第138話 結晶化
ハル達が砕いた遺産、古代兵器の残骸はまだまだある。それを使って二度三度と<魔力化>をかけて実験を行うが、結果はどれも同じ。
つまりは明確な法則に則って、これは空気に溶けて行ってしまっているのだ。
「黒曜、観測の結果は?」
「《芳しくありません。魔力式は観測されていないようです》」
「だよね」
「わたくしにも、無色の魔力だとしか感じられません」
「私も、特に変わった感じはしなかったわ」
魔力を感じる事に長けた現地人のアイリと、その才能が高いらしいルナにも変わった所は特に感じられないらしい。
何も見出せないのはハルの才能不足で、実は中に何か隠されたものが! ……という展開も期待できなくなってしまった。
「まあ、一つ明らかなのは、<魔力化>出来たってことは、これが間違いなく物質であるって事だね。……間違いであって欲しかったけど」
<物質化>と<魔力化>は対であり、相互に可逆性がある。
魔力にした物質は、再び<物質化>をかける事によって元と全く同じ物質へと戻る。
この神界にある見せ掛けの物質は<魔力化>をかける事が出来ず、それによって逆説的に、物質では無い事が証明可能になっていたりもした。
だが遺産の破片にはかける事が可能。科学的な観測ではどう見ても物質ではない遺産も、スキルの理屈においては間違いなく物質だと証明されてしまった。
「いや待て。可逆性が無い。不可逆だ」
「独り言はアイリちゃんにも理解できるようにお言いなさいな」
「ルナは良いの?」
「私は慣れているもの」
「幼なじみの余裕ですね!」
「そう幼くも、なかったはずよ?」
相互に可逆性がある。それがこのスキルの特徴だ。
可逆、元に戻せるという事。そのはずなのに、遺産は純粋な魔力と化して周囲に拡散してしまった。元には戻せない。
<魔力化>した物質は、その構成情報を、魔法を使うときと同じような式に置き換えられて保存される。恐らくは原子配列のようなものを写しているのだろう。
それはコピー可能であり、全く同一の物質を複製可能だ。
だがその式が構成されない。
「装甲板だから、いけないんだな。コアの回路部分でやってみよう!」
「……結果は分かっていてやってるわよね?」
「まあね。……やっぱり変わらないか。中身が単純だろうと複雑だろううと、<魔力化>すれば同じ魔力だ」
「勿体無かったのではなくって?」
「無意味であるということも、実際に確認しなきゃならない」
『もしかしたら無意味じゃないかも』、などという、それこそ無意味な希望を抱くはめになる。
「それでも、コアの内容を調べてからでも良かったのでは?」
「まだいくつかあるからね。中身も、そんなに気になるものでも無いし」
「そうなのですか?」
「うん。あの手の技術に関しては、僕らの世界の方が数段上だ。この世界で再現してるのは凄いと思うけど、より高度な物を僕らはいくらでも作れる」
「すごいですー……」
例えば歯車とバネでコンピュータを再現したような逸品があったとして、その技術に感服はすれど、同じ物を作って活用したいとは思わない。そんな所だろうか?
それからしばらく、ハルは遺産の残骸を無意味に魔力へ還元し続けるのだった。
◇
「どうだねハル。捗っているかい?」
「うん。僕の自由に使える魔力がずいぶん増えたね。あの遺産、よく分からないけど相当量の魔力に変換出来る事は分かった」
「そうだろうそうだろう。私達もこの世界を作る時、片っ端からアレを還元してリソースとして使ったものさ」
「神様のおやつだね。……またキミはさらっと重要情報を」
この世界に、ゲーム内に遺産が存在しないのは、危険物として掃除したという理由以外にも、そうした理由もあったらしい。
多量の魔力が採れる資源として、片っ端からゲーム開発費として徴収していったのだろう。
「それは興味深い話だけど、捗ってはいないね。それ以外の事については、分からず仕舞いさ」
「良いじゃあないか、そんな物の事なんて。全て魔力にしてしまいなよ」
「そういう訳にもねえ」
ひとしきり泳いで満足したのか、セレステがプールから上がって近づいてくる。水に塗れたその姿がなんだか色っぽい。
「全く、せっかく水着の私と遊べる機会だというのに、ハルは機械いじりに夢中になってしまって」
「いやそんな風に言われてもね。元々こっちが本題だったんだし」
「私のファンに知れたら、血涙流して刺されるよ?」
「怖いわ! 怖いので刺される前に」
「爆殺します!」
「ハルを刺せるプレイヤーなんて居ないでしょうね?」
「強いという事は素晴らしいね」
セレステも百年前と変わらず、変な連中に祭り上げられてしまっているようだ。そういう気質なのだろうか?
