第1377話 竜殺しの英雄と竜滅ぼしの魔王
人垣を割り開いて大仰にハルの前に登場したのはメイド姿のユリアだけではなく、三人。
中央に生意気そうに自信ありげな表情を張り付けた少年を配置し、その両脇に、一歩下がる形でユリアと、もう一人小柄でおどおどとした少女を添えていた。
いや、これは彼女らが一歩下がっているというより、少年が一歩突出しているのだろうか。その自信が態度にも表れていた。
「はじめまして魔王ハル。ゼクスだ。言うなればお前を倒す、魔王討伐の勇者ってところかな?」
「ハルだよ。よろしく。これはまた、大きく出たものだね」
親指をぐっと胸に押し当て、自らの存在を大きくアピールする。ただ、そんなゼクス君だが、申し訳ないがハルを打倒するレベルのプレイヤーであるようには見えない。
ハルはアイリと違い<鑑定>を扱えないが、それでも単純なレベルだけなら参照できる。それを見る限り、ハルどころか、両脇の女子二人にも及んでいないように感じられる。
まあ、このゲームはレベルは飾りのようなもので、重要なのはスキルとそれを扱う技術。
くれぐれも、見た目で油断などしないように気を付けなければと、ハルは無意識にナメそうになる自分に気合を入れなおした。
「ユリアは、昨日会ったね」
「はい。お久しぶりでございます」
「いや昨日会ったと言うておるに……」
「き、昨日ぶり? でございます」
「それで、そっちの君は?」
「ひうっ!?」
「……おっと。驚かせちゃったかな」
「いっ、いえっ!!」
「無理すんなキョウカ。悪いな、人見知りなんだこいつ」
「いや、構わないよ。すまなかったね」
おどおどと、なるべくゼクスの後ろに隠れ視線を切ろうとするキョウカと呼ばれた女の子だが、群衆の中に逃げ込むことはしない。
あくまで、代表として戦うつもり、いや、これはハルの勘でしかないが、このキョウカという少女こそが彼らの中で最も戦力として優秀、そんな印象を受けていた。
「ここでアンタを仕留め、その珠をいただく」
「ふーん? これを手に入れると、何かいいことがあるの? 持ってるだけで力を吸われる、疫病神めいたアイテムだけど」
「はっ? そうなの!?」
「……なるほど。馬鹿には詳細を伝えないことで、情報の漏洩を防ぐ手か。よく考えられている」
「誰がバカだてめぇ!」
「実際、知っていたら喋っていたでございます」
直情型のゼクスから、流れで情報を引き出そうとしたハルだが、それは失敗に終わった。知らない知識はどうあがいても引き出せはしない。
どうやら竜宝玉を奪おうとしている帝国軍だが、今のところその理由は不明。
重要そうなアイテムだからとりあえず取ろうとしているだけなのか。それとも、何かしらの活用方法を見つけたのか。
後者であればハルもまだ知らぬ情報で、龍脈通信にも流れていない。ごく一部の重要人物しか詳細を知らぬのだろう。とりあえず今は後回しだ。
「……それで、君が僕を倒すって? 君一人が、一軍に匹敵する強さだとでも?」
「おーよ」
ハルとゼクスたちが話しているその間に、吹き飛ばされ瓦解した先頭部隊は後方で健在のバリアの内へと退避して行った。
その後方の彼らも彼らで、そのバリアの中から出て三人に加勢する様子は見られない。
どうやら本当に、この三人だけに戦いを任せるつもりらしい。実際にそれだけの実力があるということか。
恐らくは今回は様子見も含んでおり、温存している実力者も中には居ると考えられるが、それでもゼクスは、先鋒を任せるだけの信頼に値する存在ということだ。
「なにせ俺は、竜骸の地のドラゴンを一匹ぶっ殺してるからな」
「……へえ。それは凄い」
「凄いと思ってねーだろアンタ。何匹倒してんだよそう言うアンタは」
「いや。何匹も倒してるからこそ、凄いと心から思ってるよ」
「……へへっ、まあなっ」
褒められて、鼻をこするように照れるゼクスだが、これはお世辞抜きに凄いと思っているハルだ。
無論、他者のサポートや、弱体化が効いた結果ではあるだろうが、それでもあれらは十分に強大な存在。
それを蹴散らしたとなれば、この彼の自信も言うだけの事はあるというものだ。
「それじゃあ、君も一つは竜宝玉を持っているのか」
「……あー、いや。……それはな? 倒してすぐ、国の役人っぽい奴が回収していったから、わかんね」
「悲しすぎる。働き損じゃないか。そんなトコ辞めてうちに来ない?」
「さらっと敵を勧誘してんじゃねーよ。どういうことだよ。あー、いいんだよ納得して戦ってんだから……」
雇われ勇者は辛いものである。戦闘で得た成果は全て、国の物。
そんな境遇に、ゼクスも心の底から納得している訳ではなさそうだが、表立って不満をぶちまける程の憤りを感じているというレベルにもないらしい。
