第1386話 解決と共に増える課題たち
その日の対帝国戦は、結論からいうとハルの出番はなさそうだった。
ソフィーやセレステをはじめ、ハル軍の戦闘組が『自分たちも出たい』と言うもので、今日は彼女らに先陣を譲っているハルだ。
帝国軍も帝国軍で、先鋒を務めたゼクスたちの抜けた後、何を戦術の中心に据えるか決まり切らなかったらしい。
その足並みの乱れを、セレステたちに突かれていた。今日はこのまま、実力が発揮しきれず総崩れとなるだろう。
「なーんだ。このまま戦争にも勝てちゃうんじゃない? だってハル君なしでも完勝できるなら、向こうの勝ち目なんてないじゃん」
「そうはいかないんだなぁユキさん! 軍隊が本領を発揮するのは、戦術が整い足並みが揃った後! むしろ何度か負けて鼻っ柱へし折られてからが、本番っすよ」
「むっ。それじゃあミナみんは、奴らの今後が読めるっていうの?」
「大部隊を扇動して、無茶な突撃を繰り返し、いつの間にやら奇妙な連携が生まれる。そんな経験は、オレの方がたぶん豊富ですからねぇ!」
「ユキちゃんは強すぎて、個人の力を競うゲームやるのが主だったからな。あんまそーゆー経験は無いからしゃーない」
「ケイオスにまでバカにされた! 私だって、ハル君と一緒に戦略ゲームとかやってたもん!」
「それって、指揮するのはNPCのやつでしょう? それとは別物なんですよねぇ」
まあ実際は経験がない訳ではないが、どうしてもハルやユキが混ざると個人の武勇を競うゲームになってしまう。
それに、ハルたちはそうした一つの大戦を繰り返し繰り返し遊び続けるという、泥沼の競い合いに馴染みがない。
ああして大軍団を率いて領土を奪い合う、という経験には確かに乏しかった。
「ミナミはそういったゲームは結構やるの?」
「まあ、そこそこですね。ファンが参加できるコンテンツとして、たまに開催する程度なので、本当のベテランの知見には及ばないですけど」
「……お前の言うこと聞くのか? あの視聴者たち」
「甘いぜ元魔王! 舐めんなよオレをぉ! ……当然、聞かない!!」
「だめじゃん!!」
「だからこそ腕の見せ所といいますかぁ? あとは、いっそ逆にオレを討伐させに向かわせる、なんてこともやってんなぁ」
どちらにせよ、最初は足並みが揃わないのは普通だそうだ。
だが、戦闘を繰り返すうちに互いが互いに、無意識のうちに『群れ』としての役割を自然と自覚するようになるらしい。
ある意味、軍団戦はそこからが本当の本番らしかった。
「それに、帝国はまだ追加の戦力、援軍を控えているからね」
「それって、本国から到着する追加の輸送艦か?」
「それもあるよケイオス。でも、最も厄介なのは、今は様子見をしている樹上生活者と合流することだ」
世界樹の根で作られた巨大なテーブルのようなエリア。そこに住む者達は元々ハルを打倒するという名目で各地から集ってきた者達だ。
個々の実力は帝国軍以上の者も揃っているが、連携不足のためその手は一度もハルの喉元にまで届くことはなかった。
だが、彼らが一斉に帝国軍と合流すれば話は別だ。
もちろん先に出た連携問題はより顕著となるだろうが、ミナミの語る、それを乗り越えた先の本当の実力もまた、計り知れないだろう。
「まぁともかく、一日一戦しかできない関係上、今日明日の話にはならねぇっすね。その間に、ゼクス坊やのようにどんどん引き抜いてやりましょうや!」
「それこそ、今日明日ではどうにもならないんだけどねえ……」
ハルは甘すぎるお馴染みのカクテルの入ったグラスをテーブルへと置くと、甘すぎるため息を漏らす。物理的に。別にハルに色気があるという意味ではない。
時間を置くという意味では、このジュースによる体力強化も時間を掛け続ければどうなってしまうのだろうか?
