第1383話 運命の相手と偶然の恋
夢世界からログアウトし起床したハルたちは、見せかけではない本物のメイドさんたちのお世話になりながら、表側の一日の準備を始める。
まさに文字通り、寝ても覚めても、お仕事に追われる日々だ。
そんなハルたちのこなすべき仕事に、新たに加わったものがある。実に慌ただしいことだった。
「それで、ゼクスとキョウカの二人のことだけど」
「二人のリアルは分かったのかしら?」
「ああ。それはまあ結構簡単に。二人とも普通の学生だったしね」
「一般人じゃなくても、ハル君にかかれば一発じゃん」
「まさに、神の目なのです!」
「ストーカーですねー?」
「カナリーちゃんに言われたくない……」
事前に彼らについての情報を聞いていたのだ、この程度の調査はハルでなくとも訳無いだろう。
もっとも、まだまだ完全な信頼を得られたわけではないので、細かい個人情報は教えてもらっていない。そんな状況下で、これほどのスピードで個人を特定できたのはハルの力あってこそという自負は、あるにはあった。
「ゼクス君は、元々はそこそこのゲーマーだ。一般的な、ゲーム好きの男子学生と言っていいだろう」
「うちのユーザーね?」
「ハル君のことよく知ってる風だったもんねぇ。一般的というか、ちょっとレベルの高い人なんじゃない?」
「ハルさんにとっては、その程度はあってもらわないと、ゲーマーの基準にすら立てていないということですねー?」
「なるほど」
「いや違うから。そこまで傲慢なこと言わないって僕……」
ルナの会社で運営し、ハルも基幹システムの開発に携わりまた高レベルプレイヤーとしても名をはせるゲームであるニンスパ。
おかげさまで人気を博しているこのゲームの、ゼクスは熱心なプレイヤーであるようだった。
夢世界のスキルにまで発現させていることからも分かるように、その中でもゼクスはかなりの上位プレイヤー。ハルやルナたちにとっては、お得意様と呼べる顧客のようだった。
「んじゃ、そっちの接触は簡単そーだね。女の子の方は?」
「キョウカちゃんの方は、普段はあまりゲームはしないタイプのようだ。特にフルダイブには、ほぼ馴染みがない」
「ほう。過激派か。過激な思想もちか」
「別にそんなことないってばユキ。単に趣味が、ゲーム以外だってだけでしょ。お嬢様っぽいけど、偏った思想活動をしている家でもなさそうだ」
「ありえん……、この時代に、ゲーム以外の趣味なんて……」
「ユキさんの方が偏った思想の持ち主のようですねー?」
「ユキさんは時代の寵児なので、仕方ないのです!」
まあ、フルダイブ全盛のこの時代であれど、別に全国民が電脳ゲームに夢中という訳ではない。
当然自らがプレイすることに興味のない層も居て、プレイしないことにも特に大きな理由は存在しない。
ただ、それでも一切ゲームと無関係を貫いてこの時代を生きられるかといえば、答えは否だろう。
ふと目に入るのは人気ゲームの広告だったり、有名チャンネルで開催されるのはゲームの大会だったりする。
そうした物を見るだけの人間も、商業的に見れば立派に『ゲームに関わっている』といえるのだった。
つい最近、ルナの母である月乃が主導し大々的に開催されたゲームイベントである『フラワリングドリーム』など、その最たる例といえよう。
プレイヤーだけでなく視聴者が居ることで成り立つ、まさにゲームをしない層までも巻き込んだ一大興行。
キョウカもまた、そうした大きなイベントには御多分に漏れず巻き込まれている、よく居る現代人の一人であるのだった。
「お嬢様と言ったけれどハル。うちの学生?」
「いいや。学園の生徒ではないね」
「そう。なら普通の家ね」
「学園生にあらずんば、お嬢様にあらず! なのです……!」
「ここにも偏った思想の持ち主がいましたかー」
「し、しかたないじゃない……、『現代の貴族』と揶揄される連中は、大抵あの学園に子供を入れるんだから……」
「むしろ『普通』はルナなりの褒め言葉だよ」
「成金程度は眼中にないってかー。これだから貴族のルナちーはー」
「まあ、言い方は悪いけど、ちょっと娘を大事にしているだけの普通の家で間違いない。でも良かったんじゃない? ゼクス君にとっては」
これで、相手が学園に通うような現代貴族の人間だとすれば途端にややこしくなるだろう。
ハルもこちらでの工作が非常に面倒くさくなるので、このまま夢に戻って笑顔で彼に『諦めろ』と言い放ちたくなるくらいだ。
「ただ障害となるのが、二人の家はけっこう物理的に距離が離れてるってところかな。彼らが自然に出会うってのは、ほぼ絶望的だろう」
「だーからあんな焦ってたんかぁ」
「夢から覚めれば、二人は遠く引き裂かれてしまうのです!」
まさに悲劇である。そしてこれは、ハルにとっても悲劇的な事実だ。二人との約束を果たすには、あからさまに露骨な干渉をしない訳にはいかないからだ。
これで住む距離が近ければ、多少の誘導で偶然を装って接点を作るなどの工作も可能であったろうに。
「……やはり、誘拐して、監禁しかないのではなくて?」
「若い男女を狭い箱に放り込んでおいたら、勝手に番になるでしょ作戦! 発動!」
「鬼畜、なのです! ですが、えっちから始まる恋も、あるかもしれません……!」
「普通に男の子が嫌われて終わるのではー?」
まあ、その危険性は無いとはいえない。いや十分にありえる。そもそもその後に夢の中でどんな顔で会えばいいのか。
「んじゃ、ハル君が二人に個別に接点もってさ、ハル君を介して、二人に縁を作る作戦」
「ユキの言うものの方が現実的かもね。ただ、どうしても進行が迂遠になりすぎる危険がある」
「そうね? 堅実に手順を踏んでいる時間はないわ? まあ、『何かやりました』、『がんばりました』ってアピールはすることは出来ると思うけれど?」
「今後に期待ということで、説得しますかねー」
「待ってください!!」
ユキの現実的な案をとりあえず実行し、今後効果が出てくるのを期待させとりあえず協力してもらう。その作戦に、意外にもアイリから『待った』がかかった。
ロマンスに憧れ女の子の理想を大切にするアイリだ。そうした、ある種の欺瞞で若者たちの恋を欺くのを良しとしなかったのだろうか?
