第1371話 遠隔手動操縦
「見えた。敵輸送艦、目視距離に入ったね。その形が見えてきたよ」
「まあとはいってもー、見た目そのものは、もう龍脈通信でさんざん報告されてたんですけどねー?」
「戦時規制もなにもあったもんじゃないね」
「大所帯で動くうえで受け入れなきゃいけないリスクってやつっしょ、それが」
世界樹の頂上へとハルたちは出て、北の地から迫りくる帝国の輸送艦の到来を待ち構えていた。
遥か遠くに豆粒大に見えてきたその姿を、カナリー、リコ、そしてウィストと共にハルは見据える。
「大木戸様ー。何か分かるぅ?」
「そう簡単に分かれば苦労しない。だが、実物の移動速度、および操舵の傾向から、使用している推進機の種類くらいは見えてくる」
「分かっちゃうんじゃーん」
ハルたちの飛空艇をまね、そして奪取したパーツの一部を流用し、生み出された帝国の船。しかし、その構造は『飛空艇シリウス』の完全なるコピーではない。
当然真似られているのは一部の技術のみで、全てが緻密に織り合わさり結びついて初めて成立するハルたちの技術力を、完全に我が物になど出来ていないのだ。
「フン。くだらん。あんな物は『ただ浮かんでいるだけ』の模造品にすぎん」
「なにか分かったんですかー?」
「ああ。どうやら、アレに使われている属性石は『星』のそれ。いやそれのみだ」
「それって、重力制御のみでふわふわ飛んでるってことぉ」
「そういうことだ」
確かに、よくよく見てみれば船の航路は安定性を欠き、ふらふらと風に流されてしまっている。
ハルたちの飛空艇であれば、それはない。外壁を守る真空の壁が、外部の気流を完全にシャットアウトしてしまうためだ。
「『虚空』属性の石は使われてない、ってことだね」
「ですねー」
「盗めたのは星の属性石だけだったんかな~~」
「どうだかな。もしくは、組み合わせることに思い至らなかったか、両立させる技術が無かったか」
「確かにウチらでも配置スペースかつかつで苦労したかんね!」
「それかあるいは、一種類しか複製できなかったか、ってトコかな……?」
敵がどうやってハルたちの属性石の技術を転用したのかは知らないが、正規の手順でないことは間違いない。
……いや、ハルの行っている方法が、そもそも正規のそれなのかどうかは少々議論の余地があるが。
ともかく、<龍脈構築>を使えるのがハル一人である以上、同じ方法では決して量産できない。
ならば、なにかしら裏技的な手法を使って、なんとか一種類だけをコピーできた。そう考えれば辻褄は合うだろう。
この世界にはまだまだ、きっとハルたちの知らないスキルも大量にある。
「しっかし、ハルさんもあんま悔しそうじゃないじゃんね? もっと、『よくも僕らの技術をー。許さんッ!』、って怒り狂うかと思った」
「怒り狂わんって。僕を何だと思ってるのか」
「ハルさんは秘密主義ですからねー」
「まあ、そりゃこの何でもポンポン公開しちゃう男と比べれば、秘密主義にはなるんだろうさ」
「……フン」
「ただ、ゲームのメタなんてこんなもんだからね。何か強力な手法が見つかると、すぐに真似されて『環境』がそれ一色に染まるってのは」
「あー、分かるー。でも窃盗られたら悔しいじゃん?」
「まあ、そうだね。しかもそれでデカい顔されたら、更に頭にくる。なので、少々彼らには己の技術の低さを思い知ってもらおうじゃあないか」
いわゆる『環境の構成』を真似るにしても、簡単に完全コピーできるとは限らない。
往々にして、何かしらの『パーツ』が欠けていて代用品で妥協したりするものだ。
今回は、文字通り船には重要なパーツが欠品している。なんとか、かろうじて飛べている、といった有様だ。まあそれでも十分に凄いのだが。
「飛んで来ると分かっている以上、対策しない僕じゃあない。さて、さんざん揶揄されてきた『空飛ぶ棺桶』だが、君たちは、実際にそうはならずに済むだろうかね?」
◇
ハルは足元の世界樹を通じて、迫る輸送艦の付近に伸びた根に繋がるラインに意識を通す。
龍脈を食い尽くすようにその根を張り巡らせた世界樹は、既にこの一帯のあらゆる場所に偏在している。
そこはもう、本体であるこの大樹からコマンド一つで、ハルが手足のように操れる完全な射程の内だった。
「特に帝国なんて、来る方角完全に分かってるからね。事前にイシスさんと、トラップを設置済みだ」
「おっ? デート、イシスちゃんとデートだった? ロマンチックな森で、も、ないか。むしろ樹海か。樹海デートはちょっと、ウチはご遠慮したいかな~」
「なに勝手にからかって勝手に自己完結してるんだこのギャルは……」
とはいえ確かに、そうした甘い雰囲気にはならなかったのは確かである。
別に根は地中深くに通っているだけなので樹海ではなかったが、原因はイシスの性格だ。
真面目な彼女は、こちらでの作業を『仕事』と捉えており、先日も上司と現場にでも来ているかのような、きっちりとした雰囲気を崩さなかったのだ。
いや、『かのような』ではなく、彼女の中では完全に上司との現場視察であっただろう。
まあその甲斐もあって、仕事は滞りなく完了した。現場には、ちょうどこれから敵輸送艦がさしかかろうとしている土地には、既に迎撃用の魔道具が設置されている。
