第1370話 戦争が進める技術の革新
帝国軍が攻めてくる。当たり前といえば、当たり前に想像されていた話だ。
しかし、両国の戦争において問題となるのは互いの国の間に広がるその長大な土地の距離。
いくらプレイヤーの身体能力が高く設定されているとはいえ、『ちょっと隣国まで走って攻め込む』のとは訳が違う。
「タイミングはもちろんここで正しいんだけどね。僕らがデメリットのある宝珠を多量に抱えて、対処に追われているだろうその時を叩く」
「んー、ただねー。此処に辿り着く前に、ハル君ならその対策も終わっちゃうんじゃないの? 来る頃には、万全の状態で迎え撃たれちゃったりして、あいつら」
「買いかぶりだよ。もちろん、早々の解決をしたいとは思ってるけど」
「プロパガンダではなくて? ハルに対抗すると宣言しておいて、何もしない訳にはいかないでしょう」
「案外、うちらが送り付けた烏合の衆を厄介払いする為だったりして。ひっひっひ」
ハルたちは何度か、『慈善事業』として飛空艇に各地より集まった希望者を乗せ、帝国近隣まで彼らを送り届けた事がある。
もちろん善意ではなく、養わねばならぬ人数を急に増やしてやることで帝国経済の混乱を狙ったものだ。
もし、そんな彼らを兵士としてそのまま厄介払いするように送り込んでくるのだとすれば、『帝国の残忍性ここに極まれり』と、ひとつ悪評でも流してやるところなのだが。
「それが、見てください! どうやら帝国には、新兵器があるらしいのです! この方が、“りーく”しています!」
「……なーんか、もう誰がやっているのか予想できる気がする」
ハルたちは、アイリの提示した龍脈通信の映るモニターを皆で覗き込む。ハルは同時に、自分のメニューも開きその詳細をチェックした。
《という訳で帝国は、実に、実に画期的な手段をもって、大軍を一気に反乱分子ハルの元に送り込み、これを鎮圧する一大計画を実行するのだっっ!!》
《へぇ。画期的って?》
《ああ! ……それは、なんと、空中輸送艦隊だっ!》
《飛空艇じゃん》
《二番煎じじゃん》
《画期的とは》
《いや画期的ではあるだろ。ハルさんは兵員輸送には使わなかっただけで》
《むしろ平和利用しかしてないよな》
《魔王とは》
《むしろ帝国が悪なんじゃない?》
《そんなことはないっ! キミらもいつか知るだろう。オレの言葉が真実であり、魔王の行いは、全て帝国を陥れるための作戦だったということにっ……!》
「……リスちゃん?」
「うん。リコリスだね」
「相変わらず胡散臭いわねぇ……」
「今日も絶好調なのです!」
芝居がかった独特な口調が印象的な、リコリスによる書き込み。かつてハルが帝国に飛びイシスを救出する際に、測量のために先行してくれた彼女の情報だと思われた。
もちろん、それだけで判断している訳ではない。
全ての掲示板を先制して掌握したハルの手により、書き込んだ人物の情報が特定可能である。
そこから得られるデータも、この情報がリコリスからのものであると証明していた。
《でも飛空艇は、ハルさんしか開発出来ないんでしょ。敵対してる帝国が、どうやって手に入れたのさ》
《それはだな! 敵の技術を解析し模倣する、我が国の優秀なエンジニア達の寝る間も惜しんだ努力により、実現したのだ……!》
《いや寝てんじゃん。この世界の全員》
《確かに(笑)》
《どうせ<窃盗>で飛空艇のパーツ抜き取っただけでしょ?》
《そそそ、そんなことはないぞおっ?》
《なんだ、パクリ(物理)か》
《帝国、見損ないました》
「そうだね。<窃盗>された属性石が、帝国に渡っているだろうとは思った。しかし、この短期間で模造品を量産して船を組み上げるまでに至るとは、正直思っていなかったよ」
「マーケットで出した属性石は? あれ帝国が買って使われたんと違う?」
「もちろんあれも帝国が買っているだろうとは思う。ただ、さすがに僕もそのまま飛空艇を組める重要部品を売りに出してやるほど、優しくはないよ」
そもそも、飛空艇用パーツは自分たちで使う分を確保するので精一杯であり、他国に融通してやる余裕はない。
つまりは、帝国はリコリスの語るよう本当に、どうにかして自力で飛空艇を組み上げたのだ。
「それは、ハルさんと同じ力を手にした何者かが!?」
「いいやアイリ。それはない。スキル情報を見れば、<龍脈構築>が使えるのは未だに僕ただ一人であると分かる。だから、僕とまるで同じ方法で石を量産したっていうのはあり得ないよ」
「むむむむむ……!?」
「別のスキルがあるか、スキルと同等の施設が存在するのか、ということね?」
「もしくは、僕らの飛空艇とはまるで設計思想が異なるかだね」
「その辺も喋ってくれないかな? もうちょっと見てみよっか!」
ハルたちは身を寄せ合うようにして、息をのんで議論の様子を見守っていく。リコリスが『ついうっかり』、帝国の重要機密を洩らしてくれることを期待してだ。
そんな期待を、いや危惧を抱いた者はどうやらハルたちだけではないようだった。
《おいお前! あんまり適当な情報を振りまくなよ。帝国に損害を与えたいのか? 国民ならもっと己の発言に責任を持ってだな》
《おっとつまり? 彼の言ってることは真実なんか?》
《答え合わせ完了ってことか》
