第1368話 魔王だけを丁寧に殺す設定
竜宝玉を、豊穣の土地と化した支配エリア『竜骸の地』を所持していることは、メリットばかりではない。
確かに大きく恩恵を受けられはするようだが、それと同時に、保有コストのようなデメリットも存在した。
このコストを支払えない者には、大いなる災厄が降りかかり、ドラゴンの治める地を支配しようという傲慢を咎められる、らしかった。
「<鑑定>によれば、そう出ているのです!」
「ありがとうアイリ。こういう大事なことは、システム説明にでも書いておいて欲しいよね」
怪しく内部から光を揺らめかせる竜宝玉は、今はまだ大人しい。だがいずれは、その内に秘めた竜の怨念でも吐き出し始めるのだろう。
「さて、<鑑定>結果が出たよ君たち。どうやらこの宝玉は、生前同様、大食らいらしくてね。食べさせてやらないと、空腹で暴れて周囲に被害を出すらしい」
《なんてわがままな石コロ!》
《爆弾じゃねーの!》
《被害って?》
「まずは無差別に周囲のエネルギーを吸収、付近の龍脈への干渉、天変地異の発生、しかるのちに凶悪なモンスターの呼び出し」
「最悪じゃないですかぁ!」
「僕の所に来たのは間違いだったかもねミナミ。どうする? 今からでも逃げ出すかい?」
「い、いやだなぁハルさん! 俺は当然、最後まで貴方に付いて行きますよぉ!」
《唐突な踏み絵(笑)》
《流石は魔王様。やることエグイ》
《ひとまずセーフだなミナミ!》
《逃げてたらその場で首が飛んでた》
「いや、飛ばさないけど……」
まあ、悪趣味だったことには変わりない。つい弄りたくなってしまうのがミナミである。視聴者たちの気持ちも分かる気がしたハルだった。
「……とはいえ、宝珠の密集しているこの場が危険なのは事実だけどね。どうなるんだろう。放置してたら?」
「とりあえず城は危ないんじゃないですかぁ? テーブル大地の方にでも投げ込んで、実験してみましょうよ!」
《なんてこと言うのミナミ!》
《そこには俺らが!》
《嘘だよなミナミ? 俺ら友達だよな?》
《わ、わー。ミナミくんかっこいいー。人気配信者ー》
「きゃーっきゃっきゃあ! もう遅いわい! さあひれ伏せ愚民ども! 竜宝玉爆弾を住み家に投げ入れられたくなかったら、ブルブル震えて命乞いでもするんだなぁ!?」
「なんという調子の乗りっぷり」
ミナミだけでなく、視聴者も実にノリがいいといえる。彼と一体となって、初めてこのコント、もといコンテンツは完成しているといえよう。
しかし、実際冗談ではなく、周囲への被害をどうするかは考え物だ。
大量の移民を飛空艇で集めておいて、『実はそこは世界で最も危険な場所でした』では目も当てられない。
常々ハルは『でも敵だから』で何でも解決してきたが、事実上彼らはハルの方針に賛同したから集まったようなもの。不利益を出すのは、裏切りにあたる。
「しかし実際問題として、なんとかはしないとね。天変地異はさておき、エネルギー吸われるのは実にマズい」
「きゃきゃきゃきゃ! ……おっとぉ。って、天変地異はいいんですか!?」
「なんか魔王城っぽいし?」
《なんて余裕だ》
《災害はただのエフェクト》
《厄災などそよ風》
《確かに今は神聖な城っぽいよね(笑)》
《世界樹のエルフの城》
《いや凶悪さは今でも十分魔王城だけどな……》
竜宝玉を求めて、この城へ挑んだ者はその恐ろしさを知っていることだろう。
ユキやリコ、そしてウィストにより開発された魔導兵器の数々が、フルオートで侵入者へと襲い掛かる。
周囲に野放しになっている凶悪すぎるモンスターに、日々血に飢えて城下を徘徊する自宅警備員たち。
それら警備の網をかいくぐって、城の城壁を乗り越えられた者は今のところ皆無であった。
ただ、そんなハルたちでもメンバーの誰もが強い訳ではない。完全に役割分担が整っている都合上、戦闘職以外の耐久力は抑えめだ。
宝珠がどれだけ力を吸い取るかはまだ不明だが、きっと多くの者には耐えられなくなるだろう。
「……ふむ? いっそ、ログアウト用のスポットとして活用するか? そこに近付けば、HPを吸い取られて眠るように安楽死できる」
「発想が極悪すぎじゃありません!? い、いや、流石はハルさんですねぇ。まさに魔王的発想!」
《男の子ドン引き》
《それでも太鼓持ちをやめないミナミに涙》
《三下の鑑だ……》
《でも需要あるでしょ実際?》
《うん。ある》
《この世界に嫌気がさした人は多いから》
《クソみたいな世界》
《特に一般人はなぁー》
「セーブポイントのベッドも置いてさ。祭壇みたいにして、ログインと同時に体力吸われてそのまま安眠できるようにすれば……」
