第1388話 二つの世界で総力戦を
「ところでよぅ? 今の日本って、そんなにエネルギー足りてねーの?」
「いや、そんなことはないはずだよ? むしろ、エーテルネットワーク全体の余剰エネルギーは、使いきれずに日々持て余しているくらいのはずだ」
「ほーん? そーなんね?」
「どうしてだいアイリス」
「いやな? エリクシルがなんかエネルギーを現実側に供給すんのが目的だったとして、そんなリソース足りてねーのかな、ってさ。あいつ、なんだかんだ言ってお兄ちゃんの味方っぽいじゃん?」
「うーん。僕の味方だとしても、人類の味方とは限らないけど、確かにそうだね」
現実に、日本にエネルギーを流すことが本当に彼女の目的だったとして、その動機の部分がいまいち不明だ。
そこでもし、日本が今エネルギー不足であったなら、説明が付くのではないかとアイリスは考えた訳だ。
不足するリソースを現行人類に代わり自分が供給する。
そのためならば、多少の犠牲や不幸が出ることなど厭わない。
「確かに、神様の考えそうなことだけどね」
「前提が成立しねーかー。エーテルエネルギー有り余ってんならなー」
エーテル、日本中の空気にあまねく存在する有機ナノマシン。それを利用した現象行使技術、通称『エーテル技術』ないしは『エーテル力』。
それら技術の根幹は、微小な粒子であるナノマシンが同様に微小な物質、もしくは更に小さな分子へと干渉することで、その構造を直接改変することで様々な現象を引き起こすのだ。
配列変換による別物質への変換、化学反応の活性化、そしてそれらの反応が引き起こすカロリーや運動エネルギーの取り出し。
そうした、目に見えない小さな世界での出来事により、今の日本はほぼ形作られているといってもいい。
「僕としては、もっと魔法みたいに強力な物理現象が起こせると理想なんだけどね。ただ現状、そんな強力な力がなくても誰も困ってはいないさ」
「んじゃ、エリクシルはお兄ちゃんの為に、爆発的な力を引き起こせるリソースを用意してるってことで」
「んなはた迷惑な……」
……まあ、神様なのでないとはいえないのが困った所だ。だが、今のところ妄想の域を出ない推論だろう。
ものの起点がそうした極小単位の話になるので、エーテル技術は確かに巨大な物を動かすには向いていない。
一気に爆発的な力を発生させる仕事とは相性が悪く、そうした方面は異世界の魔法の方が向いていた。
だがそれを除けば、今の世界を回す為の現象行使リソースには何も困っていない。
わざわざエリクシルが、現状を憂えて行動を起こす理由は何処にもないということだ。
「これは、例え今より人口が増えたところで同じだね。むしろ接続人数が増える程に効率が上がり、余剰リソースはより増えるだろうさ」
「わざわざエネルギー増やす必要は特にねーかぁ……」
エーテルネットにより相互に接続された人脳。それが巨大な一つの演算機の役割を果たし、人々は余剰リソースを常に世界に供給し続けている。
仕組み上、これは枯れることはなく、エリクシルが心配する理由は特に存在しなかった。
……ちなみに、どうしてその計算が実際にナノマシンであるエーテルに力を与えているかは、不明だ。
動くから動く。便利だから使っている。それが現状ではある。
その不明な部分の欠陥をなにか、エリクシルが見つけたという可能性もあるが、これもやはり妄想の範疇となってしまうだろう。
なお、ハルたちは現在、その干渉力は異世界における魔力のように、別の世界から引き出された力ではないかと推測している。それも、妄想を補強する材料の一つではあった。
「……ただ、このデータを見るに、エーテルエネルギーとはまるで無関係に見える。この通りにあちらから何らかの力が漏れ出てきたとして、それがエーテル技術の役に立つとは思えない」
「そうなんだよなぁー。あー、わがんね。どいつもこいつも、未知の技術使い過ぎなんよ! 同じ神なら魔法を使うのよさ! 魔法を!」
まあ、仕方のないことではある。現在、魔法で事を起こそうとすると、絶対にハルに勝つことができない。
管理者としての力を象徴するように、反則じみた掌握力を手にしてしまったからだ。
それをかいくぐるためには無理にでも新たな技術に手を伸ばすしかなく、つまりはハルのせいであるともいえた。
ただ、アイリスの言うように本質的には敵とは思えぬ彼女。そんなエリクシルの澄んでいながらも深く底の見通せぬ瞳は、いったい何を映しているのであろうか?
