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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1364話 お金の流れは異変に敏感?

「んー、そー言われたところでなぁ。分からねーモンはわからねーと言うしかないんよ? 専門外だかんな!」

「アイリスの専門ってなに?」

「お金儲け!」

「うん。まあ、そうだとは思ったけど」


 ここ天空城のシンボルでもある、銀の城で仕事をしていたアイリスを訪ねたハル。そのアイリスからは、どうやら期待していた答えは返ってこないようだった。

 とはいえ、これは仕方ないといえば仕方のないことだ。特にハルに落胆はない。期待をしていなかったというより、そう簡単に分かるのなら苦労はしないからだ。


「……なんだよぉ。言っとっけど、別に隠してる訳じゃねーかんな! 分かってるのに、利益を独占しようなんて思ってねーのよさ!」

「そんなこと言ってないだろ……、逆に怪しく聞こえるっての……」

「しまったぁ! お兄ちゃんたちを出し抜いて、私一人で利益を独占しようっつー計画がぁ!」

「あるの?」

「いや、あったらいいよね?」

「そうだね……」


 小さな体で今日も元気いっぱいのアイリスだ。楽しそうでなによりである。


「まあ確かに? 最近ちと違和感を感じることはあるんよ。お兄ちゃんの会社のお金預かる立場として、動かす金が馬鹿でかくなった影響かとも思ったが」

「エリクシルの活動に、何か関係がある可能性もある?」

「なきにしもなくもない」

「それはどっちなんだ……」

「けっきょく確証はねーってこと」


 一切の容赦も手加減も存在しない超課金ゲームだった『フラワリングドリーム』に加え、カゲツと開発した『味覚データベース』の売上代金も任せることになったアイリス。

 それにより彼女の研究も飛躍的ひやくてきに進んでいるようだが、結果、どちらの影響で違和感を感じているのかがイマイチ分かっていないようだ。


 アイリスが独自に組み上げた固有の能力は、資金の、より正確に言うならば『日本円』の決済に関わることで魔力を生み出す、という神々の中でも特に変わった能力だ。


 まさに文字通りの『お金の魔力』。彼女が言うには、人々の欲望や怨念おんねん、執念といった感情が、エーテルネット上の残留思念として資金データに絡みつき、それが魔力を生んでいるのではないか、ということ。

 ほぼほぼ全ての決済をエーテルネットワークの中で完結するようになった現代、お金に対する執着もまた、そうしてデータとして形になるようになった、というのは中々面白いとハルも思う。


「そのお金の魔力の変換効率がなぁー、なーんか上がってるような気がするんよ」

「ほう?」

「最初は、扱う金額がデカくなったんでそのぶん効率化されたんかなぁ~、っておもったんだけどな? よく考えたら、データの世界にそんな大量生産の原理なんて発生しねーし」

「場合によるけどね。とはいえ、量が増えればむしろコストが掛かることもある」

「だろ?」


 別に、アイリスは誰の許可を得て魔力を抽出している訳でもない。少額決済時の手数料なんてものも存在しないだろう。


「これが、なにかしらエリクシルと関係してんのかもなぁ、ってエメの奴に言ったことは確かにあったかも! でも、そんだけだね」

「いや。十分参考になったよ。ありがとうアイリス」

「おー。だがドツボにはまんなよお兄ちゃん? 実はまったく関係カンケーなかったり、アメジストの奴の方の影響だったりするかもだかんな!」

「それはそれで、調査はしないといけないね」

「忙しいなーお兄ちゃんもなぁー」

「寝る間も惜しんで働いてるよ」

「寝ねーだろーがよー、元々よー」


 まあ、確かに最近は仕事が山積みだ。現実と夢を行き来して、そのどちらでもやることは山積みだ。


 ただ、アイリスたちもそれは同じなので泣き言は言っていられない。

 特に彼女らは元々、二十四時間ないし二十五時間体制で働いていたところに夢のタスクを差し込まれている。本業に支障も出ているだろう。


「……早いところ、ゲームクリアへの道筋を見つけたいところだね」

「おー。一銭いっせんにもならんしな?」

「夢の中に課金要素なんてあっても、それこそ悪夢でしかないが……」

「あははは! いいなそれ! しかも、起きたら記憶も消えてっから、身に覚えのない課金の履歴だけが残ってんだろ? 毎朝、不正利用のコールが鳴り止まねぇな!」

「笑い事じゃないねえ……」

「支払いは起きてる自分がどーにかしてくれんだぞ?」


 自分自身に殺意でも抱きそうである。

 幸い、現実の資産が動くようなことはないが、いつまでもこのズレが続いていると、そうした現実リアルの自分との精神的な乖離かいりが徐々に出て来てしまいそうだ。


「……もしかして、そこに何か関係が?」

「お金の魔力が増えてっことか? どーだかなぁー。夢ん中では、金使ってねーわけだし。ただ、本質は金じゃなくて怨念だから、意識活動が夢のぶん増えただけ、それもまた増えてるってことは、あり得る」

