第1378話 力を一つに!
遅くなり申し訳ありません!
ハルの魔法の直撃にも耐えうる、ゼクスの驚異的なステータス。これは、彼が元々備えているものとは考えにくい。
とはいえ、後方に控えるキョウカのスキルによって増強されたにしても、この伸び幅は異常だ。
ハルも味方強化の魔法は使えはするが、これほどの身体能力を発揮するレベルでの増強は難しい。
もちろん、何か専門の方向性に特化したスキルに伸ばし、ハルの修めていない上位スキルを習得しているのだろうとは思う。
しかし、だとしてもこの力、なにかカラクリがあるのだと考える方がシステム上しっくりくる。
「……まさか、名前がキョウカちゃんだから強化が得意に!?」
「そ、それはただの偶然です。はい!」
「ズッコケさすなダジャレ魔王! くそっ、まさか今のも計算なのか!?」
……馬鹿なことを言っていないで真面目に考えよう。
しかし、引っかけのようで悪いが、今の反応でキョウカが強化していることが確定となった。ツッコまざるを得ないボケを放つことで、答えを引き出す高等テクである。嘘である。
「となると、考えられるのは莫大なコスト消費か」
一応、<天剣>の例を考えればノーコストで支援をかけられるという可能性もなくはない。あれはただ剣を振るだけで超威力の斬撃が放てる反則スキルだ。
しかし、それを振るうヤマト本人の腕がなければあくまで『便利な攻撃』止まり。
やはり、キョウカは何らかのコスト消費を行ってスキルを行使していると見た方が自然だとハルは判断した。
「人数、かな? 周囲の味方の人数に応じて、強化量もまた増えていく。だろう?」
「ひうっ!」
分かりやすい表情変化から反応を読むようで申し訳ないが、キョウカのその反応が答えだった。
先陣を張りつつも、後方で待機している帝国兵達にぴったりと張り付くような立ち位置、その性格ゆえかとも思ったが、スキル条件と思えばしっくりくる。後ろの彼らが、一切手出しをしようとしないのも納得だ。
最初は精鋭の足手纏いにならないようにしているか、巻き添えを避けるためにバリア内に閉じこもっているのかとも思ったが、そういう条件と考えれば納得である。
彼らはバリアの宝珠にエネルギーを送るのと同じように、キョウカへ力を集中させる役目をしている。そう考えて良いだろう。
「その為の軍勢、その為の大軍団か。数だけ揃えてどうする気かと思っていたが、なるほどなるほど」
「ああっ! 今俺らが雑魚扱いされた気がする!」
「しょーがねーだろ雑魚なんだから実際!」
「諦めんなよ!」
「しっ! 静かにしてろ!」
「こっち見ただろ……」
「きゃー! こっち見てー!」
「……それはなにか違う」
「目線を合わせるんじゃないぞ」
「目が合ったら死んじゃう!」
「いやそんなスキルは持っていないが……」
もちろん、道化を気取っている彼らの中にもまだ隠し玉となる存在は紛れているのだろう。
ただ今は、ゼクスとキョウカのコンボ、そして気配と姿を消し潜む<隠密>のユリアの三人でどこまでやれるか、それを見極めるつもりのようだ。
「……とはいえ、君らもただ見ているだけでは退屈だろう。どれ、せっかくだから参加させてあげようか」
「させるかっ……!」
何を足場としているやら、空中を自在に蹴って『ニンスパ』の縦横無尽の軌道を再現しハルを攻撃し続けていたゼクスが、ハルの変化を察知し飛びのく。
キョウカを、そしてその後ろの兵士を守るように、剣を構え立ちはだかる様はまさしく勇者。勇気ある者が弱者を守る覚悟が見て取れる。
