第1381話 完全隠密の脱出劇
さて、ゼクスとキョウカの抱える問題を解決してやるのは実は簡単だ。ハルが特別に、二人の記憶を引き継げるよう現実側から手を回してやればいい。
そうすれば、晴れて二人はこのゲームに未練がなくなり、帝国軍や皇帝の味方をすることがなくなる訳だ。
いや、ハルの味方に付いてくれると思ってもいい。全てが丸く収まる。めでたしめでたしだ。
……という訳にもいかないのが現実である。
もちろん、二人の問題が解決するだろうことは間違いない。しかし、それ以外はどうか?
恐ろしく極端な話、全ての帝国軍兵士が目を覚ませば引き裂かれるカップルで構成されていたとして、その全員に対応してやる事など不可能である。
ハルの目的は、記憶の継承者を一人でも少なく抑える事であるので、あまり野放図にその対象を増やすのは完全に目的に反するからだ。
「……君らの事情は分かった。なんとかしてやりたいとは僕も思うが」
「いいよ。なんともならないんだろ? 元から期待はしていない」
「逆に聞くけど、皇帝には期待をしているのかい?」
「それは……」
「期待はしても無駄でございます。彼は大きなことを言ってはいますが、実のところ現状維持それ以外のことは語っていません。で、ございます。大げさに『何もしない!』と叫んでいるだけでございます」
「お前どっちの味方なんだよ!」
「さて。少なくとも別にあなたがた二人の味方ではございませんね」
「くっ……」
帝国に協力する者も、その理由はさまざま。当たり前といえば当たり前のことだ。
とはいえ確実に、彼らのようにこちらで得た人間関係を理由として、ひとまずの現状維持を望んでいる者が他にもいるのは確実だろう。
「あの……」
「ん? どうしたのキョウカちゃん」
「えと、その、私たちのことを気にかけていただけるなら、少し時間をもらえませんか? 探せば何か、いい方法が見つかるかも知れませんし……」
「いや、悪いね。むしろ、第二第三の君たちを生み出さないためにも、速やかにこの世界を破壊しなければと思ってしまったところだ」
「あうぅ……」
「そもそも、領土に攻め込んでおいて何を言っているんだという話でございます。まずは軍を引いてから、そのようなことは言うべきです、ございます」
「だからどっちの味方だっての!」
ユリアの言い方は厳しいが、実際その通りだ。ハルが攻略の手を止めたところで、帝国軍は止まらない。デメリットにまるで見合わぬ対応といえる。
キョウカが司令官ならばまだ少しは聞く余地のある提案だが、彼女が説得したところで軍も皇帝も動くまい。
「……とはいえ、君らを帝国軍から引き離すことに、意義はあるか。キョウカちゃんの力は、ゼクス君の強化以外にも応用がききそうだし」
「ですね、ございますね。ゼクスの方は、跳ね回るしか出来ないので放置でいいですが、ございますが」
「悪かったな……」
いや、実はゼクスのスキルこそ、ハルにとっては重要となる可能性を秘めていた。
明らかにニンスパのシステム再現をこの世界で可能としている彼が、どのようにしてその力を得たかを解き明かすことが出来れば、このゲームの真理に至るカギとなることも考えられた。
解決の方法も実に単純。彼らが現実でもカップルになりさえすれば、二人はハルに協力してくれることだろう
少なくとも、帝国軍からは抜けるに違いない。それだけで大きなメリットだ。
「とりあえず、仲間と相談してみないと何とも言えないかな。悪いけど、このまま拠点にまで来てもらえる?」
「しゃーねーなー。好きにしろよ。……というか完全に捕まってる以上、オレらに選択肢ないから」
「だ、だね……」
「よし」
実はこの状況でも反抗の手段はなくはないが、既に先ほどの戦いで戦意は喪失していたようだ。話が早くて、なによりである。
「ユリアもそれでいい?」
「お断りします! ……でございます」
「強情な。だがその状況では前のように自害もできまい」
「うわ。自殺したのかよコイツ」
「こ、こわい……」
「それが効率的でしょう、でございましょう?」
「ハラキリは武士の誉れにござるな」
「もう騙されません! 武士じゃないですメイドです!」
「ほら、ござるが取れてるよ」
「しまったでござ、ござ、います!」
「ちっ……」
「惜しいぜハルさん。もう一歩だったのにな」
「どちらの味方でございますか! いえそんなことより、この程度で私を捕まえたと思わないことでございますね」
「ほう?」