「詰みポイントじゃないですか!!」
まあ実際は、天変地異とやらで祭壇やベッドが維持できないだろうが、やりようによってはそうした邪悪な生贄システムも成立するだろう。それだけ、この世界に倦んでいる者は増えている。
ただ、魔王らしく悪趣味ではあるが、効率の面で見ればはなはだ非効率なので論外だ。
まず、強制吸収がペナルティの発現でしか働かないのが活用方法に欠ける。生贄を捧げて得られるのは、ただのペナルティの解除。マイナスをゼロにしただけである。
それなら手放してしまえばよく、どうせ所持を続けるならば利益をしっかり享受したい。
「まあ、詳しくは決まったら報告しよう。とりあえず、すぐに被害が出るようなことはないはずさ」
「宝玉が欲しいやつの挑戦は、引き続き受け付けてまっす! これでも、欲しいと思う奇特な人はぜひ奮ってご参加くださいっ!」
《ただの厄介払いじゃねーか!》
《押し付けようとすんなー!》
《誰が行くか!》
《……でも、そうしたらここに居る理由なくね?》
《まあいいじゃん居心地いいし》
《それもそうだな》
《宝珠の問題が落ち着いたら、倒してやるぞ魔王!》
《明日から頑張るぞ魔王!》
《そんな勇者いやだー》
そうして、ちゃっかりデメリットだけの紹介をして、集会は幕を閉じる。メリットを知らせなければ、挑戦者も減るというものだ。
とはいえ、狙う者のわずらわしさと、竜宝玉を所持し続けることのわずらわしさ、どちらが上であるか、正直ハルとしても、頭を悩ませる所であった。
◇
「……メリットがない」
「ないんですか!?」
「いや、あるにはある。あるんだけど、僕らの環境では活用のしようがない。やってくれたな、エリクシル……」
「竜宝玉を活かすには、『竜骸の地』に持っていくのが一番なのです!」
アイリの<鑑定>で同時に明らかとなった宝玉のメリット。それは旧枯渇地帯、正式に竜骸の地と呼ばれることとなったエリアに置いて初めて最大の効果を発揮する。
以前より示唆されていた通り、豊穣の大地となった彼の地のエネルギーを操ることができ、またデメリットのエネルギー供給もその力そのもので自動的に抑えられるのだ。
「……そこに行かないと役立たずなので?」
「いや、そんなことはないよ。色々と機能はある。ただ……、まったくコストに見合わないというか……」
考えてみれば、解明前から魔法のエネルギーを吸収したりとその予兆はあった。あれが、伏線だったとでもいうのだろうか。
しかし、ハルが感じていた嫌な予感は的中したというべきか、エリクシルがやはり後出しでこうした設計にしたというべきか、ハルたちには実に扱いにくい。
だがこれが、逆に帝国であれば話は別だ。従順な部下の人数で勝る帝国では、これを皇帝が所持している必要はない。
優秀な人材を選定し宝玉を持たせ、総督とでもしてそれぞれ竜骸の地に派遣してやればいい。
彼らの落とした地はどれも帝国の近辺なので、それも自然と容易なことだ。
「僕らは、飛空艇を使ってもほとんどが遠すぎるもんなあ……」
「人数も足りないですからねぇ。魔王討伐隊の連中は、設定上敵ですし」
「そうだね。『敵だから』でやりたい放題にしている相手に、都合の良い時だけ頼る訳にはいかない」
そんなことをすれば、ある種の恐怖やカリスマ性で成り立っている慣れ合いも崩れ、本当の意味で敵対関係となってしまうだろう。
そうなれば、周囲に彼らを集めたメリットすらなくなってしまう。
だがハルたちには、他に派遣のできる人員は居ない。ソフィーやセレステたちを一人ずつ向かわせては、この拠点がガラガラになってしまうだろう。
「ところで、暴走を抑える為の維持コストは、足りるのでしょうか!」
「それは、足りそうだよアイリ。僕らには大量に取れる龍脈結晶があるし。ただ、これをコストに使っちゃうと、他の事が出来なくなるってのがネックだけどね」
「わたくしたちの手札を、丁寧に封じてきているようですね……」
「だね。しかし、そんなエリクシルにも誤算があるようだ。こいつのデメリットの一つが、機能していない」
「なんと!」
それはなにかといえば『周囲の龍脈への干渉』。これについては、世界樹とその根によってノーコストで完全にシャットアウトが可能であるようだった。
エリクシルが、そんな優しい設定をしてくれたとも思えない。どうもこの世界樹、その存在そのものが、エリクシルの想定の範囲外であるような気がしてならないのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
サブタイトルの話数ミスを修正しました。(2024/10/7)