仮に連合軍の連携が最高の力を発揮するようになったとて、その頃にハルがどうなっているのか自分でも見当もつかない。
「あと時間といえば、ユリアを中心とした<隠密>工作もあまり時間を与えたくない相手ではあるね。あれは明確に、あちらが一枚上手だし」
「完全隠密だからなぁ……」
「あらゆる攻撃も防壁も意味を成さない潜入工作員とかチートすぎるっしょお!? ゲームになってねぇ! バランスはどうなってんだバランスはぁ!」
「それは運営に聞いてくれミナミ」
「まぁ嘆いててもしゃーない。一応、ハル君が見つけた攻略法を参考に、<星魔法>の重力魔道具によるトラップなんかも作ってるけど……」
いうなれば感圧センサーのようなものか。ユリアの透過スキルも、地面だけは無視できない。というよりも、走るために自重をかけているのだ。
なので重力にだけは干渉してしまう性質を利用した、専用の侵入者用トラップである。
「……なーんか、ライトくんみたいな警戒の仕方になってきたなぁ」
「まあ、彼の対策も、通常の侵入者相手なら実際、万全だったからね……」
ただ雷都は相手が悪かった。ハルはその既存のセキュリティ対策では対応しきれる相手ではない。
今度は、ハルがそうした規格外の侵入者に怯える番になるのだろうか? それも、因果応報といえよう。
しかし、一つ違うところがあるとすれば、それはハルが『盗られてもいい』と思っている所だ。
どうせなら竜宝玉の一つくらい盗み出して、どのように使うつもりなのか見せて欲しいものである。
*
そうしてその日は割と平和なぶつかり合いで戦場の幕は降り、一夜明けてハルたちも現実へ。
慌ただしいことこの上ないが、この後もハルの仕事は続いていく。今度は、システムの裏からゲームを攻略する。
その為に、こちらは夜通しずっと解析作業に従事しているエメたちの元へ、ハルは赴くのであった。
「やられましたー。武器を何本か、<窃盗>されちゃいましたー……」
「しょうがないよ。カナリーちゃんは、ストレージも含めて大量の武器を所持してないと成り立たない戦い方だからね」
「あいつらしつこいんですものー。あー、でもー、大半はすぐにぶっ殺して取り返しちゃいましたからねー」
「今日も物騒だね、うちの天使ちゃんは」
「残念。もう羽はないんですよー。堕天したので、残虐のかぎりを尽くすんですよー?」
帝国軍との戦争に本格参戦したカナリーは、その対、大軍性能をここぞとばかりに輝かせて、まさに無双の活躍をみせた。
複数の武器を切り替えつつ、武器スキルの隙を強制キャンセルして放ち続ける絶技。それは敵が密集していればしているほど輝く。
しかし、ユリアを中心とした<窃盗>部隊の出現により、猛威を振るっていたカナリーの戦法にも陰りが見え始める。
多数のレア武器を所持しなければいけない関係上、カナリーはまさに狙い目。歩く宝物庫と化してしまうのだ。
「一個や二個奪われたところで、問題なんて出ないさ」
「でもー、敵には<変身>の使い手が居ますー」
確かに、<変身>によって奪われた武器は複製され、一気に帝国兵の装備の質は強化されてしまうかも知れない。そこは、少し懸念事項ではある。
「……しかし、それも含めるとユリアの仕事多すぎないか?」
「敵の過労死枠ですねー?」
「いっそ、毎回少しずつ奪わせる武器を強くしていって、ユリアの過労死を加速させてみるか……?」
「休む暇なんて与えませんよー?」
そんな話をしつつ、ハルたちがエメらの集う研究室に足を踏み入れると、その言葉に敏感に反応したエメからすかさずクレームが入ったのだった。
「休ませてくださいっすよぉ! このままじゃ、わたしが過労死しちゃいますよー!」
「泣きごとを言うんじゃありませんよーエメー。敵のひとだって、がんばってるんですからー」
「ひーん!」
「いちばん大変なのはハルさんなんですからねー?」
「……いや僕は別に。それでエメ? 過労死の成果は出た?」
「死んでないっす! まだ死んでないっすから!」
「おー。ハル様いらっしゃいー。ちょっとわかったよぉ」
やかましいエメと、のんびりなコスモス。両極端な二人に出迎えられ、彼女らに投げていたデータの解析結果を受け取る。
アメジストから預けられた、エリクシルの居る謎の空間に関するデータの解析だ。
「予想はされてたっすけど、あの『夢の泡』が浮かぶ空間は、エーテルネットワーク上に存在するエリアではありません。かといって、エーテルネットと無関係とも言えないっす。むしろ、エーテルネットなくしては存在できない空間らしいっす」
「ネットの落とす影、みたいな場所~~」
「影ですかー」
「良い得て妙だね」
「恐らくは、各種データベースを含めた無意識上のデータ活動、俗に言う『ネットの残留思念』によって形成されているのかと。カッコつけて言うならば、集合的無意識の海ってやつっすね」
「ネットの何処からでも繋がってるけど、どこにも、入り口はない」
「ややこしいね?」
「ん。わけがわからぬ」
理解しやすく図解でもしようとすると、実に面倒なことになりそうだ。目には見えないが、エーテルネットの同一レイヤー上に重なって、互いに干渉することなく存在しているといったところか。
ちょうど、ユリアが完全隠密であらゆる干渉をやりすごしている様と似ているかも知れない。
「そんな空間に、何でか夢を見る時だけ人はアクセスできるらしいっすね? それを利用したのが、エリクシルちゃんってことだと思うんすけど。もしかして順序が逆で、エリクシルちゃんが生まれたからあの空間も生まれたとか無いっすよね?」
「それはまた、彼女はずいぶんと壮大な存在だね……」
そんな与太話が出てしまうほど、まだまだあの空間については何も分かっていないということだ。
しかし、手がかりを得ただけでも進展である。これは、アメジストに感謝しなくてはならないだろう。
ただ、アメジストが何故ハルたちにこの情報を渡したのかも気になる所だ。
残留思念を用いた情報の扱いは、彼女の得意とするところなのは分かるが、わざわざハルに教えて何をさせたいのか?
ハルが見逃しているらしい彼女の企みについても、考えない訳にはいかないのだった。




