第1376話 再びの人間砲弾
作者体調不良のため短めです。ご迷惑をおかけします。
いくつかの竜宝玉を手繰り寄せ、手の内に抱えるハル。
そのままの状態で出歩く訳にもいかないので、魔法で自らの体の周りに浮遊させ、衛星のように周回させた。
不規則なリズムで回転するそれらが、逆に様になっているようにも感じる。
「おお。なんかラスボスがよく身に纏ってるやつ!」
「ハルさんを倒す時は、まずそのオーブからやっつけないといけないのです!」
「じゃあ、僕は決して倒せないね。この宝珠は破壊不可能だから」
「はい! ハルさんは、無敵なのです!」
まあ、実際はハル本体から攻撃しても普通に倒せるのだが、それはそれとしてハルも倒されるつもりはない。
期せずして魔王スタイルとなったハルが宝珠を身に着けたことで、そこに消費していた分のエネルギーが浮いた形となった。
「これで平気そうかい、ユキ?」
「あー、うん。だいじょぶそ。ハル君はどーなんよ逆に。そんなに持って」
「今のところは問題ないね。ただ、魔法自体を食らわれるから、こうして浮かべるのも一苦労だけど」
餌として与えた魔力だけにとどまらず、浮遊させるためにかけた魔法それ自体を珠に吸収されてしまうので、きれいに浮かべるにも一苦労だ。
加えてハルは、『属性中毒』によって魔法が暴走気味なので、それもあって微妙に軌道が安定しない。その不気味さが、魔王らしいということにしておこう。
「それを持ち出して、戦場に天変地異を起こすんですねー?」
「どうかな。そう簡単に発生するとは思えないけど。まあなんというか、コイツを戦場に置いた時の反応が色々と知りたい」
「まだまだ謎ですからねー」
竜骸の地に配置されていたドラゴンは全て倒されたが、続くイベントに関してエリクシルからまだ通達はない。
となれば、この宝珠に関わるあれこれ自体が、新たなイベントそのものであると考えられる。
となれば戦争よりもハルはこのアイテムを、優先的に調べるべき。
とはいえ攻め込まれているのを無視もできず。ならば、それらを同時に処理する為の最善の策が、戦場に宝珠を持ち出すというこの手なのだった。
「《でも気を付けてねー。持ってくってことは、<窃盗>のチャンスだってことでもあるんだし》」
「ああ。気を付けるよ。ただ、盗られたらまあその時はその時かな」
「《おいおい。余裕すぎんよーハル君それは》」
「そうでもないさ。コレは、アイテム欄に収納できないのは敵も同じだし。盗った相手をすぐに殺してその場で取り返せばいい」
「《物騒な話ねぇ……》」
ハルは一人出撃のため、世界樹飛行場に新たに作られた区画へと入って行く。
この場合は逆に、盗られて困るのはむしろ通常アイテムの区分である魔道具の方だ。なので、いつものようにメテオバーストに乗っての出撃は行えない。
スキル、<窃盗>の効果はアイテム欄の内部にまで及び、格納したメテオバーストのパーツもスリ盗られる危険性があるのだ。
それに限らず独占品は温存し、敵の手に渡らぬようにせねばならない。一つでも渡れば、ユリアの<変身>によって自由に複製されてしまう。
よって、ハルの出撃は、今より入る筒状の装置によって行われる。
世界樹の上を移動するために取り付けられた昇降装置、『樹道エレベータ』にも似たその狭い密閉された小部屋を見て、一瞬で察する者も多いだろう。
そう、これはカタパルト、あるいはマスドライバー、もっと乱暴な言い方をすれば、『人間大砲』なのだった。
「ユキ、悪いけどこっちの照準もよろしく」
「《あいさー。広域殲滅用戦術機ハル、発艦よろしー》」
「機でも艦でもないけどね」
「《細かいことは気にするな! それに、そもそも改めて照準する必要ないよね。どうせ行き着く先は同じなんだし。という訳でいってこーいっ!》」
このカタパルトの構造は至極単純。『高・射・砲』と同様の魔導砲の上に、ただ人が入る用の箱を置いただけである。
世界樹の拠点からは、こうして兵士が送り出されるのは運命なのか。以前の地下鉄マスドライバーを思い出すハルだ。
