第1385話 忘れてはならない第三勢力
「プレイヤー同士の関係値を距離として出力するためのシステム、ですか?」
「そう。“この”ゲームに使われてるでしょアメジスト」
ハルたちは、また学園へと足を運び、アメジストの作り出した異空間へとログインをしていた。
卒業後もずいぶんと足しげく学園に通うOBとなっているが、特に気にする者はいない。
研究機関や医療機関も兼ねているこの学園だ。それらいずれかに用があるのだろう、と誰もが思っている。
結果、そのどこにも用がなくとも、誰も気付く事がない。不法侵入し放題だった。
「まあ、その程度なら教えて差し上げても構いませんが……」
「えっ? いいの? あのアメジストがタダで? 怪しい……」
「《あーやしぃー! 絶対になにか対価をふんだくられる、ってお兄さん警戒してたのに!》」
「いけませんよヨイヤミちゃん。わたくし、そんな欲張りさんではありませんの。これを機に、よく憶えてお帰りなさいね?」
「《わかった!》」
「騙されるなよヨイヤミちゃん。こいつは、毎回なにかにつけて僕らから重要なデータを徴収する欲の皮の突っ張った奴だ。エリクシルの肩代わりとして、僕らがどれだけこいつに支払っているかも忘れちゃいけないよ」
「《おお! そうだった!》」
だからこそ、『別にこのくらい良いか』なんて言い出すことに大きな違和感がある。
どんなに小さくとも、ハル側に無い情報を与えるのだから、アメジスト側の欲している情報を求められるのが自然な流れだ。
そんな彼女の対応は、何となく『拍子抜けした』とその態度が語っているようにも見えた。
何か、もっと他のことを要求されるだろうと身構えていたら、予想外のことをハルが言い出したから、つい安請け合いしてしまったといったところだろうか。
だとしたら、ハルは今なにか重要なことを見落としていることになるのか。
それは少し、まずいような気もするハルだ。なにせ、相手はこのアメジストである。
「なんだかわたくしたち、娘をどちらの味方に付けるかで必死になっている夫婦みたいですわね?」
「《ハルお兄さん! これって告られてるんじゃない!? いやそれより、私にまたお母さんが出来ちゃった!》」
「甘えてよくてよヨイヤミちゃん」
「騙されるなよヨイヤミちゃん。こいつが僕の妻で君の母だとしたら、常に家を空けてしかも行方をくらましている性悪女だ。ネグレクトだ。ロクなやつじゃない」
「《おお! そうだった!》」
「あーん。ハル様のいけず」
「『あーん』、ではない。わざとらしいんだよ誤魔化し方が……」
ハルが違和感に気付いたことを、アメジストもまた察知したのだろう。ヨイヤミに妙な話を吹き込むことで、強引に話題を転換した。
まあ、ハルの方もここで考えたところで見落としている物が見えるとは限らない。彼女も、答えることはないだろう。ここは誤魔化されてやるとしよう。
「……じゃあ、教えてくれるんだ」
「ええ。それはまあ。今はこのゲームの共同運営者のようなものでもありますから、わたくしたち。その仕様の一部を公開する程度、当然のことですわ?」
「よし、じゃあ仕様を纏めて全てのデータを提出するように」
「あ~ん」
さすがに全部は教えてくれなかったようだが、どのように生徒同士の関係値を数値化して、その心の距離を国家間の距離として反映するシステムを、アメジストは快く教えてくれた。
言葉の通り、今の状況ではハルに教えても全く問題のないデータではあるのだろう。
「しかし、何にお使いになるのでしょう? そんなデータ。生徒さんたちの人間関係に、問題でも出まして?」
「いいや。些細な事さ。秘密」
「ささいなことで、わたくしにわざわざ会いに来ないでしょうに。おおかた、またしなくてもいいお節介を考えているに違いありませんわ」
「《すごいねアメジストちゃん! なんにも言ってないのに、ハルお兄さんの考えてることが分かるんだ!》」
「ヨイヤミちゃん。し~~っ」
「《しまった!》 し~~……」
わざわざ『し~~』のポーズの時だけは声に出して息を吐くヨイヤミが微笑ましい。
まあ、この要求をした時点で、アメジストならば裏側の事情までも推察してしまうだろうから特に問題はないのだが。
「ええまあ。ずっとハル様のことは見ておりましたので、裏から」
「見るなら姿を現せと……」
「《ストーカーさんだ》」
「陰からけなげにお慕いし、お力になっているだけですわ。そんなハル様も、わたくしの考えがお分かりのご様子」
「まあねえ。本来は、別のこと突っ込まれる予想を立ててたみたいだし、またなんか裏で企んでいるんでしょ」
「あくまで、献身的な内助の功にございますわ?」
「なにが内助だこの家出娘が。一秒たりとも家に居ないくせして」
「《ハルお兄さんも凄いすごい! 私、アメジストちゃんのことなんにも分からなかったのに》」
こうして凄い凄いと言っているヨイヤミが、実は一番凄い力を持っているのだと、ハルもアメジストも考えているはずだ。
このヨイヤミを見出したのがそもそもアメジスト本人である。その目は確かだ。
「……さて、どうやらバレてしまったようですので、ここはわたくしからお願いいたします。例の龍脈のデータ、追加で頂戴したいのです」
「不安すぎる……」
「《またきっと、悪いことに使う気なんだ!》」
「さてどうでしょう? でも大丈夫ですわよヨイヤミちゃん。またわたくしが暴れても、ハル様が再び止めてくださるでしょうから」
「《それなら安心だね!》」
「そもそも暴れるなと」
そのリスクを冒してでも、今は速やかにエリクシルを攻略することが最優先だろう、と彼女は言外に語っている。悔しいがハルも、同意せざるを得ない。
そんな、今日も怪しさ満点のアメジストにデータを渡し、見返りとしてハルも、あらかじめ用意されていたであろう彼女の持つ情報を受け取ったのだった。
*
「つまりある意味、ジスちゃんの裏をかけたっていう訳だ」
「まあ、あの子が自分から取引を持ち出さなければならない状況は、レアといえばレアではある」
その他所要を済ませ、学園から戻りその日の夜。また夢世界の時間がやってきた。
この日は非常に慌ただしく動き回ってはいたハルだが、だからといって物事は一気に進行したりはしない。一歩ずつ地道に、積み上げて行くしかないだろう。
「ほんで、ジスちゃんからはいったい何もらったん?」
「ああ、僕から頼んだ関係値計測のシステムに加えて、エリクシルの居るだろうあの空間の解析データを押し付けられた。本来、僕はそれを求めるはずだと思ってたらしい」
「いらんの?」
「いや要るけど……」
だが何に使うかが分からない。これは、少々マズい展開かも知れなかった。アメジストの予想を外したと、無邪気に喜んでばかりもいられない。
これは逆にいえば、ハルもアメジストの企んでいることを一切予想出来ていないということなのだから。
今エメたちに解析させてはいるが、本来ならハルたちは、このデータを活用できる段階にいなければならない、ということだろうか?
