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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1384話 夢と現実を繋ぐ橋を

「もう洗脳しちゃった方が早くないすか?」

「なんてこと言うんだいエメ。と、言いたいところだが、正直僕もそうしたくなってきた……」

「やっちゃいましょうよハル様。それしかないっす! だってそうでしょう? ハル様はきっと、彼ら以外にも今後同じような方々をお救いするんすよね。その場合、いちいち物理的な恋のキューピット作戦なんてしてる暇はないっす!」

「……まだゼクスキョウカペア以外のお節介を焼くと決めた訳じゃない」

「いーや! ハル様はやるっす。どうせなんだかんだ、哀れな民衆を見捨てらんないっす! わたしには分かるんす! 今までだってハル様はそうだったっす!」

「耳が痛いけど、『哀れな民衆』とか言うんじゃあない」


 先着順で、たまたま最初に接触したゼクスとキョウカだけを救済し、その他のプレイヤーは見捨てる。

 状況を冷静に分析すれば、これが合理的で賢い選択だ。


 もしかしたらもう何人か、事情を抱える者の悩みを解決し、見返りにその力を借りることはあるかも知れないが、それでも数はそう多くないだろう。

 本当に言い方は悪くなるが『有象無象うぞうむぞう』は無視して、レアなスキルを持つ有能な人材だけを選定し助けることとなるだろう。


「やめましょうよおハル様ー。そんな義務感もって身を砕いたら、管理者時代と同じになっちゃいますよ? いや、管理者時代なら『無理な物は無理』と切り捨ててたでしょうから、ある意味それ以上のブラック労働っす!」

「そんなこと言うなって。日本人を愛するエメとしては、彼らを助けなくっていいの?」

「いや、わたしは全体が幸福なら、個々の不幸は結構無視できる設定なので」

「そんなこと言うなって……」


 まあ、事実、以前エメの起こした騒動はまさにそうした要素をはらんでいたといえる。


 日本の、日本人全体の将来的な繁栄と進化のためなら、個々の不幸や多少の混乱は許容し強行する。そうした価値基準によって遂行された。


 そのバランス感覚に照らし合わせていうならば、今回の、帝国プレイヤーたちの不幸は、エメは全て無視し記憶のリセットを強行するだろう。


「得るものはないっすけど、失うものもないっす。プラマイゼロのために、ハル様が駆け回る必要はあるっすか?」

「まあねえ……」


 むしろ、早期にエリクシルの計画をくじければそれこそがプラスですらある。

 個人の色恋沙汰いろこいざたに関わって、攻略が遅延などすればそれこそマイナスだ。


「……ただ、ハル様はそれでもやるんすよね? だったらせめて、サックリ洗脳でもして時短じたんするっす! そうでもしないと、どう考えても間に合わなくなるっすよ? いくら並列思考がお得意とはいえ、ハル様は一人しか居ないっす」


 流石はエメといったところか。今回の件を彼女に相談してみたハルだが、将来的なハルの行動まで見透かされてしまった。

 ハルのお節介があの二人だけで済むはずはないというのは、否定できない未来ではあった。


 管理者時代のような義務感からはなるべく逃げたいと常々思っているハルだが、悪ぶりきれないのか、根本の性質は変わらないのか。実際そうした気質は残っている。


「とはいえエメ。将来的に多くの人も救いたいなら、なおさら洗脳は良い手とは言えないよ」

「なんでっすか? そんくらいしないと間に合わないっすよ? あっ、発覚を怖れてるんすね! だいじょーぶっすよ! いくら数が増えようが、ハル様の隠蔽いんぺいは完璧。現行人類のセキュリティなんかに、引っかかる訳ないっす!」

「確かに、個々の事例をどんなに調べられてもバレない自信はある」


 洗脳、意識誘導、それによる強制的な人間関係の構築。そうした完全に違法であり現代技術でも不可能な手段も、ハルならば可能である。

 しかも未だ管理者としての特権を手にしている関係上、その行動が露呈ろていする心配もする必要はない。


 仮にゼクスとキョウカを洗脳し、二人が不自然すぎる恋路こいじを辿ったとして、それを不審に思った者がどう調べようとボロなど出ない。


 ただし、それは洗脳がその二人で終わりになった場合に限った話だ。


「いくらなんでも、同時期にいきなりあちこちで一斉に妙な人間関係が生まれれば、必ず誰かが不審がるってば」

「でも、洗脳の痕跡こんせきは出ないっすよね?」

「バレるのが洗脳とは限らない。世界全体が不審とあらば、意識も自然とそっちを向く。そうなると何かの拍子で、異世界や神様の秘密の方がバレかねないよ」

「えー。考えすぎっすよー」


 そうかも知れない。ただ、絶対にないとも言い切れない。

 ただでさえ、最近は二つの世界の境界が薄れてきている気がする。その状況でハル自身が、秘密が露呈しかねない迂闊うかつな行動はとれないという訳だ。


「んっ? んん~~? でもそれじゃ、洗脳なしで丁寧にやったって同じじゃないっすか? やっぱりハル様が、物理的に一人ひとりくっつけて回るっすか?」

「だからそれはしないって。つまりさ、『理由』があれば不審じゃないんだよ。だから僕らが作るのは、結果じゃなくて理由の方だ」

「……なーんか、また恐るべき労働量が降って来る予感がするっすねえ」

「好きだろうエメ。労働」

「はいっす! 大好きっす! 働かせていただきまっす!」


 ただでさえ最近は働きづめのエメを更にこき使うようで気が引けるが、いや、実はぜんぜん引けないが、この事件を無事に軟着陸させるためには夢と現実の間にワンクッション必要だ。


