第1374話 再びの高射砲
そうして後日、準備を整えた帝国軍は再びハルたちの拠点に向けて侵攻を開始した。
ハルの予想した通りに、落としたはずの輸送艦は復活しまた空へ。こう言ってはなんだが、『性懲りもなく』浮かんで向かってきた。
変な話だが、あれは“落とされるため”に飛んでいる。落とされると分かっているならばもう徒歩で来るべきなのだが、それでも船を飛ばす理由があった。
その一つは、最寄りの『竜骸の地』が多少遠いため。ハルの拠点に最も近い竜骸の地は、例のバグったエリアとなっているので、彼らはそこに橋頭堡を築けない。
なので危険と分かっていても、輸送艦に乗って進撃せざるを得なかった。
そして、もう一つの理由が、飛ばしてしまえばハリボテと分かっていてもハルは対処をしない訳にはいかず、決して無視ができないからだ。
「輸送艦が射程に入るよユキ。入り次第、攻撃開始」
「あいさー!」
「中にはまだ、兵士達が乗っているのかしら?」
「一部はね。でも大半は、昨日の地点で降下したようだ。魔道具への警戒と、あわよくば鹵獲しようとの考えだろう」
ハルは昨日のうちに、トラップに設置していた魔道具を撤去している。
しかし敵は逆に、一度見せつけられてしまったあの威力を警戒しないことはできず、直前の地点で大半の乗員を降ろさなくてはならなかった。
加えてあわよくば、地上からその強力な兵器を発見し強奪したいとの考えだろう。
「あまり無警戒になられすぎても困るし、明日は一個か二個、トラップを配置しなおしてもいいかもね」
「盗られちゃったらどうするんですかー?」
「盗られる前に自爆させる」
「ですかー」
魔力を注ぎ込み続ければ、過剰供給にて回路が暴走し『自爆』するような設計の石も作れる。
そうして破裂させることで、敵に鹵獲されることを防ぐのだ。
「破損したアイテムを修理できるスキルの持ち主が居るような危険性は?」
「十分考えられるね。帝国は人材の豊富さは随一のようだから」
「なら、いかに自爆させようと危ないのではなくて?」
「修復されて、回収されちゃいます!」
「いいんだよ。それならそれで。それにより、敵のスキルが明らかになるし、なにより、」
「なにより、自爆するような欠陥品を掴んで向かって来るような奴ら、カモがダイナマイト背負って来るようなモンだ、ってね!」
「そうそれ。そういうこと」
「どういうことなの……」
「斬新な、調理法なのです!」
要するに、龍脈を通じて強制的に魔力をロードさせ、大爆発するような兵器を量産配備することになってしまうのだ。
「いや、むしろ自爆させずに隠したままあえて奪わせて、ここぞという場面で一斉起爆を……」
「ハル君は相変わらず考えがハル君だねぇ」
「でも、そうやって大損害を与えても、翌日には部隊は完全復活して再び攻めて来てしまうのでしょう?」
「そうなんだよねえ」
どれだけ華麗な戦術を決めたところで、どれだけ卑劣な罠にかけたところで、一夜明ければ全て元通り。
これは攻めるに有利で、守るに不利だ。帝国もそれを、よく分かっていることだろう。
現代ゲーム事情の例によって、死亡時のペナルティなど無いに等しいこのゲーム。いわゆる『ゾンビアタック』は非常に有効。
これが、死ねばレベルダウンするような大昔にありがちだった設定ならば、ある程度の殲滅を経ればもう脅威ではなくなったものを。
「エリクシルも、変な所はクソゲーにしないんだから」
「むしろこの設定があるからこそ、クソゲーなんじゃないですかー?」
「なるほど」
「……別に、クソゲーにしたいと思って作っている訳ではないと思うわよ?」
「雑談はそこまでだぜい諸君! 飛行船が射程に入った。撃つぞー!」
世界樹の枝に設置された、『圧倒的高所から一方的に射ち下ろす無敵砲台』、略して『高・射・砲』。その砲塔に火が入る。
高射砲という名のくせに、己より高所の敵を撃つ想定をされていないその傲慢な砲台は、今日も己より下の位置を見下ろしながら慢心に満ちた一撃をお見舞いした。
このハルたちの魔王城を、難攻不落の城にしている最も大きな要因が、この高射砲だ。
打倒ハルに燃え、この山の頂上を目指したプレイヤーの数々が、圧倒的高所から狙い放題の砲台にて、その日の挑戦権をあっけなく散らしていったのだった。
「……命中! 紙装甲だね相変わらず! 射程ギリギリの砲撃だってのに、クリティカルだ!」
「まあ、急ごしらえだしね。きっと昨日よりもずっとハリボテだろうさ」
浮遊する為の石はともかく、外装は彼らもほとんど回収しきれなかった。
帝国軍はその不足した素材を現地で<採取>し、<鍛冶>を持つプレイヤー達で必死に現地生産を行いその日のうちに<建築>する。
なんともご苦労なことである。その涙ぐましい作業を、ハルも龍脈越しに観察していた。
案外、この一連の作業に疲れてすぐに攻めの手が鈍化するかも知れない。
「……そんなことはないか。むしろ、日を追うごとに作業時間は短縮されるはずだ」
「なーにボヤいてるんさーハル君。このまま、落としちゃっていーい?」
「もちろん。容赦なくやっちゃってよユキ」
「あいあいー」
世界樹から続けざまに放たれる数多の魔法弾が、次々に新造された輸送艦に突き刺さる。
昨日と同様、あっけなく墜落するその船だったが、その瞬間、昨日とは違う展開が発生。