だが、そんな彼もその身は一つ。手にする剣のみで、全てを守ることなど出来ようものか。
ハルは少年の覚悟を嘲笑うかのように、複数の魔法を同時発動し、吸収効果を発動させてより強大な魔法と化した。
「では魔王らしく暗黒属性でいこうか。そうだね、漆黒の剣の雨、これらを全て、犠牲を出さずに乗り切れるかな?」
「くっ……!」
「邪悪なのは属性じゃなくてその発想だー!」
「民間人を狙うな魔王ー!」
「俺ら軍人だけどー!」
「なんてひきょうな!」
「ひ弱なモブなんです許してください!」
「バリアにもっと力を込めろ!」
「いやキョウカちゃんじゃない?」
「でもゼクスじゃちょっと不安というか」
「ハルさんの言う通り剣一本じゃなぁ……」
「お前らもっとオレを信用しろよ! ってか死んでも恨みっこなしでこの仕事してんだろ!?」
「君も大変そうだねえ」
「アンタが言うなっっ!!」
この少年、ツッコミ体質である。ツッコミ体質がハルの前に立つと、苦労する。
とはいえ面白おかしくいたぶる気もなければ、手を抜いてやる気もないハルだ。生み出した暗黒属性の剣の群れを、広範囲に向けて発射する。
解き放たれた刃の雨は、バリアの傘に次々と食い込んでいく。
今のところ阻めてはいるが、眼前に突き込まれる魔法の剣に、帝国軍人プレイヤー達の顔は引きつっていった。
「ゼクス、長くは持ちそうにないぞ」
「分かってる! なんとかするから、力集めろ!」
自前の剣で、キョウカを狙い飛んで来る漆黒の剣を叩き落としていたゼクスだが、ここで覚悟を決めたようだ。
全身に仲間達から集めた力をオーラとしみなぎらせ、ハルの第二射に向けて備え、構える。
居合のような構えで腰を落としたポーズは、ハルもよく知るニンスパのモーション。
「来いっ!!」
「いいだろう。防いでみせなよゼクス君」
ハルが解放した第二射、勢いを増した剣の豪雨が彼らを襲う。その雨が到達するより早く、いやその弾速よりなお速く、彼は稲妻が走るがごとく軌道で宙を舞った。
振りぬいた剣は魔法の刃を纏めて薙ぎ払い、彼方へと吹き飛ばす。そうかと思えば、彼は既にその場におらず、次の魔弾へと横から追いつく。
振り払い、切り飛ばし、時には直接それらを足蹴にし、放たれる傍から弾いていった。
驚くべきことにその攻撃経路は、『ハルならそうする』といった最適な攻略パターンとほぼ一致していた。
さすがに完璧な最適解とはいかないが、それでも文句なしに及第点を与えられる、効率化されつくした移動経路だ。
「やはりその反応速度、人間を超えているね少年」
「だからっ! アンタが! 言うなっ!!」
「ニンスパのアシスト機能も無いこの世界で、いったいどうやってその動きを?」
「はぁっ!? スキルの、効果! だろうがっ! ……アンタも一枚噛んでるんじゃないのかこのゲーム?」
「いいや。知らないんだよねえ。少なくとも、ニンスパのシステムを使うことは許可してないよ」
「……あっそ。てっきり、だから魔王なんか名乗ってラスボス役をやるのかと思った」
「そこまで悪趣味じゃないよ。これは単に目立つから、通りがいいから名乗ってるだけさ」
ついでに言えば、アイリの趣味に乗っただけのことである。まあ、ハル自身も魔王ロールは好きな方だが。
恐るべきことに、高速で射出された剣状の弾丸を、それ以上の速度で飛び回りすべて撃ち落としたゼクスは、一息つきながらそう語る。
彼はどうやら、そのスキル内容からハルこそ黒幕なのではないかと疑っていたようだ。
ハルがニンスパのハイレベルプレイヤーであり、その基幹システムの開発者でもあることは知る人ならば知る事実。同じ技術が使われていれば、そう感じてしまうことに無理はない。
