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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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第1363話 三番目の世界の可能性

「あの世界のお食事にも味があり、キャラクターの舌にも味覚を感じる機能がしっかり再現されておりましたぁ。ここは、最近はもはや当たり前になってきた感はありますがぁ~」

「確かにね。最近では驚きはなくなったとはいえ、それだけでも凄いことではある」


 エメから説明を受け継いだカゲツが、ぴっちりとしたスーツのお姉さんスタイルで解説を始める。

 きりっとした顔で眼鏡までかけて、まるで教師か出来るキャリアウーマンのようだ。


 彼女の空中に浮かべた資料には、複数のゲームにおける味覚データの差異がなにやら詳細に難しそうに、比較されて並んでいた。

 コスモスなど、その難しさに既に大あくびし眠気をもよおしてしまっているようだ。いや、彼女の眠そうなのはいつもの事か。


 そんな資料にある通り、夢世界でもしっかりと味覚がキャラクターボディに搭載されている。

 当のカゲツとハルによって、つい最近に革新があったばかりであるので、ユーザーたちもここにさほど注目はしていない。

 しかし、今までの味気ない食事が中心だったフルダイブ事情の中では、これはそれだけでも画期的なことだった。


「最初は、ウチがハル様と作った『味覚データベース』が流用されていると思ったのですけどぉ」

「僕もそう思ったよ」

「普通、そう思うっすよね。エリクシルさんは他にも他神たにんの技術を流用してますし。カゲツちゃんの味覚データも、同様に流用したんだろうと、そう思うのが自然っす!」

「カゲツは~、あれ作るのに苦労したもんねぇ~」

「はいな。そうですなぁ。それが簡単に同レベルの、いえ上位互換の物を作られて、ショックがないとは申しませんー」

「んっ? ちょっとまって? あの世界の味覚って、僕らのデータベースよりもレベルが上なの?」

「そうなりますぅ」


 そう言うとカゲツは、空中に浮かんだウィンドウの中から二つを選び取り、何かのグラフを重ねるようにしてハルの目の前に持ってきた。

 透過されて重ね合わされたそのグラフでは、いくつかのポイントが大きくズレて分布されている。


「これは?」

「夢世界と、味覚データベース両者の再現度の広さを数値化したグラフですぅ。ご覧のように、いくつかの味に関して、ウチらの方はまだまだ苦手としている部分が存在することは否定できません~」

「確かにね。悔しいけど、完璧とは言えないか。ただ、それでも十分に再現度は高いし、ユーザーにも好評を貰っている」

「はいなはいな! もちろんですなぁ! そこは、基本をきっちり抑えてありますのでぇ。再現性に劣る所があるとはいえ、そこは使用することの滅多にない領域ですぅ」

「んっ。ゲテモノが再現できなくても、大勢に影響はない」


 コスモスがその小さなお口を大きく開けて、王道のバニラアイスを放り込む。

 このように、皆がよく口にするだろう物に関しては、仕様上それだけ多くのデータが集まって来るため、ハルたちのデータにも死角はないのだ。


 しかし逆に言えば、人々の持つ既存の経験が中心となるため、現代人のほぼ味わうことのない味覚には、どうしても弱くなる。


「ウチは、<料理>スキルを徹底的に磨き、これらのデータを取っとりましたぁ」

「……あの大量の料理の山は、ただの趣味じゃなかったんだね」

「趣味もありますぅ」

「まあ、だと思った」

「カゲツちゃんっすからねえ」


 そうして、それを人間組を中心に振る舞って、彼らが感じたデータを徹底的に採取していたという訳だ。

 そうして得られた結論は、『あの世界の味覚は現実と同等』だと言って相違ない、そういった結果なのだった。


「この事実からは、大きく二種類の仮定が立ちますなぁ」

「ふむ? まず一つは、味覚に関してエリクシルは、カゲツの上を行く知識と技術の持ち主って仮説かな?」

「それはありえません~」

「言い切ったっすね!」

「じしんかじょー」

「いえいえいえいえ! これは、極めて論理的な帰結になりますぅ! 生まれて間もないエリクシルちゃんが、ウチの百年の研鑽けんさんにいきなり敵うはずがありませんわぁ」

「天才、かも?」

「いいえコスモスちゃん。もしそんなに天才的な技術力を持っているなら、夢のおりもスキルシステムも、他者から流用する必要などないはずですぅ」

「味覚に特別な親和性があったのかも~」

「だったらおりょーりのゲームを作るはずですぅ!」

「力説するっすねえ」

「まあ、それもそうではある」


 要するに、カゲツのプライドを除いて考えたとしても、エリクシルがカゲツをしのぐ天才的な味覚センスを持っていたという可能性は低いということだ。


「となると、もう一つの可能性は?」

「簡単っすよハル様。あの世界にはもともと、味覚が存在してたってことっす!」

「あーっ! エメちゃんウチのセリフを取らんでくださいぃ~~!」

「私にも解説させて欲しいっす! 一人だけ成果を褒めてもらうのはズルいっすよ!」

「ふたりとも、がんばー」


 どうやらコスモスは解説役を買って出る気は無さそうだ。眠そうにハルに寄りかかりながら、ぎゃーぎゃー言い合う大人二人を眺めていた。


「……どっちでもいいから、さっさと続けなさい」

「は、はいっす! おしおきは勘弁してほしいっす!」

「失礼しましたぁ~」

「……まあ、つまりはアレっすよハル様。あの夢世界以前に、カゲツちゃんの技術を超える味覚再現を達成したゲームが、実は存在するじゃないっすか。あまりに身近すぎるので、忘れがちっすけどね」