「個別に接触などしたら、キョウカちゃんがハルさんに恋をしてしまいます!!」
「……あー。あるかも」
「……確かに。迂闊だったわね?」
「男の子の方と出会う前に、決着ですよー?」
違った。実に的外れな懸念であった。ハルもまだまだである。
「いやまあ、確かにね? ゼクス君と出会う前に、男の僕がキョウカちゃんに接触しちゃうのは、ある種の裏切りになるのかも知れないけどさ。そうそう簡単に心が動くとは……」
「動くのです! ハルさんからは、女の子を虜にする、オーラ的な何かが出ているのです!」
「フェロモン?」
「それでした! わたくしも、それでメロメロになったのです!」
「確かにハル君、ゲームしてるだけでもモテてたもんねー。振りまくってたけど」
「振ってないよ。脈無しだと察したら去っていっただけ」
「そして最後まで辛抱強く残った一人が、ユキという訳ね?」
「わわわわわわ私は今関係なくないかなぁ!?」
「自爆してる人が多いですねー?」
まあ、確かにハルも、一緒にプレイする事になった女子に好意を向けられることは多かったのは、以前話した気がする。
ただハルは、そうした自身に向く感情に関してはあえて鈍感を演じ、また意識して推察しないように努めていた。そこを打算的に考えすぎると嫌になるからだ。
その甲斐もあって、と言っていいかは分からないが、直接的にアプローチをしてくる女性はそう長続きしなかった。
ハルやユキたちのプレイのレベルに、多くは付いてこられなかったというのも大きい。
「好意というより、ファン心理も大きかったんじゃない?」
「ゲーム上手いだけでモテる、良い時代ですねー?」
「あ、そだ。じゃあゼクスもさ、その腕をなんかの大会で見せつけりゃいいんじゃね? そんで、偶然を装ってキョウカちゃんを観戦させる。免疫のないキョウカちゃん惚れる。解決!」
「そう上手くいかないでしょうに……」
「仮に上手くいったとしてー。他の女の子がファンになっちゃったらどーすんですかー?」
「確かに! もっと積極的な子がアプローチしたら、おしまいなのです!」
「そんときゃ、ハル君が二人以外のフラグをばしばし折り続ける! キョウカちゃんに近づく男も殺す!」
「鬼か」
そうして成立しそうなカップルを破局させ続けたら、今度は現実側の二人に恨まれそうだ。それは果たして、正しいことなのだろうか?
いや、今さら正しさなどどうでもいい。本音をいえば、そんな作業は面倒くさすぎてやりたくないハルである。
「……みんなでこうして馬鹿話をするのは楽しいけど、考えれば考える程、特定の対象を自然にくっつけるってのは難しそうだね」
「むしろわたくしたちが、奇跡なのです」
「そうだね。アイリとは正直、何度出会っても同じようになると確信できるよ」
「私は、ねー私はー?」
「ユキのような電脳界の突然変異を、どのみちハルは放っておかないでしょうよ? ユキもどうせ、何度やり直してもゲーム漬けなのでしょう?」
「そりゃとーぜん」
「……私も、そうね? 逆にハルのような特異点は、いずれ探し当てていたと思うわ?」
「私は生まれの時点で紐づけられてますー」
「カナリー様が強すぎるのです!」
なんだか、他人の恋愛話からだんだんと自分たちの話に移行してきたハルたちだ。なんとなく気恥ずかしい。
ただし、そうした特別な縁や培った時間がまるで存在しない二人だ。どうしたらいいのか見当もつかない。
いっそ、ハルとアイリの間にあるような、謎の繋がりでも解明できればいいのだが。そうすれば、あのまさに運命的な衝撃を使って、一目惚れを操り放題である。
……なんだか考えも危険な方向へと進んできた。今のは忘れた方がいい。
しかし、それはそれとして、ハルとアイリが互いに感じた感覚は、いったい何だったのだろうか。未だに正確には分かっていない。
もし時間があったならば、そこもまた、じっくり調べてみたいところであった。決して、悪用目的ではないことは宣言しておく。




