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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1375話 外から来る敵と内に潜む敵

 ユキが先遣隊せんけんたいの精鋭部隊を牽制けんせいしつつ徐々に各個撃破している間に、後方からは大規模な本隊が到着する。

 さすがにその数は圧巻であり、大地を埋め尽くすとはこのことかと、空から見下ろすハルは感じる。


 その本隊が射程に入り、ユキはターゲットの選定を迫られることとなった。


「どうするーハル君。って、やっぱ後ろを吹っ飛ばすのが優先だよねー」

「まあ、そうなるね。というか本来、個人を各個撃破する為の砲じゃあないしね……」

「あいさー」


 ユキの狙いから許され、その役を後方の味方部隊に取って代わってもらった特殊部隊達がほっと息をつくのが龍脈越しに見える。

 これで彼らは、命がけの弾幕シューティングゲームから抜け出すことが出来た訳だ。


 しかし、彼らの試練が完全に終わった訳ではない。この先に進もうとすれば、結局どこも難所ばかり。

 セレステやソフィーとの遭遇戦エンカウント。凶悪なモンスターの配置された魔物の領域たる地名の所以ゆえん。城を守る為に更に増えていく魔道具兵器の数々。

 最終的には、自ら本隊と合流する、なんて事にもなりかねなかった。


「よーしっ。派手に吹っ飛ばすぞー。一撃で十人、いや二十人はお陀仏だぶつだー」

「そう上手くいくといいけどね」

「なにさハル君。敵の味方かー? まあ見てなって。このユキさんの手に掛かれば、どんな大軍であろうともアリの群れを踏みつぶすがごとしよ!」

「これは……、フラグ、なのです……! わたくしにも、わかります!」

「アリって案外硬いわよ? 踏みに行ったところで、大して潰せてませんでした、なんてオチね?」

「えっ!? ルナちーアリの群れを潰して回るような子供時代だったの!? お嬢様の抱える心の闇ってやつ!?」

抑圧よくあつされた衝動が向かう、破壊性の発露はつろですねー」

「そういう訳じゃないわよ、もう! ユキが言い出したんでしょう!」

「あはは。すまぬすまぬ。というわけで、吹っ飛ばせー!」


 ここからは地を這う虫以上に小さく見える敵部隊に狙いをつけ、ユキは世界樹からの砲撃を連射する。

 あれだけ居れば、狙わずとも当たる。あとはどれだけ効率よく、敵軍を殲滅せんめつしゲームセットに持ち込めるか。そんな勢いのユキであったが。


「なぬっ!?」

「まあ、こうなるよね」

「防がれてしまいました!」


 着弾する砲撃はバリアのようなフィールドに守られ、敵兵の元へは届かない。しくもルナの言ったように、踏みつけられたアリは全て無傷で生還してしまったのだった。


「やるなルナちー……。わんぱく少女の知見、おそるべしだ……」

「そうね? こう見えて、子供の頃は山奥の森に、果敢に分けって行ったものよ?」

「おお! それは、ハルさんとの出会いのエピソードなのです! ユキさんは、どうでした? 子供のころから、元気いっぱいだったのでしょうか!」

「いんや? ゲームしてる時以外は、マトモにコミュニケーションも取れない引きこもりのド根暗だった。家の中に居るからアリと出会わなかったさ。アイリちゃんは? 虫つぶしてた?」

「わたくしは、そもそも虫が苦手ですので!」

「みんなの子供時代も興味深いね。でもそれより今は、あれをどうする?」

「おっと。生意気なバリアだね」


 砲弾の雨を防ぐバリアが、複数枚展開されすっぽりと敵軍を覆っている。

 ドーム状の傘となったそれは、毎度おなじみになった遺跡から採れる防御宝珠だ。


 当然、帝国軍もそれを確保している。そのことは、帝都に設置された防衛機構を見た時から分かっていたこと。


「あんなに何枚も展開してー。ここぞとばかり財力を見せつけてきおってからに。シノさんが泣くぞー?」

「しかし、あれは消耗品よね? シノのことを言うならば、こうして物資を消費させていけば、いずれ戦線を維持できなくなるのでなくて? 確か、士気もトップが思うほど持たないという話だったわよね?」

「いや、今回に限ってはそう単純な話じゃない。まず単純に国力差がある」


 ハルにとってお隣さんであるシノの国との戦争の際、ハルは無限に物資と士気が維持できる訳ではないと語った。

 しかし、帝国はシノの国よりも強大であり、しかも本土を直接脅威にさらされないという大きな利点がある。


 物資に関しても、先述の通り今はマーケット機能を介しての受け渡しが可能になっており、ついでにいえば後続の輸送艦が既に補給のため出航している。


 そして何より、士気に関しては一概に、先の戦いとは比べられない点が存在するのであった。


「大義名分、ですね? お遊びに近いなんとなくの戦争、ではなく、明確に勝利の先にある理想が存在する聖戦、ということになるのでしょうか」

「そうだねアイリ。今回は単にゲームのギルド戦、ではなくて、この世界の行く末をかけた聖戦になる」

「気取ってんねー。結局ゲームはゲームじゃん!」

「……彼らは、そう考えていない。いえ、ここをもう一つの現実にして、いずれは現実リアルにも影響を及ぼしていく、というのがその理想だったわね?」

絵空事えそらごとですねー。でも、それを信じちゃってる国民もいるとー」


 そんな『信者』がどの程度の割合なのかは分からない。しかし、ただの遊びなギルドバトルと、いずれ現実に利になると信じた聖戦ではモチベーションが段違いだ。

 なので以前のように、『数度全滅させればもう士気と物資が維持できなくなる』と単純に語れはしなかった。


「とはいえ、撃退できればそれだけ消耗させられるのは間違いない。モチベの低い者から徐々に脱落していき、それは『信仰心』を揺るがす結果にもなるだろうさ」

「勝たせてくれない神に、用はないですからねー」

「カナリーちゃんが言うととんだブラックジョークになるね……」


 何だかんだ言ったが、彼らの中にも単に『ギルドバトル』の感覚で参加している者も多いはずだ。

 そうした者は、戦いが長引けば飽きや失望、ゲームとはいえ死の恐怖などから戦意を喪失する者も出てくる。

 そうした瞬間に、その心の隙間にどう忍び込んで、どう敵軍を切り崩していくか。それがこの戦いの鍵になるのだろうか?