「……なるほど。つまりは、“この”世界ってことだね」

「はいな。恐らくは理屈上、ここ異世界で行われているカナリーたちの、『エーテルの夢』と同様と考えられますぅ。あの夢世界には元々、味が存在したんですよぉ」





 この異世界における味覚、その再現は、普通のゲームとは事情が異なる。


 異世界の存在を知らない一般のプレイヤーにとっては、このゲームこそが味覚再現の先駆者せんくしゃとして認識されているであろうが、実情は少々裏技うらわざめいていた。


「この異世界における味覚は、キャラクターボディに味蕾みらいを人間と同様になるようコピペ再現しただけで、『味』そのものは世界に元から存在した」

「その通りっす! それをゲームと言い張っているだけで、単に日本の方で物食べてるのと何も変わらないんすよ。だからそういう意味では、こっちもカゲツ以上の再現率100%ってことになるっすね」

「プレイヤー達の中では、ここがプロトタイプで、カゲツのゲームで初めて真の完成を迎えたってことになってるけどね」

「彼らは裏事情を知りまへんからなぁ~。まあそれは、単にこの異世界のおりょーりより、慣れ親しんだ日本のおりょーりの方がお口に合った、というだけでしょーけど」

「カゲツのゲームの方がー、豪華な食材使い放題だしねぇ~」


 そう、コスモスの言う通り、食材の高級さも圧倒的だ。こちらの世界の物は、どうしても洗練されていない印象が強くなるのも仕方ない。


 まあ、結果的に偉業の達成者としてカゲツが強く皆の印象に残ったのは良いことなのだろう。

 この世界が最初に日の目を見たのは、ある種のインチキであり当然のことなのだから。


 実際、神々と使徒プレイヤーの領域、『神界』の料理は他ゲームと同様に味気ないことで有名である。

 ちなみに最近はカゲツのデータベースを逆輸入しマトモになった。


「……ということはつまり、あの夢世界は、ここ異世界と同じ、もう一つの宇宙ってこと?」

「あくまで仮説ですぅ。しかも強引なこじつけであると言わざるを得ません~」

「なので、まだ語る段階じゃなかったんすよねえ。いえ、今更もったいぶる気はないっすけど、ハル様もあまりこの考えに傾倒けいとうするのは危険っすよ? ただ、そうして『味』はもともとあの地にあったと仮定すれば、少なくともカゲツちゃんのデータに関しては説明が付くんすよ」

「なるほどね……」

「まだまだ、なぞだらけ。早とちり厳禁~~」


 もちろん、コスモスの言うようにそれだけで全てが解決する話ではない。

 あの広大な大地が、どこかの宇宙に存在するどこかの惑星であるという結論は乱暴すぎる。

 あれは確実にゲームとしてクリエイトされた大地であるし、物理的にも無理がある。


 何より本物の物質的世界なら、バグで地面ごと消え去ったりなどしないだろう。


 一方で、話が符合ふごうしてしまう部分があるのも事実ではある。味覚の話もそうだが、その前のエネルギー問題に関してもそうだ。

 異世界でプレイヤーが活動することで効率よく魔力の流れが生じるように、夢世界でもそうすることで、何かまた別の力が生まれるとすればエリクシルの活動にも理由がつけられる。


「……結局のところ、まだ、もう一歩データ不足ってことか」

「しかし、着実に近付いている実感はあるっす! あともう何か一つ、何か一つ決定的な手掛かりがあれば! って感じなんすよね! まあ、その結果、三つ四つと新しい謎が生まれる可能性もなきにしもあらず、っすけど……」

「ままならないですなぁ」

「んっ。めげずに、がんばろ」

「とりあえず、ウチのお役に立てるのはこの辺までですな。あとは、エメちゃんたちの方で頑張ってくらはいー。ウチは、通常通りのおりょーりに戻りますぅ」

「はいっす! カゲツちゃんも自分のゲームが忙しいのにありがとうございました! 大好評で、今やもうハル様陣営いちの稼ぎがしらっすもんね!」

「ずるい」

「形式が違いますんでぇ。売上高が正義ではないですよぉ。アイリスちゃんではないですし~~」


 味覚データベースはゲーム会社に関わらず、各電脳関連の企業から引く手あまただ。その売り上げは、他サービスとは文字通り桁違いとなっている。

 ちなみに話に出たアイリスもちゃっかりその資金の流れに噛んでいて、彼女の能力によりその量に比例した魔力がこちらに流れてきていた。


「そのアイリスは何か言ってなかった? 一応、なにかしら関係ありそうなあの原初ネットに一番近いのは、アイリスだとも思うし」

「いえ、今んところ特に聞いてないっすね。たくさんお金が動かせて、最近はうはうはっぽいっすけど」

「まあ、一応あいつにも聞きに行ってみるか」


 ゲーム内での商売の進捗しんちょくに関しても気になるところだ。ハルは、エメたちを労ったのち、今度はアイリスを探し、屋敷の外へと出たのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] つまりゲテモノにはゲテモノの味が無駄に洗練された無駄のない無駄な再現度で設定されているわけですかー。空腹度が実装されていて、食べられるならそこらの雑草食っとけばいいだろう勢が存在していれば…
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