 記憶は引き継げない。かといって全てを消してしまうのは忍びない。

 そんな、都合のいい部分だけを継承するための装置となる物を、ハルは開発しなければならないのであった。





「やっぱり、ゲームでも作るか」

「そっすね。物理的に離れた方々に、都合の良い関係性を結ばせるとなるとネット上の何かであることは必須っす。しかし、そう都合よくプレイしてくれるっすか? くだんのキョウカ様がまず、あまりゲームやらない方らしいじゃないっすか」

「そこは洗脳をする」

「やっぱりするんじゃないっすかあー!! ハル様の嘘つき!」

「落ち着け。そう大げさな話じゃない」


 あくまで、『ちょっとゲームでもしてやるかー』といった気にさせる程度の意識誘導である。直接恋心を弄る訳ではない。


 これは『洗脳』という言葉の響きが良くないだろう。そもそもの話、現代社会では当たり前のようにこうした意識誘導は行われている。

 徹底的な市場調査と、個人に対する意識調査。それを踏まえた上で打たれる的確過ぎる広告は、もはや洗脳の域にある意識誘導といっていい。


 ハルはそれを、更に彼ら一人一人に合わせて、しかも意識の隙間に入り込むような完璧なタイミングで行うことが出来る。

 ルナや月乃のように一般的なマーケティングを行うのは苦手なハルだが、こと個人を対象とした心理誘導ではハルの右に出る者は居ないだろう。


「じゃあ、わたしはさっそくその為の広告パターンの雛形ひながたを……」

「いや、ちょっと待ってエメ」

「はいっす?」

「エメやコスモスたちには、引き続き夢世界の解析を頼みたい。可能なら、新作ゲームとあの世界をリンクさせる設定が出来ればと思っている」

「リンクっていうと、同じようなゲームを作るんすか? それとも『夢世界2』みたいにして、移住を促すとか?」

「いや。内容は全然別でも構わない。ただやっぱり、僕が手動で全ての関係性を構築しなおすのは無理があるから」

「その『設定』を夢から引き継ぎたいってことっすね。……簡単そうに、無茶な注文してくれるっすねえ。まあでも、そんくらいやらないと、わたしたちの必死の解析作業も無意味なままクリアされちゃうっすからね! やるだけやってみるっすよ!」

「頼んだ」


 エメたちは今、『夢の回廊』の解析を通じて、あの世界でゲームをしているプレイヤーの意識が何処に存在するのかといった情報を必死に研究している。

 その過程で、あの回廊と『夢の泡』に関するデータもそこそこ集まってきている。


 残念ながら、回廊の先にある夢世界に至るにはまだ解析不足だが、回廊とエーテルネットをリンクさせることには成功しているらしい。


 それを利用して、一部の情報だけでも、例えば『ゼクスはキョウカが好き』という情報だけでも夢からダウンロードしてこれないか、というのがハルの目論見もくろみだ。

 それが成功すれば、今後交渉する人数が増えても、あまり手間を増やさずに対応できる。


「しかしそうした関係値のデータを扱うとなると、アメジストの奴が詳しいんじゃないすか?」

「えっ。なんでさ」

「ほら、例の学園のゲームで、生徒同士の個々の関係値に合わせて『島』の距離を設定してたでしょう?」

「それはそうだけど、それこそあのくらいの設定なら手動で数値入力出来るんじゃないの? 全員同じ学園の学生っていう、狭い世界だしさ」

「そうかも知んないっすけどね。聞いてみたらどうっすか? 案外、なにか分かるかも」

「まあ、中間報告がてら、話をしてみるのもアリだけどさあ。でも、なーんか気が乗らないんだよね……」

「ハル様はアメジストが苦手っすねえ」


 得意な人は居るのだろうか? あの怪しさたっぷりの少女が。

 あれでハルの味方を公言しているというのだから、本当に彼女が分からない。


 ただ、そのアメジストもまた、打倒エリクシルを目指し夢世界の攻略を目指す同士であることもまた事実だ。

 ハルたちにはない独自技術を駆使して、なんらかの最新情報を得ている可能性もなくはない。


「仕方がない。たまには会いに行ってみるか……」

「行ってらっしゃいっすー」

「じゃあ、黒曜。その間に、適当な新作ゲームの構築をでっち上げといて……」

「《御意ぎょいに》」


 会社的には新事業で一大プロジェクトとなるはずの新作のゲーム構想が、こうしてなんとも投げやりにスタートした。

 目的はあくまで夢世界の攻略だが、出来ればクソゲーにはしたくはないハルである。

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― 新着の感想 ―
やっちまいましょうよハル様ー、どうせバレやしませんってー。事が公になった頃にはみーんな夢の中、現実に残った証拠もエメが綺麗さっぱり片付けて、後には何も残らないって寸法でさぁー。 ……はい。いちいち五円…
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