この状態から、抜け出す手段があるというのか。前回のことがあったので、ユリアは他の二人よりも念入りに拘束している。
器用に片手のみで自傷などされないように、指先に至るまで世界樹の根が這いガチガチだ。見ようによっては、確かにいやらしい。
それでもユリアは今まで、実際まるで焦った様子は見せておらず、むしろふざけてすらいたことから、なにか奥の手があることは察しはついていた。
そのカードを、確認することがハルの今の目的の一つでもある。
「では、おさらばでございます。またお会いしましょう、ハルさん」
「『おさらば』って武士っぽくね?」
「影響されちゃってる……」
「うるさいですよ!」
ユリアが宣言すると同時に、彼女の姿が消え始める。<隠密>系の潜伏スキルだろう。
彼女らを拘束した世界樹の根だが、そのスキルの発動までも止められる訳ではない。これが、死亡再復活で離脱するための残された手段。
「おい。姿消したところで、捕まったままじゃ意味ねーだろ」
「……いや、どうやらそうでもないらしい」
ハルが、ユリアの体の形を型取りしたままの触手のアートを、一気に絞るように捩じ上げる。
そこにユリアが残ったままならば、その身は五体がねじ切られるようにしてバラバラになってしまったはずだ。
「ひうっっ!!」
「うわ、グッロ。見えてないからってそんな殺し方すんなよハルさん。キョウカも居るんだ」
「……いや。もうこの中には居ないね。手ごたえがない」
「……本当か?」
「いったい、どうやって……」
姿を消そうと、実体は残る。そして、音や気配までは消せはしない。それが、ハルたちの<隠密>に対する認識だ。
しかし今は事実として、ユリアは脱出マジックのように拘束を抜けており、その際にまるで移動の気配ひとつ生じさせていない。
「実体すら無くす完全<隠密>。別次元にでも入り込んだってところか」
「その通りでございます」
ハルたちがあっけに取られていると、あらぬ方向から彼女の声がする。
三人が振り向いてみると、無傷で拘束を抜けたユリアが余裕の表情で、その手に竜宝玉の一つを持って得意げに立っていた。
「この力の前では、全ての防壁も、攻撃さえも無意味にございます。それゆえ<隠密>の弱点である、あのハルさんの全方位爆撃の中でも余裕で潜んでいられたのでございます」
「だから最後の不意打ちだけは一切の気配がなかった訳か」
「それでも対応してきたのは本当、化け物でございますね……」
だが今回こそは、完全に不意を突かれる形で宝玉の<窃盗>を許した。見事と言う他ないだろう。
勝ち誇って姿を現した彼女を、今から追いかけてもその手を掴むことは叶うまい。
「では、私はこれにて」
とはいえハル相手にそこまで余裕を見せてはいられないと思ったのか、ユリアはすぐにまた姿を消して逃げの一手に入ってしまった。
いい判断だ。もう少しこちらを煽ってくるような相手ならば、今ごろ隠れる余裕もなくその首が飛んでいたことだろう。
「……いいのかよハルさん?」
「まあ、ある意味予定通りではある。元々宝玉の一つや二つ、帝国側に与えてみて、どう使うのか様子を見たいとは思っていた」
「おそろしいひと……」
「ただの苦肉の策だよキョウカちゃん。自分で解析できれば、そんなことする必要すらない」
「じゃあ、このまま逃がすのか?」
「……いや。計画通りではある、あるんだが、なんだかこうして勝ち逃げされるのは、それはそれで癪だよね?」
「め、面倒くさい……」
自覚はある。異常なまでの、負けず嫌いなのだ、ハルは。
「ですが、どうするんですか? ああなったユリアさんには、魔法で攻撃しても通じません」
「ふむ? 前々から少し、考えていたことがあるんだ。幽霊っているだろ?」
「いますね?」
「居るのか?」
「まあ、居るとしてだ。あらゆる壁を透過する彼らのような存在は、何故地面も透過してしまわないのか」
「変な事気にしすぎだろ……」
「かもね。だが現状は、それを考えないといけない」
なぜならゲームとして、システム的にその『幽霊』が再現されているからだ。
ユリアはあらゆる干渉を跳ね除けた状態で、だがその肉体を使って走り移動している。それは、地面に対して自重をかけているということに他ならない。
「要するに、重力だけは作用していると考えられるんだ」
「……なるほど。そして<星魔法>は、重力を操りますね」
「正解」
「ふぎゃあ!!」
そしてキョウカの予想の通り、ハルの強力な<星魔法>により発生した重力場が、逃げ去るユリアを盛大にコケさせてそのまま地面へと縫い付けたのだった。




