第1365話 お金で買えるものは龍脈でも買おう
「売るとすれば、やはり武器がよろしいかと。エンチャント武具など、積極的に流してはいかがです?」
ゲーム内にて、今度は陣営の経済担当であるジェードと、ハルは顔を突き合わせて相談をしている。
彼はアイリスと共に、ハル軍の懐事情を管理してくれていた。詳しく話すまでもなく話は通じた。
「しかし、マーケットで売る以上、帝国にも流れてしまう。それは避けるべきでは?」
「いいえ、逆です。むしろ帝国にこそ大いに流し、彼らの資金を奪ってやりましょう」
「……ふむ。軍事力が上がったとしても、経済力を落とせればとんとん、ってことかな」
「むしろ歩兵の武器程度に資金を放出させてしまうことで、全体で見れば軍事力も落とすことが出来るでしょう。まずは型落ちの武器から流しはじめ、行き渡った辺りで品ぞろえをバージョンアップし、更新に無駄金を使わせるのです」
「うーん悪どい」
戦争をする以上、装備は最高の物を揃えておきたいという気持ちにつけ込んだ厭らしい手だ。
二回三回と、武器だけで数度にわたり帝国の資金を引き出せる。
「……とはいえ、やはり敵の戦力を増してしまうのはいかがなものかね」
「なにを今更。それを否とするならば、『樹上の民』達に武器をお売りになるハル様ではないでしょう」
「彼らはほら。結局のところ個人の集まりだから」
「烏合の衆など恐るるに足らず、ということですね。しかしそれは、帝国とて同じこと、所詮は個人の、集合体ですよ」
「仮にも軍隊をそう言い切れるジェードが味方でよかったよ」
ハルとしても、そうした考えに理解はある。むしろ普段のゲームプレイではそうした隙を巧みに突いて、敵チームの連携を分断することを得意としている。
しかし、それはあくまでハル自身が直接その対象と接触していた場合。
ここまで遠方になり、しかもマーケット越しに相手の行動を操るという戦略には、さほど長けてはいないのだった。
「難しく考えることはありません。ハル様とケイオス様が以前言っていた、あえて大量の人員を送り付ける、という策と根本は同じ。敵の許容量を、あの手この手で飽和させてやればいい」
「その結果、優位を追い求めていたはずなのに自滅を招く、か」
「その通りです!」
自分の身に例えて考えれば、強力なユニット効果に目を奪われて、あれもこれもと手当たり次第に雇用していたら、同時編成人数に限りがあると分かり大いなる無駄が生じるようなもの。
案外、そうしたミスは優秀そうな者であっても犯してしまうものである。
「まあ、その辺のバランス感覚はジェード先生に任せるよ」
「ありがとうございます。……ついでと言ってはなんですが、ハル様。魔道具の販売許可も、この際いただけないでしょうか?」
「属性石を? んー……、そっちは独占しておかなくて、大丈夫かな……」
「もちろん、大々的には流しません。価格も、大いに釣り上げましょう」
「確かにいい儲けになるとは思うけどね」
だが、属性石、いわゆる魔道具の類はまだまだハルたちの独占アイテムだ。
制作のためには、龍脈の出口を自在に操る必要がある関係上、<龍脈構築>を持つハルにしかこの作業は行えない。
なのでハルたち以外の者は、遺跡から得られる属性宝珠としての形でしか、魔道具を入手は出来ていないのだった。
「<鑑定>でもされたとして、どのみちハル様のお力がなければ再現は不可能です。それに、既に完全な独占とは言えないことは、ハル様もご存じなのでしょう?」
「……うんまあ。<窃盗>を持つ者達が僕らの船に乗り込んで来ている時点で、そこは避けられないリスクとして計上していたよ」
手に入れたばかりの竜宝玉を狙い、大胆にも<窃盗>を試みた盗賊プレイヤーがいた。
彼は結局あの後は大人しく船に乗り、今は麓にて生活をしているが、盗賊は彼のように真正面から来る者ばかりではない。
……というか彼のような例の方がレアケースだ。普通は、隠れてコソコソと盗みを働くものである。
「さすがに警備をかいくぐって、本船に忍び込んで竜宝玉を奪い取る手練れは現れていないが、それでも被害はゼロじゃない」
「解体した客船の、パーツリストが一致しませんね。もちろん、竜との戦いにて破損した部分もあるのでしょうが」
ハルたちのドラゴン討伐は、今や人気の見せ物として拾った乗客に間近で公開している。
その都合上、どうしても無理矢理取り付けて防御の脆い客船部分は、戦闘の余波で破損することもある。
しかしそれとは別に、明らかに数の合わないパーツ個数の不一致が、整備の際に報告されていた。
「明らかに、コソ泥の仕業だ。船体そのものを<窃盗>することで、そこに使われた属性石を掠め取られている」
「許されざることですが、これは避けようがありません。ある意味、この事業における必要経費でしょう」
このゲームに<窃盗>スキルがある以上、どうしても織り込まねばならぬリスクであった。