まあ、設計者が同じなので、同じ趣味のもとシステム構築されたので当然ではあった。
そんな再びの人間砲台が、今度はハルを乗せて勢いよく射出されていったのだった。
*
まるで巨大な砲弾のような、先端が抵抗低減形となったカプセルに入りハルは飛ぶ。その旅はほんの一瞬のことだ。戦場はもう目と鼻の先。
旅の終点は魔導砲の弾と同じく、侵攻してきた歩兵の真上。そのバリアに触れる直前に、外壁が自動で分離し内部の人型戦闘機、もといハルが、敵兵の視線を一瞬で釘付けにすることとなった。
「……!! は、ハルだ!」
「ハルさん本人が攻めてきたぞ!!」
「や、やばい……!」
「いや、逆にチャンス……!」
「そうだ、チャンスだろうが!」
「敵将の首が目の前だぞ!!」
「その意気やよし。だが、こんなシールドに守られたままじゃ、僕の首まで届かないだろう? 邪魔そうだから、取っ払ってあげるよ」
ハルは乗ってきた砲弾、いやポッドの破片を魔法で集めて持ち上げると、それを勢いよくバリアに向けて降下させる。
まるで落下する隕石のように赤熱するその様子は、空気ではなくバリアと干渉し装甲板が溶解する際の輝きだ。
そんな鉄板が完全に蒸発して消えるその前に、それはバリアを貫通して地上の兵士の頭の上へと高速で落下していくのだった。
「うわっ! バリアが!」
「何人か死んだ!!」
「落ち着け、バリアが切れた訳じゃない!」
「宝珠に込める力を緩めるな!」
だがそんな彼らの努力もむなしく、ハルの攻撃と彼らの動揺にて薄れたバリアにユキからの追撃が突き刺さる。
竜宝玉による制限の一部が取り払われて、リソースに余裕を取り戻したその砲撃の雨。それはバリアの余力を奪い取り、ぱちり、としゃぼん玉が割れるようにあっけなくドーム状のフィールドを霧散させた。
「さて、ご対面だ」
「バリアが!!」
「だから落ち着け。慌てず次の宝珠を取り出すんだ」
「でもそれだと魔王が!」
「ハルさんが中に入っちゃいますよ!?」
「構わない! 今は砲弾を防ぐことだけを考えろ!」
「おや。僕は脅威ではないと。ずいぶんと余裕なものだ」
ハルは地上へと降下していく際に、ゆったりと軽い調子で腕を振る。それに合わせて魔法が発動され、熱波を伴った烈風の朱い刃が、周囲一帯を薙ぎ払った。
次のバリアの宝珠を取り出していた兵士も、それに力を注ごうとしていた次の兵士も、その灼熱の刃に触れて一瞬で死亡、夢の世界からログアウトしていった。
今ごろ、悪夢にうなされたように自宅のベッドで飛び起きているのかも知れない。
そんな火属性と風属性の混合魔法は、その一発だけで展開していた部隊を半壊、奥の方に展開されていた次のバリアの壁にぶつかって、ようやく勢いを停止した。
「あ、悪魔め……」
「どうすんだよこんな奴……」
「勝てるのか!? 本当に!?」
「勝つ必要はない! 少しでも消耗させるんだ!」
「…………消耗するの?」
「……わからん!」
消耗などしない。少なくともこの程度では。
体力増強アイテム、『世界樹の吐息』により強化された、強化されすぎたMPは、適当に消費するだけでご覧の通りの威力を生み出す。
更に、この場はハルのホームグラウンド。龍脈より吸い上げる力はその消費をすぐに補い、アイテム無しでも容易に完全回復を実現してみせる。
彼らには悪いが、ハルが出た時点で負けなどない。
……ただ、毎日毎日こうしてハルが出張るとなると、さすがに少々面倒ではある。そういう意味では、彼らの進軍には実に意味があるといえた。嫌がらせとして。
「いいえ。勝機はございます。その周囲に浮かぶ竜宝玉。それらを一つでも、頂いてしまえばいいのでございます」
そんな絶体絶命の彼らを鼓舞するかのように、聞き覚えのある声が戦場に響く。これはユリアのものだろう。
彼女と、さらに幾人かの男女が、人の海を左右に割り開くように、隊列の奥から姿を現す。
どうやら、帝国軍の切り札、彼らの中の精鋭達が、ここでハルへと挑んで来るようだった。