「まあ、次のボスの準備も大事だけど、いま見えてるボスに集中しなくちゃね。こっちに勝てなきゃ、ストーリーは進まないんだから!」
「ユキの言う通りではある」
そう、あくまで今この時、実害を出しているのはエリクシルだ。そこに最も集中していなくてはならない。
アメジストの方は、全く構ってもらえなくて拗ねているのだと考えよう。
そんな夢世界攻略の鍵であり、また救うべき被害者でもあるゼクスとキョウカが、雑談するハルとユキへと恐る恐る近づいて来ていた。
「あー、ども。おはようハルさん、ユキさんも」
「おはっ、おひゃようございますぅ!」
「おはよう二人とも。寝てるんだけどね」
「意味わかんねーよな」
帝国を裏切って、これからどうなるのか、元の仲間たちと、戦うために駆り出されるのかと、そんなことでも考えていそうな不安たっぷりな表情をしている。
まあ、戦ってくれるならそれに越したことはないが、強制する気はない。
労働力が増えるだけでありがたいし、何よりハルはまだ彼らに『報酬』を支払えていないのだ。
それを語ると、二人はあからさまにホッとした表情を浮かべるのだった。
「……良かったぁ」
「だな。ぶっちゃけオレら、帝国軍が味方に居ないと大した戦力にならないから」
「まあ、君らが外れた時点で帝国の大きなマイナスにはなっている」
「それにぶっちゃけ戦力面では、ハル君一人でどうとでもなるしねー」
それ以外にも、戦いたくてうずうずしている連中がこの国には多い。彼女らに出撃を命じるだけで、どうにかなってしまう可能性すらあった。
「あっ、そうだハルさん。なんか、リアルで変な怪しいお知らせが届いたけど、あれってハルさんだよな」
「わ、私にも届きました……!」
「変とか言うな。まあ、あからさまに怪しいのは確かだけどさ」
「新作ゲーム? なのか? あっちのオレは、まだ開けてないんだけど」
「私も、ゲームとか、普段はあまりやらないので……」
「ああ、それは大丈夫。ぶっちゃけ今入られても、中身は何も出来てないしね。今日はとりあえず、『仕事はしてますよー』って君たちに伝えたかっただけだ」
「おいおい……」
もし当日中に何も現実でアクションがなかったら、契約違反だとこちらで見限って、帝国軍の隊列に戻ってしまうかも知れない。
まあ、そんなせっかちな二人ではないとは分かっているハルだが、早期に安心させてやるのも大事だろう。
「ただ、あれ、オレが無視し続けたらどうなるんだよ」
「私も、やらないかも……」
「ああ、それは大丈夫。どう足掻こうが、あれを見てしまった時点でゲームプレイせずにはいられないような誘導広告を送ることになるからさ。時間の問題だ」
「こえーよ!! ヤバいもん使ってるだろ絶対!」
「大丈夫。企業努力だ」
彼らのリアルを特定して趣味嗜好を丸裸にしている時点でまったく大丈夫ではないが、それを言い出すと話が進まない。ここは、我慢してもらうとしよう。
「そこで、君たちには“出会いなおして”もらうことになる」
「そう上手くいくのかなぁ……」
「……が、がんばろう? でも、もし上手くいったら、その後はどうするんですか?」
「ん? まあ、自由にしてもらって構わないけど。まあ、もしよかったら、同じような境遇の人を勧誘してほしいかな」
「そのくらい、構わないぜ?」
そうして、この世界に留まりたいと思うプレイヤーが居なくなっていけば、自動的に帝国にダメージを与えることが出来るはずだ。
もちろん、皇帝のもう一つの目的である、現実への干渉を目指す者達はなおも反発するだろうが、そこは叩き潰させてもらう。
困難な道のりになるだろうが、とりあえずは一歩を踏み出せたハルたちなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




