第1389話 徐々に対応する者達
数日ぶりに対峙する帝国軍は、以前とはまるで別物だった。
ハルたちへの対応は実に洗練されており、初日のような動揺は彼らにはない。
「なるほど。ミナミの言った通りではある。敗北を重ねるごとに、見違えるように対応してくる」
「だが、地力が上がった訳ではないさ! 何度来ようが、結果は変わらない!」
そう叫ぶセレステは、嬉々として前線へと駆けてゆく。その先に展開する帝国軍の陣形が、そもそも最初とはまるで様変わりしていた。
ファランクスもかくやという密集陣形だった彼らは今、兵士同士の距離を大きく空けて保っている。
そのせいで、軍全体の展開範囲は膨大な面積となっていた。
これでは最初のように、舞台全体をバリアの宝珠により守ることは出来ない。だが今は、そもそもその必要すらなくなっている。
「砲撃を恐れるな! これだけ広域展開していれば、被害は最小限だ!」
「小隊長ー。それでも着弾のど真ん中地点に居た人はー?」
「死ぬときゃ死ぬ! 諦めて死ね!」
「あはは。そんなー」
「どうせ明日また復活して来れるさ」
「避けられる奴は見てから避けろよ!」
兵同士の距離が広がったことにより、砲弾の爆風による範囲攻撃も、その効力を半減されていた。
また、飛来する魔砲弾を冷静に回避できるプレイヤーもおり、運悪く、彼らにとっては運よく、そうした者が対象となった場合は被害ゼロに抑えられる場合もあるのが厄介だ。
前回は、来るのが分かっていても味方自身が壁となり、回避のスペースが存在しなかった。
「あとは“色”をよく見ておけ。特定の色は、後ろが迎撃してくれる」
「あんま後ろに期待すんなよー」
「余裕ぶっこいてて撃ち漏らしがあったら終わりだからな」
「勘弁してほしいよなー」
「こっちだって真剣なんだよ!」
「文句言う奴はそのまま死ねー!」
「やっべ聞かれた」
「お仕事ご苦労様でーっす」
そもそも、全ての砲弾が兵まで届き地面に突き刺さる訳ではない。半数程度が、着弾前にそのまま上空で消滅していた。
それを成しているのが、少し後方に控える兵士の部隊。彼らは地上からの魔法攻撃により、飛来する砲弾を空中で迎撃している。
それは特定の『色』、属性弾に限った話で、全ての砲弾に対処できる訳ではなさそうだった。
「……カナリーちゃんから奪った属性武器。やはり量産してきたか」
「得意げになっちゃって、許せませんねー。距離あけてるせいで、コンボもやりにくいですしー、もー」
敵から敵へと飛び回るような連続攻撃を決めることで息つく暇もない高速攻撃を実現できるカナリーの特性も、兵同士の距離を離されることで効力は半減している。
そして、そんなカナリーから<窃盗>で奪った属性魔法の付与された武器が、ユリアにより量産され迎撃の要となっていた。
「近接武器ではなく、振れば魔法を発動する便利な魔法のステッキとして活用されている。考えたね」
「《そもそもアレらにあんな威力はなかったはずー。量産以外にも、なんかしてるよあいつらー》」
「なるほど。オーバーブーストの魔道具みたいな物もあるのかも知れないね」
まるでリミッターが外されたような威力でもって、量産装備の兵士は魔砲弾を迎撃する。
彼らは、自分の武器に対応した『色』にだけ反応し、それ以外には目もくれない。
それは十二属性の中で消滅相性を持つただ一つの対属性。その色のみを憶え、それが飛んで来たらその砲弾に向かって武器を振る。それだけの、他に考えることのない単純作業だ。
「全ての属性武器をカナリーちゃんから奪えた訳ではないから、まだまだ対応できない属性が残ってるってことか」
「開発能力のない奴らの限界ですねー。ざまぁないですねー」
「いえ、それも今日、また一つ解決します。ございます」
そんなカナリーのぼやきに応えるかのように、何もない空中から声がする。
その声と共に<窃盗>の視覚効果が発生し、カナリーの所持品からまた武器を一つ抜き出した。
「外れです。ございます」
「このマヌケな喋り方はー」
「マヌケではないでございます」
「正直私もバカっぽいと思ってる。ございます」
「センスないよね。ございます」
ただ『ございます』を雑につけることで統一された集団。ただし見た目は全員ユリアそのもの。
そんな急造の<窃盗>団が、カナリーの周囲に唐突に姿を現す。
オリジナルのユリアによって<変身>した彼女らは、本体と同じように<隠密>からの<窃盗>コンボでカナリーの武器をそれぞれ奪い取った。
「それじゃー、今そのセンス皆無の<変身>を解いてあげましょー。ついでに武器は回収ですよー」
「見た目は良いセンスしてると思ってございます!」
