だねセレステ。……なんというか、一日三食くらいおやつ食べないと消費しきれないんだ」
「ごめんごめん。選びきれなくってさー」
ユキの買ってきてくれた山のようなお菓子の箱を、今日も開ける。
メイドさんの切り分けてくれた今日のお菓子はチーズケーキだ。ベイクドのもの。
レアチーズケーキと比べてしまうと、食感がもそもそしている物が多く気になっていたハルだが、そこは流石名店の味、しっとりとしていて、ふわふわだった。
全てカナリーの胃の中に消える前に、一切れ<魔力化>してメイドさんの分を確保する。
後ろに控えながらそれを確認したメイドさんの顔に、本日のおやつの甘い予感が浮かび、微妙にほころぶ。
静かに控えることメイドの如しな彼女たちも、お菓子の前には少女の顔が垣間見える。
「……便利ね、<魔力化>。そうしておけば、保存も効くのでしょう?」
「でも、何でもコレで保存するのは止めようと思ってるよ。風情が無い」
ケーキのピースを掠め取るハルの指先を見咎めた者はもう一人。ルナが話題を振ってくる。
「あー! ハルさんが取りましたー! もう一個食べたいですー!」
「カナリーちゃん……」
「戦闘中より必死だカナちゃん」
「私から謝罪しよう。ダメな同僚ですまない……」
「もー、みんなしてー」
ぷんすかと頬を膨らませるぷにぷにのカナリーをつついて、空気を抜く。甘い香りがした。
「メイドさんの分だよ」
「なら仕方ないですねー。メイドちゃんにもあげませんとねー」
こう見えてカナリーはメイドさんに優しい。ハル同様、食べたそうなメイドさんを察知すると、自分の分を分け与えていたりする。
主神じきじきの『あーん』にどぎまぎするメイドさんは、素の表情が見えてかわいいものだ。
「ハルのそれを<物質化>するのは、どの程度の魔力を消費するものなの?」
「どの程度、というと定義が少し難しいね。まあ互いの密度とかは端折ると、見た目とだいたい同じくらいと思ってオーケー」
ケーキを食べながらルナと話す。結晶化で大量の魔力が必要になるならば、<物質化>はどうなのか? という疑問だ。
背中から抱きつくカナリーに自分のケーキの残りを餌付けしながら、本題が再開した気配に背筋を正す。
「ならばこの神域の魔力を全て使うと、ここを埋め尽くすほどのケーキが……」
「作れるね」
「すごいですー!」
「ケーキはともかく、もう物に不自由する事など無くなったでしょうね、ハルは」
「まあ街を作ろうとか思えば、多少は節約にも目を向け始めるだろうけど……」
神界で作ったようなプール。今も発展中のギルドホーム。そして大規模すぎる、対抗戦で作ったお城。
あれらの物を<物質化>でこの地に建てようと思うと、さすがに消費が気になってくる。魔力は使えば無くなる資源だ。
「昔の人は無駄遣いが過ぎたよねー。そんなんじゃ効かないんでしょ? あの街とかロボを作ろうと思うとさ」
「……ユキの言う通りだね。あの遺跡はどんな規模の建物が基準だったのか分からないけど、この神域の魔力全部でも、足りるかどうか」
「うげー」
「でもそんな量の魔力、どこから調達したのかしら?」
「お、どうしたルナちー。経営者視点?」
「ロボットの配置を見ただけで仮想敵を断定するゲーマー視点には敵わないわ」
ルナが気になるのは、街の建材、すなわち魔力を確保する方法だった。
「魔力だからその辺から吸って……、ああそうか、あの場所には魔力が無かったもんね」
「ええ。だからきっと、昔はあった、のだと思うわ? 『その辺から適当に吸って家を建てよう』、と思うくらいには」
「空気から何でも好きに作れる。夢の資源だ」
そういった結晶化の視点で見れば、今この世界の魔力は非常に乏しい。枯渇寸前だとも言って良い。
<物質化>であれば、好き放題使える無限と錯覚しそうな魔力も、結晶化を使うとごっそり持って行かれる。この状況で魔力から街を作ろう、などと考える現地人は居ないだろう。
だが古代では、それがまかり通っていた。
これは古代人が愚かだった、と言ってしまうのは軽率だ。死活問題となるのに、そう能天気な考えはしないだろう。
ならば考えられるのは逆に、古代では結晶化を使ってもなお、使いきれない程の魔力がこの世界に満ちていたのだ。
今は“世界の外”となってしまったあの遺跡も、当時はこの地のように魔力に包まれていたに違いなかった。
「そうやって魔力の使いすぎで滅んだ?」
「かもね。少なくとも今の時代で同じ事をしようとすれば、確実に滅ぶ」
「わたくしたちも肝に銘じなければ、なりません!」
「それが引き金になったのか。減った結果、文明を維持できなくなったのか。判断材料が足りないわね……」
何でもかんでも無尽蔵に魔力を結晶化して、無くしてしまったのか。
それとも自然災害などである日急激に魔力が無くなる事件があって、魔力に依存しすぎた文明を維持できなくなったのか。
証拠となる遺跡は全て消えてしまっていた。あそこから読み取るのは至難の業だ。
とはいえ、古代人の生活や文化を再現するのが目的ではない。そこはひとまず良いだろう。
いま問題となっているのは、ヴァーミリオンの国のこと。あの遺産は危険な物であるのか否か。その判定だった。
彼女らとその事を話し合う。
「危険です。遺産そのものが、ではなく、ヴァーミリオンの国の思想が。わたくし、看過できません」
「そうね? 古代への回帰は、結晶化の再興だもの」
「魔力ガンガン使って、すぐに無くなっちゃうねぇ」
当初の懸念は、遺産そのものが危険かどうかだったが、思わぬ危険性が垣間見えてきた。
このままヴァーミリオンが遺産の自力作成を目指せば、必ず魔力量の問題に行き当たる。そこで止まるかといえば、そうとは限らない。
これは一種の宗教だ。神から脱却する、という宗教。得てして道理では止まれない。
その思想が成就され、世界から魔力が消えるか、といえばそれは絶対に達成されないだろうけれど、否定派との対立は激しくなるだろう。
その結果争いが起き、多くの命が失われるかも知れない。それは避けたいハルだ。
「もしそういった研究が達成されてしまったら、ハルはどうするの?」
「そこはまあ、それほど致命的にはならないかな。その頃には僕もあの国の侵食が完了してるだろう。使わせないように、魔力をロックしてしまえばいい」
「相変わらず何でもありね、あなたは……」
「そんな強攻策を取る前に、何とか解決したいけどね?」
マゼンタがハルの配下となった事で、もはや誰にはばかる事無く、魔力の侵食は進行中だ。このまま国そのものを覆ってしまえば、そういった際限の無い消費は避けられるだろう。
だが出来れば、穏便に解決したいと思うハルだった。




