第1382話 電脳時代の恋愛模様は?
そうしてハルはゼクスとキョウカの二人を連れて、拠点である城へと戻ってきた。
ちなみに、ユリアは連れて来ていない。竜宝玉だけ回収し、お引き取りいただいた。
「完全隠密が可能な相手を引き入れて、いいことは特にないからね」
「でもでもぉ? そんな人なら全てのセキュリティを簡単に突破して、結局この中に侵入できちゃうぞ♪」
「そうなんだよね。どう対策したものか……」
ちなみに、帰りはメテオバースト系の移動手段は用いずに、マリンブルーの動物たちの背に乗り運んでもらうこととなった。
まことに遺憾ではあるが、強引にあれに乗せて連れ帰ったら、協力など得られなくなるだろうとのルナの忠言に、納得をせざるを得なかったためである。
「……まあ確かに。ゼクス君は大丈夫だろうけど、キョウカちゃんには厳しいかもね」
「いやオレだってあんな箱に詰められて飛んで行くのこえーって……」
「キョウカちゃん、動物さんの背中はどうだったかな♪ 怖くなかったかな♪」
「あっ、はい。とってもふかふかで、かわいかったです」
押しの強いマリンブルーだが、キョウカは仲良くなってくれたようで、ハルは彼女のことは任せてゼクスに続けて話しかける。
既に拘束は解いており、二人は自由の身であるが、特に逃げ出す様子は見せないようだ。
「いいのかよ? 本拠地だろここ。まだオレらのセーブは更新されてないし、なんか凄そうな物盗んでデスケープするかも知れないぜ?」
「いやまあ、大丈夫でしょ。<窃盗>スキルが無い相手に、むざむざ盗まれるようなセキュリティもしてないし。それに、君たちはそんな事しなそうだしね」
「お人よしだなぁ……」
……別に、ハルがお人よしで安易に信頼をしている訳ではない。評価してもらっておいて悪いが、逆に完全な打算によるものだ。
先に信頼する姿勢を見せれば、彼らも態度を軟化させるだろうし、この短い期間の観察でも、そんなことはしない人物だとハルには察しがついている。
……それに、言い方は悪いが二人は互いが互いに人質のようなもの。片方を残して、死亡時帰還するような思い切りはとれまい。特にゼクスは。
そんな根がお人よしそうな彼らを連れて、ハルは世界樹の麓に作られたカフェまで案内する。
そこには既に、仲間たちが揃って到着を待ち構えていた。
「おかえりなさいハル? そちらが例の?」
「うん。捕虜の二人。……気を付けなよー君たち。このお姉さんが君らの処遇を決めることになる。下手なこと言ったら、なにをされるか分からないからね」
「お、おう……」
「き、きをつけます……」
「もう! 変なことを吹き込んでおどかさないの! もう!」
「まあでも、ルナちーが最終的な判断を下すことにはなりそうじゃね?」
「わたくしたちの、頭脳なのです!」
「影の女帝ですねー? 大奥の主ですねー?」
「頭脳面ではあなたがたの方が上でしょうに……」
そんな、緊張を和らげたいのか不安にさせたいのか分からぬやり取りから始まって、彼らの事情を改めて皆へと説明していくハル。
自分達の関係について話題にされたあたりで、揃ってまた頬を染めるあたりがまだまだ初々しい。
そんな二人をルナたちも微笑ましそうに眺めていたが、とはいえ対処までも甘くなるかといえば話は別。その判断は、あくまで冷徹だった。
「……事情は分かったけれど、『はいわかりました』と協力してあげる訳には、いかないわね」
「まあ、そだよねぇ」
「助けては、あげられないのでしょうか……?」
「助けてあげるのはいいけどさアイリちゃん。そうしてこの子らを味方にしても、支払うリスクに見合ったリターンが得られるとは思えない。ユニットはしっかり選定せんとね」
「そうね? ……いえ別に、ユキのようにゲーム的に考えている訳ではないけれど。そもそもこうして一人ひとり地道に引き抜いていく時間なんてないわ?」
そう、仮に、個々の問題を解決してやることで、ゲームのように仲間になってくれるとして、そんな悠長なことをしている時間がハルたちにはない。
一日に一人引き抜けたと仮定しても、地を埋めるほど居た帝国軍を解体するのにどれほどの月日を要するのか?
