第1380話 この世界に留まる理由
「ところどころ、違和感は感じてたんだ。手袋が消えたこと以外にも、『ユリア』がやられても兵士のみんなの態度がどこか余裕だったり、昨日会ったばかりなのに『久しぶり』と言われたり、口調がどこか不自然だったり……、いや、これは元からか……」
「心外です。ございます」
実は、こうして取ってつけたように『ございます』を付けて喋ることで、誰でも労せず『ユリア』を演じることが出来るのだろうか?
だとしたら、案外よく考えられた戦法だ。元から不自然すぎて、どこがおかしいのか分かりにくい。考えすぎかもしれない。
「なかなかいい計画だったけど、穴も多かった。宣言通り、ここまでだね」
「まだです、ございますっ! 未だレンジは至近、対象アイテムを手にしている! <窃盗>の成功率は最大でございます。一度でも成功すれば……!」
「いいや、無理だね。というか既に何度か<窃盗>は成功している。ただ近すぎて、一切の状況に変化がないだけさ」
事実、何度かハルの手は宝珠をしっかりと握っているにも関わらず、謎につるりと滑るような奇妙な感触があり、手の中の竜宝玉が奪われそうになる。<窃盗>の判定が成功しているのだろう。
しかし、その竜宝玉を手に入れる先もまた、目の前に居るユリアの手の中。
互いと宝玉の位置関係が一切変化しないがゆえに、何も起こっていないように見えるのだ。
とはいえ、これもハルの驚異的な反射神経あってこその話。常人ならば、その一瞬でユリアに腕を引かれてしまってお終いだろう。
「なんという、曲芸的な反射神経! これが、魔王の力でございますか!」
「魔王の力地味だなあ……、まあいいけど……」
「ですがその集中力が、いつまで持つでございますか! すぐに後方から再び、ゼクスの支援も……!」
「ああ、いや。残念ながらそれはないみたいだよ」
「……えっ?」
ハルが向かい合うユリアの肩越しに、ちょいちょい、と指を指し示してみせる。
しばらく警戒していた彼女だが、未だ支援が来ないことに疑念が隠しきれなくなってはいたのか、意を決して首を後方へと振り向ける。
……もちろん、その瞬間にハルも、不意打ち気味に珠を彼女の手から引き抜こうとするのを忘れない。
「ゆ、油断も隙もないでございますね!」
「いやあ。ついからかいたくなっちゃうから、君」
息を荒げる勢いで慌てるユリアに、苦笑が禁じ得ないハル。ユリアもなんとか、宝珠を掴み続けられはしたようだ。
そんなハルの意地悪で一瞬しか後方を確認できなかったユリアだが、それでもきちんと現状の把握はできたようだ。
帝国軍は既に後方から撤退を開始しており、殿に残ったゼクスも既にこちらへ攻めてくる気配は見られない。
彼の仕事はもう、あくまで撤退支援に変化しているようだった。
「悪いなユリア。こうなった以上、もう作戦は失敗だ。足掻くのは自由だけど、もうオレたちは手伝えないぞ」
「つれないね。あれだけ死なばもろともな感じだったじゃあないか」
「そうです! あともう少しで、奪い取れるはずでございます!」
「そこで同調すんなよ……、あと不意打ち失敗した時点でもう無理だって……」
ユリアの渾身の不意打ち作戦が空振りに終わった瞬間、あれだけ命をなげうつような事を言っていた帝国兵も一転、熱が引いたように撤退準備をはじめた。
非常、無慈悲と言うなかれ。彼らも言うまでもなく、本当は死ななくて済むならその方が良いに決まっている。
もともと、あの不意打ちを成功させるために命を惜しまぬ演技をし、付き合っていてくれたのだろう。
まあ、その演技臭さのせいで、ハルに作戦を見破られる一助にしてしまった部分はあるが、それは言っても仕方のないことだ。
「とりあえず、初回担当の一人としてオレは最後まで付き合う」
「……わ、わたしも残る! よ!」
「お前は逃げてもいいんだが……、まあ、ありがとな……」
だが、ゼクスとキョウカが残ったとて、エネルギータンクである帝国軍が撤退している今、もはや彼らに先ほどまでの力はない。
力を集める対象がスキル効果内に密集していなければキョウカの力は意味をなさず、本隊が撤退している今、彼らの実力は少し吹けば飛ぶ程度に落ちてしまっていることだろう。
「なんたる無念に、」
「ござる?」
「無念にござる! って、そのネタはもういいのでございます! 誘導しないでいただきたい!」
この様子を見るに、恐らく作戦は持ち回り制で、次の作戦はユリア主導では行えないのだろう。
もうそこで活躍できないとなると、彼女の出番は日々破壊されるだろう輸送艦を作り直す雑用のような作業の繰り返しになる。
それは、ユリアでなくとも、何としても阻止したい話だ。夢も希望もない日々である。
どうにかして、己の有用性を部隊に示し、華々しい活躍への賞賛と、労働の日々からの早期解放を望みたいものだ。
「ねえユリア、いや君たちさ? 失敗ついでに、そんな夢のない生活からは逃げ出して僕につかないか?」
◇
大胆にも、裏切りの勧誘を持ちかけるハル。既に軍隊は兵を引いており、この場にはユリアたち精鋭三人が残るのみ。
ここで彼らが帰らずとも、離反が発覚するのは少なくとも一日は後になる。