「あのー、ハル君? 敵軍の物資も重要だけどさー」

「うん。どうしたのユキ?」

「ばんばん撃って、バリアを削っちゃうのです!」

「うん、それなんだけど。そのばんばん撃つためのエネルギーが、ちょーっと心許こころもとないかなぁーって」


 そんな算段をしていたハルにユキの口から、良くないニュースが知らされる。

 どうやら、物資の心配をしなければならないのは、敵軍などよりもハルたち自身であるようだった。





「砲台にまわって来る龍脈のエネルギー圧力が落ちてるよハル君。蛇口ひねった?」

「……いや。そんなことはない。計算上は、まだまだ撃っても問題ないはずだけど」

「だよね? だから、おかしいなーってさ」


 ハルたちの力のかなめである龍脈は今、その産出エネルギーの大半を集めた竜宝玉に吸われている。

 そのせいで本来の万能性を発揮できなくなってはいるが、それでも“一夜”の交戦に耐えうる出力は維持できるはずだった。


 しかし、実際は戦闘が開始してしばらく、少し砲を放った程度でもう残量を心配しなくてはならなくなったらしい。


「……ふむ?」

「……むむむむむ! これはいったい、どうしたことでしょうか!? なにか竜宝玉に、戦闘による異変が?」

「それしか考えられないわよね? どうするのハル? ここは節約して、接近したところを迎え撃つ?」

「えー! それはダメさルナちー! 地上戦のキモは、砲弾をどれだけ敵陣にぶちこむか! 互いにどちらの在庫が先に尽きるのかのチキンレースを制し、より多くぶち込んだ方の勝ちなんだから!」

「いえ……、ならそもそも、敵は一発も撃ってないでしょうに……」


 まあ、ユキの言うセオリーはもっと平等な条件で向かい合う戦略ゲームの話だが、あながち間違っているとも言い切れない。

 ここで、エネルギー残量を気にして砲撃の手を緩めれば、それは確実に敵にナメられることを意味する。


 砲弾の雨が止めば敵はその瞬間に悠々と前進しはじめて、一気にこちらの弱気を突いてくる。

 もちろんいずれは露見ろけんする物資事情でも、あえて意地を張らねば一気に致命傷となる瞬間も存在する。


「まあ僕らの場合、引き付けて一気に全滅させることで、『そういう策でした』って顔も出来るけどね」

「そうよ。そうすれば敵も、どの情報を信じればいいのかしばらく迷ってくれるわ?」

「しかしですねー。そうすると、敵の物資を消耗させるという目的も大きく果たせずー、それだけ戦争が長引いてしまいますねー」

「むむむむ……、やはり戦争は、考えることが多いのです……!」


 現場の理屈だけでも、逆に経済的な理屈だけでも回らない。非常に複雑で面倒な、総合的なリソース配分を試される。


 敵を撃退するという意味では、勝てるには勝てるだろうが、重要なのはその結果、ハルたちがどんな状態になっていれば望ましいか。考えなくてはいけないのはそこである。

 単純に帝国軍を撃退し続けた結果、残った物は底を突いた倉庫だけ、なんて状況では事実上の敗北だ。


「……そうだね。ここは、僕らの勝利条件を、今いちど明確にしておくべきかも知れないね」

「帝国軍の戦意喪失、並びにその折れた連中を味方として取り込む?」

「国民が一気に倍増ですよー?」

「うん。国家経営ゲームなら、大成功だ」

「ですがそれでは、単にこのゲームを楽しんじゃっているだけなのです!」

「今回に限っては、ゲームを楽しんでいる暇はないものね?」


 楽しめるところは楽しみたいハルだが、今回はそうも言っていられない。想定される、現実への影響度合いが大きすぎる。


 そう、今のハルたちの目的は、このゲームを、神エリクシルの目的を阻むこと。

 戦争も勝利もその為の手段にすぎず、あまりその局所的な勝利に固執こしつしすぎるのもよくないだろう。


「……ふむ? となると、この竜宝玉に反応らしきものがあったのは逆にチャンスか。イベントの進行のためには、次はこいつを調べないとならなかった訳だし」

「ですねー。戦争とか、してる場合じゃないんですよねー本来はー」


 ハルたちの目指すのは、あくまでゲームクリア。なるべく波風立てず、物資を温存し、竜宝玉の機嫌を取って戦うことではない。


「じゃあ、いっそここはコイツを持ち出して戦場に出るか……?」


 ハルはそうつぶやくと、世界樹の枝を器用に操作して、祭壇に安置された宝珠を手繰たぐり寄せるのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。「そういうわじゃない」→「そういう訳じゃない」。報告は「話じゃない」の案でいただきましたが、訳のタイプミスかと思います。

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― 新着の感想 ―
エリクシルのゲームが永遠に続くようにと祈り破壊の限りを尽くそうとする魔王を討伐せんと立ち向かうことを考えれば、神聖エリクシル教国の敬虔な信徒が最前線で砲弾の雨に晒されながら戦争に向かうのも納得なのでし…
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