だがカナリーの周囲に姿を見せてしまったせいで、ユリア軍団は一気に彼女の一人連携によって狩り取られる。
そのまま奪われていた武器を空いた手でキャッチし、隙ゼロでその場から次の攻撃が、次のユリアへと突き刺さった。
「人間の、反応速度じゃない……」
「……『ございます』忘れてんよー」
「いいでしょ、もうバレてんだし……」
バタバタと倒れていく偽ユリアたちだが、本体は倒せていない。<変身>に紛れるようにして、本物のユリアはあらゆる攻撃を透過して回避、逃走する。
そうしてまた一つ武器を<窃盗>し、自陣へと持ち帰るのだ。
「今日は僕も居るというのに。竜宝玉よりカナリーちゃんの武器を狙うか」
「志が低いですねー」
「残念だよね。そんな残念なユリアは、また<星魔法>で無様にコケてもらうとするか」
姿を消した彼女に好き放題言いつつも、唯一効力を発揮する重力攻撃をハルは準備する。
そんな強大な魔法発動の予兆に、これまた反応し動く帝国軍の兵達が存在したのだった。
「やらせんな! いつまでも、好き放題できると思うなよ!」
魔法使い共通の弱点、発動前のチャージ中。それを潰そうと、待ち構えていた部隊の一つが慌ただしく動き始める。
*
「食らいな! 今度はお前が、飽和攻撃の的になる番だよ!」
青年の叫びが上がったかと思うと、宣言通りの弾丸の雨がハルとその周囲を襲う。弾丸と言うには少々大きく、テニスボール以上だ。
ハルたちの魔道具のせいで『砲弾』呼びするには少々力不足に見えてしまうが、その威力は十分。
ハルはチャージ中の<星魔法>を咄嗟に切り替え、その迎撃に回す。
周囲を覆う魔法のバリアとして弾丸を防ぎきった<星魔法>だが、離脱するユリアをコケさせるという重大な使命を不発に終えてしまった。
「……せっかくユリアが大勢の前で無様を晒す機会だったのに。邪魔してくれちゃって」
「あっ、それ傑作。そりゃ俺も見たかったかもなぁ」
「でしょ?」
「同意するなでございます!」
「だが残念。お前の魔法を封じ込めるのが、俺の仕事だからなっ!」
ユリアの抗議を完璧に無視しつつ、追加の弾丸がハルへと飛んで来る。
宣言通りの飽和攻撃で、見れば攻撃を行っているのは青年だけではない。周囲のローブの集団も、同様に彼と同じ銃のような装備を持ち出し全員がハルを狙っていた。
「なってないってそんなんじゃ! もっとちゃんと狙えよな!」
「無茶言うな。コピーじゃお前と同等の力は出せないんだよ」
「そもそもこんな攻撃慣れてねーし」
「はっ! 俺のスキルに体がついてこれないってか!? それなら、仕方ないねぇ!」
ゴキゲンに乱射銃撃を決める青年と、その周囲の顔の見えぬ集団。
あれも、恐らくはユリアによる仕込みだろう。青年本人、もしくは青年のスキルにより生み出されただろうあの銃を複製し、同一の攻撃を可能とする部隊に仕立てる。
その威力は、確かに増やして使いたい非常に魅力のあるものだった。
「防戦一方、縮こまってるだけかよ! もっと楽しもうぜ、なぁ!」
「楽しまれちゃ困るだろ!」
「何でお前のスキル量産したかを思い出せっての!」
「つまんないんだよ! こんな延々的当てしてるだけじゃ!」
踊るように高速連射する彼の照準は、それでいて一発もハルの体を外れることはない。
そして、ハルが普段のように攻勢に転じられないのは他にも理由があった。この弾丸には、属性の設定が存在していない。
「本当に手も足も出ないのかよ! あの天下のハルさんがさぁ!」
「だからそうじゃなきゃ困るっての!」
「他の班も、抑えてるからってくれぐれも魔法は撃つなよ!」
「属性のある攻撃与えちゃったら、すぐにそれを使って反撃してくるからな!」
「なるほど。属性相性を操るのを得意とする僕を封殺する為に、属性がなくて強力な攻撃をするプレイヤーを増やすことで対抗したい訳か。中々考えている」
対処しきれぬ連続爆撃、飽和攻撃によってハルを封じ込めようとしても、そうした効果を得意とするのはほぼ魔法攻撃。
そして魔法には属性があり、その属性エネルギーを相性を操ることで器用に絡め取ってしまうのがハルなのだ。
極論、ハルに魔法を放つと倍になって帰って来ると思っていい。
かといって近接攻撃でハルを圧殺しようとするのはただの自殺願望でしかなく、本来なら条件を成立させることは難しい。
「いや、本当にユリアは過労死枠だよね。どうしてここまで頑張るのだか」
ただ、抑え込まれながらもハルに焦りの色はない。残念ながらこの程度では、魔王を封印するには程遠いのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