水を肌と水着から滴らせながら、ぺたりぺたりとハルの傍までゆっくりやってくる。かなり雰囲気が出ていて、どぎまぎする。
「セレステ様、お美しいですー……」
「だろう? 水も滴る良い女という奴だよ」
「またそんな風に挑発しちゃって」
セレステはハルの座る椅子まで来ると、その端へと腰を下ろし、大胆に開いた背中と腋を見せ付けるようにポーズを取る。
そうされると、胸も水着の横から少し出ているのが分かり、目のやり場に困る。
「狭いよ? セレステ」
「お姫様を乗せているからさ。さてハル? お姫様と私、どっちを取るかな?」
「あ、そういうこと言うんだ。なら選ぶ必要は無いね」
「一緒に触っちゃいます!」
「……ちょっと君達?」
ハルの上から身を乗り出したアイリと共に、挑発するセレステの体を触って行く。こういう相手は自分のペースに乗せない事が肝心だ。
提示された選択肢は、どちらを選んでも相手の手の内である。
アイリは背中をぺたぺたと。ハルは太ももをむにむにと。二人して触りまくる。
「ふおおぉぉ! セレステ様素敵ですー! お体も神々しいですー!」
「セレステはむにむにしてるんだね。……これは本体じゃないから?」
「ひゃん! ……本体と触り心地は変わらないさ。そこは個々の作りの違いだとも。……いや、カナリーと触り心地を比べないで貰えないかね!?」
「ハルさん! 今のは、『他の神と比べないでちょうだいな!』、でしょうか!」
「違いないね。乙女だねセレステ」
「違うからね!?」
「……おやめなさいな。私は何を見せられているのかしら?」
調子に乗ったハルの手がお尻の方へ、アイリの手が腋の下へと伸びて行くあたりで、隣のルナから遺産の破片が投げつけられる。
悪ふざけはここまでにしよう。
「……油断したよ。全く、ハルはこういった事に免疫が無いのではなかったかな?」
「結婚してからハルにもだいぶ免疫が付いたわ? 気をつけなさいな。あなたゲームキャラなのだし」
「手篭めにされてしまう所だったのだね。危なかった、ゲームの対処年齢が上がってしまう」
「セレステにそんな無理やりなんて不可能でしょ」
「可能だよ? ハルの命令には従うように、カナリーから言われているからね」
ハルの知らない所でそんな設定がされていたのか。かと言って行為を強要したりなどはしないが、それならば少し試してみたい事がある。
「セレステ、命令だ。この遺産の正体について説明しろ」
「それは出来ないねハル。攻略情報についてはお答えできないと言っただろう?」
「だめじゃん! 命令聞かないじゃん!」
「うむ、優先順位という物がある。聞き出したいのならば、私を完全に支配してみたまえよ」
「今の言い方も、結構えっちね?」
ルナはルナで、変な所にスイッチがあるようだった。
◇
セレステの至上命令権、つまり彼女の開発者についてもずっと気にはなっているが、そこは考えても解決はしない。
今は目の前の遺産に集中しよう。少し、分かった事もある。
「セレステの体を触っていて分かったんだけど」
「何処から着想を得ているのかしらあなたは……」
「いや、これは多分セレステなりのヒントだったんだと思う」
割と恥ずかしかったようで、再びプールの中に泳ぎに出てしまった彼女を見ながらハルは語る。
最近はハルの体は、ハルだけではなくルナやユキも時たま、肉体を持って活動している。そのため忘れていたが元々は、プレイヤーの体とは魔力だ。
魔力で織られたものが、あたかも物質であるかのように振舞っている。
「この遺産は、それに近いんだと思う。融通は利かなそうだから、プレイヤーや、神の体になる前段階の技術かな?」
「つまり、これは魔力で出来ているという事なのでしょうか?」
欠片を手の中で弄びながらアイリが疑問を呈す。実感が湧かないだろう。どう見てもプラスチックか何かの物質だ。
だが、そう考えれば説明が付く事は多い。
