第1366話 強化される大地
次々とハルたちの手によって、龍脈にアイテムが投入されてゆく。
世界樹の洞に収められた巨大な龍脈結晶を通り、世界樹の根を逆流し、大地へと抜けていくエネルギー。
それは吸い寄せられるようにアイテムの産出地へと向かい、駆け抜けた道には軌跡を細いラインとして残す。
その糸は、いくつも投入された同様のアイテムが織りなすラインが縒り合わさって、徐々に頑丈なロープを紡いでいく。
そうしてついには、一本の極太のライン、注連縄のような強靭さを得て、地中の龍脈をその幅いっぱいに埋めて行ったのだった。
「よし。あとはこれを核に、残った部分も浸食していくよ。イシスさん。手伝ってね」
「は、はーいっ! で、でもどうしよう……、こんなにたくさん、処理し切れるかな……」
「どれか一本選んで、そこに集中していいよ。残りは、僕が抑えておくから」
「了解です。相変わらずハルさんは器用ですねぇ……」
アイテムを流して、それで全て終わりではない。放っておけば構築されたラインはじきに閉じてしまい、そうなれば本当にただの無駄になる。大金を地中にただ捨てたも同然。
その糸にハルたちの色に染まった水を染みこませていくように、支配権を確固たるものにして、埋めきれなかった糸の周囲もまた浸食するのだ。
そうして地道な作業が終わると、世界各地に一夜にして、ハルたちの龍脈支配路が構築された。
まるでこの山から始まる大河が流れ出たように、地図上には何本ものラインが一直線に流れている。
「やりましたね! これで、世界征服への道が一気に短縮されたのです!」
「やったねーアイリちゃん。最近のドラゴンさんゾーンからの逆流も含めて、もうかなりの範囲が私たちの物だよ」
最近は竜討伐の遠征ごとに、今とは全く逆の手順でラインの構築をしているハルたち。
遠方から龍脈結晶を流すことで、生産地に戻ろうとする力は自動的にこの拠点に向かう。
そうして逆流する力は新たな川を生み、追加で地図を埋めているのであった。それも合わせると、ハルたちの支配域は相当なものだ。
「でも、これだけで全てを終わらせることは出来ない。あくまでこの作業で作れるラインは、一本道の物だけだから」
「葉脈は作れても、蜘蛛の巣状には出来ないんですね」
「うん。蜘蛛の巣の『横糸』は、僕とイシスさんで張っていかないといけない」
「ふぁいと、なのです! わたくしも、応援します!」
「ありがとーアイリちゃん。なんとか、頑張るよー」
この、地下水にアイテムを流すような作業だけでは、そうした細かい支流にまでは手が届かない。
アイテムは必ず最短ルートを通りたがるので、それ以外の道は手に入らないのだ。
「なんとか、『支流』の方にも行けないのですか?」
「うーん。投げ入れる場所を変えれば、通る道も変わる……、ますよねハルさん……?」
「まあ、変わるますね」
「もうっ! そこはスルーしてくださいよぉ!」
「変わるますか! では、アイテムを飛空艇に積んで行けば……?」
「残念ながら、そこまでの労力に見合うかは微妙だ。物理的な移動が伴うと、どうしてもね」
「ざんねんですー……」
それに、なんだかんだ通るラインは共通化しがちであるように思う。細いラインは避けられがちだ。
今回も、途中までは多くのアイテムが共通のラインを通り、その重複分は無駄になった。もちろん、その重なりが通路を埋めてくれて楽になった分もあるのも確かだ。
「まあ、あとは一本ずつ地道に横糸を通していけばいいんですよ! 地道な事務作業、がんばります! 普段の仕事と同じようなものと思えば、なんのその!」
「イシスさんは働き者だね」
「夢の中までお仕事、ご苦労様なのです!」
「やめてー、言わないでアイリちゃん~~」
「まあ、その分リアルでの仕事は減らしてあげるからさ……」
「えっ、本当ですかハルさん! やったー。起きたら寝て過ごそうーっ」
「寝てしまったら、またこっちに戻ってきてしまうのです……!」
一見複雑な、意味不明なことを言うイシスだった。
まあ、ハルたちの会社に移籍した今、この夢の中での作業もイシスに依頼する仕事のようなものだ。
目が覚めたら、そちらの仕事は休んでもらっていいだろう。そうでなければ本当に二十四時間働かせている事になる。
「……でも、ハルさんのお体は大丈夫です? こっちでもあっちでも、ずっと働いてるんですよね?」
「まあ、僕はその辺慣れてるし、」
そもそも脳の作りが通常と違うので言うほど苦にならない、と、ある種の自虐交じりにイシスへ説明しようとした時、ちょうどそれを遮るように遠くから大声でハルを呼ぶ者があった。ユキの声だ。
「おーいっ! ハールくーん! 蛇口が壊れたー! なーおーしてーっ!」
「また、お仕事の予感なのです!」
「た、大変ですね本当……、こっちは、やっときますんで……!」
「……ま、任せた」
確かに二十四時間休みなく戦えるハルだが、疲労がない訳ではない。