現実の戦争であれば、それでも場合によっては有効なのかも知れないが、ゲーマーの時間感覚はせっかちだ。
そうでなくとも、ハルは一日も早くこのゲームに終焉を齎さなくてはならないのだから。
「もっとクリティカルな人材なら話は違ったかもですねー。指揮官とかー? 例のユリアちゃんだったらどうでしょー?」
「いや……、クリティカルな人材なのは間違いなさそうだけど……、別の意味であの子はちょっと……」
「ま、待ってくれ! 確かにハルさんなんかと比べたら、頼りないかもしんねーけどさ! オレも帝国軍の中ではかなり上位の戦力だ! 価値はある!」
「それでもー、結局歩兵ですしー」
「……いや君たちね? 本人たちを前に、あんまり明け透けにそういう話をしないの」
別に不安にさせたい訳でも、無慈悲に見捨てる気でもないが、現実的な話をすればどうしてもこうなってしまうのは仕方ない。
力量的にも立場的にも、彼らはハル陣営に与えられるものを有していないのだ。
「あ、あの、えと。ひとつ、いいですか?」
「どうしたのかしら? キョウカちゃんだったわね?」
「は、はいっ。その、お話を聞く限り、ハルさんたちは私たちの事情を、どうにか出来る手段を持っている。そう聞こえるのですけれど……」
「ええ。持っているわ? ハルに聞いていない?」
「伝えたうえで、『やっぱりダメです』なんて言ったらガッカリされちゃうからね」
「……あなたね。ここに連れて来た時点で、同じ事でしょうに」
「でも連れてこないと、次にまた会えるとも限らないしさ」
「そんなこと言ってー。ハル君の中じゃもう世話焼くこと確定してるんじゃないのー?」
「や、やっぱり……」
「えっ!? マジなのか!? ええっ!」
どうやら、冷静な判断力はキョウカの方が上らしい。ハルたちの会話を聞いて、その裏にある前提を鋭く察知したようだ。
まあ、そうした落ち着いた判断が出来ねば、大軍からリソースを束ねて振り分けるような役割はこなせないか。
「僕らは、起きた後もこの世界の記憶を引き継いでいるプレイヤーだよ」
◇
「マジかよ……」
「やっぱり……」
ハルの宣告を、二者は異なった驚愕をもって受け止める。
その後の反応も、両者それぞれ真逆に異なる反応となった。
「じゃあ、その方法でオレらもリアルに記憶を持ち帰れば!」
「そんな貴重なお話……、私たちなんかじゃやっぱり受けられませんよね……」
「後ろ向きすぎだってキョウカは!」
「ゼクスくんは、もっと冷静に現実を見よう?」
「……カップル破局かしら? 問題は解決したわねハル?」
「話を急ぐなと……」
ただ、そう単純な話にならないのはキョウカの予想の通り。ハルがこうした事情を抱える者を全て救済していてはキリがないのは、繰り返すまでもないだろう。
「キョウカちゃんの察しの通り、だからといって同じ方法で君らの問題を解決してやる訳にはいかない。君たちだけ、依怙贔屓することになるからね」
「……分かります」
別にハルは、そこまで平等な裁定者を気取る気はない。むしろそんな態度は、昔の自分を思い出すので嫌になる。
事実として今も、ハルたちの事情に巻き込むもの伏せておくものは、こちらの都合で勝手に選んでいた。
しかしそれでも、彼らだけを助けて他の帝国軍全てを切り捨てる、などという対応はさすがに寝覚めが悪い。
かといって知ってしまった以上、このまま無視するのも十分に寝覚めが悪い。さて、ハルはどうするべきなのか。
「なあ、でも何でダメなんだ? メチャクチャに、難しいことだとか?」
「いや、簡単だよ。割とね? 難しさの話じゃなくて、君らに記憶が残っちゃう事それ自体が問題なんだ」
「ひ、秘密にしますから……」
「そうだぜ。というか、何が問題なのか分かってねーし、オレ」
「今は分からないとしても、そのうちことの重大さに気付く日が来るよ。この世界の事を知ってること自体が問題だってね」
むしろ、自覚がない方が危険であるかも知れない。野放図にそのような存在が世に出れば、どんな拍子に世間の知る所になるか分かったものではない。
そうして放った対象を、ハルが常時監視し続けるのもごめんである。
「今こういう話してるのはいいのかよ……?」
「いいさ。だって起きたら忘れちゃうしね?」
「ナチュラルにヒデーなアンタも!」
「ではその、起きても私たちのことを憶えているハルさんが、えと、えっと、そのですね……?」
「キョウカちゃんたちの、恋の“きゅーぴっと”になるのですね! お任せなのです!!」
「アイリー、安請け合いしないー」
「ですがハルさん! ロマンスの香りが、ぷんぷんなのです! これを見逃す手はないのです!」
「まあ僕も、なんとかしてやりたいと思ったから連れて来たんだけど……」
だがどうやって? その問題がハルに重くのしかかる。
確かに彼らは恋人同士だが、それはこのゲーム内の異常な環境で出会ったからに他ならないだろう。果たして、現実で普通に出会っても同じ結果になるかどうか。
この世界は、人間の思い描く理想に対してあまり優しく出来ていない。運命の相手だなんだという甘ったるい話は、大抵の場合においてただの錯覚である。
……なんだか自分のことを完全に棚上げして語っているような気がするハルであるが、ハルのような異常な例を除いては、大抵錯覚なのである。
「……だんだん自信がなくなってきた。もしかして、案外上手くいくのか? この子らも?」
「しっかりしなさいな……」
「当事者置いてきぼりですよー?」
「ともかく、やってみないと分からないのです! きっと大丈夫です、ぜひやりましょう!」
「で、でも、もしぜんぜん話が合わなかったら……」
「だ、大丈夫だってきっと。あっちでもキョウカは、キョウカだろ?」
「でもこっちよりもっと、話せないかも……」
「あー。あるあるだよねー」
ユキの例は極端だが、電脳世界と現実では、『キャラ』が違うなどもよくある話だ。記憶が問題なく残る普通のゲームでも、ゲーム内恋愛の相手に会ってみたら予想と違って即破局、なんて例も数え切れない。
「そうね? なら、ハルが二人を誘拐して、個室に閉じ込めて、“親密に”ならないと出られない部屋として設定するのはどうかしら? いけるわ」
「どうしてそれがいけると思ったのルナ……?」
だんだんと話が、突拍子もない方向へと進み始めた。確かに、ハルの力ならそうしたことも含めて非合法な手段で二人をくっつける手段はいくらでもありそうだ。
「……まあ、とりあえず、やるだけやってみるよ。なんとか、穏便な方法を考えてさ」
「頼んだ……」
こうしてなし崩し的にではあるが、ハルたちはとりあえず、帝国から兵士を二人、引き抜く事だけは成功したのであった。