「1.5倍になってる?」

「そこまで露骨じゃねーのよさ」


 単純に、意識活動時間に比例して魔力が増えるという訳でもないようだ。あくまで誤差。

 ただ、夢世界とこちらは断絶していることを考えると、むしろ誤差であることが真実味を増しているようにも思えてくる。


「まあ結局、やっぱ考えすぎんなってこった」

「そうかもね」

「そーそー。エリクシルの目的が、金の力を1.5倍に引き上げることだったらむしろ歓迎だし」

「やめろって……」


 まあ、あの超然とした佇まいのエリクシルが、そんなぞくな目的で動いているとは思えない。いや、思いたくないハルだ。


 ただ、アイリスの言っていたことは、頭に留めておいた方がいいのかも知れない。

 エリクシルが何かのエネルギーを取り出すために動いており、その余波が魔力となって異世界にまで影響を与えているという可能性は、十分に考えられるのだから。





「そういえば、リアルのお金はともかく、夢世界のお財布状況はどうなってるの? マーケットを使って、ジェードと色々やってるみたいだけど」

「おっ! よくぞ聞いてくれましたお兄ちゃん! そりゃもう、めっちゃ凄いんよ? とにかくすごいんよ」

「ぜんぜん凄さがわからん……」

「まあめっちゃ頑張ってっから、活動資金くれってことだ」

「そんな説明で稟議りんぎが通ると思う方がどうかしてる」

「ケチくさいこと言うなって」


 まあしかし、マーケットを通じた物資調達は、戦略的に重要であるにも関わらずアイリスたちに任せきりにしてしまっているのも事実だ。

 ハルとしても、一切の支援をしないというのも、いささか無責任が過ぎるだろう。支援はやぶさかではない。


 ただし、それが本当に必要な資金であればの話であるが。


「それで、何が必要なの? やっぱりゴールド?」

「まあ、それはもちろんあれば嬉しいんだが? それよかむしろ、龍脈資源を回して欲しいなぁー、って」

「資源を? 龍脈資源は、むしろこっちが輸入する側でしょ?」

「そうなんだけど、もっと手広く商売しようとすると『通行料』としても必要になるんよ。どうしても」

「ふむ」


 通行料とは、マーケットを利用する為のエネルギーの俗称である。

 遠隔地とも、龍脈通信を通して取引可能なマーケット機能だが、その利用はもちろんノーコストではない。それでは、物理的な流通に意味がなくなってしまう。


 無制限で遠方に送れるアイテムは限られており、ほぼ『龍脈資源』と呼んでいる龍脈上の施設から採れる貴重品のみ。

 それ以外のアイテムを取引する際は、個人の持つポイントを毎日少しずつ貯めておくか、その龍脈資源をエネルギー源として消費する必要があった。


「資源そのものを売れっと楽だけんどな? うちの資源てほぼ独占品だろー?」

「そうだね。龍脈結晶はまあ、あの霊峰れいほうの源泉からじゃなくても生み出せるけど」

「つってもそれ出来んのお兄ちゃんだけだろ? 事実上の独占なんよ」

「そうなるね、現状」

「だからバラ撒くよか、持っといた方がいい。しかし余り気味でもある。ならいっそ、通行料として消費し、通常アイテムを売りまくってゴールドを稼ぐんよ!」

「それもいいかもね」


 そして稼いだゴールドを糸目をつけず使いまくり、他の龍脈資源を力の限り輸入するのだ。

 輸入した資源はそのまま龍脈内に還し、現地までの浸食ラインを構築する助けとなる。


 この繰り返しによって、ハルは間接的に『龍脈の支配権を金で買う』ことが出来るのだった。


「……それよりさ? アイリス?」

「なんよ?」

「果物類は、別に僕らの独占じゃないよね。あれなら、別に売っちゃってもいいんじゃない……?」

「……おっかねぇこと言うなよお兄ちゃん。……カゲツの奴になに言われっかわかんねーよ」

「いや、最近はジュースも余ってきてるし、大丈夫かなーって……」

「……いいけどよ。それ結局、金リンゴが残るだけだぜ? あれだけは独占だしな? ……嫌なんよ私。また料理が全部リンゴ味になるんは」

「僕だってこれ以上ジュース飲むのは嫌だ……」

「我慢しようなお兄ちゃん? 世界のためにな?」


 二人きりだというのに、何故か息をひそめてコソコソと話すハルたちだった。


 まあ、別にハルとしても本気で嫌がっている訳でもない。だがたまにはこうしてネタにでもして発散したいのである。


 そうしてひとしきりアイリスと馬鹿を言ってはしゃぎ、またハルはこの事態の解決の糸口を求めて奔走ほんそうする。

 最初は手がかりも一切ない謎に包まれていたエリクシルの世界だが、少しずつ、少しずつではあるがその謎を覆う壁にほころびが見られてきた。


 果たして、その壁の向こうにある真実は、いかなるものか。

 分かってしまえばなんということもない、あっけない事実だろうか? それとも、蓋を開けて見てみれば、更なる脅威を呼ぶパンドラの箱なのだろうか?


 ……モノリスの件もある、なんとなく、後者である気がしてならないハルだ。しかし、だとしても、このまま見て見ぬふりはできはしない。

 ハルは真実を箱から解き放つべく、再びその夢という箱の中へと潜るのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正しく夢のような課金システムですねー。もしやエリクシルは不労所得目当てでプレイヤーを集めていたけれど、ハル様の目に留まったことで計画が流れたかに見せかけて、まだ虎視眈々と課金システム導入の…
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