ただ当然、ハルがそれを許可した覚えはなく、恐らくはアメジストのスキルシステム同様、無断使用の形で取り込まれた物だろう。
「……ふむ? 少しずつだけど、このゲームのスキルについても見えてきた気がするよ。僕のシステムを使った事、裏目に出ないといいけどね?」
「なにをぶつくさ言ってる。もうお終いか? ああっ!?」
「いやもちろん、いくらでも、おかわりを用意しようとも」
「余計な挑発すんなー!」
「次こそ死ぬだろ!?」
「処理しきれなかったら俺らが死ぬんだぞ!」
「やれんのか? やれんだな!?」
「無理はいけません。もうちょっと足にきているのでしょう」
「維持張っちゃってー、少年ー、このこのー」
「ゼクスが次にトチるに10ゴールドー」
「じゃあ次の次に10ゴールドー」
「あーうっせぇ! 静かに守られてろこのエネルギーども!」
そうして騒がしくも軽すぎる命を救うため、守り甲斐のないゼクスの孤独な戦いは続くのだった。
*
「なんだっ、この軌道……っ」
「僕の魔法は今ちょっと暴走状態でね。さっきまでは抑えてたけど、ここからはむしろ派手に暴れさせていくよ」
「はた迷惑なっ! ずっと抑えとけよっ……!」
三度ハルが発射した剣の雨は、内部の『属性中毒』の影響を受けて暴れ狂い、不規則に飛び回る剣の暴風雨となる。
曲がり、うねりながらも殺意をもって目標へ突進する誘導ミサイルのようなそれらを、それでもゼクスは空を蹴り反射するように飛び回りながら、なんとか後方へ通さぬよう捌いていった。
「ぬわー!」
「ぐえー」
「死んだぁー!」
「言ってる時点で死んでないやーつ」
「でも今にも死にそう」
「死人が出たら前に詰めろよー」
「緊張感ないね君ら……」
集団の距離が空きすぎると、きっとキョウカのスキルの判定から外れてしまうのだろう。出来るだけ前の方との、間隔を詰めてお並びください。
そんな感じで魔法の犠牲者が出るたび、緊張感なくぞろぞろと隊列を組み直す帝国兵達。彼らは既に、ゼクスの勝利を諦めてしまったようだ。
少し可哀そうだが、それも仕方のないことかも知れない。彼は既に、完全に防戦一方。もうハルの死角を侵略するどころか、近づくことさえ出来ずにいた。
「そこそこ防いだか。じゃあ、今度はこれはどうだい?」
「やろっ、広範囲で、二方向に……!」
ハルは魔法を二種類に分け、今度は中央を避けて面で放つ。
漆黒の剣を降らせる魔法は、凶悪ではあれどまだ剣で対処しやすかった部類。しかし今回ハルが放ったのは、吸収方向を左右に分岐させて、火と風属性を終点とした範囲魔法。
ゼクスは必死に飛び回り魔法をかき乱すも、やはり剣で切り裂くのは容易ではなく、多くを後ろへ逃してしまう。
二つに分けた上に範囲に分散しているせいで、バリアの貫通は成らなかったが、それでもエネルギーは大きく削り取られ、ついには最前列を守るバリアが消滅してしまった。
そこからは、崩れるのはあっという間だ。
バリアが切れれば、魔法が直接兵士に通る。兵士が魔法に倒れれば、キョウカが束ねる力もその分目減りする。そして強化スキルが弱まれば、ゼクスの動きも更に落ちていく悪循環。
「勝負あったね。さて、このままじわじわと兵力の方を削っていくのも趣味が悪い。一気に君本体を叩いて決めてしまおうか」
「いえ、決めるのは、こちらの方でございます」
だがここで、ゼクスの他にハルの死角を侵略する影がもう一つ。今までずっと<隠密>し潜んでいた、ユリアの完璧な奇襲であった。