「可逆変換なのに魔力に溶けてしまったのは、つまりは魔力を固めて作られていたから。地球の構造解析が効かないのも、これが物質化した魔力だからと考えれば辻褄は合う」
「なぜ見えているかは?」
「それは不明」
「まあ、穴は有るけど納得できない程ではないわね?」
しかしこの理論を証明するのは簡単だ。逆をやってみればいい。
魔力を固めて<物質化>をかければ、理屈の上ではこれが作れる。成功すればこの考えは正しかった事になる。失敗したなら、何か視点が不足しているのだろう。
「じゃあやってみよう。何の構造も構成式も指定せずに、<物質化>」
「……何も起こってないわね? スキルが発動した気配はしたのだけれど」
「はい。ごっそりと周囲の魔力が無くなっています」
「起こってるよ。成功」
「?? 何も無いわ?」
いや、確かにあった。小さすぎて見えないだけだ。
ハルの手の中に、砂粒ほどの小さな球が生成されている。手の上の魔力を、ビーチボール程度の大きさで消費したにも関わらずこれである。
落とさないように細心の注意で、それを二人に渡して行く。
「……小さいですー」
「小さすぎるわね……」
「燃費が悪いにも程がある。古代人はよくこんな物で兵器なんか作ろうと思ったね」
「あの大きさの物を作ろうと思ったら、消費魔力はどうなるの?」
「高性能ロボが百体は余裕で作れるよ」
「それは、また……」
無論、高性能の部分はハルが地球の知識を持っているためだが、性能を抜きにしても無駄で無意味だ。
回路は魔力に頼るのは仕方ないとしても、鋼鉄を大量に<物質化>して、それで装甲板を張れば良いことだ。魔力の装甲板は脆く、しかも高コスト。兵器としてありえない設計思想だった。
「昔の人は、<物質化>が使えなかったのかも知れませんね。いえ、今のわたくし達も、使えませんが、えへへ……」
「なら、何で魔力を固められたんだ、って話なんだよなあ。うーん」
「そこが謎になるわよね?」
「<魔力の結晶化>みたいに、限定的な技術だったのかも知れません!」
「そうかもね。ちょうどいい、結晶化って呼ぼうか」
「やりました!」
魔力の物質化、改め結晶化だけを行えるようになったのが、古代人だったのかも知れない。
その、何であれ自由に形作れる技術に彼らは魅了された。そして“その先”を、既存の物質ですら自由に作り出せる事までたどり着かないまま、滅びを迎えた。
ハルとはちょうど逆だ。ハルも、<物質化>ではなく、例えば<結晶化>のようなスキルを先に習得していたら、便利がってそればかり使っていたのだろうか?
便利がるあまり、その先の<物質化>へとたどり着くこと無く。そんな想像をすると、少し恐ろしい。
ハルの不安を察したアイリが身を寄せてくる。彼女の体は温かい。その温度を感じられる自分の体も、また温かいのだろう。
その体で触れ合えている事を嬉しく思う。
「……何を不安がってるのか知らないけれど、あなたは古代人のようにはならないわ」
「まいったね、また二人して人の心読んじゃって」
「丸わかりよ? まあ、どうして滅びたのかはともかく、彼らの街が姿かたちも無く消え去っていたのには、説明が付いたわね」
「なるほど! 何から何まで、魔力で作っていたのですね!」
「だろうね。壮大な無駄遣いだ。経年劣化で空気に溶けたか、神様に徴収されたか、それで消え去ったんだろう」
「本当に、何一つ無かったですものね。あ、ティーカップがあったのでした!」
「あれは、高級品だったんだろうねえ」
何から何まで魔力で作れる時代。物質としての形を持つ物は逆に高級品となる。そんな時代背景がありありと想像できた。
ちょうど、今のハルの生きる時代のようだ。多くの物がエーテル技術によって生成可能な現代。一品物が価値を持ち高騰する。
この世界に存在したであろう彼らのように、滅びの道を辿らないように注意しなければならないのだろう。
ハルは手の中に結晶化された砂粒を見ながら、そんな想いを胸に抱くのだった。