プレイヤーであるハルたち自身は、その卓越したプレイスキルや<窃盗耐性>等の保護によって、そこから身を守ることは出来る。
しかし、ただのアイテムの集合体である飛空艇に関しては、<窃盗>相手には実に無力なのだった。
「これが家だったり領土の中ならば、対盗賊用の防御効果もいろいろ掛けられるんだけど……」
「本来システムにより保証されていない物を、無理矢理組み合わせて飛ばしている訳ですからね」
それでも、やろうと思えば盗難対策用のアイテムだったり、警備装置を組み合わせて被害を防ぐことは出来る。
しかし、そうなると今度はまた構造が肥大化し、飛ぶためのコストが更に増大してしまうのだ。
ギリギリまで切り詰めてエネルギー消費を抑えている現状、そこに体積は割けないのだった。
「まあ、つまりはそうやってもう裏市場には出回っている関係上、無理に独占を守ろうとするよりも、正規品をばんばん流してしまうことで、彼らの行いを無意味にしてしまうのですよ。はっはっは。ついでに儲かりますしね!」
「……なんだか、それも相手の想定通りって感じはするけど」
「まあ、あるでしょうね。独占を諦めて技術を放出する決心をさせるために、皇帝が間者を送り込むというのも」
「先生はそれでも問題ないと思ってるのかい?」
「ええ。むしろチャンスです。敵が欲しがっているという事ですから、それはもう、力の限り売り付けましょう!」
「たくましいねえ」
主に商魂が逞しい。
そうしてあえて敵の手に乗ってやることで、相手の資金面、及び行動力面のリソースを奪うことが出来るという訳だ。
新技術の研究もタダではない。実用化するまでには時間と労力が必要となり、他にそれを回す余力を無くせるともいえるのだった。
「よし、君に任せようジェード。可能な限り、相手に無駄な金と時間を使わせてやれ」
「お任せください! せいぜい陳腐化した技術に夢中にさせて、ぬか喜びさせてやりましょうとも!」
「言い方が極悪なんだよなあ……」
「まあ、魔王軍ですので」
いや、この男は例えここが『神聖王国』とかだったとしても、同じことを言って同じことをするだろう。
まあ、そこは別に構わない。ハルもまた、根底の部分では同様に人の事を言えぬ極悪だ。
そんな魔王軍らしい悪い顔を二人でしつつ、対帝国の経済戦略は進んでいったのだった。
*
「ほいよお兄ちゃん。これが、売り上げとそれを使って得た戦果なんさ」
「……これはまた、ずいぶんと派手にやったもんだ」
「無駄に張り切ってやがったかんなぁジェードのやろー。大丈夫か? あのままやりたい放題させといて。めっちゃバラ撒いてんぞアイツ?」
「まあ、やるなら徹底的にが僕のモットーでもあるし……、ある意味それを汲んでくれてるとも言えるし……」
「てっててきにな? いや絶対趣味だぞあんにゃろ。まー、お兄ちゃんがいいならいーけどなー」
しばらくの後、ジェードと同じく商売担当のアイリスによって並べられた取引の成果物の山の前に連れてこられたハルは、その圧倒的な量に気圧されていた。
短い期間で、よくこれほどまで売りさばき、そして買い集めたものである。
各地から集められた龍脈アイテムの数々が、まさに山と積まれて城の一角に鎮座していた。
「私らの本領発揮ってやつだな? ネット上で数字を行き来させるだけで、無限に富を生み続けるんよ」
「このネット世代の商売人めが。在庫を軽視して破滅しろ」
「ネットの権化のお兄ちゃんに言われたくねぇ~~」
色々と言ってはいるが、彼女らの実力は見ての通りだ。この圧倒的成果の前には、多少のやりすぎ感も霞んで見える。
この龍脈アイテムをあえてこのまま地下へと還すことで、生産地へのラインが形成され、それだけハルの支配地が広がることとなる。
「ただその前に、アイリ」
「はい! 呼ばれて飛び出るのです!」
「イシスさんも」
「あっ、はい。実はずっと居ました。あまりの量に開いた口がふさがらなかっただけで」
「油断した間抜け面さらしてたもんな?」
「さらしてません! もう、アイリスちゃんはすぐそうやってからかうんだから……」
この場にはハルの他にもアイリと、順調にハルたちのペースに飲まれているイシスも同行してもらっていた。
イシスはこの後の龍脈支配の助手として、そしてアイリは、この大量の龍脈アイテムの<鑑定>要員である。
感覚が麻痺してきているが、レア中のレアである龍脈アイテムはそれだけ<鑑定>経験値も高い。
ついでに、何か有用そうな物があれば、それは流さずに活用するのも検討するためのアイリなのだった。
「どんどん<鑑定>しちゃいます! これだけあると、わたくしの経験値もいっぱいなのです!」
ぽいぽいと、端から山を崩しにかかる元気なアイリ。そんな彼女の<鑑定>済みの品物から、ハルたちも地脈にそれを流して行く。
そうして、まるで間接的に資金によって土地を買い上げるがごとく、ハルによる大規模な龍脈侵攻は進んでいった。




