第1362話 地球の力異世界の力
「いやぁ、良かったですよ。本当どうしたものか、途方に暮れていまして……」
「調子が狂うね。フラワリングドリームの時のように、一大勢力のトップとして活躍すればよかったじゃないか」
「あれは、なんというか、入念な準備があってこその話なんですよ。裏方を支える人たちのバックアップも見込めないし……」
「そういうものかね」
そういうものなのかも知れない。普段から自然体でやりたい放題やっているハルたちと違い、人気商売ではそうもしていられないだろう。
彼らの中でも徐々に素が出て自然体に近付いて行くタイプと、あくまで徹底して演じ切るタイプに分かれるという。ミナミは後者に近いということか。
もちろん、自分を殺しきるなど並大抵の苦労と覚悟で出来ることではない。多くの者は、自然とキャラが薄れていくという話だ。
「キャラまでしぼんで大人しいじゃねーか」
「こっちが普通なの! 気合い入れ仕事モードにしないと、『ミナミ』のキャラなんて保ってられっかバーカ!」
「そういえば、連絡の際はいつも礼儀正しかったね」
「いや、ハルさんは中でも特別といいますか、それに、お仕事の依頼でもありましたし」
そうではなく、ハルが『ローズ』としてプレイしていた時の事も含む話なのだが、まあ言わぬが花だろう。余計混乱させてしまう。
「それで、ずっと隠れて過ごしてたって訳だ」
「顔変えちまえばよかったのによ」
「そう簡単に変えられるかっての! ……えっ、ケイオスたちは変えられんの?」
「ああ、まあ。やろうと思えば。だよな、ハル?」
「このゲームの機能じゃないけどね」
「??」
何を言っているのか分からないという顔のミナミに、ハルたちは事情を説明していく。まあ、普通に考えれば『キャラクリ』機能が隠れているという風に取られてしまうのが自然だ。そうした機能はない。
仲間として共に活動してもらう以上、このハルたちの秘した事実を隠したままではやりにくいだろう。ハルとしても、もともと伝えるつもりでいた。
強引にこちらの事情に巻き込んでしまうことになるが、まあそれも彼を保護するにあたって仕方のないことと割り切ってもらおう。
もしかしたら、隠れていた方がマシだったと思われるかも知れないが、その時は運がなかったということで。
*
「つまり、あれすか? ハルさんたちは全員、リアルに記憶を持ち越し出来るっていうことで?」
「うん」
「それなのに、それを役立ててリアルで無双しようとせずに、他の人の為にこのゲームを終わらせようと……」
「まあ、良い捉え方をするとそうなるのかな」
「かっけぇ……、まるで正義の味方じゃないですか……」
「やめてって。そんな立派なものじゃないよ僕は」
「いや? 正義の味方なんじゃねーのハル? やってることはよ」
「そうですよぉ。実際、チート使ってリアルで無双しようとしている悪の皇帝を、ぶっ倒すんですから。あっ、私は正義の味方に助けられた、ただの一般人でーす」
「ども。イシスさんでしたよね。つまりヒロイン役ってことですねぇ!」
「うえぇぇぇえぇ!?」
なるほど、そういうことになるのだろうか。このゲームがパッケージングされたRPGだとでも考えれば、イシスはそのストーリー上にて劇的な出会いをしたヒロインということになる。
ひとしきり彼女をからかって場を盛り上げるミナミの態度からは、謙遜しているが流石の慣れを感じるのだった。
「もうっ! からかわないでくださいよミナミさん!」
「いやいやぁ。確か巫女さんなんでしょぉ? そして囚われのお姫様! これをヒロインと語らずに、誰がヒロインだっていうんですかねぇ!」
「アイリちゃんとかですよ! こっちには最初からリアルお姫様がいるんです! なめんな!」
「まさかの前作ヒロイン!?」
引継ぎなのである。このゲームは、続編なのである。
やはり普段の姿も素に近いのか、長く演じているうちに体に染みついているのか、盛り上げ上手なミナミが場を温める姿を感心しつつハルは眺める。
やはり龍脈通信を使った広報は、予定通り彼に任せることにしよう。
「まあ、ヒロイン論争はそこまでにしてもらってだね。ミナミ、君にはさっきも言ったような仕事を頼みたい」
「このクソみたいな世界の仕様に振り回されてっとこ悪いけどよ。こっち来たからにはいっちょ頼むわ」
「もちろん、頑張らせていただきまっす! イシスちゃんも頑張ってる中、プロの俺がタダ飯食ってる訳にはいかんでしょ」
「いや、食事はタダだよミナミ」
「むしろ食え。どんどん食えミナミよ」
「そーそー。次々出て来て大変なんですからぁ」
「どういう話っ!?」
カゲツの話である。世界樹の幹に寄り添った木漏れ日の中のカフェには、いつ行っても暖かい食事が食べ放題だ。
むしろ、皆で積極的に食べていかないと、カゲツが次々作るので在庫があふれそうになるくらいだった。
そんなカゲツも、ただの酔狂とスキル上げのためだけに<料理>スキルを使い続けている訳ではない。何かデータを取っているらしい。