概ね、皇帝の方針には納得している、という信念のようなものが感じられる。
そのことを語る際、ちらり、と後ろのキョウカを無意識に見やったことが、何かしら関係していそうだ。
「って訳で、お喋りはここまでだ。アンタも同じように、ぶっ殺してやんよ」
*
戦闘開始の宣言と共に、三人のうち二人が消えた。
ゼクスとユリアの姿が一瞬でかき消え、ハルの視界にはキョウカだけが残される。
そんなキョウカにハルが目を向けると、『ひっ!』、と怯えた目で見られてしまうが、彼女もその場を退くことはない。
「敵の死角を奪う、超高速移動か」
「何で分かったぁーー!!」
ハルがそんな残ったキョウカをターゲットにし攻撃を加えるより早く、首筋を狙った剣の煌めきが視界の端をかすめる。
完全に死角から襲ってきたその一撃を、ハルは片手で雑に竜宝玉の一つを掴むと、それを盾代わりに割り込ませた。
「そしてユリア。<隠密>状態であっても、あまり雑に近づきすぎると死ぬよ?」
ハルがそんなゼクスの奇襲を捌いた瞬間に、消えたもう一人のプレイヤーであるユリアが、こちらは姿を消したまま接近してきた。
その位置に合わせ、ハルは見えぬままに炸裂する魔法を叩き込む。
ゼクスと違い大胆すぎる踏み込みをする思い切りは出来なかったようで、それが幸いし間一髪で、彼女は回避が間に合ったようだ。
「ご、ご忠告、かたじけなく、にございます……」
「かたじけのうござる?」
「か、かたじけのうござる! ……それは違いますよね!?」
「何言ってんだお前ら!?」
ハルとユリアが遊んでいる間にも、ゼクスの超高速の剣閃が次々とハルに迫る。
こちらは姿を現したままだが、見えていても回避に困るスピード。射程以外では、あの<天剣>のヤマトすら上回っていた。
ハルはもちろんそちらにも迎撃の魔法を放っているが、それも全てが躱されている。
しかもこちらは偶然の回避ではなく、超スピードと的確過ぎる反射神経により、見てからの回避をされていた。
そして避け切れずに時おり直撃もしているのだが、それでも不可解なことにまるでダメージがないように構わず突っ込んで来るところだ。
ハルもまたその超高速の剣を全て、寸前で竜宝玉を滑り込ませることで完璧に防ぎきっていた。
「うん。便利だね竜宝玉。絶対に壊れないってのはなんとも扱いやすい。<天剣>相手の時に欲しかったなあコレ」
「だから、なんで防げんだよそんなに余裕でっ! 人間の反射神経じゃねーだろ!」
「まあ、確かに見てから回避するのでは人間の限界を超えている速度だ。でも、君のその動きにはどうにも見覚えがあってね。というより、体に馴染んでいる」
「……チッ」
一旦、ゼクスは死角を超スピードで動き回るのを止めてハルの正面に戻って来る。その際にさりげなくキョウカとの間に割り込むのがいじらしい。
そんな彼の、死角を浸食し飛び回るあの動き、どう見ても『ニンスパ』のそれだった。馴染みがある、というより、設計したのはハルである。
「ニンスパが好きなのかな?」
「ああ、めっちゃやってるよ今でも。流石は“あの”ハルさんってことか。ワンチャン開発者チートかと思ったけど、やっぱ本人が化け物だった」
「ご愛好どうも」
やはりというべきか、ハルが初期に開発協力しルナが運営していたアクションゲーム、ニンスパに影響を受けたプレイヤーのようだった。
しかし、それは分かったとはいえ解せないことがいくつかある。
一つは、あのゲームの動きは、ニンスパのシステムに搭載されたアシスト機能あってのものだということ。個人の能力のみで、あれを再現できるのはハルとユキくらいだ。
このゲームにはアシストが無いのは、今彼が語った通り。恩恵を受けずに再現できるリアル化け物なのは、ゼクスもまた同じ。
しかし、彼の語り口からは、自身はハルと同じレベルには至っていないという実感がこもっているように感じられたハルだ。そこが矛盾する。
そしてもう一つ分からないのが、その動きを再現する彼の身体能力が高すぎること。
仮に、ニンスパの動きを完全に再現するスキルなどがあったとしても、果たして身体能力までも上昇させるだろうか?
あのヤマトの<天剣>ですら、素のステータスには影響を及ぼしていなかった。
「……このゲームのスキル、色々と穴はあるがバランスの取り方はしっかりしている。一つのみで万能というのはありえない」
「アンタが言う?」
「説得力ないでございます」
「……万能というのはありえない」
「お、おう。強情だな……」
穴があることと、基本がしっかりしているのは両立するのだ。ハルはただ、少々その穴を突いているだけなのだ。
「となると、君のスキルは単にニンスパの再現。それを補助する強力な身体強化スキルを発動しているのが、後ろの彼女ということか」




