第1372話 集う新たな力たち
「よし、現地に向かおう」
「まだきっと生き残りがいるよー。もう少し待った方がいいんじゃないん?」
「それはそうなんだけどねリコ。それでも、証拠品の回収はしておきたい」
「それこそ、後でゆっくり出来んじゃないのぉ?」
「ルナの例があるからね」
ルナの最近覚えたスキルである<遺留回収>は、散らばった仲間のアイテムを動くことなく引き寄せられる。
同様のスキル持ちが生き残っていたら、墜落地点に散らばった証拠品も全て持ち帰られてしまう可能性だって考えられた。
そうなれば理屈の上では、臨時拠点にて再び輸送艦を組み上げることだって可能となる。
まあ、組み上げて逃げ帰ってくれるなら別にそれで構わないのだが、無いなら無いに越したことはない。毎回落とさなければならないのも地味に骨だ。
不意打ちでない次回は、今回のように落とせないことだって十分考えられた。
「それじゃー、いきますかー」
「あいー。いってらー」
「なるべく全ての属性石を回収してこい。可能なら、奴らの船をオレたちで再現可能なくらいな」
「私に言われましてもねー。私は、ただハルさんの護衛につくだけですからー」
「フン。使えん奴め」
「なにおー?」
「ケンカしてないで、行くよカナリーちゃん」
「現場へはどうやってー?」
「当然、メテオバーストで」
「ルナさんが嫌がりそうですねー」
そう、申し訳ないが、今回の作業にルナは必須だ。大量の物資を持ち替える関係上、彼女の拡張したアイテム欄が頼りである。
そんなルナの苦手とする、元祖空飛ぶ棺桶、『メテオバースト三号・改』。三号でしかも改なのに初代なのか、という意見は受け付けない。
これを苦手とするルナには悪いが、比較的近距離だからとなんとか説得し、半ば強引に、カナリーと二人で引きずるようにして、ルナを狭い箱の中に放り込んでハルたちは出発したのであった。
*
「ルナさんは飛行機が苦手だったんですねー。万能なルナさんに、可愛らしい弱点ですねー」
「いえ飛行機じゃないでしょう普通の! こんな物じゃなかったら、もっと広ければ、私だって平気よ……」
「それじゃあ無理ですねー。世界中をびゅんびゅん飛行機が飛び回ってた前時代は、このくらいに狭苦しい飛行機が普通だったんですよー? そんな時代にはルナさんは対応出来なさそうですねー?」
「嘘っ!? いえ、でも、カナリーが言うならば……」
「ルナ。今のカナリーは、平気で嘘をつけるおちゃめ娘だよ」
「そうだったわ……! もうっ!」
「えへへー」
「まあでも、僕らの船のように余裕持ったスペースの飛行機なんてほぼ存在しなかったけどね」
「…………」
空力や燃料効率、そして収益性の観点から、空を飛ぶ時にそんな余分なスペースなど作れない。
もしルナの苦手が『狭苦しい空間に詰められて空を飛ぶ』ことだとすれば、過去の飛行機もお気に召さない可能性はそこそこあった。
カナリーの言ったように、完璧なルナの、可愛らしい弱点であると思えば微笑ましい。
「まあ今は悪いけど、ドロップアイテムの回収をやっちゃおうか」
「わかったわ? 気も紛れるものね……?」
「帰りは歩いて帰りましょーかー」
ルナに無理を強いてまで急いだのは、敵の回収作業、現場の証拠隠滅が終わるより先に、飛行に使われている属性石を確保する為だ。
しかし、周囲を見渡しても、外壁の残骸のような物は散らばっているものの、肝心の石はどこにも見当たらないのであった。
「……これは、やはり敵も、私の<遺留回収>のようなスキルを持った斥候を有しているのかしらね?」
「ん~~。それにしては妙ですねー? 回収スキルはいいとして、こんなに綺麗に核となる石だけを抜き取って回収できるでしょうかー?」
「少なくとも、私はできないわ? レベルを上げれば、出来るようになるのかしら?」
「どうだろうね?」
スキルにはまだまだ謎が多い。中には、物品指定で回収し不要な物は最初から放置するような設定が出来るものもあるのかも知れない。
ちなみにハルは、あらゆる物を一気に回収し、余分な物はまとめて足元に捨てていく設定が好みであった。傍から見れば最低かも知れない。冷静に考えるのはやめておこう。
「ハルは龍脈から何か見ていないの?」
「いや。<神眼>とかのように、使いやすい機能じゃないからね。あくまで地中を移動可能な、ピンポイントカメラのような物というか」
「十分に便利ですけどねー?」
その監視カメラでは、残念ながら回収班の姿は捉えられなかった。
ハルしか出来ない作業であるのに怠慢だと言われれば反論のしようもないが、ハルの方も龍脈を使って他の作業を急いで行う必要があった。
空からは見えないようにカモフラージュして設置したトラップの魔道具も、地面に投げ出された歩兵には見つかりかねない。
そうして回収のついでに奪取される事を防ぐため、それらに視点を合わせて世界樹の根にて地中に引きずり込み、しっかり隠す作業が必要だったのだ。
「カメラは魔道具の隠蔽作業にかかりきりで、工作員の仕事の瞬間を捉えることは出来なかった……、むっ……?」
「どうしましたー?」