今日あたり、ログアウトしたらその解析の進捗も聞きに行ってみよう。
とりあえず今のところは、こちらでは慌ててことを進めずとも良いだろう。
本日はミナミとの顔合わせに留めるとして、歓迎会を兼ねた在庫消化の食事会を、ケイオスやイシスと楽しむのだった。
*
「それで、解析は順調? ……って、こっちでも料理作ってんのカゲツ?」
「はいなはいな。いらっしゃいな! そら、もちろんですなぁ? ウチの“あいでんててー”はおりょーりですゆえ~~」
「まあ、いいけどね。とりあえず、こっちでは作りすぎないように。ゲーム内と違って、胃袋の容量は決まってるんだからね」
「そっすよー! ハル様、もっと言ってやってくださいっす! カゲツちゃん、止めないと無駄に次々作るんすから!」
「無駄じゃないですぅ」
「……エメの胃袋は、神様サイズだしまあいいか」
「良くないっすよぉ!!」
「お腹いっぱいになると……、眠くなる……。お昼寝は消化に、いいの」
「コスモスちゃんは食べようが食べまいが寝てるじゃないすか」
「んー。眠っていれば食欲は抑えられるからー」
ひとしきりコントを繰り広げると、ハルは改めてこの家の誇る頭脳集団である、エメとコスモスの仕事場に踏み込んでいく。
……頭脳、でいいはずだ。カゲツも含めて『三馬鹿』感が否めないが、まさに神のごとき頭脳を持つ解析のプロフェッショナルたちのはずなのだ。
ハルたちがゲーム内で派手に暴れる以外にも、こうして裏から、あの世界の在り方を解き明かして真相に迫っている。
こちらの作業が上手く進めば、内部の攻略作業など一切不要でエリクシルへと辿り着ける。
ゲーマーとしては少々寂しいが、世の安寧の為にはそれが一番であるはずだ。
「進捗を聞こうか」
「はいっす! ……と言いたい所っすが、まだ全て確証の取れてない事っすから、今は語るべき時ではないっす」
「そういう意味深発言を振りまく重要キャラはいいから……」
「そっすね。クライアントへの説明責任を果たさないと、研究費減らされちゃうっすよ! ここは無理にでも成果をでっちあげて、無知な相手からちょろまかすっすよ……」
「……端的に事実だけを述べるように」
「はーいっ」
最近はずっとこもりきりで研究を続けていたから、遊んで欲しいのであろうか? まあ、ハルとしても構ってやるのもやぶさかでないが、とりあえず報告が済んでからにするとしよう。
「では結論から言うっすけど、実際確かなことは、まだ何もハッキリしてないんすよ」
「実に、難解……」
「エメとコスモスをもってしてもか……」
「んー。既存の技術体系じゃ、ないみたいー。でも、多分だけど、私の専門が役に立てると思う」
「コスモスちゃんの専門っていうと」
「人間の意識っすね。特に複数の意識活動がネットワーク上で集合した際の、特殊な反応っすよ」
「セリフとらないでぇ~~」
かつてコスモスは、その意識データを使った新たな意識体の創造、または複製の連鎖を利用し、この異世界を危険に曝そうとしていた。
結局はその企みは失敗に終わり、こうしてハルに捕らえられることとなったのだが、実は危険度でいえばエメと同等かそれ以上だ。
寝ぼけた顔をしているが、大した少女なのである。いい意味でも悪い意味でも。
そんなコスモスをもって、自分の分野に近しいと思わせる技術。やはりエリクシルの目的には、夢という形で人の意識を集める処理が重要らしい。
「ハル様の仮説が、決め手になったよ」
「僕の仮説っていうと、地球も異世界に魔力を送りっぱなしじゃなくて、何処かからエネルギーを取り入れている、ってやつ?」
「ん。その通り」
「確定ではないしあくまで副産物的な物っすけど、面白いデータが出て来ました。エーテル技術に利用するエネルギーそのものが、そうやって異次元から飛来したエネルギーを利用しているという仮説っす。証拠は一切ないんすけど、そう考えると辻褄合うんすよね」
「……エーテルエネルギーって、人々の脳の処理能力を束ねた、余剰リソースなのでは?」
「それはあくまで情報処理のためのリソースっすね。その命令を受けて物理現象を起こすのは有機ナノマシンである『エーテル』の粒子そのものっすけど、通信速度同様に、なぜそこまでのエネルギーを持つのかは謎が多かったっすから」
「それが、別の宇宙からエネルギーを引っ張ってると考えればしっくりくる、ってことか」
「そうなのぉー」
ハルとしては、それでもまだまだ弱すぎるという認識だが、確かに動作原理そのものは今まで謎に包まれていた。
その謎の一端が証明できるとなれば、世紀の大発見に違いない。まあ、証明しても発表は出来なそうな雰囲気が濃いのはご愛敬だが。
とはいえ、その発見はあくまで今回の解析としては副産物。本題は、エリクシルの目的についてだ。
ハルはそれに対する彼女らの考えと、カゲツが加わることによって見えてきたらしい視点について、引き続きエメたちから報告を受けていくのであった。