《いや違う。そんな話は聞いたことがない。どうせ根も葉もない噂だろう。そんなものを無責任に拡散されたら迷惑ってだけだ》
《必死なのが怪しい》
《焦ってんなぁ》
《いや! 噂じゃないぞ! 偉大なる我らが帝国は、本当に既に輸送艦を完成させている! すぐにでも兵が集い飛び立ち、邪悪な魔王国を蹂躙するだろうっ!》
《だから黙れってお前!》
《……これ、相当深いところにスパイか、もしくは相当のガキが紛れ込んでるってことだよな》
《帝国も問題は多そうだね》
《本当なのかなぁ》
「……本当だね。神様は、嘘をつかないから」
「むしろ本当だからこそ、リコリスがどうやってこの情報を手に入れたかが気になるわ……?」
そして、わざわざこうして掲示板に書き込むということは、ハルたちに伝える目的というよりは、帝国を混乱させる事が目的なのだろう。
ハルたちに情報を流すだけならば、わざわざ内部でやらずに現実に戻った後で情報を伝えればいいだけだからだ。
機密情報が漏洩しているとなれば、体制の見直しにも帝国は労力を割かなくてはならなくなる。
単純に、秘密兵器のお披露目の際の効果も薄まる。本来なら、支持者に向けて国威をアピール出来る機会であったことだろう。
「リコリス様は、ご無事なのでしょうか!」
「彼女の心配は不要だよアイリ……、むしろ捕まってたら、指さして笑ってやる……」
「相変わらず自由だよねぇ」
「しかし、確かに重要情報ね? こうなると、敵軍の到達予定時期は大幅に前倒しされると思うべきでしょうね」
「そうだね。どんな船かは分からないが、さすがに徒歩の行軍よりはずっと早い襲来になるだろうさ」
全員が徒歩では、その行軍は必然的に最も遅い部隊に歩調を合わせることになる。
極論、あの俊足の情報屋が飛空艇より速い移動速度を誇っていようと、軍単位で見れば彼の無謀な単独突撃にしかならないからだ。
それを解決する手段が、まさにリコリスの漏洩した輸送船。
すぐ近くまで全軍を運んでしまえば、多少突出しても戦略上のノイズにはならず、『遊撃部隊』として組み込める。
「なるほど? 少し楽しくなってきたよ。とはいえ、完全に僕らのホームでの戦争だ。さて、今度はどこまでやれるかな?」
*
「なんだか、ハルさんすごく生き生きとしてますねぇ。まるで文化祭の前みたい」
「そうかい? 僕は文化祭に、そんなに思い入れはないんだけど。そういうものなのかな? イシスさんは?」
「あっ、私はそのー、大して準備は積極的に手伝わなかった子でしてぇ」
そうして来たるべき帝国軍との決戦準備として、ハルは嬉々として周囲の土地に罠を設置していっている。
生憎ハルたちの通っていた学園は、外部に対し閉じた世界であるので、一般的な学校のようなイベントは控えめになっていたりする。
とはいえハルも、(主にゲームで)そうした知識はしっかりと得ているので、イシスの言うことはなんとなく分かる。
こうして敵チームとの対戦に向け、あるいは強力なボスの攻略に向けて準備を重ねている時が一番楽しい時なのかも知れない。
「それで、今日は何をするんです? 私を連れて来たってことは、龍脈関係なんでしょうか?」
「うん。遠隔地にこうして属性石を配置することで、龍脈を通して兵器をリモート操作できないかなぁと」
「もう完全に近代戦ですねぇ」
敵は圧倒的に数で勝る軍勢だ。せめて、こうしてテクノロジーの力を借りねば。
それ以外にもハルは龍脈強化を中心に、電撃戦を仕掛けてくる帝国軍への迎撃準備を進めていた。
ハルたちの支配する龍脈は今、その産出するエネルギーのほとんどを竜宝玉に吸われその維持コストとして消費されてしまっている。
しかしながら、それでもなおこの戦争を制する鍵は龍脈にあると、ハルはそう考えていた。
「宝玉が本性を見せる前に、僕らの龍脈も進化の兆しを見せてたでしょ? あれも、どうにか物にしないとね」
「追加で各地の特産品を回収したいところですけど、それが無理になっちゃったのが痛いですねぇ……」
取引コストとして利用する為の龍脈資源が一気に貴重品となり、またマーケットにも、あまり商品が並ばなくなった。戦時である。輸出規制なのである。
もう準備は整ったとばかりに、帝国も武器や魔道具の輸入を止め、逆に流していた龍脈アイテムも輸出を止めた。もうハルたちを利する必要などないということだ。
逆に言えば今までは、こちらを利することになっても、輸送艦の完成の為に輸入が必要だったということ。そこから、想像できることはいくつかある。
必ず、ハルたちから買い取った属性石は、輸送艦の部品として使われているということだ。
「帝国は、どのくらいで来そうなんです?」
「少なくとも、数日は掛かるようだね。一週間くらいかな? 僕らの船よりは、どうやらずっと遅いようだよ?」
飛び立った帝国の船は、ハルたちを真似てか『竜骸の地』を『駅』として、そこを経由し降り立ちながらセーブしつつこちらに来るようだ。
大所帯ゆえか技術の未熟さゆえか、その速度はそこまで速くはない。しかし、徒歩での進軍とは比べるべくもない。
距離にしては圧倒的なスピードで、彼らはハルの準備が整わぬうちにこの地を急襲する腹積もりなのだった。さて、お手並み拝見である。