◇
「まあ、それもこれもぶっ倒してみりゃ分かるのよ。その為の避難所、ぱぱっと作っちゃおうぜぃ」
「そうそうぱぱっと作れれば苦労しないけどね」
「暇そーな神がいっぱい居るのよさ。そいつらかき集めて手伝わせれば、いけるいける」
「みんな別に暇じゃないと思うんだけどなあ」
昼は異世界の運営作業、夜はハルたちと共に夢世界のゲーム攻略。それに加えて日本で展開するゲームの制作作業も加わるとなれば、神であろうと過労死しかねない。
まあ、過労死は言いすぎだが、そんなにコキ使っては文句の一つも出るだろう。特に、ハルの頼みとなればそれは事実上の強制に近くなる。
「ったくしゃーねーなー? ここは私が、一肌脱いでやるんよ。生着替えなのよ!」
「それは少し違う。具体的には?」
「まずスカートを脱ぎます」
「いきなりスカートなの!? いやそうじゃなくてね?」
「お? スカート穿いたままおぱんつ脱ぐ方が好みか? お兄ちゃんもマニアックな?」
「真面目にやらんと裸にひんむいて吊り下げるぞアイリス」
「じょーだんよ! じょーだん! まあ要するに、私から『儲け話』として他の神に召集かけるんよ。この世界の神の力を結集した、総力戦なのよ!」
「壮大だね」
その総力を挙げて行う作戦の内容がゲーム作りというのがなんとも妙な話だが、これもまたハルたちらしい。
始まりがゲームで繋がった異世界だ。このまま突っ走るのもいいだろう。
「でもそれで集まるかね? 今回は仕組みの都合上、こっちで運営する訳にもいかないし」
前二例、カナリーたちのゲームとアイリスたちのゲームは、形式は違えど、ここ異世界を舞台として行われた。
そうしてこの異星の地で日本人が活動すると、その規模に応じて世界に魔力が発生する。
だが今回は、夢世界からの感情の転写、という作業を行う関係上、エーテルネット上にて普通のネットゲームを展開する必要がある。
それでは報酬となる魔力が発生せず、わざわざ協力してくれる神も少ないのではないだろうか?
「まあそこは任せんしゃい。私の、交渉術の見せ所なんよ!」
「不安すぎる」
「なんでよ! 経済の神アイリス様なんよ!? ……とりあえず、交渉材料になる魔力は、私が用意できっからな」
「ふむ?」
確かにアイリスならば、日本を開催地にしてもお金の流れがあれば、そこから魔力を取り出す力を持っている。
そうして得られた魔力を協力者に分配することで、報酬を約束するということか。
「だが待てよアイリス。それはつまり、内容がまたお前の望む超課金ゲーになるということに……」
「てへっ」
……もしかすると、彼女の優れた交渉技術は、既にもう発揮されていたのかも知れない。
その対象となるのは実は他の神々などではなく、当のハル本人なのではないだろうか?
*
さて、着々と準備が進む現実での総力戦は、ひとまずハルが彼女らの要求を飲みなんとか協力を得るとして、夢世界でも徐々に戦況は総力戦の様相を呈してきた。
日を追うごとに帝国軍は勢いを増し、その撃退も容易ではなくなってくる。
彼らは陣地を一歩ハルたちの領地近くへ踏み込み建設し、その進撃にかかる時間を大きく短縮していた。
「龍骸の地に作られた『駅』はそのまま補給拠点として残し、帝国本土より送られる物資はそこで受け取っているようだね」
「対して、新たに作られた拠点はまさに前線基地か。本来なら、あの黒くなったポイントを使いたかっただろうけど」
世界樹の頂上で、ハルはセレステと戦況を分析する。
見下ろす広大な大地には、少しだけ大きくなったように見える帝国陣地がこの場からも確認できた。それだけ、距離を詰められたということだ。
そこから少し離れた場所にある、小型の世界樹のような樹木のドーム。
そこは、ハルたちが真っ先に攻略し、そして『バグった』龍骸の地だ。
内部は大地ごと崩壊した虚無の空洞が広がっており、健全なプレイヤーの方々にはお見せ出来ない有様となっている。
「あれに侵入されないためにも、リソース割かなきゃいけないのが困ったところだ」
「そう言うなよハル。なに、良いハンデさ。そもそも、周囲を覆っているあの世界樹の根は無敵なのだろう?」
「そうなんだけどね。どこかに見落としがないとも限らない」
特に、世界樹の根であろうが何だろうが透過するユリアのスキルの前では、無敵の防御力も役に立たない。
今のところは、侵入を許していないのか彼女が公言を秘しているだけかは分からないが、ひとまず龍脈通信内で広く話題になる事態には至っていなかった。
「逆に、アレの攻略に相手が戦力を割いてくれればそれも助かるんだが、残念ながらこっち優先らしいからね」
「本丸さえ落とせば、あとはゆっくり調査できるということだろうね。いいじゃあないか! 敵は多いほど、盛り上がるものだとも!」
「この戦闘狂め……」
セレステたちは連日のように出撃し、帝国軍が領内に侵入するのを退けてくれている。
しかし多勢に無勢、その全てを葬り去るには手数が足りず、ああして余剰戦力で新たな陣地を構築されてしまっていた。
「今日は僕も出るよ。ここで一気に、押し返したい」
「げっ。君が出るのか……、戦果がマズいことになりそうだ……」
「最大戦力が出るのに『げっ』とか言うなよ……」
倒しても倒しても、次の日には復活する帝国軍。さりとて放置もできない。
ハルたちは今日も、そんな不死身の軍隊の撃退へと向かうのだった。