今後雑用が待つばかりの日々を思えば、ここで帝国を裏切ってしまうのも悪い選択ではないはずだ。
まあ、彼らの目にハルが、仲間を帝国以上に酷使する邪悪でブラックな魔王に見えていなければの話だが。
「拒否するでございます」
「おや。それほどまでに、帝国に忠誠を誓うなにかが?」
とはいえ、そうそう思い通りにいくはずもない。だが、拒否されたならされたでそれも構わない。
それならば、何故拒否するのか、それを聞き出すことで、ハルは彼らと帝国の事情を深く探っていくことが出来るからだ。
「別に忠義は感じていないでございますが、私は、逃げようと思えばすぐに逃げることが出来ますのでございますので」
「どうやりますので?」
「簡単でございます。この竜宝玉を、手放せばいいのでございます!」
「じゃあそんな力込めて握り締めてないでさっさと離しなよ……」
「取るーのでーございます~~」
意地でもこれだけは持って帰る。そう意固地になってしまっているユリアだった。宝珠越しにハルと握手をするように、がっちり握って離さない。
ハルもハルで、目の前の彼女を殺害するのは実に容易だが、面白いのでこのまま眺めていた。後方のゼクスは呆れているようだ。
「忠義は感じてないの?」
「ええ。それはそうでしょう?」
「そんな恰好していながら?」
「メイド服は趣味でございます。今の時代忠義だなんだと、感じるほうがおかしいのでございます」
「皇帝はアンタみたいに、カリスマのあるタイプじゃないからな。ただ国をまとめる実務能力は一級で、色々な事情から奴の計画に利点を感じている者は多い。それだけさ」
「ふーん」
残ったゼクスもまた、ユリアが諦めるまでは会話に乗ってくれるようだ。
ならばついでなので、その『色々な事情』とやらも聞き出してみるとしよう。
「じゃあユリアはどんな事情があって皇帝に協力しているの? 彼に賛同して僕と敵対してるってことは、この世界が終わると困るってことだよね?」
「おっと、どうやら今日は宝玉を奪い取るのは無理なようでございますな。名残惜しいでございますが、これにて……」
「逃がさん」
「ひうっ!?」「ひゃん!」
突如その身に起こった変化に、つい可愛らしい悲鳴を上げてしまったのはユリアだけではない。後方に控えるキョウカからも、同時に異変を知らせる声が上がった。
ゼクスも悲鳴を上げこそしなかったものの、突如生じた身の拘束に、パニック一歩手前で手足をじたばたとさせていた。
「悪いが拘束させてもらった。その『世界樹の根』は、どうやっても破壊できない。大人しくしておいた方がいい」
「おい! オレとキョウカまで捕まえる必要はなかっただろ!? キョウカだけでも離せ!」
「ああ、ごめん。あまりに隙だらけで会話に集中してたんで、つい」
「ついで済むか!」
もちろん、それだけではない。彼の語る、帝国に忠誠は誓いはせねど従う理由。それに興味が湧いてしまったハルだ。
皇帝の計画は知っているが、それに賛同する人々の個々の事情を深掘りしていけば、もっと詳細にその全体像が浮かび上がってくることだろう。
「くっ! 私たちを、どうするつもりでございますか! えっちなことをする気なのですね!」
「ルナの話は忘れるように……」
「私にえっちなことをするばかりでなく、ゼクスの前でキョウカちゃんにえっちなことをすることで、彼に絶望を与えるつもりでしょう! 邪悪なのでございます!」
「邪悪なのは君の発想なのでは? ……って、君たちはお付き合いを?」
「ああ。まーな……」
「えと、その、いちおう」
触手に引きずられてユリアの傍まで連行される二人が、初々しく顔を朱に染めてその事を肯定する。
今回は自害されないように、念入りに手足を拘束しているので、見方によっては犯罪的だ。いや、電脳法に照らし合わせればこの拘束は犯罪そのものだろう。
「そう考えるとこの世界樹やっぱりヤバいな……」
「そうだよ。どうなってんだこれ? このゲームは他プレイヤーの完全拘束はありなのか?」
「いや、その辺はきっちり一般的なゲーム準拠のはずだ。この世界樹だけがバグってるね」
「対処しろよ運営……」
対処しないのである。残念ながら。問題に感じる者が居てもお問い合わせフォームすらない。
「……そんな、問題だらけのゲームでも永続を願う理由って、二人はもしかして?」
「…………そうだよ。オレらリアルでは、接点がない」
「二人とも起きたら、忘れてしまうんです。なので……」
「ふむ。なるほど」
だからこそ、唯一の絆であるこのゲームが終了してしまっては困るという訳だ。なるほど、そういった個々の感情面を、ハルは今まで軽視していたのは認めなくてはならない。
「あっ! そんなカップルをここで破局させれば、もう問題はないと考えてございますね!」
「考えてない考えてない……、君だけだ……」
ある意味平常通りのユリアを除いて、なんとなくこの場には、甘酸っぱい空気が漂うのだった。
さて、彼らの抱える事情、ハルに解決してやることは出来るのだろうか? 無論、ユリアの案以外の方法で、であることは明記しておく。