あとは、ハルが世界樹を通してそのスイッチを押すのみである。
「おっ。それはウチたちの作った新兵器じゃん。こんな自然に迷彩されてたら、空からなんか絶対見えないよねぇ」
「だろうね。まあ、見えたところで対応できるとは思えないけど」
「ああ。あの船にはどうせ、攻撃用の武装など搭載されていないからな。その名の通り、ただ中に物を詰めて輸送するしか能のない匣だ」
「ずんぐりむっくりですねー?」
そのずんぐりとした無骨な外見は、見るからに積載容量だけを重視していた。
ウィストの趣味とは合わないようで、彼はそれを見て鼻で笑う。
実際、彼のデザインする船はいつも流線形の美しいラインを描いており、そして必ず強力な砲台を積んでいた。
「んでんでー? どーやってあのずんぐりむっくりを攻撃すんの? 確か、ウチの魔道具には遠隔起動の装置なんて付いてなかったハズだけど」
「ハルさん脅威の技術力ですよー?」
「ほう。興味深い。オレにも解決できなかった課題を、どう解決してみせたというのか」
「さっすがハルさんじゃん! 龍脈越しに特定の波長を繊細に流して、属性石を的確に起動するとかかな……?」
「ああ。見せてあげよう。こうするんだ」
ハルは自信満々に、龍脈の遠隔視が映し出されたモニターの光景を皆の前に映し出す。
そこには、人間が操作するように設計された魔道具にするすると伸びて行く細い植物の枝のような物が映っていた。
その枝が器用に、まるで人間が手指を使って操作しているように、複雑な魔道具の機構を手順通りに設定していく。
「って手動かーーいっっ!! い、いや手動? 手……?」
「触手道ですねー」
「ほう? それは触手を使った特殊な競技か何かか、カナリー?」
「良く分からん真面目なボケはやめてくださいオーキッドー」
まあ、つまりは完全な力技である。ゴリ押し解決なのである。
リコは魔力データのようなものを流して華麗に魔道具を遠隔操作するイメージで想像していたようだが、生憎ハルもそこまで器用なことは出来はしない。
代わりに、世界樹の根や枝の操作を非常に器用に行える技術を身に着けており、それを用いて、人間用に設計された入力装置をハルは正確に操作していった。
「はぁ……、んじゃ次は、触手でポチポチ押しやすいように、専用の設計を作りますかねぇ……」
「なんだかんだ生粋のエンジニアだよね、リコも」
既に、触手に合わせた使いやすい設計を脳内では開始しているようだ。ギャルっぽい見た目に反し、根は非常に真面目であった。
そんなリコたちの自信作を、ハルはなんとか触手で起動し終える。燃料に関しては心配いらない。世界樹の根や枝は、それ自体が龍脈のエネルギーを伝える導線だ。
セーフティーが解除され、属性石に魔力が通る。次々と光り出す装置の内部では、複数の石が複雑な属性吸収効果を発動させて、強力な魔法を構築し始める。
「さて、では突風に弱そうなあの船を、ちょっと風で煽ってみようか」
「やーいやーい。装甲ぺらぺら雑魚飛行船~~」
「そよ風が吹いただけで、墜落ですよー?」
「言葉で煽らなくてよろしい……」
そんな聞こえていないリコたちの煽りはともかく、風の煽りは確実に輸送艦に影響を与えている。
魔道具によって発動された竜巻の魔法は、彼らからすれば、何もない足元から唐突に生えてきたようにしか見えないだろう。
その魔法の勢いに物理的にあおられて、その巨大な船体がぐらりと揺らいだ。
「フン。不甲斐ない。空を行くというのに、風に対する防御をせずにどうする」
「空気抵抗を受けちゃえば、それだけ航行速度も遅くなりますしねぇ」
それでもなんとか、持ち前の重力制御の石で持ち直し、強引に該当区画を突破しようとする輸送艦。当然、それを許すハルではない。
予想経路に設置したトラップは今の一つだけではなく、様々な事態に対応できるよう多岐に渡る。
その中には、同様に重力に干渉する物もあり、また単純に攻撃を行うための魔道具も配備されていた。
ハルはそれらを、有効そうな物を見繕って次々と枝の触手で起動させてゆく。
「うわ、ホント器用……、きっしょ……」
「きしょい言うのやめようね?」
「おー、もう墜落しそうですよー? 人がパラパラ落ちてきてますねー」
「強靭な肉体を持つプレイヤーだが、さすがにこの高さでは助かるまい」
「一部は何らかの飛行系スキルで難を逃れたようだけど、軍としては完全に分断されたね」
ただ、こうした事態も踏まえてのことかは分からないが、彼らは後方の『竜骸の地』に一度降り立ち、そこに陣地を敷いてセーブを行ってきている。そこから、改めて攻めてくるだろう。
帰還に関しても、不可能ではない。彼らの船はどうやら一隻だけではなく、後続の船が時間差で出発しているようなのだ。
つまり、これだけで決定打にはなりはしない。むしろここからが、本番だろう。
こうして、ハル軍と帝国軍の戦の火蓋は、ここに切って落とされたのである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。「広報の」→「後方の」。わざわざ戦略を広報してくれるのですか、優しい軍隊ですね! ……実際、そうしたやりづらい状況ではあるでしょうね、帝国は。