不意打ちだったあの時とは違い、今日は落ちるのが分かっている。中の兵士達も、事前の脱出準備は万全だ。
恐らくは精鋭部隊が、次々と沈みゆく空の船から降下して、傷一つなく地上に展開し始めた。
「ここからが本番、ってことだね。開戦といこうじゃないか」
墜落し、炎上する輸送艦の煙を狼煙代わりに、ハル軍対帝国軍の戦争は、ここに本格的に戦端を開いたのだ。
◇
「どーしよっか。迎撃に出る?」
「いや。しばらくはこのまま、降下した特殊部隊を狙い撃っちゃって」
「うえーい。飛空艇を落とす威力で、歩兵一人を撃ちぬいちゃうぞー」
「圧倒的、オーバーキルなのです!」
現実ならやりすぎと非難されそうだ。原型どころか塵一つ残らない。まあ、これはゲームであるので。
「むっ。奴ら避けるね。だいぶ距離があるとはいえ……」
「墜落する船からその瞬間に余裕で降下できる連中だしね」
「なんの。不意打ちなら対応できないって昨日証明しちゃってるんだ。ぜったいやっつけちゃる!」
ユキが続けて『高・射・砲』にて地上に展開した部隊を直接狙う。
しかし、彼らはその魔導砲弾を、しれっと見てから回避してみせた。
船に残ったのは帝国軍の中でも選りすぐりの高レベルプレイヤー達。『来る』と分かっていれば、例え生身を砲弾で狙われてもどうということはない。
「くっそう。難しいなぁこれ。これだけ距離が離れてると、フェイントどうこうの話じゃないね。完全に、軌道をしっかり見た後で回避されちゃう」
「まあ、別に慌てなくても、どうせ近寄らないとならない訳だし」
「いーやっ。絶対にジャストミートさせちゃる! ハル君、君が観測手をやるのだ!」
「なるほど。りょーかい」
ユキは砲撃の手を半分ほどに控え、牽制するようなまばらな弾幕の形成へと切り替える。
敵もまたそれを察し、回避に全力を集中する為の姿勢から、隙を見て行軍する姿勢へと改めた。
弾幕のリズムを読み、間隔を計算し、合間を縫って一気に城へと距離を詰める。
そして、遮蔽物となるオブジェクトを見つけると、その陰へと隠れて一息、呼吸を整えた。
「はいそこー。今だ今、どーん!」
その瞬間を捉え、ユキは完璧なタイミングで遮蔽ごと敵兵を撃ちぬく。
威力を多少障害物に殺されたが、ユキはご丁寧にも余力として残しておいた半分の砲の全てを、その兵士一人を粉砕するために連射したのだ。
「よっしゃ! ジャストミート!」
「ジャスト、なのでしょうかー?」
「ピンポイント射撃というより、制圧射撃だったのです!」
「こらそこー。ケチをつけるなケチをー。当たればよいのだ、当たれば」
その仲間の凄惨な死を見て、他の兵士もより慎重に移動経路の選定を徹底する。しかし、その努力むなしく、一人、また一人と、過剰な砲撃の嵐に飲まれていってしまった。
「また隠れた! ハル君、つぎこいつだ、こいつ!」
「それだね。そいつは、はい、岩の裏で、ちょこちょこと位置を調整しながら待機してるね」
「シューターゲームの平地の動きかな? むぅだなことを。はいそこー。どーん」
「次は、遮蔽の裏で、更に重ねて魔法で防御のシールドをかけてる」
「むぅだなことを。そのシールドごと……、いや、ここは魔法効果の切れ目を狙って、ちょうど吹っ飛ぶように砲弾を置こう!」
「次は……、おや……? 隠れるのを止めて、全力疾走でこっちに来る気かな?」
「むぅだなこと……、いやそれはほっといてもどっかで事故るっしょ……? セレちんとか居るし」
「そうだけど、どうせなら僕らでやってみない?」
「いいね! んー、あれだけ必死に走ってれば、視野も狭まってるっしょ。高射砲が、高射も出来るところを見せてあげよう」
「……それは、当然なのではなくて?」
「私も計算しちゃいますよー?」
珍しく、実に珍しく高空に向けて放たれた『高・射・砲』の砲弾が、疾走し視野狭窄に陥った兵士の頭上から直撃する。
直進してくる砲弾にしか気を配っていなかった、不注意な兵士の末路である。
実は、高射砲は直角に近い角度まで首を振れるのだ。まあ当然のことなのだが。
そんな風に、敵が何処へ隠れようが、どんなルートを通ろうが、この一帯に見えぬ場所無し。
ハルが居る限り、龍脈を通して例え死角になるはずの遮蔽の裏でも、まるで問題なく見通せるのだ。
「次はー、っと、おや、しまった。『安地』に入られちゃった」
そんなハルたちの死角なき天の目にも、ほんの少しだけ弱点はある。
彼らがどんな障害物を背にしようと、過剰火力で問題なく吹き飛ばせる高射砲だが、そこには例外が存在した。世界樹だ。
攻撃に対して異常な強度をもって抵抗し、傷一つつかないその根や枝。その一部が、テーブル状になって、この『魔物の領域』の外周に存在する。
テーブルの天板は地上から見れば傘のように、世界樹からの砲撃を守る盾となっていた。
それは物理的防御力それ以前に、『そこに居る間は安全』とハル自身が保証している、契約的な安全地帯でもある。
「まいったね。まあ、実は全然参ってないんだけど」
「上はともかく、根っこの部分はねー」
その大いなる陰に隠れ、安堵の息を吐く敵兵の足に、するりと触手が忍び寄る。
無敵の守りは、一転、切断不能な縄となり、彼を拘束してしまう。
そうして高々と釣り上げられた敵兵の末路は、もはや語るまでもないのであった。