もしやエリクシルの目的は、ハルを過労死させてしまうことではあるまいか。そう、馬鹿なことを考えてしまう働きづめのハルだった。
*
「それで、『蛇口』がまた壊れた?」
「うん。『水』がびゅーびゅーしてる」
「ぶしゃーって、一面びちょびちょなのです!」
「そこ、妙な言い方をしない」
「てへ」
「てへ!」
ユキの言う『蛇口』が何の事かといえば、先ほどまでも話に出ていた龍脈の支流、それが地上に湧き出た『龍穴』の事である。
まるで水道の蛇口が壊れたように、勢いよくエネルギーが噴き出して手が付けられなくなっていた。
ユキの世界樹研究所には数え切れぬ程の龍穴が存在し、それぞれが祭壇のような奇妙な装置へと繋がっている。
それらは全て属性石の生産装置となっており、この場は誇張なくハル軍の戦力を支える最重要区画だった。
「急いで修理しないとね。しかしまあ、派手に噴き出したもんだ」
「ハル君が龍脈にいやらしいことするからぁ」
「誰が何をしたと……」
「無理矢理、アイテムをねじこんだのです……!」
「やっぱしてたじゃーん」
「まあ確かに。それが原因としか思えないよね」
「なんか、最近多いよね? あれって遠くの支配以外にも、こっちの強化効果もあるん?」
「状況を見れば、こっちも活性化してるとしか思えないね」
エネルギーが強化されるというならハル軍にとってはプラスのはずだが、そう単純な話ではない。むしろ厄介な部分もあるのは見ての通り。
この『蛇口の破損』も、今回が初めてではない。ここのところ頻繁に、ユキが調整を頼んでくることが何度もあった。
装置に龍脈のエネルギーを通す量の調節は繊細で、少なすぎるのはもちろん、多すぎるのも問題だ。
適量が崩れればきちんと属性石は生成されず、そのぶん戦力強化にも、資金調達にも遅れが出てしまう。
「見てよコレ。全滅だ。エネルギー多すぎて、製品になっとらん」
「見せてください! むむむむ……! 確かに、魔法効果がきちんと付与されていないのです!」
アイリが手渡された石を<鑑定>し、生成が失敗していることを告げる。
回路を溢れた龍脈の力がそのまま外から石へと流れ込み、繊細な構築をかき乱してしまったのだろう。
ハルは<龍脈構築>で龍穴の大きさを絞り、その供給量を調節していく。製造ラインの数は膨大なので、それだけでも一苦労だ。
「ままならないものだね、正体の良く分からない力に依存してる状況は」
「まあでも、足りないよかいいっしょ。ハル君は大変だけどさー。ご苦労様ー」
「まあ、このくらいなら対処できるし。確かに足りないよりはずっといいね」
「これは、この地の龍脈が、力を増しているということなのでしょうか……?」
「そうだねアイリ。そういう事なんだと思う。まあ、新たな龍穴を構築しまくって、各地の龍脈に接続しまくって、終いにはアイテムを流しまくれば、そういうこともあるだろう」
「このまま目指せ、最強の龍脈なのです!」
「最終的に噴火して大爆発したりしてー」
「やめんか。縁起でもない」
とはいえ、無いとは言い切れないのが恐ろしいところだ。果てぬエネルギーを求める強欲な指導者の末路は、常に決まっているのだ。
「……本当に不安になってきた。もしこれも、モノリス関連の物だったとしたら、本当にそういうことがあるのか?」
「わたくしの世界の先祖が失敗したように、もしや本当に大爆発が!?」
「考えすぎっしょ。まあ本当に爆発したらしたで、その時に考えればよくない? 結局ゲームなんだしさ」
「まあ、確かにね。気にしすぎては、この先の戦争にも勝てないか」
「そうそ。むしろわざと爆発させて、それで帝国を吹っ飛ばす! くらいの勢いでいかないと!」
「それはやりすぎだけど……」
確かに、実際ユキの言う通り、ここで慎重になりすぎても何にもならない。
もし本当にモノリスに関係があるというなら、あえて暴走させてデータを取るくらいの意気込みでなくては進まないくらいには、ハルたちには情報が無いのだ。
もちろん、現実に影響が出る可能性もゼロではないゲームなので、あまりにも慎重さを放り投げすぎるのも危険ではあるのだが。
「それでは、こちらの研究も進めてみるのは、どうでしょうか!」
「おっ? アイリちゃん、その失敗作になんかあった?」
「はい! 確かに、これは属性石としての機能は正しく付与されていないのですが、代わりに少し変わった効果があるようなのです。今は効力が弱すぎて、上手く<鑑定>できないのですが……」
「ふむふむ。あえて、もっと溢れさせてやれば、新たな兵器が出来上がる可能性があるって訳だ!」
「はい!」
「……なんでも兵器にしようとしないことー」
まあ、科学の発展は兵器技術からともいう。この予期せぬ失敗から生まれた発見、果たして新技術の手がかりとなるのだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