「何か映っていたのかしら?」
ルナが鋭く、ハルの脳内で行っていた作業を推測する。ハルは今録画映像をチェックするように、数分前のモニター映像を反駁し再生しなおしている。
その中に、リアルタイムでは見逃していた重要な情報を、ハルは発見したのであった。
ハルたちはその問題の地点に、三人で歩いて行き地面を掘り起こす。
そこにはハルの設置した魔道具と共に、慌てて隠蔽する際に引っかかったであろう輸送艦の破片と、そこに使われていた属性石が埋め立てられていたのであった。
「はっけんですよー?」
「うん。ラッキーだったね」
「それで、どんな感じなのかしら?」
「ちょっと待ってね。……って、おや?」
ハルがアイテムの詳細を見ようとすると、その瞬間手の中の石がひとりでに動く。
いや、動くというよりは、もはや意思を持って手の中から逃げ、一瞬で彼方へと飛んで行ってしまった。いや、飛んで行こうとした。
「おっと。危ない」
だがハルの超反応は石の脱走を許さず、再びその手の内に握り込む。尚もハルの腕ごと引っ張って飛ぼうとするので、咄嗟の判断にてハルは石をアイテム欄へと収納し、事なきを得た。
「……さすがに大人しくなったようだ。ストレージ内から逃亡することは出来ないらしい」
「元気な石ちゃんですねー。まるで意思があったみたいですねー?」
「石だけにね」
「……バカなことを言っているんじゃないの。どう見ても、何処かに隠れている斥候プレイヤーの意思でしょうに」
同様に斥候系スキルを修めているルナが、周囲へ鋭く目を走らせる。
そして、ある一点にてその視線を止めると、今度はそこにあった岩陰や、ちょうど遮蔽物になっていた船の破片を凝視し始めた。<危険感知>を意識して発動しているのだろう。
「やられました。まさか、私の『アポーツ』の速度に追いつくとは。化け物でございますね」
その物陰から、浮き出るようにして一人の少女が姿を現す。ルナと同様、<隠密>系のスキルを育ててあるのだろう。そのレベルは恐らくルナ以上だ。
彼女の言っていたアポーツとは引き寄せの超能力のこと。テレポートに分類される事もあるが、この場合はサイコキネシスによる物体浮遊の扱いなのだろう。
「やあ。君がここらの証拠隠滅を?」
「その通りでございます」
うやうやしく、いや、微妙にたどたどしく礼を取る彼女の姿は、ハルたちには見慣れたメイドさんの衣装。
本職であるお屋敷のメイドさんと比べ、その態度はまだまだぎこちない。まあ、端的に言えば、コスプレなのだろう。
「ハルだよ、よろしく」
「知ってます。あっ、存じ上げ? でございます」
「光栄だね」
そんな彼女の手には、ハルが収納したのと同じ星属性の石。推測するに、どうやら彼女は、ああして手に持ったアイテムと同一の物品を自分の元に引き寄せられるのではなかろうか?
だが、完全に周囲を固められているとその力は働かず、こうしてハルに埋められた最後の一つがどうしても回収できずにいた。
「ユリアでございます。よろしく。えと、よしなに?」
「気楽に接してくれていいよ。そう緊張しないでさ」
「いいえ? ハルのことはご主人様と呼びなさいな?」
「あう……、どうすれば……」
「敵なのに気楽は無理なんじゃないでしょーかー?」
それを言うなら敵をご『主人様』と呼ぶ方が無理だと思うハルだったが、野暮なことを言い出すと余計に話が進まなくなる。
短い間だが観察してみた感じ、中のプレイヤーはそこまで成熟した年齢ではなさそうだ。いじめるのも可哀そうである。
「それで、ユリアに石を返してはくれませんか、で、ございませんか?」
「んー、それはさすがにございませんかなあ」
「ござりませんねー?」
「ござらないわね?」
「困ったでござる……」
メイドではなく侍に誘導されてしまっていた。みな遊びすぎである。
「そうね? 返してほしくば、私たちと一緒に城まで来なさいな? そうすれば、考えてあげる」
「ひえっ。ユリアを、どうするつもりでございますか……?」
「そうね? まずはベッドに縛りつけて、逃げられないようにするわ?」
「ひええええぇぇ……」
「こらこら」
セーブポイントを更新して、逃走を封じるという意味だ。念のため。
このゲームはセーブは寝具系アイテムを使って行うのが一般的である。
「虜囚の辱しめは、受けないのでございます! ごめん!」
「おや。覚悟決まってるね」
「侍に引っ張られたままですねー」
少し脅しすぎてしまったか、捕獲される前にとユリアは自分の身にナイフを突き立てそのHPをゼロにした。咄嗟にこの判断が出来るのはなかなかゲーム慣れしているのだろう。
ハルたちもまた、ひとまずは一つ証拠品を確保できたので、そのまま墜落現場を後にすることにする。本当に捕虜を取るのも、それはそれで面倒だ。
さて、帰ったら早速、アイリに<鑑定>を頼むとしよう。
*
「どうやら、これはスキルによって変身した、複製品のようなのです! 元は、わたくしたちの売り出した石がベースになっている、と出ているのです!」
そうして<鑑定>の結果、何とも恐るべきスキルの存在が、白日の下に晒されたのだった。




